歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

塩原の夕暮れに“夫婦湯飲み”を想う

2008年01月31日 | 旅の話し
昨日の続きです。

「湯っ歩の里」の先にある橋を渡り宿に引き返します。蔦の絡まる橋の銘板です、なかなか絵になります。昭和48年の竣工です。


橋を渡って左に折れて直ぐ、蕎麦屋さん駐車場で40代と思われる女性が、バックの中からデジカメを取りだし、対岸の「湯っ歩の里」を撮っていました。

この女性、蕎麦屋の周囲を行きつ戻りつ、何やらウロキョロとしていました。この年代での女性の一人旅、場所は塩原、かなり珍しいと思います。

遠くで、それとなく様子を探っている、50代の男もかなり珍しいです。怪しいです。


この女性、撮り終わるとバス停に向かい、時刻表を確認して何処かに消えて行きました。

それで、この蕎麦屋の「三條屋さん」なんですが、10年ほど前に配偶者と訪れた時、ガイドブックを見て、昼食はこの店で蕎麦と決めていました。


ところが、駐車場が満車の為、蕎麦は諦め「木の葉の化石館」辺りのコンビニで、サンドイッチを食べた想い出があります。元湯の元泉館に泊まった時の事です。

その時は、店の前を車で通り過ぎただけでしたが、今回、改めて、じっくりと、店の佇まい、メニューサンプル、価格を見ると、あの時ここで蕎麦を食べなかったのは正解だと思いました。


ふつうの温泉地の、ふつうの蕎麦屋でした。温泉地の食い物価格は「ふつうに高い」のです。

観光地に来ると、ふつうの人が「観光客」となり、舞い上がり、観光地価格をふつうに受け入れてしまうのです。でも、私は観光地でも価格には冷静なのです。

観光地の食べ物は、“不味い”“高い”が“ふつう”になっています。これからは、ふつうに地道に商いをして貰いたいです。

それとなんですが、写真を見ていて、アレッ? と思ったのです。サンプルが並んでいる上段の右隅に、見覚えのある「イノシシ模様」の「夫婦湯飲み」を発見。


私も、コレと似た絵柄の「夫婦湯飲み」を持っているのです。この湯飲みには「それなりの想い出」があり、間違いなく「亥年」に貰ったものです。

思い出しました。配偶者と塩原温泉に来たのは、この湯飲みを貰った年で、亥年です。

そうすると、今年は「子年」ですから、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥で、11年前だったのです。

「あの時」の、あの年に、三條屋さんのメニューサンプルの横に、この「亥年湯飲み」が飾られたのです。たぶんそうなのです。

茶箪笥の奥から引っぱり出してきました。湯飲みの感じはそっくりです。不思議な気がします。三條屋さんが「他人」とは思えなくなりました。


これは、何だか? 三條屋さんと、何か? 縁がありそうです。今度行った時には、蕎麦の一杯でも食べなければいけません。

もしかして? きっと! 「美味しい」お蕎麦屋さんかも知れません。そう思えてきました。


明かりが灯り始めた温泉街のメインストリート。11年前と同じ風景に見えてきました。



暗くならないうちに、宿に戻ります。


それでは、また明日。

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塩原は“文学温泉!?”

2008年01月30日 | 旅の話し
一昨日の続きです。

“塩原温泉シリーズ”9回目になります。

高下駄の板前さんとすれ違い、狭い裏道伝いに歩いていると目の前が開け、何やら“共同温泉施設”と云った趣の建物が出現しました。

塩原温泉“湯っ歩の里”と書かれた大看板がありました。


「足湯回廊・料金200円」と有ります。何となく思い出してきました、以前、テレビで観たような気がしてきました。いろいろな形状の石が底に敷かれ、石を踏み締め、ぐるぐる回って歩く足湯です。 

足湯は各地の温泉で流行っています。たいていは町中、駅前などで「無料」で利用できる施設です。

ここは、足湯を少し規模を大きくして、「有料」の施設にしたようです。どの辺りの客層を狙っているのでしょうか?

