歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

つくば洞峰公園の秋

2008年11月28日 | つくば市の風景
23日の日曜日、つくば市の洞峰公園に行って来ました。銀杏並木の紅葉がそろそろ見頃ではと思ったのです。

公園に着いたのは11時少し前、日向は暖かいのですが、日陰に入ると寒く、晩秋を感じる天候です。

紅葉は並木の左右でかなりの差。左側は黄色く色づき落葉が歩道を彩っているのですが、右側は緑に、やっと黄色が付き始めたばかり、不揃いの紅葉。

今年の紅葉はいまいちのようです。


それでも、落ち葉を踏みしめ、青空をバックにした紅葉を見上げ、なかなかケッコーでした。


ガイドの人がなにやら説明をしていました。市内を廻るサイクリングツアーのようです。


遠くの方にカメラマンがいて、そちらに向かって一列にゆっくり進んで行きました。記念撮影をしていたようです。

並木の正面の“新都市記念館”何て云う、堅い名称の建物の中にある喫茶室でゆっくりコヒータイム。

池を見渡せる眺めの良い場所です。二人で来た時はここで必ずコーヒーを飲みます。この日も、他にお客は居ませんでした。


窓の外で、落ち葉の上を駆け回る子供も眺めたり、鴨に餌をやる親子を眺めたり、何とも、至福の時間・・・・・・。


300円で、コヒーに可愛いクッキーが付きます。久しぶりのレギュラーコヒーは、景色と共にいただいて、なかなかの味わい。


ツワブキの花が咲いています。


子供も、カモも、可愛いいのです。


お尻をふりふり歩くカモ。オムツをして歩く赤ちゃんに似ています。


公園を後に、中心街に向かう途中で見つけた“流木アート”


