悔しいことは、たとえば、亡くなった上田耕一郎さんのように、本当にすばらしい人が、あまり世間に知られずに、この世を去ってしまうことだ。
有名だが、中味のない人が多いなかで、彼のように、明るく、気さくで正しくて、内容が濃い人、こういう人がもっと評価されて然るべきであると思う。
恐らく、彼の良さは、多くの人には知られていたはずである。そこには、共産党の良さも反映されている。あの性格や、行動や、あけっぴろげの感じは、共産党のいいところなのだが、それを知っている人は少ないように思う。しかし、今の世の中では、舌をまきながらも、マスコミも為政者も、かれのような人を無視をする。
良いものを、良いとは言えない。自分の立場を守るために、そうしてしまう。だが、本当に良いものは、明らかだ。
彼は、権力を求めない人ではなかったろうか。念頭にあるのは、社会の矛盾であり、その克服であり、人間性の本当のすばらしさの可能性を、追求するのみではなかったろうか。
組織として、共産党は、「タテ社会」的な印象があって、これをどのように払拭していくかが重要である。人類が共生して生きていくための知恵というのは、まだまだこれからのことで、その可能性の実現のために、中心的に、寄与していく役割にあることは間違いない。上田さんは、その中での人物像として、まさに、中心的な展望を示してくれていた。
上田耕一郎、人物、仕事、生涯について、もっと知りたいと思う。彼の中に、人間の生き方の重要なポイントがいくつもあるように思う。
彼のような人が所属している共産党は、もっと伸びるべきだと思う。そのことで、明らかに、世の中が変わる。これだけ個人が情報を発信できるようになって、まだタブーがあって、ものがいえないというようでは、まだまだ本物の世の中とはいえない。
議席が、オーッというぐらいに増えて、資本家も、経営者も、弱者のこと、正義とは何かを、考えるようになれば、世の中相当変わるはずである。
有名だが、中味のない人が多いなかで、彼のように、明るく、気さくで正しくて、内容が濃い人、こういう人がもっと評価されて然るべきであると思う。
恐らく、彼の良さは、多くの人には知られていたはずである。そこには、共産党の良さも反映されている。あの性格や、行動や、あけっぴろげの感じは、共産党のいいところなのだが、それを知っている人は少ないように思う。しかし、今の世の中では、舌をまきながらも、マスコミも為政者も、かれのような人を無視をする。
良いものを、良いとは言えない。自分の立場を守るために、そうしてしまう。だが、本当に良いものは、明らかだ。
彼は、権力を求めない人ではなかったろうか。念頭にあるのは、社会の矛盾であり、その克服であり、人間性の本当のすばらしさの可能性を、追求するのみではなかったろうか。
組織として、共産党は、「タテ社会」的な印象があって、これをどのように払拭していくかが重要である。人類が共生して生きていくための知恵というのは、まだまだこれからのことで、その可能性の実現のために、中心的に、寄与していく役割にあることは間違いない。上田さんは、その中での人物像として、まさに、中心的な展望を示してくれていた。
上田耕一郎、人物、仕事、生涯について、もっと知りたいと思う。彼の中に、人間の生き方の重要なポイントがいくつもあるように思う。
彼のような人が所属している共産党は、もっと伸びるべきだと思う。そのことで、明らかに、世の中が変わる。これだけ個人が情報を発信できるようになって、まだタブーがあって、ものがいえないというようでは、まだまだ本物の世の中とはいえない。
議席が、オーッというぐらいに増えて、資本家も、経営者も、弱者のこと、正義とは何かを、考えるようになれば、世の中相当変わるはずである。