旅館の宿泊客が「わざわざ」ここを訪れ、200円払って「ぞろぞろ歩く」ことは無いと思います。



狙いは日帰り客、それも若い層なのでしょう。年寄りは石の上を「ぞろぞろ歩き」ません。この“湯っ歩の里”は、2007年8月にオープンしたそうで、全長60㍍の足湯回廊は日本最大級だそうです。



“お湯”の中を“歩く”施設なので「湯っ歩の里」、真ん中に「っ」を入れることで、それなりの「工夫・拘り・新しさ」を表現しているのでしょう。

わたしとしては、この施設に魅力は感じませんでした。塩原温泉観光協会としては、かなりの決断で、かなり資金を投入したのでしょう。

しかしです。この施設があるからと云って、塩原温泉に行ってみたいと思う人はいるのでしょうか? まぁ、あまり居ないでしょうねェ。

兎に角、塩原温泉を楽しまなければと思いつつ、辺りを眺めると見つけました。室生犀星です。


      塩原道    室生犀星

     秋ふかき塩原道を
     わたしの自動車はひた走りつつ
     いつしか暗みゆき
     はや日暮となりけり

     落葉ふみしき
     山の上に漏るるともし火を見過して
     水のひぴきに縫い込まれてゆく
     わが自動車の肌も夜つゆに湿りたり

     みやこにて夜昼となき
     わがわびしき作のつかれを
     こころゆくまで
     温泉につかり心しづめん


室生犀星さん、仕事に疲れて東京から車に乗って、温泉につかりにきたようです。名前は知っていますが、彼の事はほとんど知りません、むかし学校の教科書で習ったような・・・・・・そんな程度です。

『・・・水のひぴきに縫い込まれてゆく・・・』このあたりの表現が、文学ですねェ。


「龍化の滝」にあった「与謝野晶子の碑」、そして、「室生犀星の碑」、塩原は「文学の温泉」として、「企て」があるようです。



『はや日暮れとなり』ぼんやり灯った明かり、風に漂う秋桜・・・・・・、うーん。この風景、かなり「文学」しています。


「湯っ歩の里」のサイトを見たのですが、温泉だけで「文学」がありません、この施設に、もう少し「文学」があればと思います。


温泉と文学の組み合わせ、面白いと思います。温泉だけではなく、文学があると、「一粒で二度美味しい」気分になります。

おじさん、おばさん達は「得した」気分になるのです。すこしだけ「お利口」になった気分になるのです。

温泉につかって、文学する、いいと思います。

塩原には、まだ文学が有りそうです。

そろそろ宿に戻ることにします。


それでは、また明日。



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“特限品抜き横綱”朝青龍 そして“稀勢の里”

2008年01月29日 | 相撲の話し
塩原シリーズの途中ですが、本日はお休みしてお相撲の話です。

それで、白鵬の優勝何ですが、これで「協会」も「横審」も、一同ほっと一息ではないでしょうか。

千秋楽の横綱相星決戦は、稀に見る名勝負と云っていいと思います。私も母も興奮しました。母は白鵬、私は密かに朝青龍を応援しました。

「見事に理想的」な千秋楽でした。兎に角、興奮し、楽しめました。朝青龍が、居ると、居ないでは、客の入りが違います。悪役人気は大変なものです。

「日本放送協会」の元会長だった横審委員長が、「朝青龍の土俵成績は横綱として立派に責任を果たした」と、お褒めのコメントをしていました。

朝青龍はこれまでも、土俵上の勝ち星では「立派な横綱」です。問題となったのは「土俵外」での態度です。その事には、協会も横審も公式には触れないようにしています。

もう、朝青龍に「品格」を求めるのは「酷」です。承知で横綱にしたのですから、今更、無い物ねだりをしても無理な話です。

朝青龍も高砂親方も「何を云われている」のか、まったく判っていません。一人横綱の時期が長く、協会も甘やかして来ましたし、朝青龍もその事を充分に「意識」して振る舞ってきました。