これには笑いました。


公園に子供が、いっぱい、いっぱい、集まっています。


たき火で焼く“ねじりパン”美味しそうです。楽しそうです。


子供を見ていると、笑顔になります。


懐かしい! “お・と・がァ・し・ま・す・よ~~”と叫んで、その直後。“ドッカ~ン”と音がして、白い煙が立ち上るのです。


昔を思い出します。お米を抱えていったものです。持っていったお米の一部が“加工料金”だった気がします。

この日は、残念ながら音は聞けませんでした。ほんの少し香ばしい匂いが残っていました。

この日、ナンバーワンの銀杏。


お昼は、いつものお蕎麦屋さんで、私は「天せいろ」


配偶者は、「キノコと鶏のおそば」、秋ですから。


美味しかったです。

楽しい秋の一日でした。


それでは、また来週。


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国民文化祭inつくば その2

2008年11月27日 | つくば市の風景
昨日の続きです。

臨時駐車場に車を置き、会場に到着したのが1時20分頃でした。天気は良いし、暖かいし、風も無いし、野外コンサートには最高の条件です。

なだらかな丘の斜面には、観客が芝生に座って開演を待っています。


この灰色のスーツ姿の男性は“つくば市長”です。開会の挨拶は終わったようです。


50代、60代が中心です。20代や30代の姿は見あたりません。


我々は、中央の一番後ろに席を取りました。前の女性は、聴いているのか? 聴いてないのか? 最初から最後までこの姿勢でした。 


1時間ほどのコンサートでしたが、快晴の空の下、生で聴く音楽、最高でした。何たって“無料”ですからね。

やっぱり、この歌です。会場全員で大合唱。

翼をください'90s : TSU-BA-SA




コンサートが終わると、次は丘の上では日本舞踊が始まります。丘の中腹の仮設トイレで用を足して、落ち着いた気分で舞踊の鑑賞に向かいます。

観客が集まり始めています。高床式の古代の倉の前が舞台です。


この方が、「現代日本舞踊美作流」の家元?の方です。とても、おっとりと上品な立ち振る舞いと話し方で、踊りの説明をされておりました。


家元がお話をしている間、出番を柱の陰で、じっと待っている踊り子。柱にもたれて小首を傾げ、会場の様子を見ている仕草がとても愛らしかったです。



出番を待つ間の緊張、こちらにも伝わってきます。家元の話がかなり長いのです。緊張の糸が切れてしまわないか、余計な心配をしてしまいました。

やっと家元の話が終わり、音楽が流れ始まりました。


古代の倉は、最高の舞台装置です。


着物姿の少女。可愛いです! 上手に踊っています。男の子の衣装ですが、女の子のようにも見えます。


背景は遠くの山並み、舞台は芝生。


日が暮れ、篝火が焚かれ、炎に照らされ舞い踊る姿、想像してしまいました。きっと、間違いなく、万葉の時代にタイムスリップします。

この日、青空の下、歌を聴き、合唱し、可愛い踊りを鑑賞し、ひさしぶりに、とても健康的で、正しい休日を、楽しく過ごした気がします。


国民文化祭、なかなかケッコーでした。


それでは、また明日。


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国民文化祭inつくば その1

2008年11月26日 | つくば市の風景
昨日、国民文化祭の催しで、11月2日に行った龍ヶ崎のことを書いたのですが、書き終わって思い出したのです。

11月1日に“つくば市”の北の外れ、“平沢官衙(かんが)遺跡” で行われた「万葉文化フェスティバル」に行ってきたのです。

このお祭りも「国民文化祭」の行事なのです。この日は、「紙ふうせん」と、「宗次郎」のコンサートが、何と!“無料”で観られたのです。

「紙ふうせん」は1時半から、会場に向かう途中で蕎麦屋に入り腹ごしらえをしたのです。

駐車場に車を入れドアを締め、歩きながらバックにカメラを仕舞う、その時! カメラを、アスファルトの路上に、落下!させてしまったのです。

慌ててカメラを拾い、確認したところ“ボディの結合部”が、何と!パックリ!2㎜ほど口を開いていたのです。

ヤバイ!やっちゃったァー! 焦りました、開いた口から内部の基盤が見えます。兎に角、店に入り席に着きメニューを見ます。

兎に角、蕎麦のことよりカメラです。開いた口を両手で、捻り込む様に、ひねり込む様に、無理矢理押さえつけたのです。

数回繰り返したところ、“パッチン!”と音がして、ボディの口は閉じました。ボディの周りを眺め回したのですが、特に傷や、凹みは有りません。

電源を入れ、まずは一枚、外の景色を撮り、画像の確認をしたところ問題なし。まことに“イイ落とし方”だったのです。

それで、「おろしそば」を注文したのですが、メニューには無かったようです。カメラの方が心配で、メニュー何か見ていないのです。

店員のおばさんは「大丈夫です、出来ます」と答えてくれました。これです、美味しそうでしょ? 美味しかったのです!


注文した後で、「大盛り」にしておけばと悔やんだのですが、運ばれてきたのを見て、大盛りにしなくて良かったと思いました。

このタイプの「おろしそば」は初めてです。どんぶりに盛られ、上には、キュウリの千切り、かつお節、刻み海苔、そして、主役の大根おろし。

それで、この“大根おろし”ですが、“鬼おろし”を使っているのです。粗めで辛ら味の強い結構な大根おろしでした。

この店には、以前に2、3度来ているのですが、暫くぶりで、初めての「おろしそば」なかなかの味わいでした。

ただ一つだけ、不満を云えば、やはり、ここは“揚げ玉”が欲しいところです。海苔は要りません。この味、このボリュームで980円はOKです。

カメラも直り、美味しいお蕎麦を食べて満足して、会場に向かったのです。車内でラジオを聴いていたら、何と、あの「紙みふうせん」の“冬が来る前に”が流れてきました。

紙ふうせん  冬が来る前に


何たる偶然と思ったのですが、助手席の配偶者は「この歌が流れる季節なのよ」との事。二人で口ずさんでしまいました。

20分ほどで会場に到着。観客は“そんなに来ない”のではと思っていたのですが、“そんなに来ていた”のです。


会場近くの駐車場に空きが見えたので、そちらに向かったのですが、関係者用として断られ、


来る途中にあった脇道を利用した臨時駐車場を指示されたのです。この道のずっと先の片側が臨時駐車場。


しかし、天気は良いし、コンサートは“無料”だし、やっぱり、人は大勢集まったのです。

今日は、この辺でお終い。

それでは、また明日。


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国民文化祭in龍ヶ崎

2008年11月25日 | 龍ヶ崎の風景
国民文化祭なんてものがあったのです。知りませんでした。国民体育大会の文化版のようです。今年は、茨城県で開催されたのです。

