歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

麻生総理殿 国民を舐めんなよッ!

2008年09月30日 | 雑談
今日も雨、昨日からずっと雨、ぼんやりも2日目に入ると退屈になります。

それで、昨日の所信表明の演説なんですが、国会中継は2時からNHKでやっていました。

昨日、テレビ番を探しても見当たらなかったと書いたのですが、老眼のせいと、午前中とばかり思い込み2時台を見ていなかったのです。

それにしても、確かに、異例の所信表明でした。選挙の街頭演説でした。

でも、しかし、麻生内閣が「初めて」の「選挙管理内閣」であり、異例の「暫定総理」と云う性格を考慮すれば、あのような「質問」の連発は、致し方ないのではと思いました。

それにしても、実に簡単で、判り易い内容でした。言い換えれば、中味の全くない退屈する暇もない、短時間で、簡単で、明瞭で、後に何も残らない、サッパリとして、胃にもたれない、気楽なお話でした。

兎に角、与党も野党も、解散のタイミングを互いに探りあい、自分有利の呼吸で立ちたい、相手を土俵から押し出したい、唯一解散だけが目的の臨時国会ですから、あんなモノなのでしょう。

それにしても、所信表明演説が終わり、演説原稿をたたみ、議場に向かって一礼し顔を上げた直後に、一瞬”ニタっ”と笑って席に向かって歩きだしました。

あの表情こそが、まさに麻生太郎でした。暫定とは言え、やっと掴み取った「日本国総理大臣」の地位、そして、前例の無い異例の「質問型所信表明」。

してやったり!とか、どうだァ! さァ。どうする!

これまでの、安倍や福田とは俺は違うぞ! 

甘く見るなよッ! 舐めんなよッ! オィ小沢!

そんな、こんなを、混ぜ合わせたような表情でした。

麻生総理の演説は、短くて、判り易く、挑戦的で、とても面白かったです。


それにしても、若ノ鵬です。

やっちゃいました。もう、相撲界には戻れません。

大麻をやっているのは俺だけじゃない、八百長だってもうこの際だから、みんなしゃべってやると、とうとう云ってしまいました。

これでお終いです。八百長には触れてはいけません。八百長は相撲の伝統なのです、文化なのです、仕来りなのです、味付けなのです。

相撲には、それなりの演出は必要なのです。ガチンコだけでは、怪我人が続出、休場続出、力士寿命半減、興行中止に追い込まれます。

何と云っても、本場所を年6回は見たいのです。


外は、雨がやんだようです。

久しぶりに、自転車で走り廻りたいと思います。先日、後輪のタイヤ交換をしました。1年弱の寿命でした。


それでは、また明日。



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冷たい雨の月曜日に・・・・・・。

2008年09月29日 | 雑談
雨の月曜日です。

今朝は、11月の気候、静かで、冷たい雨が降っています。

こんな日は、一日ぼんやりしていたい・・・・・・と、思いつつ、憂鬱な気分で電車に乗り仕事に向かったあの頃。

それが、しかし、なんと、今は、思いどおり、一日ぼんやりしていられるのです。これぞ、最高の贅沢です。

コヒーを啜りながら、窓に佇み雨に濡れる景色を、頭を空っぽにして、ただぼんやりと見つめる。

何て、のんびり静かなこんな日、世間は騒がしいのです。小泉元総理の引退に、中山国土交通大臣の辞任。

小泉さん、国会議員を辞めても、政治との関わりは続けるそうです。何を考えているのやら、国民的な「人気」が彼の「政治力」でした。

その、今さらの「政治力」で、何を実現したいのでしょうか? 彼に理想とか、展望とか、政策とか、そう言う類のものとは無縁であった彼が、何をいまさらです。

これから、気楽な立場で政界再編に関わっていく事が、彼の云う政治との関わりなのでしょう。

たぶん、積年の恨みを抱く田中派経世会の生き残り、自民党的政治の継承者小沢一郎に最後の闘いを挑み、自民党を「ぶっ壊す」を完結させる魂胆なのでしょう。そう言う点では、執念深い男です。

「小泉人気」は、いくら難でも、もう「欠片程度」しか残っていません。欠片で闘いを挑む姿も、それなりに見物ですが・・・・・・。

それにしても、話は変わりますが、あの中山さん。何か過去に、辛い思いの出来事があったのでしょうか。

少年の頃、日教組の組合員だった先生に、優秀な中山少年のプライドを大きく傷つける事件があったとか・・・・・・・。

それとも、組合員の家に飼われていた犬に、吠えられ追いかけ回され、持っていた大好きなケーキを奪いとられたとか・・・・・・。

何か、そんな、過去の傷が、日教組に対する「感情的反発」に繋がっているように思えてなりません。

彼にとっては、何が何でも、誰がなんと云おうと、どうにもならない、理性では抑え切れない、強い、強い感情・・・・・・、これは、政治的な問題ではないかも知れません。

そうでも考えないと、大臣を就任直後に、担当外で「あの発言」は理解し難い馬鹿げた発言です。

もしかして、何かの「謀略」かも・・・・・・・。

総選挙の「争点ぼかし」の深謀と遠慮が・・・・・・とも考えられます。

今日から国会が始まり、麻生総理の所信表明がある筈と、テレビ番を探したのですが、国会中継は見当たりません。

今日はやらないの?

