なんでも上から目線の姿勢をとってくる。これをやられると、かなり、悟っているように思っていても、腹が立つ。相手の本音が見えるわけで、相手もそれを承知のうえでそうしているわけで、その意味は、アンタの値打ちは、私以下なんだと、公然と、宣告されている気がして、腹が立つのだろう。
小生と母親の関係は、かなり前からそうであった。彼女の手練手管に操縦されてきた。母は、相当なエゴイストである。もともと、金融財産はないから、子供に依存しているのだが、それを感謝するということをしない。口先だけであり、「ココロ」がない。利用するのみ、という本音がみえる。
小生らの将来を思ったりはしない。お金を使うのは自分のためだけであり、こちらからの援助については、すべて忘れるし、気にしない。「子供が小さかったとき・・・」が口グセであり、比較がすきであり、相手をキヅつけることを好んで言う傾向がある。自分が褒められるのがすきであり、若くみえることを、最大の自慢にしている。
弟や妹家族が、正月に家に来ると、(長い間年末から泊り込みで来るのが、恒例になっており、その支度、応対で、妻は相当タイヘンであった。小生は、はっきり妻にいわれるまでは、気にしていなかった。弟の嫁などは、こちらへ来ると、楽だからと喜んでいたという。)彼らがくると、母の態度は、たちどころに、横柄となり、妻は女中のような扱いとなる。妻は、正月、お盆に、人がくると、偉そうにされ、しかも、経費をもたされ、こきつかわれ、しかも、機会をとらえて、差別されていた。この辺の事情について、妻にきかされるまで、小生は、まったく、気付いていなかった。
あるとき、妻に言われ、じっくり観察すると、上記のような事情が飲み込めてきた。母の態度の使い分けに気付くと、彼女の本質を理解できた気がした。嫁姑問題だけでなく、人間として、その姿勢に根本的な欠陥をみる思いであった。
気付いたあと、恒例の「泊り込み」は、家内の両親とともに、正月旅行を敢行して、消滅させた。お盆の「泊り込み」も自然消滅となった。
母の足は、小生が中学時分から、悪くなってきていた。小生が働くようになった頃は、自力で歩き回ることができなかったのもあって、行動には制約があったのだが、われわれ夫婦と同居するようになってからは、休みのたびに、車であちこち、よく出かけたものであった。足が悪いことで、妻の勧めもあり、こちらも配慮していたのだが、手術をする気もなく、それを嘆くという風はなかった。
あるときは、傲慢となり、たしなめられると、卑屈になる。はっきりと、こちらの認識を、母に伝えているわけではないから、彼女はどう捉えられているのか知らない。極端な態度の使い分けをしているが基本は傲慢である。
中間に、心地よい人間関係の「落としどころ」があると思うのだが、彼女はそれに気付いていない。父も晩年は、母のエジキとなっていた。
父は、「あいつは、本当にうれしいということを知らない。いっぺん、喜ばしてやってくれ。」と言ったことがある。母からみれば、父も勝手な人間であり、問題があったのだろうが、母のこの種の発言は皆無である。
小生については、「お父ちゃんみたいになってきた、むつかしなって」と妻にいったという。
小生と母親の関係は、かなり前からそうであった。彼女の手練手管に操縦されてきた。母は、相当なエゴイストである。もともと、金融財産はないから、子供に依存しているのだが、それを感謝するということをしない。口先だけであり、「ココロ」がない。利用するのみ、という本音がみえる。
小生らの将来を思ったりはしない。お金を使うのは自分のためだけであり、こちらからの援助については、すべて忘れるし、気にしない。「子供が小さかったとき・・・」が口グセであり、比較がすきであり、相手をキヅつけることを好んで言う傾向がある。自分が褒められるのがすきであり、若くみえることを、最大の自慢にしている。
弟や妹家族が、正月に家に来ると、(長い間年末から泊り込みで来るのが、恒例になっており、その支度、応対で、妻は相当タイヘンであった。小生は、はっきり妻にいわれるまでは、気にしていなかった。弟の嫁などは、こちらへ来ると、楽だからと喜んでいたという。)彼らがくると、母の態度は、たちどころに、横柄となり、妻は女中のような扱いとなる。妻は、正月、お盆に、人がくると、偉そうにされ、しかも、経費をもたされ、こきつかわれ、しかも、機会をとらえて、差別されていた。この辺の事情について、妻にきかされるまで、小生は、まったく、気付いていなかった。
あるとき、妻に言われ、じっくり観察すると、上記のような事情が飲み込めてきた。母の態度の使い分けに気付くと、彼女の本質を理解できた気がした。嫁姑問題だけでなく、人間として、その姿勢に根本的な欠陥をみる思いであった。
気付いたあと、恒例の「泊り込み」は、家内の両親とともに、正月旅行を敢行して、消滅させた。お盆の「泊り込み」も自然消滅となった。
母の足は、小生が中学時分から、悪くなってきていた。小生が働くようになった頃は、自力で歩き回ることができなかったのもあって、行動には制約があったのだが、われわれ夫婦と同居するようになってからは、休みのたびに、車であちこち、よく出かけたものであった。足が悪いことで、妻の勧めもあり、こちらも配慮していたのだが、手術をする気もなく、それを嘆くという風はなかった。
あるときは、傲慢となり、たしなめられると、卑屈になる。はっきりと、こちらの認識を、母に伝えているわけではないから、彼女はどう捉えられているのか知らない。極端な態度の使い分けをしているが基本は傲慢である。
中間に、心地よい人間関係の「落としどころ」があると思うのだが、彼女はそれに気付いていない。父も晩年は、母のエジキとなっていた。
父は、「あいつは、本当にうれしいということを知らない。いっぺん、喜ばしてやってくれ。」と言ったことがある。母からみれば、父も勝手な人間であり、問題があったのだろうが、母のこの種の発言は皆無である。
小生については、「お父ちゃんみたいになってきた、むつかしなって」と妻にいったという。