アルトー・ビーツ日本最終公演はBar Issheeでの20名限定「スペシャル全席かぶりつきライブ+パーティ」。
行ったことのある方ならご存知の通り、Bar Issheeはただでさえ20名もお客さんが入ると満席という狭いスペースである。そこにドラム、ベース、シンセ、キーボード+マル秘ゲストの5人のミュージシャンの機材をセッティングするのだから、否応なくかぶりつき状態になる。前日のワークショップの参加者や、タケダさんをはじめライヴに来ていた方もチラホラ。Bar Issheeが初めての方も多く会場狭しとセットされた機材に驚いている。早めに入場したのでど真ん中前列の最高の席を確保。この会場は狭さ故にお客同士すぐに仲良くなる。後ろに座っていた方が「吉祥寺Gattyみたいだな~」と話していたのを耳にはさみ「私そこでカウンターやってました」と話しかけしばしGatty話に花が咲く。というかGattyを知っている人に会う事自体滅多にないレアな出来事なので嬉しくて溜まらなかった。折しも6月17日は雑誌「フールズ・メイト」の編集長でレコメン系ロックを日本に広く紹介した北村昌士氏の命日。その日に元ヘンリー・カウのメンバーのライヴを観ることになるとは不思議な因縁を感じる。
急遽立ち見の当日券を出したから、入口からカウンター前にかけてはトイレに行くのも一苦労の激混み状態。出演者ですら人と機材を掻き分けないとステージに辿りつけない有様。開演時間になるとユミさんが登場し撮影・録音に関しての注意事項~基本的に自由に撮影・録音していいが、そのデータをバンドに提供すること~を告げる。
1stセットはジョン・グリーヴスのピアノ弾き語り。ヘンリー・カウではベーシストの印象が強いが、ソロ・アルバムやコラボ作では流麗なピアノと味のあるヴォーカルを聴かせる。ピアノの最初のフレーズと歌い出しを聴いた途端に「うわ~カンタベリーだ」と思った。ロバート・ワイアットやソロ公演が素晴らしかったピーター・ハミルなどを髣髴させる英国らしい陰影に溢れた心に滲みるメロディーと感情表現豊かなヴォーカルに夢心地になる。フランス在住のジョンは詩人ヴェルレーヌの詩に曲をつけたアルバムを発表しており、そこからフランス語の曲も披露。前日物販で「Verlaine」というタイトルのCDを見て元テレヴィジョンのトム・ヴァーレインと共演してるのかなと勘違いしていた(汗。50分近くに亘るセットの最後の曲にジェフ・レイがフルートで参加。フルート好きには堪えられない感動的な演奏だった。
休憩中に知り合いの音楽評論家の佐藤英輔さんやdoubt musicの沼田さんと話し込む。ユミさんがマイクを持って物販CDの紹介をして、売れる度に「○○さんお買い上げ~」と拍手が起こりまるでホストクラブ状態。この家庭的な雰囲気が彼らの最終公演に相応しかった。
2ndセットはアルトー・ビーツの演奏。前日は自分の出演を控えており落ち着いて聴けなかったので、今回は集中してじっくりと耳を傾ける。眼の先50cmのところでジョンがベースを弾いている。その左奥にクリス・カトラーのドラム、正面にはジェフがシンセやエフェクターを乗せたテーブルを前に座っている。ユミさんのピアノは右手奥の照明が当たらない場所。かぶりつきというより演奏者に取り囲まれる状態。前日のワークショップでも気がついたが、彼らの演奏においてはヴォーカル・パフォーマンスがかなりの比重を占める。ヘンリー・カウ後期~アート・ベアーズでもダグマー・クラウゼを核とした「歌」に重きを置いていたが、ユミさん、ジョン、ジェフの3人がそれぞれ別々の歌/言葉を同時に発するスタイルはアルトー・ビーツならではの個性を形造っている。そしてその演奏の素晴らしさといったら!前日の演奏が小手調べに思えるような超絶なテクニックの応酬と技を超えた高次元の感性の発露。ワークショップで彼らが語っていた「即興演奏の本質」がその言葉通りに実践されていて今になって心と頭の中に収まり処を見い出す。各自がバラバラの方向に進んでいるうちに自然にグルーヴが生まれ一点を目指して駆け上がり、登り詰めたところで一気に拡散し無限大の世界に旅立つ。いくら拙い言葉で説明しても体験した者にしか分からない、サウンドに玩ばれるような感覚。まるで孫悟空が釈迦の手の上から抜け出せないように聴く者を包んで離さない広大な音の宇宙。これ以上語るのは止めよう。
