歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

“ひたち野うしく”でハンバーグと八兵衛さん

2012年11月26日 | 牛久市の風景
昨日は三連休の最後の日、と、云っても、私は一年中連休なのです。

それにしても、良い天気、風もなく、雲もなく、とても麗らかでした。

それでも、と、云うか、それだからと、云うか、朝のウォーキングで、今年初の霜柱を発見。放射冷却で気温が下がったのでしょう?

まぁ、そんな事で?ランチを食べに“ひたち野うしく駅”の近辺に向かったのです。どうもこの駅名なのですが、よく間違えるのです。今も、“うしく野ひたち駅”と入力してしまいました。

それで、ランチですが、最近はハンバーグにハマッテいるのです。そして、この店にもハマッテいるのです。千葉の店、つくば市の店、そして、今日は、何故か“ひたち野うしく”の店なのです。

今日は二人連れです。

連れ合いは“豆腐ハンバーグ”それにしても、レンズの所為でパンが巨大化しています。食パン一斤がドッカーン!とのっているようてすが、実は手のひらサイズです。


私はスタンダードの“デミグラハンバーグ”です。


このお店、味、量、サービス、店の雰囲気が価格とバランスよく、それなりにOKなのです。但し、店の一押しメニューが、とても、危険な名前なのです。そして、ドリンクバー、サラダ、パンのセットメニューの名前も、危険です。

これで、店の名前が、判る人には、判るのです。

それで、食べ終わって、車を店の駐車場に残し、駅に向かいます。パンを食べたので血糖値を下げるのです。

わたくし、“ひたち野うしく駅”が好きなのです。きっと、連れ合いも気に入ってくれると思い、今日は案内したのでした。

好きな理由は、この八兵衛さんと、


お友達の方々が、駅前で酒盛りをしているからです。


彼らは、駅の象徴です。

でも、しかし、純朴で、素朴で、長閑で、田舎チックな方々と、


背景の駅舎との大きな隔たりがとても魅力的なのです。


この駅は“つくば科学万博”の開催中、臨時駅“万博中央駅”と呼ばれていた過去があるのです。


1985年の万博が閉幕してから14年後の1998年、牛久市と住宅公団が建設費用出し、“ひたち野うしく駅”として新規オープンしたのでした。新駅には何故か?二つの地名が付く傾向があるのです。

つくば市にある研究機関へのアクセスとしても、それなりにを当て込んでいたのですが、“つくばエクスプレス”が2005年に開通してからは、乗降客は横這いと云うか、頭打ちと云うか、牛久市民のみが利用する駅になったのです。

この日も、駅周辺、駅構内には、片手で数えられる程しか人影はありませんでした。

連れ合いも、八兵衛さんや、そのお友達、駅舎や、駅前ローターりーや、周囲の景観を気に入ってくれました。

でも、しかし、駅前に、銀行、郵便局、病院が無いと不便だとの意見。まあ、ここに住む訳ではないのです・・・けどね。

兎に角、風もなく、雲もなく、暖かくて、そして、ハンバーグを食べ、ひたち野うしく駅を見学して、それなりに、満足、満足の午後でした。

あっ、そうでした、忘れていました。「ひたち野うしく駅」は“関東の駅百選”に入っているのです。誰が選んだのかは知りません。

それでは、また。


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稀勢の里が大関昇進で牛久の街は?

2011年11月28日 | 牛久市の風景
今日、牛久の街は大騒ぎか?と、思って行って来ました。

先ずは市役所から覗いてみました。

本場所中はいつも立っている幟が、風に揺れていましたが、


特に大関昇進について触れた“横断幕”とかを期待していたのですが、やはり、正式決定前ですし、“祝う大関”とか、次は初優勝だァ!とか、“横綱を目指せ!”とか、そんな横断幕はきっと業者に手配中なのでしょう。


街中の祝賀ムードを期待したのは、ちょっとばかし気が早かったようです。

それにしても、千秋楽の取り組み前の大関昇進“確実発表”は、相撲協会の、兎に角、興業第一が見え見えで、千秋楽の琴奨菊戦をつまらなくしました。

苦手の豪栄道に負け、落ち目大関の、日馬富士に負け、千秋楽はこれも“大の苦手”琴奨菊に負け、10勝4敗で直近3場所32勝で、大関昇進も“いまいち”の盛り上がりでした。