二人で行ってきました。国民文化祭in龍ヶ崎。それで、行ったのは11月2日なのです。チョット時期が遅れてしまいましたが、まぁ、気にしないで下さい。

それで、龍ヶ崎市民会館に到着しました。生演奏を暫くぶりに聞くのです。


“食の祭典in龍ヶ崎「食育フェスタ」”です。アマチュアバンドの演奏は、それなりに良かったです。

で、会場なのですが、もう、それは、それは、閑散としていたのです。前列に関係者と思しき人達が陣取り、あとは疎らです。


演奏後は、市長に、市議会議長に、県会議員に、お決まりのご挨拶。

下の写真は、議長です、ほとんど下を向いて原稿の棒読みでした。きっと、演説は下手でも、調整、根回しは上手なのでしょう。


来賓のご挨拶のあとは、料理研究家の「江上栄子さん」の講演があったのですが、疎らな会場から途中で出て来るのは失礼と思い、始まる前に退散しました。

「江上トミさん」の娘さんも、舞台から観客席を見渡しさぞかし寂しい気分になった事でしょう。

“龍ヶ崎コロッケ大使”の「五月みどりさん」の出演は午後の部になっていました。二部構成には無理があったようです。

外に出て“コロッケ”です。


“ライスコロッケ3ヶ1パック”で400円を2パックと、“はるまきコロッケ”100円を2個購入。合計1000円。


早速、会館のロビーに座る場所を見つけ頂いたのですが、そのお味ですが、何とも、これは、もう・・・・・・と云ったところです。

ライスコロッケは3種類の具が入っていたのですが、どんな具が入っていたのかは記憶から消えてしまいました。


コロッケは素朴でなければいけなかったのです。小賢しい細工は間違いなのです。

中華は中華として、コロッケの基本は“ポテトだァ”と、改めて、深く、深く、思い知らされたのです。

二人ともモノ足りず、基本的なコロッケを求めて再度外に出ました。中華コロッケの隣で“野菜コロッケ”を2個購入。


食べる前に、この“不揃いのコロッケ”を見て、こりゃチョット危ないかも?と思ったのです。


形に思い入れの無さを感じたのです。予想は的中してしまいました。

野菜が多すぎで、フニャフニャ・トロトロのクリームコロッケの出来損ないの様な水っぽいコロッケでした。

不揃いの原因はここにあったのです。柔らか過ぎて成形が困難を極めたのです。

それと、私はコロッケにソースをたっぷりかけて食べるのが好きなのですが、ソースを下さいと云ったら、店員の“おばさん”に、“ソースはかけない方が・・・・・・”と云われたのです。

“人の好みに口だしするな無礼モノ!”と叫んでしまいました。勿論、心の中で。

まぁ、千歩譲って、おばさんとしては、味に自信があり、ソースをかけられては、自分で作った味が台無しになると思ったのでしょう。

でも、コロッケにはソースなのです。ソースの甘酢っぽい匂いと、衣もの香ばしい匂いとの調和がコロッケなのです。

今回は、コロッケに裏切られました。

かわいい子供と黄門様。



国民文化祭in龍ヶ崎でした。


それでは、また明日。



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麻生総理とコントユートピアの真実!?そのこころは解散!

2008年11月24日 | 雑談
“コントユートピア”が大好きでした。

いつも先生役の“ホープ”、いつも生徒役の“ピース”

