歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

春休み!孫がお泊まり!

2008年03月31日 | その他
幼稚園は春休み、孫がパパと二人でお泊まりにきました。

一日目は“万博記念公園”でお花見です。

公園の池で、カモと鯉に餌をあげました。

“鯉”は“パン”と“お麩”の両方をパクパク美味しそうに食べました。
※鯉と書くところをカモと書いてしまいました・・・31日19時に訂正

カモは“お麩”を一旦口に入れるのですが、直ぐに吐き出しました。カモはお麩は嫌いなようです。

芝生の広場でボール遊び。

サッカーしょうか?と云ったら、孫は「フットサルだよ! じーじ」と云われてしまいました。

少人数でやるのは“フットサル”なのです。勉強になりました。

ジャンプ!


遊んだ後は、お昼のお弁当を食べます。


孫の大好きな、鶏の唐揚げ、卵焼き、ブロッコリー、トマト、海苔のおむすび。


青空の下、孫と食べるお弁当は最高です!

お弁当を食べ終わり、一休みしていると、少し風が出てきました。つくばの中心街へ移動です。

図書館脇のコヒーショップで休憩。パパのコヒーに砂糖とミルクを入れてあげます。孫は“ブルーベリーサンデー”


“Qt”で服を見たのですが、本人はまったく興味なし。

置物の犬は怖くないのです。


夕食はお刺身にハヤシライスです。胡瓜は孫の好物です。


翌朝、パパに髪を結って貰いました。



翌日は、江戸崎の“ポティロンの森”へ行きました。


ボートに乗って小ガモに餌をあげます。

「ケンカしないで、なかよく食べなさい」と云って餌をあげていました。やさしい子なのです。

ポニーは見るだけで乗りません。慎重な性格なのです。


牛さんも、遠くから観察していました。


牧羊犬による“ヒツジの追い込みショー”


可愛い子羊も遠くからの観察です。


お友達が何人かやって、安全であることを確認し、その後、上がって行きました。慎重な性格なのです。

この日は冬に逆戻り、段々と寒さが身に染みてきました。

アンパンマンショーが始まりました。

孫は寒くないようです。大人達はショーが終わると“暖かいうどんでも食べたいねぇー”となりました。

お昼です、外で食べる事にしました。

町のお蕎麦屋さんに入りました。私は「すき焼き丼」の文字に惹き付けられ、うどんから変更。

みそ汁が旨かった。

ばーばと孫は鴨南蛮。パパはカレー南蛮。


孫は頑張って半分ぐらいは食べました。食べ終わると孫にはデザートに「チョコ最中アイス」が出てきました。これは一気に完食です。

孫との楽しい二日間でした。でも、疲れました、でも、とても楽しい二日間でした。


それでは、また明日。


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咲きました!龍ヶ崎“般若院”の桜!

2008年03月28日 | 龍ヶ崎の風景
一昨日、姉が娘を連れて遊びに来ました。

母は、もう大変でした。久しぶりに見る孫、可愛くて、可愛くてしょうがないのです。孫と云っても、34歳何ですけどね。

孫も忙しく、なかなか来てくれないのです。久しぶりに来た孫と一緒に、昨日は外に出掛けて、お昼を食べようと云うことになりました。

昨日は近所の公園の桜も開花しました。


そこで、龍ヶ崎の般若院へお花見に行くことにしました。染井吉野より開花が早いので、もしかして、枝垂れ桜は満開かも知れないと思ったのです。

去年は、染井吉野が満開になった4月1日に、“愛国学園と般若院の桜と龍ヶ崎コロッケコース”を楽しんだのですが、枝垂れ桜の枝先には緑の葉が出は始めていました。

今年こそ“満開の桜を!”と、般若院に向かいました。

般若院に到着。門前には“ぼんぼり”が飾られています。“ぼんぼり”を見ただけで、ワクワクしてきました。


本堂にお参りするのも忘れ、連れの事も忘れ、本堂の脇を早足で裏に回りました。


咲いてます! 満開! 綺麗! 凄い!