朝青龍に限っては「品格」は問わない事で、関係者一同で「暗黙の合意」が形成されつつある様に見えます。

素人にも分かり易い、“ヒールの朝青龍”に、“ベビーフェイスの白鵬”で、大相撲人気は盛り返し、興行的にもOKだと思います。

兎に角、こうなっては、今やれる現実的な事は、朝青龍は「特別限定品格抜き横綱」としてのイメージを定着させ、後世への「影響を排除」することです。

朝青龍は「特限品抜き横綱」として、後世にその名を残します。

それにしても、稀勢の里です。
朝青龍を敗り幕内上位で初めての二桁勝利でした。そこそこ勝ちの、そこそこ負けから脱却できそうな場所でした。

やっと自分の「型」を見つけた「様?」です。来場所は小結です、二桁勝利を期待します。



   日本人横綱の最短距離に居ます! 稀勢の里!

   北の湖2世です! 稀勢の里!
  (顔付き、体型、太々しい土俵態度がそっくりです)

朝青龍を敗り横綱になるのは“稀勢の里 寛” あなたです!

鳴戸親方、指導よろしく頼みます!


それでは、また明日。



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塩原温泉を漂い高下駄を鳴らし足早に歩く板前に温泉街の情緒を感じたりして

2008年01月28日 | 旅の話し
金曜日の続きです。

夕食まで時間もあります、暗くならないうちに温泉街を歩きます。旅館の前から狭い路地を抜け、部屋から確認していた橋を渡ります。

路地で出会った白猫、「ニャーオ!」といつものように声を掛けたのですが、ゆっくりと立ち上がり、顔を背けて無言で立ち去りました。愛想の無い奴です。


橋の中ほどで振り返ると、宿の最上階だけが見えます。我々の部屋は右から3番目カーテンの開いている処です。

こうして見ると、川側よりも、山側の方が景色としては良いと思われます。但し、部屋に朝日が射し込む事は無くなりますけどね。

それにしても、寂れた病院か校舎の様に見えます。温泉街の隅々に寂れ感が漂います。


対岸には、昔ながらの懐かしい造りの温泉旅館が有ります。ここは、味わいのある寂れ感です。


懐かしい旅館から、視線を右に回すと、こんな景色になります。


渓流を跨ぐ連絡通路。ホテルニュー塩原の新館と旧館を繋いでいます。通路の真ん中で、2~3人がジャンプすると、かなりの揺れそうです。

4~5人でジャンプすれば崩壊? それは無い! 筈?です。

団体旅行が減り、高齢化が進み、大きな温泉ホテルは大変です。これからは、中国、台湾、韓国からの旅行客を狙うのでしょうかね。余計なお世話でした。

下から見上げると、かなり華奢な造りに見えます。多分、業務用の連絡通路かも知れません。新館と旧館を行き来する必要性は、泊まり客には無い筈です。

橋を渡り、懐かしい旅館の前を通ります。ローピーを覗くと照明も明るく、それなりの調度品が飾られ、従業員、泊まり客の姿もあり、温泉旅館らしい華やか雰囲気がありました。

我が宿の寂しさが、寄り華やいだ光景に感じさせたのかも知れません。玄関を通り過ぎた処で、勝手口より現れた白衣の「若い板前さん」とすれ違いました。

温泉旅館街の狭い路地を、高下駄を鳴らして足早に歩く白衣の板前、なかなかの情緒です。

粋です、カッコイイです、絵になります、憧れます、写真を撮るのを忘れていました。



今日はこの辺でお終いです。


それでは、また明日。





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塩原温泉“宿は寂しく暗かった”