今日じゃなかった?

麻生さんですから、あのガラガラ声のベランメイ口調で、もしかして、何か、面白い事を云うかも・・・・・・、そんな期待を抱いていたのですが、生中継はないようです。

それにしても、外は冷たい雨・・・・・・。

なんか、眠たくなりました・・・・・・。

それでは、また明日・・・・・・。


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大変だァ~~ スズメバチの巣がァ~~

2008年09月26日 | その他
昨日の夕方です、一杯やりながら相撲を見ていると、○○さんと2回ほど玄関で叫ぶ声がしました。

宅急便かと思い出て行くと、滅多に訪れる事のない隣のご主人が立ったいました。

「お宅の垣根にスズメ蜂の巣が」

「えッ。ホント」

見に行くと正しく、テレビで見た「あの模様」です。


入り口に確かにあの黄色頭のスズメバチです。


家に戻り、おふくろに伝えると、

「えっ~嫌だァ~、さっきテレビでやってたばかりよ」

「明日調べてみるよ。たぶん市で処理してくれると思う」

そして、ネットで市のホームページから蜂の駆除を探すと、ありました。

「なんでも対応室」で処理をしている事が判りました。対応できるは、巣の高さが2~3メートルまで、外から見える所にある事の、二つの条件が付いていました。

我が家の巣は条件を満たしております。条件を満たさない巣は業者に頼まなくてはなりません。そうなると費用が発生します。

今回は、無料です。タダです。ヨカッタ、ヨカッタ、これぞ不幸中の幸いです。

今朝、8時半を待って「なんでも対応室」電話を入れると、11時半頃に伺いますとの返事。

「スズメバチバスターズ」が到着したのは、予定より早い10時半でした。さぁ、これから、宇宙服のような防護服に身を固め、スズメ蜂との闘いが・・・・・・と思ったのです。

ところが、着替える様子もなく、淡々と殺虫剤を車から取りだし、


長いノズルで巣に向かって吹きかけ、


5分ほど薬剤の効果を待ち、巣に網を被せたと思ったら、チョット揺すっただけで、巣は網の中にポトリ。


呆気ない駆除でした。ホントに呆気ないのです。カメラを構えて待っていたのに。ホント、残念でした。

テレビで見るのと大違い、あれは、やっぱり、面白可笑しく、大袈裟に、テレビ映りを意識した、かなりの演出が施されているようです。

恐る恐る近づいて、網の中の巣をパチリ。


「写真撮るなら出しますから」と云ってくれました。なかなかサービスがいいのです。


巣に近づき、パチリ。


こいつが、あの凶暴なスズメ蜂です。殺虫剤をかけるとかなり収縮するそうで、生きている時は、これよりも一回り大きいそうです。


ヨカッタ。ホントに助かりました。

バスターズに聞くと、ここに来るまで、3軒の蜂を処理して、これから直ぐ次の駆除現場に向かうそうです。到着から撤収まで約10分ほどでした。

巣を除去した後も2~3日は、巣が消えてしまった事に気付かない、戻り蜂が現れるので注意して下さい、との事でした。

「なんでも対応室」は、ナカナカやります。ご苦労様でした。

本日は、緊急事態報告でした。


それでは、また来週。


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つくばみらい市こんな処に?こんな史蹟?

2008年09月25日 | 街の風景
以前、「つくばみらい市」をウロウロキョロキョロしていたら、こんなモノに出会ったのです。

場所は「浜田」と云うあたり、地図で云うと「県立藤代紫水高校」から北北西に向かって500メートルほどの地点です。

道の両側には農家と思われる家々が建ち並ぶ田舎道の直線、突き当たりは神社。


神社から視線を西に移すと、何やら「長屋門」


フツウの田舎のフツウの長屋門。


と、思っていたら、眼に飛び込んできたのが石柱に刻まれた「史蹟」の文字。


“史蹟 佐倉城 裏門”と刻まれています。佐倉と云えば千葉か?