おッ! やッたァ! やッたァ! ピンクです! 濃いピンクです!


お見事! 枝垂れ桜!


う~ん。イイです! 立派なもんです!


姪も、姉も、母も、感動しています。


美しいです!


艶やかです! 興奮しました! 参りました!


全員の顔が“ほころび”ました。帰りの車内では、

良かったねェ! 綺麗だったねェ! 凄かったねェ! の連発でした。


昼は若柴宿の“お蕎麦屋さん”へ。


私は、純粋に蕎麦だけの大盛り。


三人は温かいお蕎麦。


ここは、なかなかのお蕎麦を食べさせてくれます。3人は満足し完食。


青空の下、素晴らしい“枝垂れ桜”を鑑賞し、

美味しい“お蕎麦”を堪能し、

途中“歴史民俗資料館”に立ち寄り、素敵な時間を過ごしました。



それでは、また明日。


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掘ノ内の“お祖師様”と木蓮

2008年03月27日 | 街の風景
先日、東京杉並の“妙法寺”に隣接するお寺に行って来ました。お彼岸、二度目の墓参りです。

環七通りに面した妙法寺入り口です。こんな風になっていましたっけ? 去年来た時には、確か無かったような気がしたのです。


その場で、連れに「これって前からあったけ?」と聞くと、「あったと思うよ」との返事、それでも、どうしても、納得できませんでした。

それで、帰宅後に去年の写真を見たところ、この“デカイお墓”のようなモニュメントが“しっかり写って”いたのです。

記憶が“かなりいい加減”になってきた模様です。見た目がつい最近できた風に見えるので、つい最近できたものと勘違いしたようです。

お墓に供えるお花を買いに、いつもの妙法寺前のお花屋さんへ。



境内の木蓮が満開。


木蓮の下、お説法をするお釈迦様でしょうか? 


そう!“木蓮”なんですけど、先日、突然に閃いたのです。

“蓮”に“似ている花”が咲く“木”なので、“木蓮”だッたのだ!と。

今の今まで、気が付かなかったのです。知っていた人には「何を今更。そんなこと、字を見りゃ直ぐに判るだろ!」と云われてしまいますけど・・・・・・。


手押しポンプ。水が勢い良く出ました。先っぽに付いている、“手拭いで作った袋”が懐かしい! 昔の濾過装置です。


昼は“まん月”の蕎麦を食べる予定でした、1時を回っていたので大丈夫と思って行ってみたら、店先に空席待ちの客が数組が並んでいたので諦めました。

妙法寺前の通りの先に、小さな蕎麦屋を見つけそこに入りました。


入って右側に、4人掛けのテーブルが2卓。


左側は、真ん中が4人掛け、左右に2人掛けが2卓。計5卓の16席です。


店内に先客は居ません。我々は、入って左側の中央4人掛けに席を取りました。普通の町のお蕎麦屋さんです。


連れは「とろろそば」で、


わたくしは「大辛おろしそば」の大盛りです。


味も、普通のお蕎麦屋さんです。特に問題はありませんでした。

我々が食べ終わる頃には、店内満席状態になりました。これが不思議なのです!入った時は先客がゼロで、出るときには満席になる、そんな事がよくあるのです。

私達は、客を呼び寄せる“普通ではない客”なのか? 

それとも、単に、客足の途絶える谷間の時間帯に、飲食店に入る傾向があるだけなのか?

まぁ。兎に角、墓参りを済ませ、昼食を済ませ、この日も、無事に帰宅となりました。

車から眺める東京の町、そろそろ、東京を歩き回りたくなりました。どこいら辺を歩くのか、花見もあるし、これから、いろいろ考えなくてはいけません。



それでは、また明日。


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“春”・“春”・“春”で~す!