2008年01月25日 | 旅の話し
昨日の続きです。

塩原温泉に到着しました。空は雲がかかり、日も暮れかかり、鄙びたと云うか、寂れたと云うか、淋しくて、懐かしい温泉町の風景です。


ここが今晩泊まる宿です。


築30有余年と云った雰囲気です。


自動ドアを通ってロビーに入り、中の様子を見た瞬間思いました。

「まぁ、しょうがないよなぁ、料金が“料金だし”他に空いて無かったのだから」

フロントには誰も居ません。ベルを押すと奥からフリースのジャケットを着た30代の男性が出て来ました。どう見ても「裏方風スタイル」です。

ジャケットは灰色、焦げ茶色のプラスチック枠のメガネ、笑顔もなく、「こちらにお名前をお願いします」と一言。

一見して客商売には不向きなタイプですが、タダ真面目そうには見えます。

記入しょうと思い、カウンターの上を筆記用具を探し視線を動かしたのですが、それらしき物は辺りに見当たらないのです。

ふつうであれば、客のそのような動作に対して、直ぐに気が付き「失礼しました」と云って、ボールペンを差し出すものですが、彼は全く気が付かない様子。

仕方なく「あの・・・・・・。書く物ないの?」と聞くと、「あっ!」と云って、自分のポケットからボールペンを差し出しました。

失敗した! と思いました。

人影もないロビー、仲居さんの姿も有りません。自分達で荷物を持って、自分達で部屋を探すのかも知れません。

宿帳に記入を済ませると、フロントの脇の通路から60代の仲居さんが現れました。これで一安心。

仲居さんに案内され、エレベーターに乗り最上階の5階まで上がります。ドアが開き通路に出ます。

暗いのです、壁も、床も、天上も、部屋のドアにも、過ぎ去った時の流れを感じるのでした。

温泉旅館の雰囲気を感じたのは、このフロントから浴室のある通路付近だけでした。写真は実物より良く見えます。


兎に角、部屋に入ります。まぁ、こんなもんなのでしょう。実はこの宿の料金は「平日一室3名以上 お一人様8千円から」と格安で、朝夕の食事も部屋出しなのです。

格安料金で「部屋出し」が決め手になりました。8千円は不安なので、料理が「ワンランク上」の1万円コースにしました。

ネットで見た、ホテルの外観が「夜間撮影」なので、「これは?」と、思ったのですが、空き室が他に無かったのです。

建物の外観が「夜間撮影」の宿は、「明るい昼間」の撮影に「耐えられない」宿です。これは100%間違いありません。

どうしても、2週間前に云った岳温泉の宿と比較してしまうのです。

窓からの眺めは、・・・・・・特にコレと云って有りません。母からも特にコメントは無し。


あれが塩原一の規模を誇る「ホテルニュー塩原」です。こんなに大きなホテルは稼働率を上げるのは大変でしょう。

大きなホテルは、以前、鬼怒川の「ホテルニュー岡部」で懲りています。ホテル内の移動が大変なのです。年寄りにはムリです。

ホントに外の眺めは寂しいのです。窓の下は駐車場ですが、他に何組か宿泊客は居るようです。



時間があるので、暗くなる前に温泉街の散策をしょうと思います。


それでは、また明日。



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塩原温泉の龍化の滝に“クマ”が出没!

2008年01月24日 | 旅の話し

昨日の続きです。

宿は4時にチェックインの予定です。このまま直行すると3時前に着いてしまいます。途中、「龍化の滝」に寄り道します。

滝の入り口にある駐車場に車を入れ、徒歩で往復一時間弱位だと思います。10年ほど前に、配偶者と二人で滝を見に行ったことがあるのです。

85歳の母には山道は無理な為、車のなかで留守番です。はじめて滝を見る姉と二人で行って来ます。


山道に入って直ぐの「木道」です。この場所を眼にして直ぐに10年前を想い出しました。ここで記念写真を撮ったのです。


これがその時の写真。若いですねぇ~ホント! この時は、塩原温泉の奥の方にある「元湯?」と云う処の、「元泉館」と云う宿に泊まりました。
     
この宿は、周りに旅館が無く山奥の一軒宿と云った趣で、塩原温泉に行くなら奥の方がいいです。今回、元泉館は予約で満室でした。

この元泉館には「混浴風呂」があります。二人で一緒に入ったのですが、入って来るのは、お年寄りの夫婦ばかり「残念」でした。この混浴風呂は本館から離れていて、木造の鄙びた佇まいがなかなかでした。