でも、まあ、よくやった稀勢の里。ホントに、ホントに、待ちに待った大関昇進です。次は初優勝を期待します。

まあ、そんなこんなで、祝賀ムードは期待を裏切られ、牛久駅前を目指したのです。


初めて渡った駅前に続く歩道橋、


おや、これは、何と、日時計の下にカッパが一匹。とても、とても、寒そうで、寂しそうで、悲しそうです。


眼が飛び出ています。


頭の皿には1円玉ひとつ、ホントに、ホントに、もう一匹、お友達を横に座らせてあげたいと思いました。


でも、この“哀愁のカッパ君”は、とても気に入りました。

駅前に着くと、人通りも少なく、“うしく現代美術展”の幟が何本もはためいていました。


こちらは、設計当初の思惑をよそに、唯々、暗く、汚く、寂しい駅前屋外ギャラリー的な一画。


展示板?掲示板?告知版? こんなところに“坂本冬美”です。来年の春、牛久の待ちに来るようです。観てみたい、聴いてみたい気がします。最近はホントに綺麗になり、色気も出てきた冬美ちゃんです。


何か、どことなく、最近の和服で歌う、立ち姿が、仕草が“石川さゆり”に似て見えます。彼女は石川さゆりに憧れて演歌歌手になったと、何処かで云っていました。

まあ、それは、それとして、稀勢の里ですが、本場所の場内放送で“関脇、稀勢の里、牛久市出身、鳴戸部屋”と流れるのです。

が、しかし、幼稚園は龍ヶ崎市で佐貫駅前の“みどり幼稚園”で、中学も龍ヶ崎市の“長山中学”なのです。そして、いつも、茨城版の記事では、何故か小学校は何処の卒業か触れないのです。

牛久市出身で、龍ヶ崎市の幼稚園と中学校の卒業で、小学校は不明?。

うん、これには、きっと、隠された?、触れられたくない?、何かが?あるような、気がしないでも、ない、のです。

冗談はさておき、兎に角、まあ、よくやった! 来場所は初優勝! 頑張れ稀勢の里! でした。


これで、お終い。




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牛久市長“疑惑?の第二弾?”第三弾はあるのか?

2011年08月04日 | 牛久市の風景
牛久市長の土地取引疑惑の第二弾です。

またしても、あの方の親類一族が購入した土地を、市が買い上げていました。前回は史跡で、今回は道路です。

市長の親類、身内、一族は、かなり、こまめに、土地を売買しているようです。親族が購入すると、何故か、直ぐに、市が買い上げてくれるのです。

これは、市の買い上げを前提としての土地購入で、“売買益目的”だと、フツウに、誰もが、そう考えます。

もう、これで、土地疑惑は終わりですかね・・・・・・・。



















でも、もしかして、世の中は“二度有ることは三度有る”との諺に従って、9月の市長選挙まで時間がありますから、“敵?”は、トドメの第三弾を用意して、炸裂させるチャンスを、そっと、静かに、窺っているのかも知れません。

市長にとって、暑く厳しい夏は、まだまだ続くのかも・・・・・・。

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“胡麻ふりかけを探し求めた旅”最終回

2010年06月10日 | 牛久市の風景
昨日の続きです。

圏央道に出ました。ここらは片側一車線の対面通行なのでしょうか? 二車線への準備はできているようです。


川瀬さんが設計して・・・、施工が太平工業東京支店で・・・、秋山さんが監理していたのですか・・・、ふ~ん、コンクリートは荒川沖建材店で買ってきたわけですか・・・・・・。


こんな処に、牛久阿見インターがいつのまにかできていたのです。


インターへの入り口と云うか、出口と云うか・・・・・・。まあ、良くある日本全国フツウの風景です。


こんなに、広くて、立派な道ができていました。雲がとてもイイです。


この風景、たまりません、ジ~~ンと来ちゃうのです。旦那が耕し、奥さんがタネを蒔く、夫婦で仲良く、黙々と畑仕事、夫婦共同作業です。農業は真面目で正しく、頭脳と肉体の両方をバランスよく使うお仕事です。人は頭だけを使っていると、いつか、きっと、かならずバカになります。