こんな処に、こんな史蹟の門が、何か?何処か?変です。


石柱に彫られた説明にも、あたりを見回しても、フツウ良くある「教育委員会」等の文字は見当たりません。

町の指定とか、市の指定とか、県の指定とか、国の指定とか、どうもそう言う処の指定では無く、単に個人が「史蹟」と思い、史蹟と表示しているようです。

裏手にお住いの長谷川さん家が、そう思って「史蹟」の石柱を建てたようです。長谷川さん家には、殿様から拝領の、鎧兜、刀剣、その他諸々のモノがあるようです。

佐倉城、土井利勝、堀田正睦・・・、何か聞き覚えのある名前です。

史蹟を広辞苑で引くと、

【歴史上、重大な事件にゆかりのある場所や施設などの跡】とあります。

そうでした。これは蹟では無く、移築された現物が保存されている訳ですから、“有形文化財”なのです。

“史蹟佐倉城裏門”と表示すると、昔この場所に佐倉城の裏門があったと勘違いされてしまいます。

この門も、眺めてみると、それなりの“ゆかりと佇まい”はあるのですから、文化財の指定を申請した方が良いと思います。

門の周りを、長屋門風に造り、


塀を巡らせ、


確かに、それなりの佇まいです。


長谷川さんの、相当な意気込みを感じます。たぶん、相当な資財を投入し整備したものと思われます。

史蹟、佐倉城裏門は、ここに佐倉城の裏門があったのではなく、佐倉城の裏門が移築されていたのでした。

でも、ホントに?佐倉城の裏門なの?

爺ちゃんが酔っぱらうと、必ず口にする単なる法螺話じゃないの?

長谷川さん、失礼しました。


それでは、また明日。

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小池百合子“ペラペラとチャラチャラ”だけでした!

2008年09月24日 | 雑談
本日は雑談となります。

“下山シリーズ”は暫くお休みします。“暫く”は、今週中かも知れないし、1~2ヶ月位かも知れません。

兎に角、気分と準備次第となります。下山さんの話は“ウケない”から休む訳ではありません。

兎に角、昨日は相撲の話題を採り上げ、アクセスは暫くぶりに“198”となり驚きましたが、その7割が“水海道シリーズ”でした。

何故か突然、水海道がブレークしたようです。それも、DOCOMOの携帯からのアクセスでした。いったい何が?

その次が、毎日1位2位を争う“父の詫び状今なら娘に刺されてる”が1割でした。下山事件シリーズは1割以下と低迷しております。

それでも、下山シリーズは、どんなことがあっても!、何が!何でも!続けます!

兎に角、自分一人で面白がっているのです。私が楽しければそれでOK! 秋は下山事件のシーズンです。

10月に入って、必ず再開する決意をここに表明します。

やっぱり、準備がいるのです。コレまでは、記憶を辿って書いていたのですが、段々記憶が怪しくなり、もう一度下山関連本をゆっくり読み直してみたいと思います。

それに、事件に関連した土地を自分の足で歩き、事件当時の匂いの欠片を見つけてきたいと思っています。

と、ここまで書いてきて、10月に、たぶん、衆議院選挙が行われる事を思いだしました。選挙好きとしては、忙しいと云うか、落ち着かない秋になりそうです。

秋は旅行シーズンですし、今年も何処かへと考えているし、ホントに忙しい。

それにしても、今度の選挙は面白くなりそうです。戦後初めて“選挙による”政権交代が行われる可能性が高いのです。

とは云っても、自民党も、民主党も、立候補予定者の人相、年齢、経歴、政策に大きな相違は無さそうです。

看板だけが違うと云ってしまうと、身も蓋もないのですが・・・・・。

わたしの選挙区の候補者も、こんなもんかな?と云う候補者が立候補を予定しています。

政治的野心の無い、地道に社会的活動してきた、新鮮で、明るく、志の高い、若者が、早く政治の場面で活躍する時代が待ち遠しいです。

でも、まぁ、兎に角、小沢一郎に一度やらせて、多少の変化を期待するしか、ないようです。でも、本人ホントにやるのかなぁー。

自民党は、賞味期限は切れています。政権を担う人材も枯渇しました。唯一の政権政党何て云うのは、偽装に過ぎません。

周りを見渡しても、自民党支持を云う人は多く居ますが、自民党を支持しているのでは無く、単に政権政党だから支持しているのです。

常に多数の側に身を置きたい、みんなが支持している、だから私も、それが現実です。

みんなが!そうではない!と、気付くと、次の多数派、次の政権政党に支持が変わるのです。

単なる“惰性”で自民党政権は続いてきたのです。その事を一番知っているのは自民党です。

一度政権から離れ、1~2回民主党主導で予算編成が実行されれば、自民党は消え影も形も無くなってしまう筈です。

自民党は、世論調査での厳しい結果を踏まえ、小池百合子を新しい看板にして、イメージのチェンジだけでもやるかと思っていたら、変わり映えしない麻生太郎を看板にしました。