渓流と紅葉。


“龍化の橋”は新しくなっていました。


ここら辺りが撮影ポイント。


逆光で奥の紅葉が写りませんでした。聞こえてくるのは渓流の音だけです。


最後のキツイ坂を登ると“龍化の滝”です。奥に見える白い構造物が「観瀑台」です。


なかなかの迫力です。マイナスイオンをタップリ浴びます。暫し、頭のなかをカラッポにして、飛沫を巻き上げ落下する水音に耳を澄まします。


往復40分の山道ですが、この滝を眺めると来てよかったと思います。姉も満足していました。

確かに、“白い龍”が天空に舞い上がる姿に見えてきました。


帰りは楽チンな下り坂。


与謝野晶子の歌碑です。最近建てられたようで、前回来た時には有りませんでした。


説明板も新しいです。


この看板には驚きました、行くときに見なくてよかったです。


“注意クマ出没!”って云われても「どのように注意」するのか?

 音を発てて歩くとか、出会ったら「死んだふり」するとか、猟銃を携行して歩けとか、クマとの格闘方法とか、クマの急所は○○だから、ここを狙って攻撃せよとか・・・・・・、兎に角、何らかの具体的な対処方法を明記するべきです。

兎に角、塩原市としては観光客に対して「クマ出没の危険性は伝えたぞ」と、云うことです。

「後はあんたらの責任で市としては一切関知しません」と、云う事になります。それはそう何ですけどね。

遭遇した際は、各自の責任でそれなりに対処せよと云う事です。かなり頻繁に出没するならば入山禁止になる筈・・・・・・と思います。

この程度の注意看板を見て、ホントにクマが出ると思い、引き返す人は千人に一人位でしょう。

兎に角、クマに遭遇せず無事に「龍化の滝」は見物できました。早く戻らないと、母が一人車の中で待っています。


もうすぐ宿に到着です。


それでは、また明日。


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設計通り揺れる“もみじ谷大吊り橋” 

2008年01月23日 | 旅の話し
昨日の続きです。

それで、一人で吊り橋を渡ったのですが、ホントによく揺れるのです。この橋の構造は「無補剛桁方式」です。

‘剛’の‘桁’に‘補’われて‘無い’ので、橋は風が吹いても、人が歩いても、左右によく揺れます。

揺れない吊り橋よりも、揺れる吊り橋の方が、吊り橋らしいのかも知れません。若い男女のグループにとっては、揺れる吊り橋の方が絶対にイイのです。

揺れてこその「純粋観光吊り橋」なのです。横揺れを防止するケーブルが張られていますが橋は揺れます。それでも、兎に角、対岸まで渡る事ができました。



この程度では揺れ防止はムリと思われます。この揺れ防止ケーブルの「揺れ防止」が必要です。

もしかして、いゃ、そうなのかも知れません。きっと若い女性が「キャーキャー」笑って叫ぶ程度の揺れを計算して造られている? 何ってたって「純粋観光用」ですから。

こちらは橋を吊っているメインケーブル、それなりに「しっかり」しています。こうして支柱を見上げ、そのまま直ぐに視線を足元に下ろすと、お腹の辺りが「すーっと」して「こそばゆく」なります。垂直の方向はダメです。


ここで、メインケーブルを支えている訳です。鉄筋コンクリートブロックとケーブルはアンカーボルトでガッチリ固定されているようです。

しかし、このケーブルの固定方法が不安です。スッポリと抜けないのでしょうか?何故そんなことを?と、思われるでしょうが、実はこのワィヤーの「端末処理」を見た事があるのです。

30数年前の話です、東京の某有名デパートの屋上にあるクレーンのワイヤーロープの交換を見たことがあるのです。

それは、亜鉛鋳込法と云うやり方です。ワイヤロープの端末を「ほぐし」て、ソケットに差し込み、ソケットの中に合金を鋳込み固めるのです。



ほぐしたワイヤーを「洗浄」して亜鉛を流し込むのですが、洗浄が不完全で表面に油が残っていると、時間の経過によりワイヤーと亜鉛の間に隙間が生じて、ある時、「スッポン」と抜ける危険性を感じたのです。