一番好きだった卒業式のコント。

こんな感じでした。


先生「実は、君に、今まで隠していた事がある・・・・・・」

生徒「えッ! 何ですか? 先生」

先生「実は、そのォ、君は・・・・・・、バカだったんだ!」

生徒「えッ! 僕、バカなんですか? 知らなかった!」

先生「でも、心配するな、先生が仕事を見つけてあげたから」

生徒「どんな仕事ですか?」

先生「報道関係の仕事だ」

生徒「えッ。報道関係? そんな難しい仕事をバカな僕にできるんですか?」

先生「大丈夫だぁ。君ならできる!」

生徒「テレビ局とか? 新聞社とか?」

先生「新聞社だァ」

生徒「新聞社! そうすると、僕は新聞記者ですか?」

先生「いゃ、ちょっと、違うんだなァ」

生徒「えッ、そうすると、どんな仕事ですか?」

先生「うん。新聞配達」

こんな感じでした。30年ほど前のことです。今では、こんなコントをテレビで演じることはできません。

それで、麻生総理なんですが、「おバカ総理」とは、言い切りませんが、かなりピース君の生徒に近いようです。

麻生総理は、大金持ちの「おぼっちゃま君」として、周りからチヤホヤされ、あの歳までスクスクと育ってきたのです。

麻生君には、ホープ君の先生のようにハッキリ事実を告げる人が現れなかったのです。これは、本人にとっても可哀想でしたし、国民にとっては大変不幸なことです。

それにしても、自民党は麻生君の“真実”を知っていたのですから、それを国民に隠し、総理に担ぎあげた責任は重大です。

党首、総理は、人気さえあれば、中身を問わない傾向がハッキリしてきました。原因は、小選挙区制と政党交付金、そして、国民の政治レベルです。

為政者にとって、国民は“元気で無知がイイ”のです。

それに、麻生君の真実はマスコミも知っていたようです。ホントに真実を知らなかったのは、麻生君と国民だけだったのです。

コントユートピアは、先日、コンビを“解散”しました。ホープ君からの一方的な解散発表でした。

麻生君。コントユートピアを見習って、早急に衆議院を“解散”して下さい。それがあなたにできる最後のお仕事です。


それでは、また明日。



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“小貝川・利根川土手シリーズ”最終回です。

2008年11月21日 | 龍ヶ崎の風景
今日で“小貝川・利根川土手シリーズ”が、間違いなく終わります。10月29日から、ずたずた、細切れの、11回のシリーズでした。

それで、土手を走っているのですが、何やら見知らぬ“観測装置”らしきモノを発見。アンテナを装着し、何やら観測データーを、密かに、何処かに、送っている気配。


近づいてみると、やっぱり!そうでした。“国土交通省中郷水位観測所”です。


“河口又は、合流点からの距離 5.0㎞ + 155m”の表示。合計の距離数を表示しないで、端数を“+155m”と表示するところが、何とも“それらしい?”のです。

“ゼロ点高Y.P.+3.694m”となると、かなり“それらしい”のです。東京湾の平均海水面をゼロ点にして、それよりもこの地点の高さが+3.694mなのでしょうか。何だかよく解りません。

川の方を見ると、“柱状目視水位計”の脇に白いパイプが見えます。途中から地中に潜り、密かに観測装置と繋がっている筈なのです。



こんな装置を使って、「国土交通省関東地方整備局利根川下流河川事務所」の職員の方々が、日夜、河川を監視しているのです。

世の中は知らないところで、知らない人達が、知らない方法で、知らない仕事をしているのです。世の中、人知れずいろいろな仕事があるようです。

こちらは、やけに目立つ色彩の橋。


水道管も橋を渡るのでした。“小貝川水管橋”と云う名前です。


水管橋から向こうの突き当たりの農道まで50メートルほどなのですが、


こんな看板が、


土手下の道と農道を繋ぐ、たった50㍍ほどの「水道用管理道路」。辺りには民家が数軒、車の姿も人の姿も見かけない、裏道の、そのまた裏道の、そのまた脇道と云ったような道です。

そんな処に、こんな看板をわざわざ立てなくても、と思うのですが、“茨城県企業局”しては、それなりの規則に基づいているのでしょう。

貴重な税金で造った道を、使用目的以外の車が通行し、路面が計画時の予測よりも早く傷むと、予定外の補修費用が発生し、結果として“納税者の負担が増える”そんな事なのでしょう。

私は、自転車を降り、静かに路面を傷めないよう、最深の注意を払い、遠慮しながら、通行させて頂きました。

農道に辿り着き、振り返り、水道管理用道路の路面に何も起こらなかった事を確認し、素早くその地点を離れました。

そんな、こんなで、土手を離れ住宅地を抜けます。そんな庭先の木の上に、


こんなのが登っています。生まれて初めて見ました“樹上の案山子”