党内の危機感の無さ、小池百合子の人望の無さ、この二つが混じり合った結果が麻生太郎だったのでしょう。

小池百合子も“小泉人気”を頼り過ぎていました。“小泉的改革の継続”は、もう、通用しない事を理解していませんでした。

アメリカ経済の崩壊で、新自由主義、市場原理主義、金融資本主義、の幻は終わりを告げた事に気付いていないのです。

まぁ、そんな難しい理屈よりも、単に、小池百合子が鏡で、我が身の衰えに気付かなかっただけかも知れません。もしかして、老眼に加えて白内障?

小池百合子の人気は外観だけでした。中味を支持されていると錯覚していたのです。確かに口先は達者ですが、その事が、これまでプラスに作用していましたが、今までは、マイナスに作用しています。

外観チャラチャラ、口先ペラペラの時代は終わりました。中味の問われる時代です。

だからと云って、口下手な小沢さんと云うのも、どうも、何か、ねぇ・・・・・・と思うのです。

ここは、一発、真面目、実直、堅実、口下手?の、岡田克也さんの出番だと思います。民主党で首相候補は彼が一番です。


まぁ、いろいろと、最後は勝ってな床屋政談になってしまいました。


明日からは、ご近所ネタで、暫くは行きたいと思っております。


それでは、また明日。


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武蔵川理事長の一人相撲

2008年09月23日 | 相撲の話し
本日は休日の為、“下山事件シリーズ”はお休みです。

それで、相撲の話です。

相撲となると、朝青龍のことが気になります、予想通り“ガチンコ相撲”で体力の消耗、そして、怪我の連続、そして、気力の減退、そして、引退への坂道を下り始めました。

それに加えて、彼の頭の中は、モンゴルでの“ビジネス”でいっぱいのように見えます。

早く帰国して“宿敵旭鷲山”と、今度はビジネスの土俵で、新たな闘い思い描いていることでしょう。

彼は今年から国会議員になりました。朝青龍もかなり焦っている筈です。

彼もこれ以上・・・・・・、【ここまで書いていたら、テレビで休場のニュースが流れました】・・・・・・優勝記録更新も、横綱在位記録更新も、叶う状況でもないし、叶う状態でもない、その事は充分自覚している筈です。

もう、全ては実現しました。次の人生に向かって頑張って下さい。

彼の次の目標は“モンゴル大統領”かも知れません。


それと、武蔵川理事長ですが、協会の立て直しに頑張っているようですが、立ち合いの厳格化・・・“両手をしっかり土俵に付く”・・・を審判部の通達したそうです。

この立ち合いの厳格化は、以前(若・貴の頃だったと)にも問題となり、罰金2万円を科したこともありました。

あの時の罰金制度も1、2場所で自然消滅してしまいました。立ち合いの厳格化は無理なのです。

立ち合いの“あの駆引き”が面白いのです。そんなに煩く云ってはダメです。今の親方連中も、そしてずっと昔の力士も両手をキチンと着いてはいませんでした。

大鵬も柏戸も、若の花も栃錦も、仕切は連続動作でした。

立ち合いで両手を着き動作を一旦停止し、互いに呼吸を合わせ、そして立つ、そんな事はコレまでもありませんでした。

何故に今更と思うのです。新理事長として、何か新しい事をしなければと思ったのでしょうが、ある意味で、“ファン無視・力士無視・行司無視”、の“一人相撲です”


もっと、他のことで改革をアッピールして下さい。


兎に角、立ち合いは従来通りでケッコウです。これは明らかにルールの変更です、武蔵川さん。

現在の力士は、今の立ち合いが身体に染み込んでいます。もし、それほど立ち合いに拘るのであれば、現在の序の口クラスから新たに徹底して下さい。


武蔵川理事長よろしくお願いします。



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“下山事件” 李中煥の証言は綻びだった?

2008年09月22日 | 下山事件
先週の続きです。

私・・・先週は、“長嶋フクさん”の証言が謀略だとしましたが、今日は、謎の韓国人の登場です。

その名は、“李中煥”日本語の読みでは“リ・チュウカン”と読むのでしょうか。

B氏・・・その「リさん」は、どんな方なんですか?

私・・・これがまた、なんとも謎の多い人物で、韓国と、ソ連のダブルスパイとか米軍の情報機関とも関係していたとか、訳が判らない男です。

B氏・・・それで、李さんは何をしたわけ?