そして、なによりも、この方法は作業者の「熟練度」に依存しています、強度にバラツキが出やすいと思いました。

何たって最近は、こういう技能者の「技能」が以前より低下傾向にあると思われるのです。まさか、派遣で日雇いの作業者と云う事はないでしょうが。

何たって、加工後に引き抜いて強度試験をする訳にいかないですからね。そんなこんなを考えていると、帰りが怖くなってきました。

それでも、吊り橋を渡って戻らなければなりません。姉と母が私の無事を祈って待っているのです。

脇目も振らず吊り橋を渡り引き返します。が、しかし、見てしまったのです。この細いケーブル。

メインケーブルは「太い」のですが、最終的には、この「細い」ケーブルで橋は吊り下げられていたのです。この細さが気になります。

これも「亜鉛鋳込法」で固定されています。亜鉛とワイヤーの表面に隙間が発生し、引っぱると「スッポリ」抜けたりして・・・・・・。

妄想を振り払い、無事吊り橋を渡りきり二人を捜すと、お土産屋さんを覗いていました。

この「お地蔵さん」とても可愛い表情をしています。でも高いので買いませんでした。

後から思うと、吊り橋からの景色はほとんど見て来ませんでした。吊り橋、それもワイヤーロープばかり見ていました。900円は高かった?

塩原温泉はもう直ぐです。


それでは、また明日。




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“純粋観光吊り橋”の“もみじ谷大吊り橋”

2008年01月22日 | 旅の話し
昨日の続きです。

醤油ラーメンを食べ終わり4号線を走り、西那須野市街で左折す、後は塩原温泉へは一本道です。



左折した左角に、あの「幸楽苑」が、こんな処にも出店していました。290円ラーメンの威力はかなりなものです。

以前(たぶん2年前)、390円ラーメンは「高い!」と思いました。リンガーハットの「チャンポン、皿うどん」も390円でした。

チャンポン・皿うどんは「具沢山」で、炒めと茹での2工程があり、調理時間が数倍かかるのです。

それに対して、ラーメンは茹でのみで、調理済みの具を数点のせるだけです。客の回転率が違います。それが同じ390円では、変です! 納得できません。

結局、チャンポン・皿うどんは「60円」値上げして450円に、ラーメンは「100円」値下げして290円になりました。両者は互いに意識しています。

こうなってみると、幸楽苑の290円ラーメンは安く感じ、リンガーハットの450円は高く感じます。リンガーハットは上げ過ぎの感があります。

値上げ後、両方とも未だ食べていないのです。早急に、味、ボリュームの比較調査を実施しなければと思う所存であります。

話が逸れてしまいました。塩原温泉に向かっているのです。4号線を左折すると、緩い、緩い登りの直線が山道の入り口まで暫く続きます。

山道に入って少し行き、案内板に従い400号を左折し下って行くと、「もみじ谷大吊り橋」です。平日ですが駐車場は満車に近く数分待ちました。


この吊り橋は、単に渡って眺めを楽しむだけの「純粋観光吊り橋」です。以前行った、茨城県の水府村の吊り橋も、渡った先は行き止まりの「純粋観光吊り橋」でした。

最近、この手の「純粋観光吊り橋」が各地に出来て、互いに「日本一」を争っています。いろいろな理屈を捏ねて「日本一」を掲げています。

渡った先には「何も無い」、ただ、ただ、眺めるだけの吊り橋、こんな吊り橋を造って、そしてただ眺めて、いいのでしょうか? まぁ、兎に角、いいことにします。

以前、来た時は下から眺めるだけでしたが、今回はやはり、「橋からの眺め」を確認してみなければと、3人で渡る事にしました。料金300円です。

ところが、10㍍も行かない処で、横揺れの為に母が「こりゃ、ダメダ!眼が廻る」と言い出して、姉が母を連れて引き返しました。

3人分の料金の元を取るべく、断固として、徹底的に、堅い決意で、吊り橋観察を私一人で決行します。

それにしても、揺れます柵に掴まらないと、直進するのが困難で、カメラのシャッターを切るタイミングが難しい状況です。

私は、垂直の建造物は全くダメなのですが、高い位置にあっても、水平の建造物にはそこそこ耐えられるのです。

以前、NHKの「ためしてガッテン」で、「高所恐怖症」の克服法として、恐怖の場に居続ける方法を説明していました。

恐怖心はいつまでも続くのではなく、ある一定の時間(10分程度)を過ぎると下がり始めるため、その場に居続ければその状況に慣れ、恐怖心が消え「高所恐怖症」は克服できるとのことでした。

