ガリバー通信

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カーリングとマラソン

2006年06月25日 | プロスポーツ
 梅雨のシーズンなのに突然、冬をベストシーズンとするマラソンとカーリングについて書く。

 自分は決して得意ではないのに、何故かマラソンが昔から大好きで、時間があればよくテレビ観戦するのだが、トリノ冬季五輪以来、カーリングという氷上のスポーツも大変興味を持つ様になった。

 マラソンとカーリング、どちらも何故好きなのかとじっくり考えて気づいたのだが、やはり共通項がある。

 マラソンはよく人生に譬えられることがあるスポーツだが、テレビ観戦をしていて、やはり42.195キロという長丁場に、「人の人生」の如きドラマと変化があるのである。

 高橋キューちゃんこと尚子選手がシドニーオリンピックで女子マラソンで初優勝し、アテネでも野口みずき選手が金メダルを取ったが、二人の個性や能力には大きな違いがあっても、42キロ余を駆け抜けるゲーム運びというか、二時間余の時間に凝縮された人生を重ね合わせることができるドラマを感じるのである。

 マラソンを人生にタブらせて観る考え方は、多くの人が感じていると思うが、トリノの青森県女子チームの活躍で市民権を得た如きカーリングはどうだろうか。
 
 彼女達の笑顔やアイコンタクトを通じて、このマイナーなスポーツが人気を博した原因が何かと考えた。

 やはりマラソンとは全く違うスポーツなのに、人生や人間性を彷彿とさせる共通点があることに気づいたのである。

 つまり4人の選手がお互いの性格や能力をわきまえて、的確に指示や納得を得られる作戦などを、ゲーム中に何度も繰り返しながら相談し、相手の出方や戦術をもシュミレーションしながら、作戦を決めて時にはアイコンタクトも交えて、一人2投つづを、全員の協力で一番理想の場所に置くのである。

 しっかりとした作戦があっても相手の出方や作戦、相手の位置によって、その都度戦況が変わる中で、的確な判断と敵を読む能力も交えた総合的コミュニケーション能力が必要なスポーツだと思われる。

 子供たちから大人まで、現代人が苦手になっている他人とのコミュニケーション能力、つまりマニュアルに頼ったり、リセットが利くような対応ではなく、その都度相手の表情や言葉に素直に気づき反応し、次の展開を予想する等の「気づき」が大切なスポーツなのではないだろうか。

 ただ勝ち負けや記録ではなく、そのゲームのプロセスをゆっくりと楽しめる要素が「マラソン」と「カーリング」にはあって、共通しているのである。

 じっくりとマラソンやカーリングを楽しめる心の余裕と洞察力や考える力、すなわち人間関係や仕事にも生かせる「センス」が両スポーツを観るには必要なのである。

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