私・・・下山総裁が殺害される“3日前”に下山暗殺計画の情報を、在日韓国代表部に持ち込んできた。以前から、いろいろな情報を持ち込んでは謝礼金をせびっていたようです。

彼の情報では、『殺してから列車に轢かせ自殺に見せかける』との事だった。その事が3日後に現実になったわけ。

この時に、下山暗殺計画の主体を、彼が言及していたのか?、していなかったのか? 

後で触れるけど、それが、米軍情報機関だったのか? ソ連の情報機関だったのか? どうもハッキリしない。

そして、事件が起きて5日後に再び訪れ、『殺害方法は腕の血管から血を抜かれての失血死』と、まで云ってきた。

古畑鑑定で、死因を失血死として発表したのは、事件が起きてから、1ヶ月後だった。

B氏・・・えッ。それって、大変な情報じゃないの、計画段階から知っていたと云う事は、実行犯の相当近い処に彼は居たって事だろ。犯行の主体は別にして、事実はその通りだったわけだから。

私・・・彼は、その5日後の7月15日に、米軍情報機関に、“占領軍作戦命令違反”で逮捕されている。

逮捕容疑は、7月10日、占領軍に「下山事件」に関する“偽情報”の提供となっている。兎に角、彼は事件の真相を知っている筈だ。

B氏・・・そこら辺から、何だかよく分からなくなるね。日本の検察は彼を取り調べているの?

私・・・そこらも変なんだけど、彼が強制送還待ちで小倉刑務所に服役中に、彼の方から、下山事件について話たいとして、検察に連絡してきた。

B氏・・・下山事件の情報を漏らした件で逮捕され、強制送還になったんじゃないの?それをまた日本の検察にしゃべるの? そんな事が可能なの? 何かよく分からないね。

私・・・それで、小倉刑務所で検察が供述調書を取っているんだけど、その内容もいまいちハッキリしないし、その調書も東京駅で何者かに奪い盗られているんだ。その為、再度、供述調書を取りに行っている。

B氏・・・奪い盗られる何て検察官としては、間抜けな話でもあり、謎めいた話でもあるね。

私・・・それで、検察に対して李は、犯行の様子、実行犯の名前、拉致に使用した車のナンバー等について供述したんだけど、その後の裏付け捜査で虚偽である事が判り、李に対する捜査はそれで終了したそうだ。

B氏・・・それは、絶対におかしいよ。事前に下山殺害を予告して、殺害方法まで知っていたし、その事実については虚偽でないわけだし。もっと洗って行けば真実に迫れた筈だよ。

私・・・そこいら辺も、確かに怪しいのです。事前に殺害計画を知っていた事実が一番の重要事項だし、それに、詳しい供述内容については、今も検察は明らかにしていない。

B氏・・・李は真犯人を知っている筈だ。検察も何か隠している。

私・・・ここで、私の推測ですが、李は情報屋として、ソ連にも米国にも情報を流していたわけだから、何かの“偶然”で計画を知り、事の重大さをあまり認識しないで、情報を売って小銭を稼ごうとした。

それを知った米軍情報部が口止めの為に逮捕し、事件後に事後工作として彼を利用したんじゃないかと思う。

B氏・・・確かに、逮捕した事実から、米国にとって不利な情報を流した事は確かだね。

私・・・その供述調書の内容なんだけど、事件から30年後の1979年に米国の国立公文書館で見つかった。

B氏・・・何て書いてあったの? まぁ、未だに犯人探しをやってるわけだから、決定的な事は何も書かれていない気がするけどね。

私・・・段々と、判ってきたみたいですね。その通りです。供述内容として、4項目が書かれていた。

①ソ連大使館で暗号係りをしているうちに下山国鉄総裁の暗殺計画を知った。

②計画実行者は秘密行動隊員で下山総裁に情報を提供するふりをして接近した。

③殺害方法は注射で呼吸を止め、血を抜いた。

④自他殺不明となるように轢断現場の常磐線レールに置いた。


B氏・・・犯行主体については、まったく触れていないの?

私・・・そうです。ソ連大使館で暗号係りをやっていて計画を知った事から、ソ連の犯行を“匂わす”程度だった。

B氏・・・彼の供述が「ソ連犯行説」ならば、米国が逮捕するのは理解し難い。

私・・・李中煥が“下山拉致計画”を事前に知ったのは、何らかの偶然による、情報漏れだと思う。

彼を逮捕し慌てて事後処理の工作を行った事で、結果として事件はより複雑に見えてきた。そんなところです。

B氏・・・そうすると“李中煥”の件は謀略ではないと云う事。

私・・・事後に綻びを取り繕っただけです。

それと、一部訂正があります。9月15日の「キャノン機関はヘボだった」で、松本清張もキャノン機関説であったと書きました。

ところが“日本の黒い霧”を読み返したら、彼は、

『このキャノン機関が下山事件に関係があるように云われているが、私はキャノン機関は関係ないと思う・・・』

『キャノン機関は・・・鹿地事件をやって、たまたま名前を暴露された・・・失敗した機関なのである・・・』

『軍諜報機関と云えば直ちにキャノン機関に結び着く今日のジャーナリズムの安易な常識はもっと改められなければならない』

と、ハッキリ書いていました。

“清張先生と私”は同じ見解でした。ここにお詫びして訂正します。

      ゴメンネェ! m(_ _) m


それでは、また明日。


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“下山事件” フクの証言は謀略?