しかし、高所恐怖症者としては異議を唱えたい、確かに「特定の同じ場所」に居続ければ恐怖心は和らぎます。

しかし、「別の高所」に行けば、「恐怖心」はまた起きるのです。「その場居続け高所恐怖克服法」は、その場限りの「限定的克服」です。

特に私の場合は、高い建造物、高所移動運搬機、等に対する「設計的、保守管理的」要因まで考え、恐怖心が増幅されてしまうのです。

去年の11月7日のブログで、「安達太良山エクスプレス」の話をした際に、技術的要因で、支柱前後の急降下、急上昇が怖いと書きました。

それから、1ヶ月を経過した12月に、長野県のスキー場で「同じ型」のゴンドラで事故が起きました。支柱付近で滑車からロープが外れて緊急停止したのです。

乗客100人が乗っいて、最後に救出されたのが11時間後でした。これだから怖いのです。これだから信頼できないのです。機械は故障するものなのです。

それなら「乗るな!」と云われますが、それでも、また乗ります!ゴンドラ!、渡ります! 吊り橋! 「人間」、ここが面白いところです。



話がラーメン、チャンポン、ゴンドラ事故と、飛びまくってしまいました。吊り橋の話は、明日、じっくりしたいと思います。



それでは、また明日。





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氏家“彩遊”ラーメン屋化への試案?思案?私案?

2008年01月21日 | 食事の話し
一昨日の続きです。

ラーメンのネーミングの話です。

「彩遊旨味醤油麺」との表記は、

第一に、客は「彩遊」の店内に居り、彩遊のラーメンしか選択できないのであるからして、彩遊は要らない。

第二に、旨いか不味いかは客の判断であるからして、「旨味」は要らない。

第三に、醤油はスープの種類を表現しているのであり、麺の前に付けるのは誤りである。この表現であれば、麺に醤油が練り込んであるとの誤解を生じる。

以上の明快、且つ、簡潔なる理由により、メニューには「醤油」とだけ記載すべきである。

冗談はさておき、ラーメンができるまで店内の観察です。

この昼時に、店内には我々だけの寂しさ、この原因の一旦は、ラーメン屋らしくない外観にあると思うのです。

ラーメンを選択する時は、「ラーメンでも喰ってかァ!」と、気楽でいい加減な状況において決定されるものです。

しかし、この店の外観は「気楽」とか「いい加減」を拒絶しています。構えてしまうのです。高そうに見えるのです。

都心であれば「オシャレなラーメン屋」もありですが、ここは栃木県、周りは田圃です。

店の経営者と店舗設計者との間に、コンセプトのすれ違いがあった様に見受けられます。

もしかして、別の仕様で建てられた店舗を、訳ありで「居抜き」で、安く買い取ったのでしょうか?