2008年03月26日 | 季節の風景
     昨日は ホントに暖かく 春でした

     近所を自転車で走り回って来ました

      風が気持ちイイです 

        暖かいです

  小さな虫が飛び回り 顔にぶつかって来ました

      ♪土筆~の子が 顔をだします~



           もう春で~す

          春は タンポポ



          野原も 緑にお色直し
       


    ♪テ~ン ト~ウ 虫も しゃしゃり出て~



     可哀想に 変な名前を付けられて・・・・・・


     我が家の 遅咲きの梅も 咲きました



     もうすぐ 桜も 咲きそうです



        “春”になりました


        それでは、また明日。




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“折り合いを付けて”みませんか?

2008年03月25日 | その他
最近、ボンヤリと“あること”を考えていたら、こんな言葉が頭の中に浮かんできました。

      “折り合いを付ける”・・・・・・です。

これまで、この言葉とはまったく無縁であり、今頃、今更、何故? どうして? そんな不思議な思いがするのです。

折り合うことは“妥協”であり、何となく、これまで「マイナスイメージ」を抱いていました。

それと、これまでの人生で、折り合うことを必要とした場面は、これまでにあったのか? なかったのか? 無意識に折り合っていたのか? それとも避けていたのか?

折り合うことは、それなりに、気を使い、頭を使い、時間を使い、面倒で、かなり疲れる事だと思います。

面倒でも、疲れても、それなりに、悩んだり、考えたり、怒ったり、笑ったり、泣いたり・・・・・・、そんなことを繰り返して、それなりに、折り合いを付け、そして、何かが変わる・・・・・・、そんなことなのでしょう。

兎に角、みんな、折り合いを付けて、「オーキク」なるのでしょう。

  “み~んなぁ悩んでぇ! オ~キクなったぁ!”

と、昔、テレビCMで“野坂昭如?”がそう叫んでいました。

話は、折り合いについて進めます。

先ずは、そもそも、相手は折り合うに「あたいする」対象かを考えなければいけません。

相手が自分と同じ思い、同じ方向に向いているのか、判断する必要があります。

例えば、“イスラム教原理主義”と“キリスト教原理主義”では、互いに一つの神しか認めないのですから、折り合いは付きません。

でも、まぁ。これも、付かない分けでは無い・・・・・と、思うのですが、いつの日かは、きっと、そんな日も来ることでしょう

例えが、かなり、遠くへ飛んでしまいましたが、遠くではなく、普通の人の、普通の身辺的な「もめ事」での折り合いは、それなりに付く気がします。

お互いに折り合いを付けようとする、意志と気持があれば、それなりに折り合いは付きそうです。

一時の“感情のぶつけ合い”では、折り合いは付かないでしょう。

その為には、

自分の考え思いに、何処か辻褄の合わない所はないか? 単なるその場の一時の感情か?それなりに分析し、

それなりに、辻褄が合い、これまで持ち続けてきた思いであったなら、次に、落ち着いて、冷静に、相手の立場に立って、判り易い伝え方を考え、

また、折り合いですから、相手の考え、思いを、落ち着いて、冷静に聞き、それなりに、分析し、自分の考え思いと、摺り合わせ、

それなりに、一致点、相違点を整理し、冷静に、話し合い、聞き合い、そんなこんなを繰り返す、

大変に疲れる事が“折り合いを付ける”ってこと、かも知れません。

広辞苑を引くと、

【折り合う】 対立した同士が譲り合って解決をつける。おれあう。

“折り合う”は、折れ合うこと、互いに「折れる」ことのようです。

折れることは、部分的敗北ではなく、互いに、自分を思い、相手を思いやること、そんな積極的、前向きの意味がある・・・・・・、そんな気がしてきました。

互いに折れる合うことにより、お互いに思う方向に、一歩でも、1㎜でも、近づく事のようです。

生きていると、いろいろな場面で、それなりに「折り合い」を付けなければ、いけないのかも知れません。

折り合いを付けてきた人、付けなかった人、それなりに何らかの違いがでてきそうです。

折り合った人は、面倒で疲れる事をくり返して来たので、それなりに、複雑で、味があり、面白い人になっている可能性が高くなりそうです。

私も、若い頃に「折り合う事」に気付いていれば、もっと違った人生だったかも?知れません。

いい歳して、今更ですが、誰かと、何かに、折り合って見たくなりました。

人生は、折り合いの“繰り返し?” 折り合いの“積み重ね?”


