歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

黄山宏村は世界遺産で・・・・・・?

2009年06月30日 | 世界の風景
昨日の続きです。

NHKの“世界ふれあい街歩き”を見て、歩いている“ふりをしている”シリーズで、中国の「黄山宏村」を歩いています。

街の外れに近づき、緑が目に付くようになりました。ひとりで散歩している犬とすれ違います。日本でも見かける犬です。


スケッチの道具を手に提げ、先ほど会った、武漢から来た美大の学生さん達のようです。


やってます、傘をさした方は壁に向かって写生ですか? そんな方を向いて何を描いてるの?


出ました。先ほどから、高い壁と狭い路地で、視界が、ずっと、ずっと、遮られ、広々として、遠くを見渡せる場所に出たかったのです。


街の外周は、緑もあり、遠くに黄山の山並みを望む大自然なのです。でも、何で?どうして? なのです。


狭い一画に密集し、狭い路地に、高い壁に、窓の少ない家、どうしてなの? 土地は、いっぱい、いっぱい、あるのにねェ。

昔は敵が攻めて来るので、防衛上の理由からでは?と考えられますが、それは、ずっと、ずっと昔の事では? と思うのですが、やはり、つい最近まで守りを固める必要性があった?

それより、やっぱり、いろいろな事情から、ずっと、ずっと、昔のまま住み続け、暮らし続けて現在に至り、そして、“昔のままが珍しい”で、世界遺産で、観光客が押し寄せ、入村料金“80元”で、ヨカッタ、ヨカッタ・・・・・・と、云ったところでしょうか。

まぁ、その辺の事情は、置いといて、河のせせらぎを聞きながら、遙か彼方の黄山を眺め、一休みして、街の中心に戻ります。

崩れかけ、剥がれかけた土塀の先に、まだ白さの残る“ばとうがき”が見えます。


門から中庭を覗くと、おじさんが花に水をやっています。ちょっと入ってみましょう。


バイクがあります。狭い路地では四輪車より二輪車です。


この“ジョウロ”なんか、どこか、変?デス。全体のバランスが、これまで、あまり、見かけないデザインです。中国固有の伝統に基づくデザインなのでしょうか?


なかなか広い庭です。建物はやはり窓が少ないです。この住居は二百年前のものだと、おじさんが話してくれました。

テーブルに置かれた“赤い魔法瓶”、同じ色、同じ形、同じ大きさ、他でも良く見かけました。きっと、ヒット商品なのでしょう。


部屋に案内してくれました。いろいろなモノが、いろいろと置かれています。


中国の方は、掛け軸が好きなようで、どこのお家でも良く見かけます。ここは居間なのでしょう。高く積まれたイス、滅多に使わないのでしょう、柱から伸びた紐で、しっかりと固定されています。


このおじさんも、現役を引退して、故郷で余生を送っているそうです。ここの住民は、若いときは外で働き財産を蓄え、老後は故郷でのんびり暮らす、そんなスタイルが、ずっと、ずっと、昔から続いているそうです。

そして、世界遺産に登録された現在、ここの暮らしは変わるのでしょうか?

これからは、外からお金を持った観光客が、大勢村にやって来るのですから、住民の暮らしも、いろいろと変わっていくのでしょう。


まぁ、そんなこと、通りすがりの観光客が考えても・・・・・・。


まだ、まだ、宏村を歩き回ります。


それでは、次回。


※明日は一日ドックの為に、たぶん更新できないと思います。宜しく。



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黄山宏村で中国2~3年の細工を見る

2009年06月29日 | 世界の風景
先週の続きです。

狭い路地に、間口半間ほどの小店、観光客相手のおみやげ屋さんです。竹細工のようです。


店内では、男性が盛んにノミと金槌で、竹に細工を施しています。加工場も兼ねているようです。

男性の作業服を見て、直ぐに頭に浮かんだのは、“人民解放軍”の制服です。たぶん、こんな色をしていました。下に着ている赤いシャツの襟が、階級章に見えたのです。


どうも、私の中国に抱くイメージは、人民服に、人民解放軍なのです、20~30年前でとまっているのです。

今や、改革開放で、中国共産党の指導者もスーツにネクタイの時代になったのです。軍人の制服は今でもこんな色だと思います。

朝鮮民主主義人民共和国の将軍様も、いつかは、きっと、スーツにネクタイの時代がくるのでしょう。

話を戻します、おみやげ屋のおじさんです。

経営者兼、加工職人兼、販売員の男性が、竹製の“急須”と云うよりも、“土瓶”に近い急須を手に、熱心に効能を説明します。

茶葉を茶筒に入れると、茶葉が散らばらず便利と強調しています。普通のことだと思うのですが、あたかも、このおじさんが、世界ではじめて、考案したような話しぶりで、とても、可笑しいと云うか、のどかです。