そんなことなを考えながら、店内を探っていると・・・・・・、発見しました! ラーメン屋への変化が起き始めています。

店の隅の一画の、食器等を下げるカウンターの付近が、「ラーメン屋化」し始めているのです。

ダンボールや、何やら入った大きなポリ袋が、雑然と置かれはじめているのです。これが「ラーメン屋の感覚」なのです。

店内が「ラーメン屋の感覚」で覆い尽くされるのは、それほど時間は必要としないようです。しかし、外観の「ラーメン屋化」の問題が残ります。


そんな事を考えていると、「彩遊旨味醤油麺」が運ばれてきました。


見た目、なかなか旨そうです。難を云えば、彩りとして「ほうれん草」か「海苔」をのせると、全体が「しまり」、より美味しく見えます。

運んで来た女性従業員も、偶々店内に顔を出した調理人も、「まっ赤なベースボールキャップ」を被っています。ラーメン屋のスタイルです。


味の方なんですが、麺、スープ、煮タマゴ、チャーシュー、それなりに美味しかったです。580円はOKです。

母も「美味しかった」と完食しました。


食後の用足しです。“新しい”ので綺麗でした。これを維持できるのか問題です。ここだけは「ラーメン屋化」しないでほしい一画です。


食べ終わり、塩原に向かって出発です。


それにしても、このお洒落な外観は気になります。このままでは、流行らないレストランが「片手間!にラーメンも!出している」と、受け取られます。

手っ取り早い「ラーメン屋化」は、幟を増やし、メニューと価格を「手書き」した「安っぽい」看板を幾つか立てるのが・・・・・・。

つまらぬ、お節介でした。

我々は、塩原温泉を目指すのです。


それでは、また明日。


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氏家 “レストランらーめん” 彩遊は?

2008年01月19日 | 旅の話し
昨日の続きです。

昼食は、いつも「麺類」となっています。そして、いつも12時になったら直ぐに食べることになっています。

「麺類を早い時間に」が鉄則です、それは宿での夕食に挑む態勢づくりなのです。「重い食事を遅く」では、「夕食勝負」に負けるのです。

それで麺類なのですが、いつもは「日本そば」です、この日は偶には「中華そば」と云うことになりました。

“中華そば”となれば、味、そして、価格的に、何と云っても「幸楽苑」の「中華そば」です。390円のその下に、290円ができたのです。

290円の中華そばを一度食べてみたかったのです。4号線「氏家」の市街で以前に幸楽苑の看板を見かけたような記憶があったのです。

氏家はいつもの昼食場所より少し先です、「夕食勝負」に負けないように12時前到着を目指し車を走らせます。

氏家の手前、いつも気になる、鬼怒川に向かって伸びる「高架」です。道路に見えるのですが、地図には無いのです。


鉄道でもなく? 道路でもなく? もしかして、ガスとか、水道とか、電気とかの「ライフライン専用」の高架? それにしては立派過ぎます。


氏家の市街に入り、全員で前方左側を注意しながら走ったのですが、幸楽苑は発見できませんでした。下館の市街と勘違いしていたようです。

幹線道路沿い市街の風景は何処も似ているのです。

氏家の市街を抜け、東北線の跨線橋を下って直ぐ、左側に「赤字に白」の「ラーメン」の幟を発見。

が、しかし、どう見ても「ラーメン屋」「中華そば屋」に見えないのです。“ラーメン幟”さえ立っていなければ、お洒落な「郊外レストラン」の様なのです。

建物は新しく、もしかして? これは!新しいスタイルの「郊外型高級ラーメンレストラン」かも?

書き入れ時の昼食時間に、広い駐車場には車は三台、かなり不安ですが、もうこれ以上、昼食時間を遅らせると「夕食勝負」に負ける為、店に入ることに決定。

入り口付近も洒落ています。


店内は色調も落ち着いていて、それなりのデザインのイス、テーブルが並んでいます。テーブルに置かれた「割り箸立て」が無ければ、レストランの雰囲気です。


運ばれて来た、お水、そしてメニューを開いて「安心」しました。ラーメンは「ふつうの値段」でした。しかし、まだ安心はできません、店内には我々以外の客は居ないのです。


メニューの配列から推測すると、「味噌」が売りのようです。しかし、ここは、オーソドックスに「ふつうの中華そば」でいきます。


それにしても、この「彩遊旨味醤油麺」と云うネーミングなんですが、これが困るのです。注文するときに「こっ恥ずかしくて」こんなことは到底云えません。

ラーメンに店の名前を「冠」に付けるなと云いたい! こんな名前をいちいち客に云わすな! と云いたい!

私は、毅然とした態度で「ふつうの醤油ラーメンを3つ」と、云いました。すると店員は、

「ハィ! 注文確認します!“彩遊旨味醤油ラーメン”3つで宜しいですか?」

「うん。醤油ラーメンを三つ」と私は答えました。

「判りました」と云って彼女は立ち去りました。

中には、真面目で、几帳面で、気の弱い客は注文の際に「彩遊旨味醤油ラーメンを一つください」何て、恥ずかしそうに小声で注文したりするのです、同情します。


話の途中ですが、長くなったのでこの続きは次回にします。


それでは、月曜日にお会いしましょう。


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