2008年09月19日 | 下山事件
昨日の続きです。

私・・・それでは、本日から具体的な証言を採り上げ、検証していきたいと思います。先ず最初は、轢断現場付近を“下山総裁”が一人、彷徨いていたと云う証言からです。

これには、何人もの証言があり、自殺説の裏付けに使われているのですが、証言はあまり信用できません。

B氏・・・ずいぶん簡単に否定しますね。

私・・・何故かと云えば、この捜査を担当していたのが、事件現場の状況を一目見るなり、“直感的”に自殺と判断した捜査一課だからです。

全て、自殺を立証する方向での裏取りです。このような捜査手法は現在においても行われており、目撃者の証言を“筋書”きに合わせて、“誘導”したり、不確かな情報を断定的に書き換えたりするのです。

B氏・・・そう云えば、最近でも、何処かの地方都市で、選挙違反をでっち上げた事件が報道されていたね。

私・・・警察は、自ら作った筋書きに合わせて、逮捕者から自白を強制し供述調書をでっちあげ、数十人を起訴しました。これからすれば、目撃証言の都合のいい改竄なんて朝飯前です。

事件前に、轢断現場付近を彷徨く下山総裁の目撃証言も、偶々歩いていた男を目撃し、距離や周囲の状況から、細かい人相、服装は判別不可能でも、下山総裁らしき中年紳士を見かけたとの証言に変えられたのです。

その中で、自殺説を決定づけた“長嶋フク証言”があり、これが“最初の事後謀略”です。

B氏・・・自殺説として、かなり有力な証言なわけだ。それも、怪しいわけねぇ。

私・・・偽証だと思う。いゃ、明らかに偽証です。長嶋フクはこの旅館の経営者“長嶋勝三郎”の妻で、五日の2時頃に休憩したいと云って訪れた、下山総裁に応対したと、証言しました。

この証言は、事件後6日経った7月12日、西新井警察署に夫の勝三郎から電話で通報があったのです。

B氏・・・事件後に周囲の聞き込み捜査では引っかからなかったわけ。

私・・・事件後6日とい時間経過、捜査員の聞き込みではなく、電話による通報と云う点も怪しい。そして、決定的に怪しいのは、この“勝三郎”が戦時中の“特高警察”だった事実。

B氏・・・あの有名な思想犯を専門に取り締まるヤツねぇ。拷問とかやっていた。

私・・・そうです。この男の背景から、実行組織との繋がりが匂ってきます。それと、事件後、勝三郎の羽振りがよくなったという情報もある。

B氏・・・証言の報酬を手にしたわけだ。でも、その情報はあてになるの?

私・・・それは、オマケ的な情報です。兎に角、フクの証言が、服装、人相、体型、特徴的動作、等々の細部に渡り、完璧だった。

B氏・・・偶々訪れた客の特徴を詳細に記憶しているのは明らかに不自然だね。人間そんなに記憶力はよくないから。

私・・・それと、諸永裕司の「葬られた夏」のなかで、

『・・・下山はヘビースモーカーだった。それが、3時間も休んだのに、末広旅館にはタバコの吸い殻が一つも残っていなかった。しかも、水かお茶を飲んだときに唾液がついたはずのコップは洗われ、髪の毛一本さえ残されていなかった。このため、休憩したのが下山本人かどうかを血液型から特定することもできなかった・・・』

と云って、偽証の根拠の一つとしている記述がある。

B氏・・・タバコは唾液から血液型がばれるし、宿帳への記入は筆跡を残すから・・・と、云うわけで、偽物の影を消して行ったわけだ

私・・・そこは判るけど、事件後一週間近く経ってから、警察に名乗り出たわけだよ、いくら場末の汚い“連れ込み旅館”だからと云っても、一週間も灰皿やコップを洗わない方がどうかしている。

B氏・・・そう云われてみれば、変ですね。

私・・・宿帳の記入を断った事は怪しいと思う。でも、しかし、私としては、そもそも、この日、末広旅館にそのような人間は現れなかったと考えている。

わざわざ、偽物を使って目撃証言をでっちあげなくても、都合のいい証言はいくらでもできるからね。

B氏・・・旅館の出入りに際して他の目撃証言はあったの?