竹製の急須で入れたお茶は、身体の火照りをとり、そして、一番の効能は茶葉が腐らない事だそうです。

中国の、この地方の、黄山市の、この宏村では、一度急須に入れた茶葉が腐るほど、何日も、何日も、長期間に渡り入れっぱなしで、お茶を飲むのでしょうか?

確かに、竹には殺菌作用があると思いますが、いくら中国でも、茶葉が急須の中で腐るほど入れて置くことは無いと思うのですが、もしかして、そんなこと・・・・・・あったりして?


まぁ、それにしても、中国4千年の緻密な伝統工芸と云うよりも、中国2~3年のお土産品と云った、かなり、大雑把な観光客相手の竹細工です。


購買意欲は、まったく刺激を受けず外に出ます。路地の向かいもおみやげ屋さん。陽当たりの悪い、狭い路地、昔は白かっただろうと思われる壁は、石畳に近い処が青く苔むし、それなりの趣。


こちらは親子?のようで、お婆ちゃんが、背中に髪の毛でも入ったのか、娘に見て貰っているのです。

我が母も、時折、こんな格好をして、“痒いんだけど、何か入ってないかい?”何て事があるのです。どこでも同じなのです。


娘の手には、竹の皮が、盛んに細く引き裂いています。藁を束ねる紐として、加工の真っ最中なのです。


竹の皮を裂いた紐を使って、藁を束ねる? 藁とは、稲藁の事だと思うのですが、稲刈り後に稲を束ねるのに使用する?

我が日本の米栽培農家では、その昔、コンバインを導入する以前、稲を手で刈ったあと、稲藁は稲藁で束ねていたのですが、ここでは、収穫した稲は竹皮の紐で束ねるのでしょうか?

いろいろあるのです。世界は広いのです。

それにしても、狭い路地で、竹の皮を裂きつつ、痒そうにしている、母親の背中を覗き込む風景、とても、いいです。これも、世界文化遺産です。


まだ、まだ、宏村の路地を歩きます。


それでは、また明日。


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世界文化遺産“黄山宏村”で油売りのオジサンは今日も納得のいかない表情で常連客の女性を見送ります

2009年06月26日 | 世界の風景

昨日の続きです。

竹細工屋さんの工場を後に路地を進みます。

この辺りの壁はケッコウ白いです。

それで、この、路面から壁の立ち上がりの隅、雑草と苔、アジアです、中国です。路地には湿った苔の匂いが漂っています。


この真っ赤に塗られた消火栓は路地で良く見かけます。世界文化遺産ですから、防火対策が重要なのです。


はげ落ち、朽ち果てつつあるこれらの文字は、落書きではなさそうです。


掲示板ですか? いゃ、何かのお店のようですから、看板ですか? 商品の説明とか、宣伝広告とか、そんなことが書かれているのでしょうか。


油屋さんのようです。


店の中は、とても、とても、暗~いのです。


何か、明治、大正の匂いがします。建物自体は、もっと、もっと古く、数百年の時を経ているのでしょう。


分銅を使った秤です。外観と云い、内装と云い、秤と云い、こういう店で、商売をして、暮らしを立てているのです。


このご婦人、眉を八の字にして、かなりの早口でまくし立てています。油を買いに来たのです。500㍉リットルのペットボトル1本で充分に入る量の油を、2本に分けて入れるように要求しています。


油屋のおじさん、ご婦人の要求に従い2本に分けて入れます。現金取引ではなく、掛け売りで、それも、原料の菜種で支払っているようです。

菜種1.5㎏で油は500㌘の交換比率だそうです。どの程度の儲けになるのでしょうか、店の様子からは、まぁ、食べていくのが・・・・・・。


未だに、貨幣経済の枠の外での暮らしが残っています。これぞ、まさに、世界文化遺産の暮らしです。ご婦人が最後にキャップをしっかりとしめます。


常連さんのようですが、人の良さそうなご主人は、いつも、いつも、押されっぱなしのようで、“何か? どうも? いつも、納得? いかないんだョなァ~”と言った表情で、ご婦人を見送っています。