約1時間の怒涛の演奏が終わり割れるような拍手。「普通なら一旦引っ込んで再登場する処ですが、スペース的に身動きが取れないので」とそのままアンコールに突入。前日のステージでチラッと話していた「ヨーロッパ在住の日本人演奏家」をゲストに呼び込む。アルタード・ステーツのギタリスト内橋和久氏だった。ウィーン在住の内橋氏は舞台音楽の仕事でちょうど来日中でこの日が落日だったが、打ち上げを抜け出して駆け付けたという。クリスとは何度も共演しているが、ジョンとは10数年ぶり、ユミさんとジェフとは初共演。エフェクターをテーブルにぎっしり並べてサウンドを変調する独特の奏法はアルトー・ビーツの演奏と見事な親和性を持つ。約15分のセッションだったが前日の梅津さんとの共演とは全く違う表情の演奏が聴けて貴重な体験だった。
ユミさんの感極まった感謝の挨拶が終わり、そのまま打ち上げを兼ねたパーティー。クリスと暫く話し込む。日本から戻ったら自己のレーベルReR Recordsの仕事が待っているという。月並みな質問で申し訳ないがと前置きしてヘンリー・カウ再結成の可能性を尋ねると、リンゼイ・クーパーが体調悪化のため演奏出来ないという現実的問題もあるが、クリスをはじめ他のメンバーも全く再結成の意思は無いとのこと。この場にメンバー3人が集まっている事自体が奇跡的。全員が同意しているのはとにかく毎回違った演奏、新しい演奏をするということである。よくある昔のバンドの再結成ツアーのように過去の曲を再演することは決してあり得ない、と強調していた。灰野さんが海外公演について、お客さんはCDやレコードの再現を求めているのではなく、今まで観たことのない/聴いたたことのないパフォーマンスを求めてライヴに来る、と話していたが、正にクリス達も同じことを考えていた。これこそ真の"進歩的=プログレッシヴ"な姿勢であると実感。クリスが65歳、ジョンが66歳、ジェフが67歳と年子のような彼らだが[8/1訂正:ユミさんからの情報でジョンは62歳、ジェフは66歳とのことでした]
、まだまだ長生きして進歩し続けて欲しい。
かなりお酒も進みメンバーを始め色んな人と話が尽きないまま終電ギリギリまで騒いだ後、いそいそと家路に着く。この素晴らしい二日間を忘れることは一生ないだろう。
▼クリスがBar Issheeの壁に逆さに書いたサイン。
プログレッシヴと
懐メロは
全く別のもの
ヘンリー・カウ組は翌日ヨーロッパへ帰るが、ユミさんは暫く日本に残ってライヴやワークショップを続ける。
ご挨拶したかったです。
実際ライヴに来ていたお客さんの多くは同時期来日のUKも観たようですが、クリスさんと話して分かったのは、アーティストとしての姿勢が全く違うということでした。動員/売り上げはUKの方が圧倒的に多かったでしょうが、音楽の質/音楽家としての志の高さでは1000倍アルトー・ビーツの方が勝っていたと私は断言できます。また機会があればぜひ来日して下さい。
Johnは1950年生まれで62歳です。
Geoffは1945年生まれですが10月生まれなのでまだ66歳ですね。
私は12月にまた日本に行きます。
アルトー・ビーツではたぶん来年!
アルトー・ビーツのインタヴューとライヴレポ、ライヴCDRレヴューが8月下旬発売のユーロロックプレスに掲載されます。
日本ツアー音源は今年暮れあたりにリリースできるべく鋭意作業中。
楽しみにしててくださいね。
ご丁寧に訂正ありがとうございました。本文を直しておきます。来日時記事やリリース、さらに再来日を楽しみにしています!