自らの重さに堪えかねて、ダラリと下がった不思議な花。最近いろいろな処で見かけるようになりました。


見事です。一葉、一葉、微妙に異なる濃淡の、赤、紅、朱、黄、秋なのです。


最後は、踏切で終わります。


“竜ヶ崎街道”に哀愁が・・・・・・・。

小貝川、そして、利根川、いろいろと漂いました。


土手には、いろいろな風景があります。


秋は土手の季節かも、知れません。


それでは、これで、土手シリーズを終わります。


また、来週。



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本日は冬支度、灯油はホームセンターで!

2008年11月20日 | その他
本日は、部屋のカーペットを冬バージョンに交換し、一部屋はホットカーペットの上敷きを新調しました。

午前中に冬物を陽に干し、ホームセンターに買い出しに行き、帰って来て昼飯を食べ、古いカーペットの始末し、夏物を片付け、冬物を敷き、掃除機をかけ・・・・・・・、いろいろと、大変なのでした。

これで、冬の準備はOKです。そうでした、帰りに灯油を買ったのですが、74円/Lでした。

灯油の価格はレギュラーガソリン価格マイナス50円が相場なのですが、そのスタンドは、ガソリンが118円で灯油は74円だったのです。

店員にガソリン価格と比較して高くない?と、云ったら、近くのホームセンターを紹介されました。そこが地域で一番灯油が安いそうです。

店員のお兄ちゃんはアルバイトのようです。そのスタンドは去年まで地域で一番安かったのです。

ガソリンの値下げ競争の損失を、灯油でカバーしているのかも、今年は灯油をホームセンターで買う事にします。

灯油価格はこれからまだまだ下がりそうです。原油価格も50ドル/バーレルを割る可能性が高そうです。ドル/円も80円台になりそうです。

灯油も、ガソリンも少しずつ買うのが賢い買い方です。


と、云う事で、本日は通常営業はお休みしました。


それでは、また明日。


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ゴミと化した美化・緑化事業の工事を知らせる看板!土手は綺麗にしましょう武ちゃん!?