黄山宏村は、街並みも、暮らしも、村人も、ぜ~んぶ含めて、世界文化遺産のようです。

黄山宏村、まだ、まだ、ウロキョロと彷徨います。


それでは、また明日。


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黄山宏村の白壁を見つめ昔の面影を偲びます

2009年06月25日 | 世界の風景
昨日の続きです。

黄山市の宏村を歩いています。

宏村は約800年の歴史があり、この村の人達は商売上手で「安徽(あんき)商人」の名で、中国では知られているそうです。


故郷を離れ、一旗揚げて、故郷に錦を飾るのが、安徽商人の誇りなのだそうです。稼いだ富で、水路や白壁?の建物などの美しい町並みが造られたそうです。

“故郷に錦を飾る”と云えば、この“ばとうがき”なのです。


火事の類焼を防ぐための防火壁です。これが、高ければ、高いほど、成功者の証となるのです。日本で云う“うだつ”と同じものです。


商売に成功して、故郷に造ったのが、広い道路に大邸宅ではなく、狭い土地、狭い路地、密集した家屋で、防火壁の“ばとうがき”ですから、その富も、まぁ、それなり、と思われます。


それにしても、白い壁の美しい村と云われるほどに、壁は白くなく、確かに、昔は、白い壁であった事が、偲ばれる程度の白さです。

まっ白に塗り直すと、歴史的な“重み”とか、“風情”とか、“味わい”とか、“趣”とか、そんなものが損なわれるとの、判断が働いているのでしょうか?

それは、それとして、緑のない狭い路地、高い壁で遮蔽された家は、窓は少なく、そして小さく、この中で、どんな人が、どんな暮らしをしているのでしょうか。

中を覗いてみます。


女性の姿が、


切り刻まれた“孟宗竹”でしょうか?


元気よく、体格もよく、明るい女性です。


竹を加工している作業場です。旦那が竹細工職人のようです。


どんなモノを造っているのでしょうか。それで、今日はお仕事はお休みですか?


家の中を案内すると云って、入り口の処で、“これも竹細工”と云って物干しを指さしたのですが、そこには、どう見ても明らかに、“ご婦人用”の“下履き”と思われるモノが引っ掛けて・・・・・・。あまり、美しく無いシーンです。

【このシーンの放映意図は如何に?単なる見落とし?】

壁際のベットが竹細工だそうです。こういうのを造っているようです。


竹細工よりも、この桶は? 何なの?


昔からの暖房装置のようです。ふ~ん、この中に入って暖をとるわけですか、一人用の炬燵ですかね。


宏村は、大陸の中にあっても、温度変化は少なく、夏は涼しく、冬もそれほど寒くなく、平均温度が1度程度だそうです。

冬、日中の平均気温が1度ってことは、日本でいったらどこら辺りでしょうか?

それで、やっぱり、いろいろ思うのですが、白壁は“まっ白”がいいのか、それとも、時の移ろいが偲ばれる“元白壁”がいいのか、かなり、微妙なところです。

美しいのは、やっぱり“まっ白”でしょう。でも、“趣や歴史を偲ぶ”のであれば、“元白壁”の状態でしょう。

うん。ここは、欲深く、どちらの風景も見たくなってきました。でも、世界の文化遺産ですから、かなり、ムズカシイのでしょうか。


それでは、また明日。


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黄山宏村は中国のベニスですか?

2009年06月24日 | 世界の風景
昨日の続きです。

それで、昨日のお茶屋さんですが、お茶をここで飲めるのか聞くと、黙って二階に案内してくれたのです、

しかし、そこは祖父の寝室で、眺めがいいので案内したのです。お茶を振る舞うよりも、眺めを振る舞う、“眺め自慢”のお茶屋さんでした。


お茶屋さんの話では、“月塘”が半月形状なのは、“満月は頂点で後は下降していき、半月は満月に向かって成長していくので縁起が良い” そんなことを云っていました。


横綱よりも大関、大吉よりも小吉、そんなことなのです。うん。わかる、わかる。

それで“月塘”ですが、月の形に堤を築き、水を満たしたモノで、簡単に云うと、“月形の池”と云うことでしょうか。

“月形の池”の周りでは、


スケッチに励む若い男性とか、


スケッチに励む若い女性とか、


それにしても、おじさんの年代にとっては、とても感慨深いのです。彼ら、若い男女の服装とか、髪型が、ほとんど日本とは変わらなくなったのです。

どうしても、毛沢東とか、周恩来とか、詰め襟の“人民服”を思いだしてしまうのです。遠~い、遠~い昔です。

この彼女たちが、東京の街を歩いていても、違和感は無いと思うのですが、やはり、日本の若者がファッションチェックをすると、やはり、“何処か? ちょっと?”、なのでしょうか?