意識的に折り合って“きた人”

無意識のうちに折り合って“いた人”

まったく折り合わなかった人、

それなりの違いが現れてきそうな気がします。


折り合いを付けることは、面倒でも、前向きで、それなりに楽しい事のような、そんな思いがしてきました。




どうですか? 

  誰かと、何かで“いろいろ折り合って”

 “いろいろな折り合いを付けて”みませんか?


“折り合いを付ける” 何か、とても良い響きの言葉に聞こえてきました。


それでは、また明日。



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“朝青龍”の味方です!

2008年03月24日 | 相撲の話し
大阪場所が終わりました。

優勝は“横綱朝青龍”でした。12日目の琴奨菊、13日目の琴光喜と、佐渡ヶ嶽部屋に連敗し、千秋楽の横綱決戦に勝って、13勝2敗の優勝でした。


朝青龍の”悪役人気”は定着しました、悪役は強くなければいけません。同情されては悪役になれません。

それにしても、朝青龍の今場所は気合いが入っていました。鋭いとか、厳しいとか、と云うよりも“荒っぽい”相撲でした。
   

後半戦は体力を消耗しての2連敗でした。15日間、毎日、毎日、全力を出し切って闘うのが朝青龍です。

2~3番の“情実相撲”がないと身体が持たないのです。でも、しかし、裁判で係争中ですから、その手は・・・・・・。

相撲は興行ですから、それなりの演出が必要です。ガチンコ勝負ばかりでは、見ていて面白くありません。

年間6場所、一場所15日間全員が全力で闘ったならば、興行は成立しません。“いろいろなこと”があって“伝統文化”なのです。

“伝統と文化”は、複雑で怪奇で、表と裏が絡み合って、面白いのです。

朝青龍は、始めて生まれた“悪役横綱”です。これから、“善玉横綱”白鳳との優勝争いが楽しみです。


それにしても、何にやっているんだ! 大関陣は!?

“もう、イイです! もう!あなた達の出番は終了しました”

出場した大関全員が“8勝7敗”です。“情け無い”です、惨めです。
“成績の情け無さ”を通り越して、そんな成績で“大関に留まっている事”が情け無いのです。

先ずは“千代大海”
大関になったのが平成11年3月。大関在位記録も更新しました。土俵際で相手を叩いて、片足立ちで回り込む“オットト勝ち”は、もうイイです。
   

次は“魁皇” 
大関になったのが平成12年9月。もうこれ以上、角番記録の更新はいいと思います。土俵に上がっても同情人気だけです。
   

それと“琴欧州”
大関になってから、まったくダメです。元気がないと云うよりも、相撲が“嫌い”で、“仕方なく”取っているように見えます。

他に好きなことがあれば、そちらの道にお進み下さい。
   

最後に“琴光喜”
同一対戦相手との“連敗新記録達成”は何とか阻止しました。
   

大関昇進時は、過去の琴光喜から、新しい琴光喜に生まれ変わった様に見えたのですが、やっぱり、そうは行かなかったようです。
  

親方の、元琴の若と云い、琴欧州と云い、どうも、“ハッキリ”しない人が多い佐渡ヶ嶽部屋です。

琴奨菊にも、そのうちに伝染しそうで心配です。 

兎に角、魁皇、千代大海は、そろそろ後進に道を譲って下さい。皆さん頑張りました。記録も作りました、記憶にも残りました。


それで、楽しみなのは“把瑠都クン”です。

白露山、露鵬、黒海、琴欧州と、暗い性格?に見える欧州勢の中、ただ一人、勝手も負けても、明るい笑顔の把瑠都クンは、新しいキャラクターです。

来場所は、横綱、大関を、投げ飛ばし、突き飛ばし、大相撲を面白くして下さい。

それにしても、期待を裏切り、いつもの「そこそこ勝ち」の「そこそこ負け」に終わった稀勢の里です。

今年いっぱいです、もうこれ以上、こんな状態が続くと「誰も何も云わなく」なります。

来場所は二桁勝つように! 聞いてるか! 萩原 寛!