私・・・ありません。

B氏・・・それじゃ、下山総裁らしき人物が旅館に現れた事実だって疑わしいかもね。この写真は、いつ頃に撮ったの?

私・・・2年ほど前です。この門の脇にある木だけど、この繁り方から、当時からここにあったような・・・・・・。


     
これが当時の末広旅館だけど、雰囲気が似ているだろ。



B氏・・・しかし、よくもまぁ、暇だとは云えこんな処まで行って写真を撮ってくるね。

私・・・それは、もう、何たって行って見たくなるものです。現場を歩き、当時の匂いを探したくなるものです。下山病患者としては。

今日は、この辺で終わりにします。

それでは、また来週。



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“下山事件”の真相は?全体像は?

2008年09月18日 | 下山事件
昨日の続きです。

B氏・・・え~と。今日は、私の方から先に、これまでシリーズのタイトルにあるように、諸説を展開してきたのですが、少し整理したいと思います。

シリーズのタイトルを順番に並べると、

 ① 下山事件を考える?

 ② 下山事件は失敗だった

 ③“下山事件”複雑怪奇は事後工作!?

 ④“下山事件”検死100体の経験に意味無し!

 ⑤“下山事件”結果としての殺害

 ⑥“下山事件”キャノン機関はヘボだった!

 ⑦“下山事件”追及する側の思惑は?

と、云う事で7回も続けてきています。まぁ、よくもここまで、引っぱってきたもんだとは思うのです。

それで、3回目の“複雑怪奇は事後工作”についてですが、いまいちハッキリとした見解が無かったように思うので、もう一度、お願いします。

私・・・判りました。確かに読み返すと、事件を複雑怪奇に見せている原因は、事後工作である。として、話を進めていた筈が、その点について、ほとんど何も話していませんでした。

え~と。先ず、順を追って説明すると、下山事件は、計画段階では殺害を目的としていなかっが、結果として殺してしまった。その意味で失敗でした。

それで、結果としての殺害から、独自組織の独自計画の可能性を云いました。この組織も殺害までは考えていなかったと思うのです。

独自の要求に対して、総裁が最後まで抵抗したことにより、結果として殺害に到ったと。兎に角、拷問と云う手段が使われている事、これが決め手です。拷問は本来、殺害を目的としていません。

B氏・・・すると、キャノン機関も、独自組織も、結果としての殺害と云う事になるわけ?

私・・・そう云う事です。

B氏・・・そうすると、死体の処理方法については、殺害後に急遽決められたと? でも、それなりに事前に準備された、方法と場所が、選択されている様子が窺える気がするけど?

私・・・そこなんです。そこが「複雑な事後工作」と関係するのです。わたくしのスルドイ推理で、下山事件の全体像を“必要にして充分”“簡潔にして明解”に説明したいと思います。

B氏・・・そう。最初にそう云う全体像を明らかににして、そこから、個別の事実、個別の証言にそって、検証、解釈、推理、推測、憶測、等で、話を展開して行くぺきでした。

私・・・そうですが、話して、考えて、また話て、そして考えると云う、流れですから、そう旨く話は、理想的には展開しないのです。

B氏・・・そうすると、シリーズを進める間に、かなり検証、解釈、推理、推測、憶測は、変わってきたと云う事?

私・・・それは、まぁ~、日々、熟慮し、熟考し、思い巡らし、思い直し、それなりに頭を働かせた結果ですから、かなりの変貌を遂げている訳です。

B氏・・・そうだったのォ! 何か、自信ありげにしゃべっている様に見えたけど、もしかして、その場の勢いで、考えてもいなかった事もしゃべっていたりして?

私・・・まぁ。それは、それで、その場の勢い、いゃ。“ひらめき”と云う事もありました。

B氏・・・兎も角、それでは、あらためて“必要にして充分”“簡潔にして明解”な説明を聞きたいと思います。

私・・・それでは、

①下山事件は、ある国内の日本人組織が、計画実行したものであり、占領軍の情報機関は主導的には関わっていなかった。

②情報機関は、下山総裁が拉致された時点で、情報収集を開始し、殺害後に介入してきた。

③介入してき占領軍の情報機関はキャノン機関とは“別の組織”であった。この組織が、三鷹、松川の謀略工作を計画した情報機関である。

④総裁の轢断現場は、“別の謀略”の現場として、計画されていた場所であった。

⑤別の謀略とは、三鷹事件、松川事件の一連の破壊工作である。

⑥下山事件の現場は、本来であれば、“綾瀬事件”と云う、脱線転覆事件の現場になる筈であった。

⑦結果として殺害してしまった総裁の遺体を、列車に轢かせる事で、国鉄労組や左翼勢力の犯行を匂わせ、後に続く三鷹、松川の事件と合わせ、世論を組合、共産党から引き離す事に“利用”した。

