ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

夏至の京都で考えよう!

2006年06月21日 | 季節の話題
 京都に住んでいながら京都らしい街中を歩くことが少ないので、夏至を迎えた今日は下鴨神社の近くの小さな画廊に、ちょっとした写真展を見に出かけた。

 小さなギャラリーに年配の写真家の白黒の作品が20点ほど並んでいるだけの写真展だったが、「瀬戸内ノスタルジー」と称された作品は、ほんとに大正から昭和にかけての田舎町の町並みと飾らぬ庶民の生活を彷彿とさせる趣があった。

 今回は作者の人となりを少し事前に聞いていたので、会場におられた当人に話しかけようと思ったが先客がおられて話されていたので、遠慮して声をかけずに作品を数回じっくりと拝見して、「ありがとうございました」と会場を後にした。

 いつもは「作品に対する感想」と共に、作者がわかった場合は「出会い」の機会を大切に、しばらくの時でも話してくるのだが、今回は友人の情報が既に頭の中にあったので敢えて話をせずに、作品から「感じること」を優先して見るだけで帰ったのである。

 多くの芸術活動をされている作家や素人さんがおられるが、こうした個展やギャラリー展示、絵画展などを見る度に、作家の人となりと人生の一こまをダブらせて、いろいろ考えるきっかけとするのだが、簡単にレッテルを貼ってしまう危険性もあると自戒している。

 夏至の日、キャンドルナイトと称し、電気を消そうと呼びかける地球温暖化との関連イベントがされているが、京都の夕刻の町は明かりが煌々と点いていて、北から南に川端通りを鴨川沿いに下り、二条あたりから高瀬川沿いの木屋町に出た。

 今から約400年前、まだ電気のない時代に、角倉了以という人が二条通りから伏見港と呼ぶ宇治川までの約10キロに物資の運搬用に掘削して作った「高瀬川」が今も当時の風情を垣間見る如く残っているところである。

 江戸から大正にかけて難波を中心とする物資を、京都の市中と繁華街に水路で運んでいた当時の面影と共に、幕末の若き志士たちが行き交ったであろう、飲み屋街に多様な歴史と若者達の情熱を感じるところである。

 その頃は「人生50年」と言われた時代だろうと思うが、当時の20代から30代の青年達は、この地で、国を思い、自分達の生活と将来の国のあり様に思いを巡らせて、日夜、この高瀬川、木屋町界隈で話し合い、出会い、行動をしていたのだろう。

 今何処、学生もサラリーマンも、そんな真剣な風情は現在は微塵もなく、享楽の繁華街と化している木屋町、高瀬川界隈を通りながら、現代日本の多くの課題が脳裏をよぎり、共謀罪の新設や憲法、教育基本法の改悪、また自衛隊のイラクでの配置転換?、アメリカ追従の日本国、天皇制など、議論すべき時だと敢えて思ったのである。

 新緑から梅雨本番の京都、木屋町、高瀬川。

 ぜひ一度訪れてみてください。ただ単に「京都」を感じるだけでなく、たった100数十年前の、幕末から大正デモクラシーと称された時代の息吹と若者達のエネルギーを感じる町でもありますぞ。

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