それでは、また明日。


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土浦神龍寺“オッパイ観音”の“涙”は?

2008年03月21日 | お寺・神社
昨日の続きです。

「たまき(環)地蔵尊」のお隣は、かなり大きな観音様です。


胸に抱かれた赤ちゃんがオッパイを飲んでいます。


“オッパイ観音”です。単なる「慈母観音」ではなく、“乳母観音”のようです。かなり珍しい観音様だと思います。

雨跡が涙を流しているように見えます。親の手で幼い命が絶たれるニュースを、観音様は悲しんでいる・・・・・・そんなお顔です。

「柔らかな微笑み」が、ほんの僅かだけ欲しい様な・・・・・・そんな気がするのです。


こちらが本堂。この日は庭木の手入れに植木屋さんが入っていました。本堂の周りには、それなりに木が植えられています。


お寺の大屋根は、直線と曲線と勾配が美しいです。



複雑に組み上げられた、木、木、木・・・・・・、この各部の名称を調べてみたら、


三手先(みてさき)、 斗(ます)、 大斗(だいと)、 巻斗(まきと)、 方斗(ほうと)、 肘木(ひじき)、 木鼻(きばな)、 長押(なげし)、 軒桁(のきげた)、 丸桁(がんぎょう)、 実肘木(さねひじき)、 間斗束(けんとづか)中備(なかぞえ)、 小壁(こかべ)、 軒天井(のきてんじょう)、小天井(こてんじょう)、 支輪(しりん)、 垂木(たるき)、 地垂木(じだるき)、 飛擔垂木(ひえんだるき)、 隅木(すみぎ)、 尾垂木(おだるき)。

こんなに、幾つもの部材が組み合わされているのでした。どの部材がどの名称かは、調べてみて下さい。

この中で、知っていたのは、垂木に、木鼻に、長押だけでした。


さて、本堂の階段を上がり、お賽銭を上げてお参りです。手を合わせ頭を下げていると、聞き慣れた吸引音がしてきました。


本堂のお掃除が始まったのです。そういえば、今では“掃除機”と云えば、電気掃除機のことです。

“冷蔵庫”と云えば、電気冷蔵庫のことです。アイロンと云えば、電気アイロンのことです。

電気で動くのが当たり前になったのです。当たり前の事は云わなくなったのです。

「それで、どうしたの?」と云われても・・・・・・。まぁ、只、そんな事を思っただけで、特に意味はありません。

それで、掃除機の音を聞きながらのお参りでした。掃除されていた方は、参拝者の居ることには気付かなかったようです。


このお方が、このお寺に、一番貢献された住職さんと思われます。たぶん本堂を新築された和尚さんと思われます。


やはり、何と云っても、目に見える「形」を残すことが一番判り易いですから、立派な方でも、何か形を残さないと、いつかは忘れ去られてしまうのです。

本瓦葺きの屋根は美しい。


瓦の端を飾る“鬼瓦” なかなか立派な鬼瓦です。


鬼瓦を造る職人は“鬼師”とか“鬼板師”と呼ばれるそうです。

土浦の復元された藩校の門を見に行き、その先で、偶々見つけた「神龍寺」でした。

お寺は良いものです。落ち着く空間です。


それでは、また次回。


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土浦 「神龍寺」 “たまき地蔵”の謎

2008年03月20日 | お寺・神社
昨日の続きです。

山門を潜ると左手に、それこそ「まっ赤か」に塗られた祠が眼に飛び込んできました。

“真っ青”な空をバックに“まっ赤か”の祠、はためく幟。荒涼から喧噪に移ります。


お寺の境内に豊川稲荷、神も仏も一緒、神仏混淆です。それにしても、混淆と云っても、神社にお地蔵様や観音様は居りません。

お寺の住職の住まいには“神棚”がありますが(母の実家で目撃)、神社の神主さんの住まいに“仏壇”はあるのでしょうか?

