右の写真は、我が家の菩提寺「光蓮寺」の本堂玄関の写真です。お寺は鉄筋の造りで、寺らしくない寺すが、今から四十年以上前の大雪の日に雪の重さで、戦国時代の武将、甲斐の守護大名・戦国大名。「武田信玄」ゆかりの由緒ある寺の本堂が崩壊してしまった。深い歴史を感ずる、貴重な彫刻が失う大きな財産を一瞬のうちに無くしてしまった。寺の本堂の再建のため私の父(本堂建設会計)始め「総代」が先頭になり本堂の再建に奔走した。お陰さまで当時300戸近い檀家の皆様の御協力により見事に雪に強い鉄筋の本堂建設を成し遂げた。父の後を継いだ私は菩提寺の「総代」として、浄土真宗の蓮如聖人の五百年忌の記念行事の負担金と本堂にある納骨堂と墓地整理の寄付金2000万円を目標に、これも檀家の皆様の御協力により、無事会計を寺の世話人の皆様の前で報告が出来たことを、大きな思い出であるが、父は当時何億と言う大金の管理をしたことに大変だったと思う私であります。
左のハガキは、菩提寺の「光蓮寺」 からの出席有無の往復ハガキの片方、「総代・世話人会の議題と日時の内容のハガキである。 私は「総代」の 責任がある身ですが、体調の関係で出席が出来ない旨の詳細を昨夜、「光蓮寺」の住職に電話しておいた。