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「ストイック」ではない『太平記』研究の可能性

2020-09-29 | 『太平記』と『難太平記』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2020年 9月29日(火)12時32分6秒

小秋元段氏の『太平記・梅松論の研究』(汲古書院、2005)は、

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序章 『太平記』の成立・作者・諸本
第一部 『太平記』の成立と構想
 第一章 『太平記』第二部と「原太平記」の成立
 第二章 『太平記』観応擾乱記事の一側面-「雲景未来記事」を中心に-
 第三章 因果論の位相-巻三十五「北野通夜物語」論序説-
 第四章 巻三十六、細川清氏失脚記事の再検討
第二部 古態本『太平記』の諸相
 第一章 『太平記』成立期の本文改訂と永和本
 第二章 古態本『太平記』論への一視点-西源院本の表現をめぐって-
 第三章 南都本『太平記』本文考
第三部 『太平記』諸本の展開
 第一章 米沢本の位置と性格
 第二章 毛利家本の本文とその世界
 第三章 益田兼治書写本『太平記』について
 第四章 梵舜本の性格と中世「太平記読み」
 第五章 『太平記』と『三国伝記』に介在する一、二の問題
第四部 『梅松論』の基礎的考察
 第一章 『梅松論』の成立-成立時期、および作者圏の再検討-
 第二章 『梅松論』の論理と構成
 第三章 『梅松論』と『太平記』
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と構成されていますが、第一部の「雲景未来記事」「北野通夜物語」の分析は私の関心とも近くて、興味深く読みました。
それにしても、『太平記』諸本の緻密な比較は、未だ誕生していない「南北朝史を語るにあたっては、『太平記』など一切用いないストイックな仕事」ほどではないにしても、なかなか「ストイック」な世界であり、素人には近寄りがたいところがありますね。
「『太平記』など一切用いないストイックな仕事」は古文書・古記録の読解について専門的訓練を受けた優秀な歴史研究者に期待するしかありませんが、あるいは小秋元氏が絶賛されている『応仁の乱―戦国時代を生んだ大乱』(中公新書、2016)の著者、呉座勇一氏などは適任かもしれません。
最近は「陰謀論」をバッサバッサと斬り捨てることに生きがいを感じておられるらしい呉座氏は、児島高徳の実在を否定した「抹殺博士」重野安繹や「太平記は史学に益なし」と主張した久米邦武を彷彿させる鋭角的な風貌の持ち主で、現代の「抹殺博士」と呼ぶにふさわしい存在ですね。

呉座勇一の直言「再論・俗流歴史本-井沢元彦氏の反論に接して」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74400
「俗流歴史本」の何が問題か、歴史学者・呉座勇一が語る
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65110

さて、私の基本的関心は中世における天皇家の権威低下の原因と時期を探ることにありますが、そうした人々の心性、集合的な心理、社会の漠然とした雰囲気を再現しようと試みる場合、「『太平記』など一切用いないストイックな仕事」はあまり、というか全然参考になりそうもありません。
むしろ『太平記』こそが主たる素材になりますが、空気を掴むような困難な課題であるために、方法論が重要になってきます。
その方法論としては、およそ「ストイック」ではなかった山口昌男の笑いの研究が一番参考になりそうだ、というのが私の現時点での見通しであり、『太平記』の中から笑い話を抽出して、そこから天皇家の権威の低下の様相を探ってみたいと思っています。
奇矯な言い回しなので何を言っているのか全然分からないとは思いますが、とりあえず山口昌男による『太平記』研究の到達点を確認した上で、現在の歴史学の水準に照らして山口の誤解と混乱を整理し、山口理論のエッセンスを改めて『太平記』に適用した場合、何が見えてくるのかを検討したいと思います。
私にとって山口昌男は特別な存在で、私の『とはずがたり』と『増鏡』研究は山口アルレッキーノ論の応用問題でした。
山口自身は『歴史・祝祭・神話』(中央公論社、1974)の「日本的バロックの現像─佐々木導誉と織田信長」で、妙法院御所を焼いた導誉が流罪に処された際に叡山をからかった話や、大森彦七のもとに楠正成の亡霊が出た話などに触れている程度で、『太平記』に関するまとまった著作は残していませんが、中沢新一と行った対談「『太平記』の世界」(『國文學 : 解釈と教材の研究』36巻2号、學燈社、1991)には示唆に富む発言が多いので、とりあえずこの対談を手掛かりにしたいと思います。

「山口昌男と後深草院二条」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/f5180b315307f0e3bcf17c7920e79e98
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