日本人の信仰に対する許容範囲は、かなり“広い”と云うか?、“ゆるい”と云うか? 

まぁ。狭いより広く、厳しいよりも緩く、やっぱり、これで良いのです。これぞ穏やかで、和やかで、平穏なのです。

初詣は神社に参拝、お彼岸、お盆は墓参り、ハロウィンにクリスマス、そして、教会で十字を切り、永遠の愛を誓ってしまう・・・・・・、こんな“ゆるさ”が良いのです。

そのうち、ダイエットを兼ねて、ラマダーンの断食が流行るかも知れません。


お稲荷さんの隣にはお地蔵様です。
 

高札には「たまさ地蔵尊」とあります。
  

「たまき」とは何のこと? 由来を読んでみました。


・・・在学中に亡くなられた、児童職員の霊を慰めるため創設・・・、(たまき)とは、130年前、神龍寺の住職で名僧と云われた、大寅和尚の「欠けることなく 余すことなく 只一輪」の教えを校章したものに由来・・・

読んでも判りませんでした。何で「教え」が学校のマーク「校章」になるの? 教えの図案化? どうやって? 判りません。

調べてみました。先ずは広辞苑で「たまき」を引いてみたら、

た‐まき【手纏・環・鐶・射#】
腕飾りの一。古代、玉・鈴などを紐に通し、ひじにまとった輪形の装飾品。

と、ありました。


次に、「土浦小学校」のホームページを見ました。


この黄色い輪が、校章の「たまき」のようです。

「余すことなく 欠けることなく 只一輪」の、一つの“輪”を図案化したのでした。

“輪”は、完全、無欠、無限、永遠、の象徴なのです。輪は、環であり、和なのです。

   

     ---ホームページからの引用---

 本校は,明治6年(1873年)2月に開校してから,今年で135周年を迎える歴史と伝統のある学校です。JR土浦駅に近く,土浦市の中心に位置しています。近隣には,亀城公園や市立博物館があり,学習環境に恵まれています。

 昔から,土浦小の子どもたちは,『たまきの子』と呼ばれています。金色で一輪の輪を描いた校章「たまき」<<○>>は,明治35年1月に制定されました。(当初は,赤色の一輪だったそうです)