2008年11月19日 | 龍ヶ崎の風景

小貝川の土手をひたすら走っています。

合流点から1.5㎞遠ざかりました。


草刈り機と思ってよく見たら、


刈った草を集める“草寄せ機?”のようです。知らない処で、知らない機械が、いろいろ働いているのです。


草刈り関係者が、この車の中で休憩していました。


“草刈り”ではなく“除草工事”が正しい作業名称のようです。草刈りだと、爺ちゃん、婆ちゃんが鎌でのんびり草を刈っているイメージになりますからね。

車内をチラット覗いて脇を静かに通り過ぎます。


案内標識です。“合流点”から2㎞と思ったら、


よく見ると“利根川から”に変わっていました。


そうか、そうか、この辺から単に“合流点”では、見た人に分からないかも知れないと、国土交通省が配慮しているのです。

ここで気が付いたのです。土手は右側通行なのです。行きは合流点を目指し対岸の土手を走ったのですが、その時は、“まで何㎞”の表示でした。

帰りは、合流点から段々と遠ざかって行く、“から何㎞”の表示。そうです、土手は“右側通行”なのでした。

私は、偶然にも正しい土手の走り方をしていたのです。大した事では有りませんが、それなりの発見です。

きっと「土手に於ける距離表示に関する国土交通省河川局局長通達第何号何項」何て規則があったりして、表示方法が決められているのでしょう。

と、ここまで書いてきて、あッ!と気が付いたのです。もしかして!あの標識は!単に“表と裏”で、使い分けしていた! たぶんそんな気が・・・・・・。

まぁ、いっかぁ。兎に角、ひたすら走り続けます。


それで、こちら、池でしょうか? それとも沼? どちらかと云えば、沼の雰囲気。後で地図で見たら、川が蛇行し流れが変わり、取り残されてしまった昔の小貝川のようです。


いわゆる“三日月湖”です。池でもなく、沼でもなく、湖だったのです。 

遠くに見えるのが、竜ヶ崎の市街です。


行く手に、何やら石碑が、


昭和56年8月24日に、ここが決壊したのです。


周囲を見渡したのですが、それらしき“痕”は有りませんでした。後、址、蹟、痕、跡、あとも、いろいろ・・・。

傍らに、朽ち果てた看板がゴミのように寝ころんでいます。


近づいて見ると、


美化・緑化事業の工事を知らせる看板。工事は3年も前に完了しているのです。美化事業の看板が辺りの環境を汚しています。

工事主体が目的をまったく理解していない証拠です。

串田武久クン、もっとしっかりやれ! “武ちゃん”は、まだ市長やってるのかな? 調べてみたら、まだやってました。

“武ちゃん”何て馴れ馴れしく書いたのですが、市のホームページに、市長の部屋“武ちゃんブログ”何てコーナーがあり、やっぱり、本人も“武ちゃん”と呼ばれたいようです。

まぁ、兎に角、この辺で終わり。


明日で、たぶん、土手シリーズは最終回となる筈です。


それでは、また明日。






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豊田堰管理所の日々は?

2008年11月18日 | 街の風景
“土手シリーズ”の後半です。

小貝川と利根川の合流地点に戻って来ました。行きに見た校舎はやはり高校で“取手松陽高等学校”と云うようです。


小貝川の土手が見えて来ました。


あの先が合流地点です。


小貝川を上流方向に戻るのですが、橋を渡り来たときとは反対側の土手を走ります。


正面に豊田堰、左手に北浦川水門が見えます。


合流点から0.5㎞です。この場所で橋を渡る車の流れを見ながら“アンパン(白餡)とミックスサンドと野菜ジュース”で昼食を摂りました。


昼食と暫しの休憩後、走り出します。なにやら建物が見えて来ました。何処となく、何と無く、灯台(電波)のような、気象観測所のような、そんな佇まいです。


でも、しかし、こんな場所に・・・・・・、


灯台や気象観測所は・・・・・・・チョットねェ、


と、思いつつ、近づいて見ると“国土交通省豊田堰管理所”とあります。建設省から国土交通省に変わった際に、付け替えた部分が新しいのです。

でも、“豊田堰管”までが風雨に晒され退色し、“理所”部分は何故か修理されているように見えます。

まぁ、そんな事はどうでもよいのです。

それで、この建物を遠くから眺めつつ、そして、近づきつつ見つめ、


振り返りつつ、いろいろと想いを巡らしたのです。


こんな土手の上の、この建物の中で、どんな人達が、どんな業務を行い、どんな日常を日々送っているのか?

何か、とても、世間から遠く、静かでゆったりとした日々に想えてきたのです。私も、こんな処で、そんな日々を送る仕事をしてみたいと・・・・・・。

でも、しかし、現実の仕事は、いくら何でも、そんな、ボンヤリしてはいられないのでしょうね。

「堰管理所」は、いったいどんな仕事をするところなのか、ちょっと調べようとしたら、正式名称を発見しました。

“国土交通省関東地方整備局利根川下流河川事務所竜ケ崎出張所豊田堰管理所”

と、云うそうです。名刺を作ったら、これに所属と肩書き追加されるので、大変ですよ。

仕事の内容までは調べ切れませんでした。まぁ、それなりに、大変なんでしょう。

まだ、まだ、土手を走ります。


それでは、また明日。

※本日も“シャットダウン”は起きませんでした。





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写真使用について

2008年11月17日 | その他

コメント欄に「★PAL」さんから、写真(画像)の使用について、「事前連絡」があり、「ご自由」お使い下さいと返事を書きましたが、これは、あくまで「個人的」で、「非営利目的」である事が前提です。

当ブログの写真、文章に関する「著作権」を「放棄」した訳では有りません。

使用関しては「事前連絡」と「非営利目的」と、世間的、一般的、常識的な使用を条件とします。

尚、事前連絡があり、非営利目的であっても、私が納得できない使用法であれば、お断りする場合があります。

かなり、いかめしい表現になってしまいましたが、この世の中、いつ、どこで、何が、起きるか分かりません。

友人の助言により、上記の内容を追記する事にしました。


 以上、連絡終わり! 


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