それで、このスケッチをする若者達ですが、“武漢”から9時間かけて来た、美術大学の学生だそうです。


このピンクTシャツの彼女が、“ここは中国のベニスと呼ばれている”と、云っていましたが、“イタリアのベニス”の人が聞いたとしたら、どう思いますかね。

町中を水路が走っているとは云え、そこを船が行き来しているわけでなく、食器や中華鍋や、衣類の、洗い場ですからね・・・・・・。もしかして、ベニスと姉妹都市だったり・・・・・・して、たぶん、それは、無いと思います。

こう見ると、黄山を背に、小さくて、ここぢんまりして、宏村はそれなりに世界遺産なのです。


黄山は、


確かに、素晴らしい、自然景観です。


水墨画の世界です。自然遺産で世界遺産です。


でも、宏村は古民家の街並みが、文化遺産で世界遺産なのです。うん。もう少し、街を歩き回ると、なるほど! そうか!と、なるのかも?しれません。

でも、“月塘”周辺の景観が、メインと云っていたような、そうすると・・・・・・、まぁ、兎にも、角にも、まだ、これからなのです。

それでは、また明日。


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黄山宏村の月塘で七色に輝く一条の帯を見た

2009年06月23日 | 世界の風景
昨日の続きです。

狭い路地、脇の水路では食器を洗っています。ちょっと見、流れる水は、あまり“清流”とは、表現し難い・・・・・・です。


流れの上手には、洗った後で乾かしている、と思われるモップが立て掛けてあり、ゴミ箱?と思われるモノが水面の上を被っています。


何とも、この流れは“清らか”とは・・・・・・。


こちらでは、洗濯棒で衣類を叩いています。この女性の話によると、10㎞先の川の源流から、水を引いてきているとの事。


女性は洗濯機では汚れが落ちないから、川で洗濯するのだと云っていました。洗濯機が買えないと思われと癪だから、そう答えたような? そんな気がしました。

大丈夫です、電気を使わず、洗剤を使わず、身体を使い、棒を使う、手洗いこそ、本来の、正しい、洗濯のあり方であると、堅く、深く、理解しております。

狭い路地をくねくねと歩き、


街の中心にある池に出ました。この池でも洗っています、半月形状の池は、“げっとう”と云うそうです。この池は観光スポットのようです。


美しい池、水面に映る白壁?の家。この辺が売り物のようです。が、女性の洗う中華鍋から油が流れ出て、水面には七色に輝く一条の帯が・・・・・・。


世界遺産に登録された街並みとしては、何とも、かなり・・・・・・です。ここいらが、大陸人の“おおらか”なところでしょうか?

我々、島国の人間は、細かな事にこだわり過ぎるのでしょう。同じ流れで、モップも、食器も、衣類も、みんな一緒で問題無いのです。水は流れているのです。

こちらでは、男性がしゃがんで何やら、


お茶屋さんのようです。茶葉のゴミを取り除いているのでしょうか?


それにしても、広い大陸で、土地は沢山あるのに、何で?狭い一画に密集して暮らしているのでしょうか?

広大な土地があっても、地形的、環境的に、家を建て街を造る場所は限られているのでしょうか?

【この写真“干渉縞”が出て見難いのです、標準の3倍で録画した為?それとも、角度とか、距離の影響?】

まぁ、それで、これが、宏村の地図です。山を背に、川の流れ利用して、堀割を三方に巡らし、敵の侵入を防ぐ構造に見えます。中央部の水色の半月が“げっとう”です。

広い土地に狭い市街は、敵との戦いを考えて造られたもの?その辺は、調べて見ないと判りませんが、そんな感じがしています。

黄山市の宏村は、あまり、日本では知られていませんよね? それとも、私だけが、知らなかった? その筋では有名な世界遺産なの?