「たまき」は,環・輪の意味であり,いつでも どこでも 誰とでも仲良くできる子どもたちに育ってほしい,という願いが込められています。

 野口雨情は,本校の校歌を作詞した折,校歌の3番をこの「たまき」で結びました。

  われ等の校章 たまきこそ 余らず欠けず  永久に

  天地の如く   つくるなき  動かぬ御代の 微なれ

 校章や校歌に込められた先人の願いや思いを大切にしながら,豊かな心を持ち,たくましく生きる力を備えた「たまき」の子の育成に努めて参りたいと思います。

     ---引用終わり--- 


「たまき地蔵尊」は、大変勉強になりました。

でも、しかし、「高札」の説明文に、・・・(たまき)とは、「環」、「輪」を現す言葉・・・と、注釈が入れてあればと思うのです。

何たって、小学校の「お地蔵様」ですから、その程度の教育的な配慮があっても良いと思うのです。

お地蔵様の話が長くなりました。

次回は、やっと本堂に辿り着きそうです。

それでは、また明日。


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土浦市“神龍寺”の荒涼 

2008年03月19日 | お寺・神社
先日、土浦市に行って来ました。

亀城公園の近く「旧水戸街道」沿いにある、「門」を見にいったのです。これまで、車の窓から横目でチラット見ていて、気になっていたのです。

“一度しっかり見ておかねば”と思いつつ時は流れ、この日、念願が叶い見学と相成った次第で・・・・・・。

何て、大げさな事はまったく無く、気にはなっていたのですが、それほど興味があった分けではなく、「一応、まぁ、兎に角、何かの参考にでも」と、そんなレベルでした。

それで、この日、門を見学したのですが、予想を越える事は何も無く「普通の門」でした。


今も現役の校門なのです。


土浦藩の藩校「郁文館」の門を復元したのです。


それで、門を見ただけで引き揚げるのも何なんで、この先に「何か無いか?」と歩いていたら、何かあったのです。

“神龍寺”と刻まれた石柱、駐車所的空き地の先に、お寺の本堂が見えたのです。

こんな所に予想外のお寺が、何か面白そうな気がしてきました。


近づくにつれ、何だか“妙な気”がしてきました。灰色のブロック塀に、灰色のスレート屋根・・・・・・、何か妙です。


妙な風景なのです、不思議なのです。“何か?”変なのです。


変です。何か“異様”です。


雲一つ無い青い空を背景に、積み上げられた夥しい、石碑、石塔、石仏の群。周囲には“緑”が無いのです。


視界のなかは“石と空”だけです。“ふつうの神社仏閣”では“緑”を感じるのです。


“埃ぽっい”のです。“荒涼”なのです。何処か砂漠に埋もれた遺跡の匂いを感じたのです。

1、2本の小さな木は生えていますが・・・・・・、それでも、やっぱり、風景は荒涼なのです。

あっ! もしかして? 私が荒涼?・・・・・・なの? いいえ。風景の方です。


山門の傍らに「不許葷酒入山門」とあります。


ネギとか、ニラとか、ニンニクとかの臭い野菜を食べたり、酒を飲んで酔っぱらったりしている者は、寺の境内に“立ち入るな!” との警告です。

餃子でビールを飲んだのは一昨日の晩ですから、大丈夫だと思います。念のために息を吐いて嗅いでみましたがOKでした。

それでは、山門を潜ります。


この先は次回とします。


それでは、また明日。





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牛久市の“薬師寺”は“金剛組”でした

2008年03月18日 | お寺・神社
先日、隣町の牛久市に行って来ました。

国道6号を土浦方面に向かい、牛久駅前を過ぎ商店街が途切れた所に、“真言宗 豊山派 田宮山 薬師寺”があります。

通行量の多い国道に面して、細く、暗く、静かな石畳みの参道の奥に、本堂があります。入り口は狭いですが境内は広いのです。


薬師寺を見つけたのは、今から3年前のことです。前を何回か通り過ぎていたのですが、それまで気が付きませんでした。



最初に訪れた時の本堂も、それなりの本堂であった記憶があります。それでも、しかし、今回、本堂が新しくなったのです。



歳月を経過し、味わい深く変化した木造建築も良いのですが、ピッカピッカで、出来立てホヤホヤの木の香漂う新築も、これもまた良いものです。



小さなガラス窓越しに、本堂の内部を覗いたら、照明器具の取り付け工事を行っていました。

天上を見上げる住職と思われる方、天上を指差し何やら説明している、作業服姿の工事関係者。

室内の設備工事は終わっていない様子でした。


新品の木組みが美しいです。


この“お賽銭箱”が、重量感があって、何とも云えず、とても立派でした。


最近はこんな警報装置が付いているのです。こんな立派な賽銭箱だと、賽銭箱ごと盗まれたりして? 


菊の紋章です。


向拝の彫り物。


定番の獅子


定番の龍


彫り物と、構造材では材質が異なるようです。これまで、古くなったものしか見てこなかったので、同じ材質で造られていると思っていました。


やはり、あの“金剛組”の仕事でした。


去年の11月に竣工となっていますが、細かい設備工事は終わっていないようです。

お寺や神社は木造に限ります。

木造建築は古くても良し、新しくても良し、なかなか結構なものです。


それでは、また明日。


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