⑧計画外で殺害した遺体を、列車妨害計画の工作員を使って遺体を轢断し、“自殺”に見せかける工作をした。

⑨計画されていなかった殺害、計画された列車妨害現場、この二つ結を付けた事で、自殺に見せかける工作に綻びが生じた。

⑩綻びを取り繕う為に、事件の捜査は曖昧な形で終結し、その後に「キャノン機関説」が流された。

⑪キャノン機関説を流す事で、“他の機関”の関与、実行組織の存在を覆い隠す事に成功している。

⑫キャノン機関説は別の情報機関による“陽動作戦”であった。陽動作戦に引っかかったのが、矢田貴美雄であり松本清張であった。

⑬事件後に、キャノン機関員の証言とか、関係者に近い筋からの二次情報、三次情報とか、犯行に加わったと云う人間の証言とか、謀略工作が行われた。

⑭キャノン機関説は米国にとって都合がよかった。キャノン機関の周辺をいくら探っても、まったく関与していないので、答えは出てこない。

⑮追及側のキャノン機関であるとの“思い込み”や、“決めつけ”や“願望”で作り上げた脚本に、現実の証言を無理矢理組み込もうとして、問題をより複雑にしてしまった。

複雑に見えるモノは、実は以外と単純であり、複雑にしているのは、問題を解く側の思い込みに原因がある・・・・・・そんな気がするのです。

B氏・・・何となく全体像が掴めてきた気が、そうすると、次は、その結論に到る、事実や、証拠や、証言とかを、そのストーリーに沿って説明してくれる。

私・・・その先に、分け入って行きますか? 

B氏・・・ここまで来たら、もう、途中で引き返す事はできません。行き着く処まで行こうじゃないの。

私・・・判りました。それでは、次回は、具体的な処に分け入ります。


それでは、また明日。



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“若の鵬” 裁判はダメ!街頭署名活動です!

2008年09月17日 | 相撲の話し
今日、下山事件シリーズはお休みします。予想外に続いており、後未だ2、3回は続きそうなので、ここらで、大相撲に一言、二言。


先ず、若ノ鵬がホントに可哀相です。“大麻吸引”で“解雇”です。処分は重すぎます。

大酒呑んで、飲み屋で大暴れして、客の2~3人に軽い怪我をさせても、解雇にはなりません。酒に甘く大麻に厳しい日本の社会。

“元若の鵬クン”の記者会見、ホントに悲しい表情をしていました。可哀相でした。

   

相撲協会スイマセン。間垣親方スイマセン。日本のみなさんスイマセン。

   

泣かせました。もういい、勘弁してあげるから、“泣くな若ノ鵬”と画面に向かって叫んでしまいました。

コレまでの土俵態度は生意気そうで、相撲も荒っぽく、負けた時の態度は、町中のチンピラと変わりませんでした。

これまで、若ノ鵬は大嫌いでした。でも、この事件を起こした後の、彼の態度は、これまでの事を、ホントに反省している様に見えます。

紋付き羽織り袴に、それなりに自分で結った髷姿。心の底から反省している様子です。それにしても、今まで、髪を黒く染めていたのですねェ。

それでも、裁判沙汰はいけません。

もう一度、土俵に上がりたければ、東京、名古屋、大阪、福岡の街頭に立ち、みんなにお願いし、現役復帰を嘆願する署名活動をするべきです。

相撲協会も、数十万の署名が集まれば、ファンの要望に応えざるをえないと思うのです。裁判だけはやめたほうがいい、逆効果です。

もう一度、この姿が見たいです。

   

それに、引き替え、この方は、同情の余地がありません。
   

人間、やっぱり、顔は大事です。この顔でも損をしています。でも、この方も、裁判はいけません。

だからと云って、街頭の署名活動もこの兄弟では無理かも知れませんねェ。間近で見たことがありますが、ホントに恐いです。近づきたくありません。

それと、彼らが陰謀だと云っている訳は、他にも大麻を吸引している相撲関係者を、たぶん数人知っている為かも知れません。そんな気がします。

“何で! 俺達!、ロシア人だけが!” そう、思っているように見えます。

兎に角、“若ノ鵬クン”だけでも、幕下付け出しからでも、一年間の反省期間後に土俵に上げて下さい。

武蔵川新理事長。お願いします。

若ノ鵬クン。街頭署名活動でガンバレ!!!!



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