“白壁と水の街”黄山市村、まだ、まだ、これからです。


それでは、また明日。


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中国の“黄山宏村”は千百円です。

2009年06月22日 | 世界の風景
“世界ふれあい街歩き”で、黄山の麓の街、宏村を歩きます。宏村の古い街並みは「世界遺産」になっているそうです。

抗州市の西方、約200㎞と云った辺りにあり、抗州市からは高速道路で黄山市まで行き、そこから一般道で北西方向に約50㎞に宏村があります。


中国の古い村のイメージに“ピッタリ”とはまりそうです。この池?と云い、この石の太鼓橋と云い、中国ポッイ!のです。 


天気が雲っているせいか、朝なのに“爽やか~”な感じはしません。ドンヨリです。


真ん中に見える、ポニーテールにジィーンズの女性、


この村で見た、唯一の欧米系と思われる白人女性です。この村は「古民家群」が世界遺産なのです。古民家群を観光資源としているのです。


村へ入るには、“入村料”が“80元”とられるようです。本日のレートですと、1元が14.04円ですから、1120円といったところです。

しかし、村に入るだけで、1120円の料金を徴収するとは・・・・・・。村の人口は判らないのですが、300世帯ほどが住んでいるそうです。

あるブログをみたら、国内の観光客で大変混雑していた書いてありました。村は池に三方を囲まれて、狭い土地、密集した民家、狭い路地ですから、一日の観光客は、数百人から、千人程度と想像します。

そんな条件で、少なく見積もっても、一日平均500人で、月平均1万5千人で、年間20万人弱と云ったところでしょうか?

かなり、大雑把で、いい加減な、推測ですが、でも、近からずとも、遠からず、だと、勝ってに思っています。

そうすると、年間20万人×千円として2億円です。一世帯あたりにすると、年間約67万になります。

中国の都市部で年収が「30万円弱」ですから、農村部では3分の1程度ですから「10万円弱」位、そうすると、観光収入の一世帯あたりの「67万円」は大変な金額です。

まぁ、それも、全額が住民に還元されての話ですが、それでも、これだけの収入があれば、村は相当豊かになる筈です。まぁ、それも、全額村の収入になればの話です。

村の住民にとって、入村料金の約1千円は大変な額です。年収10万円弱だと、月収にして8千円、1日約270円ですよ!

それが、それなのに、入村料金が一回で1千円ですよ! それでも、中国国内から観光客が大勢訪れるのです。

そうか!たぶん、80元は“外国人観光客料金”で、国内観光客は別途料金になっている可能性が高そうです。まぁ、8元程度が妥当な線でしょう。

そうすると、観光収入も、先ほどの計算より“かなり”減ります。

何か、最初から、下世話なお金の話になってしまいました。金勘定はおしまいにして、村の中を散策しましょう。

お父さんは、朝の“おかず”を採っているのでしょうか?


さぁ、狭い路地を通って村の中に入ります。


きょうは、ここまでとします。


それでは、また明日。


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“世界ふれあい街歩き”の舞台裏話は?

2009年06月19日 | 世界の風景
昨日の夜、8時から10時40分頃まで、“世界ふれあい街歩き”の“舞台裏”をやっていました。

見ようか、見まいか、迷ったあげく、結局、10時過ぎ迄で見てしまいました。迷ったのは、舞台裏を見てしまうと、興味が半減するような気がしたからです。

街を歩いている気分に浸っていると、ふとした事で、映像の裏側に、あの小柄で金髪のカメラマンが、長身で頭の良さそうなディレクターが、暗そうな録音係が、現地のコーディネーターが・・・・・・。

そして、録音スタジオで、何度も、何度も、リハーサルをして、台詞を吹き込むナレーターの顔が・・・・・・。

想像はしていたのですが、現実に見てしまうと、やっぱり、ちょっと、いけません。見てはいけないと思いつつ、でも、やっぱり、裏は覗いて見たくなるのです。

でも、やっぱり、見なければ良かった。

それにしても、この番組を見て、行ってみたくなり、そして、ホントに行って来た方が画面に登場しました。たぶん、このこのような方は、相当に居られるのでしょう。

旅行に行き、テレビに登場した場所に行き、

“あったァ!あったァ!ここだァ!これだァ! テレビで見たのと同じだァ!”

と、感激したそうです。でも、ねェ~、それって、何か、ちょっとなァ~・・・・・・。と、思うのです。

でも、それにしても、テレビを見て、行って見たくなり、そして、ホントに行って、感激する、まぁ、羨ましいことです。

10時過ぎに、もうこれ以上は、見てはまずい!、そして、寝る時間は過ぎているし、と思いスイッチを切ったのです。

どちらにしても、番組を見始めた頃の感動は、視聴回数が増える度に、薄れてくるのは避けられません。そして、今回の裏話、やっぱり、見なきゃよかった。

でも、しかし、そんな事を呟きつつ、来週から、“世界ふれあい街歩き”で“歩くシリーズ”を予定していたりするのです。


それでは、また明日ではなく、また来週。


※午前中に書き上げていたのですが、投稿するのを忘れていました。やっぱり寝不足で、頭がボンヤリしていたのです、あれ! それは昨日だァ! やっぱり、少しあぶないのかも?・・・20時55分更新
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“阿弥陀堂だより”で頭がボンヤリしています

2009年06月18日 | 映画の話し
昨晩と云うか、今日の早朝と云うか、録画していた映画“阿弥陀堂だより”を見たのです。

映画は、NHKの“BSh”で昨日の夜9時から11時半過ぎまでの放送でした。この時間、通常、睡眠時間に入っているので、録画して後日観るつもりでした。

それが、昨晩、12時過ぎに目を覚まし、何となく気になって、テレビをつけて録画を観てしまったのです。

ちょっと“さわり”だけ観るつもりが、最後まで観てしまいました。見終わったのが3時近く、そのまま朝刊を見て、再び寝たのが4時を過ぎてからです。

朝はいつもの時間の6時に起きて朝食を摂り、朝の連続ドラマを見て、新聞の読み残しに目を通し、さぁ、ブログの更新と思って、何を書こうかと迷っているのです。

寝不足のボンヤリ頭で暫く考え、やはり印象の消えないうちに、「阿弥陀堂だより」の感想でも、綴っておこうとなったのです。

それで、何で、夜中に見続けてしまったのか、考えたているところなのです。映画の登場人物は、みんないい人ばかりです。

舞台の信州の山奥の村は、素晴らしい自然に恵まれ、四季の映像も、とても、とても、美しいのです。

“いい人達と美しい自然”に包まれて、都会の暮らしに疲れ、心を病んだ人が、癒され、恢復していくストーリーは、観ている側も心地よいのです。

医療の最先端で活躍し、疲れ果て心を病んだのが、旦那ではなく、奥さんなのです。これは、原作者が女医さんだからそうなったのかも、たぶん。

旦那は、若いときに小説を書き新人賞をとったのですが、それから、まったく、鳴かず飛ばずで中年を迎え、二人で故郷の村に帰って来たのでした。

旦那が食事の支度をする風景、この旦那にすんなり感情移入ができました。寺尾聡が演じているのですが、だいたいこういう役が似合うのです。

それにしても、彼は若い時から、ずっと、ずっと、私生活でも、演じるときも“無精ひげ”スタイルを通しています。髭の無い彼は、いつか、何かで見た記憶があるのですが、かなり“のっぺり”していました。

無精ひげスタイルには、個性とか、深みとか、重みとか、陰影とか、複雑さとか、味わいとか、そんな役割が・・・・・・込められている?

まぁ、それにしても、寺尾聡はお父さんに、表情と云い、しゃべりと云い、仕草と云い、とても似てきました。

それで、映画の方ですが、世の中、みんな疲れている、名誉だとか、地位だとか、富だとか、そんなものは儚いもの、邪魔なもの、もっと、ゆっくり、自然のなかで、自然に任せ、穏やかに、のんびり、気楽に暮らす・・・・・・・。そんな、メッセージでしょうか。

私は、疲れ果て心を病むほど働いては来ませんでしたから、働き過ぎて心を病んだ方の気持ちは分かりません。

この映画を観て、感動する方たちは、そのような疲れた方なのでしょうか? この映画を観て、都会を捨て自然に包まれた古里に帰り、野菜や米を作って暮らそうと思うのでしょうか?

兎に角、この映画は、それなりにヒットしたようです。皆さん、“いいお話”を望んでいるのでしょう、みんな疲れているのでしょう。

この映画を観て元気になり、そして、また、結局、浮き世の“しがらみ”の中に戻っていくのでしょうか?

まぁ、そんな事は、ねェ。兎に角、やはり、夜中から早朝まで、見続けてしまったのは、やはり、二人の変化を見届けたかったからでしょう。

村の豊かな自然、優しい人々、可愛い子供達、奥さんも元気になり、病院も順調で、診療所も新しく建設されることになり、そして、43歳の奥さんが子供を授かります。

阿弥陀堂の婆ちゃんから、聞き書きをして村の広報誌に“阿弥陀堂だより”を書いていた助役の娘が病に倒れるのですが、奥さんの治療の甲斐があって恢復。

ラストシーンは阿弥陀堂の前で、みんな笑顔で記念撮影でした。

見終わって、安心して眠ろうとしたのですが、いつものように朝刊に眼を通してしまい、結局、寝たのが4時過ぎになってしまいました。

ここまで、書いてきて少しは頭がハッキリしてきました。昼食の後で昼寝をすることにします。

それでは、また明日。


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シャトー・カミヤ で“紫陽花”と“赤絨毯”

2009年06月17日 | 牛久市の風景
昨日の続き、と、云うか、オマケ見たいなものです。

シャトー・カミヤで“アジサイとランチ”だったのです。それで、アジサイですが、腹ごなしに、ぶらり、ぶらり、と園内を歩く事にしました。

途中にも、何カ所かアジサイは咲いていたのですが、池の畔の“一本アジサイ”が見頃で、水音を聞きながらの鑑賞は、とても、とても、何とも、情緒がありました。


滝と紫陽花は絵になります。“額紫陽花”は日本の梅雨景色です。


“アジサイ”は、やっぱり漢字表記で“紫陽花”が似合います。青紫の額紫陽花が一番好きです。


連れは、待ち受け画面用にパチリ!


滝の奥にある“見晴らしスポット”からの眺め、シャトーカミヤは相当に広いのです。彼方に、今年6月、国の重要文化財に指定された“事務棟”が見えます。


一通り、辺りを眺め、下に降ります。途中、葡萄畑を眺め、フレンチレストラン“キャノン”の前を通ります。この季節、テラスでランチもいいです。


煉瓦風の外壁に蔦が、


と、思ってよく見たら、ここはシャトーカミヤ、やはり葡萄でした。


ここの葡萄が、園内では一番大きくなっていました。奥の葡萄畑の実はマッチ棒の先程度です。

成長の差は、品種の違いか? この場所の環境が良いのか? 実は、この建物は、え~と・・・・・・、何と“トイレ”なのです。多少とも肥やしが・・・・・・、失礼しました。

美味しそうな葡萄です。


腹ごなしの散策を終え、ソフトクリームが食べたくなり、以前、この“重文”の左側の喫茶店“カフェ・アベイュ”入り口に“ソフト看板”があった事を思い出し云ってみると、看板は消えていました。

傍らに立つメニューも確認したのですが有りませんでした。諦めきれず隣の売店を覗いたのですが、ここにもありません。

こういう観光施設にソフトクリームが無いのは、とても、とても、変です。何か、複雑な事情があって、販売を止めたのでしょうか?

諦めきれず、重文の下を通って駐車場に向かおうとしたら、写真展の看板が眼に入り、無料だし、折角だし、重文の内部を見られることだし、覗いてみたのです。


入ってすぐにこの階段です。


赤い絨毯が敷かれて、


この照明です。


入り口には受付があり、とても腰の低い方が案内をしていました。写真展は、無料ですから、まぁ、そうか、そうか、の写真が展示されていました。

室内は四方にパネルが建てられ写真を展示しているので、室内の様子は、壁の上の方と、


天井だけが、覗けます。


室内は窓が閉め切られ、換気も悪く、ムシムシしていて、のんびり、ゆっくり、鑑賞できる環境ではありません。

一通り眺め、会場を後にしました。出口で腰の低い受付の方に、丁寧に“ありがとう御座いました”と云われて、こちらも、口元をゆるめ、視線を合わせ、軽く会釈を返して階段を下りました。

階段は、下りの方が、絨毯の赤が鮮やかに見えます。白い壁、木製の手摺り、真鍮の滑り止め、そして、真っ赤な絨毯。


踊り場の窓には、外の木々の緑が映しだされ、


これだけで、入って良かった! そんな気分にさせてくれた、“重文”の内部でした。 

“シャトー・デンベイ・カミヤ” 

ソフトクリームは食べられなかったけど、なかなか、良かったです。


それでは、また明日。




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