この辺で、裏道、脇道、田舎道に入ります。


こんな処に“おそば屋さん”です。こういう場所で商売になるのでしょうか?心配してしまいます。外観も特に凝った造りでもなく、フツウのおそば屋さんの雰囲気。

砂場、更科、藪はよく聞きますが、“やましな”は初めてです。山の中で更科そばを食べさせるので“山科”なんでしょうか? 見た目では、そう言う“ダジャレ”ではなさそうな?


畑の間を抜け、林の中を抜け、遠くに信号機が見えて来ました。あの信号を右に曲がるとその先は牛久市街のはずです。


このラーメン屋さんは、ケッコウ有名なようで、以前、土曜日の昼時に通りかかったら、店の前に行列ができていました、行列と云っても7~8人程度です。“半チャンラーメン”650円がおすすめのようです。

いつの日にか食して見たいと思いつつ前を通過。ちらっと横目で店内を覗いたら、平日の昼時過ぎのせいか5割程度の入りでした。画面右の奥に十数台入る駐車場が有ります。


この小学校、とても、とても、イイ感じなのです。木製の看板に毛筆の文字、ヒマラヤ杉、校庭、校舎、すべての、色、かたち、大きさが調和しているのです。真面目そうで、優しそうで、楽しそうな小学校です。


田舎の洋品屋さんです。そう云えば、この近所に“正直町”がありました。そういえば、この付近で、アーネストと云う名の付いた不動産屋の看板を見かけた事もありました。でも、なんか、自分からそう名のるのは、とても、何か・・・・・・。


もう、直ぐ、牛久の市街です。

これで、“胡麻ふりかけ”を探し求める旅を終わります。


それでは、また来週。


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武田牧場から津村薬用植物園へ

2010年06月09日 | 牛久市の風景
昨日の続きです。

牛久大仏で、1ヶ月に渡り探し求めていた念願の“ゴマふりかけ・・・475円”2本を買い求め、ヨカッタ、ヨカッタと帰路についたのです。

たぶん、この2本を消費したところで、ゴマふりかけも飽きると思うのです。以前、“生姜昆布”にハマリ、4~5回連続で買い求めたことがありました。次は、“食べるラー油”がイイかも。

ハンドルに“胡麻ふりかけ”が2本入ったポリ袋をくくりつけ、帰り道もはじめての道を選んで帰ります。

福田工業団地の外れ、武田牧場の脇から柵に沿って“はじめてコース”に入ります。以前、何度か脇をかすめた事はあるのですが、こんな近くで馬が見られるとは驚きでした。

“まきば”の風景です。


“ヒィヒィ~~ン”と鳴き真似をしたら、一瞬こちらを向いてくれたのですが、直ぐに食事に戻ってしまいました。馬にとって地面に生えている草も“ご飯”です、一面ご飯だらけの中に居るのです。


柵に沿って行くと、何故か柵の外側に出走ゲードが置いて?ありました。宇都宮競馬場とあります。


ちょっと調べてみたら、宇都宮競馬場は2005年3月14日のレースを最後に閉鎖されていたのです。流れ流れてこんな処で、ひっそり、柵の外に放置され、新たな引取先を待っているのでしょうか。

こちらのゲートは現役のようです。それにしても、誰も居ません。


大仏様が見えます。


牧場から少し行った処に、地味~な建物が、


“津村薬用植物園”とあります。株式会社ツムラの植物園です。明るくて、広くて、近代的な工場から、ちょっと離れたこんな裏道で、植物園を営んでいたのです。まさに、むかし懐かしい“中将湯の津村”の匂いがします。


薬用植物園と云うよりも、単なる薬用植物畑と云った風景。


植物園の向かいはスイカ畑。その先に見える工場が“理想科学”で、その先に大仏様。


スイカがなってる! と思ったら、摘果した実がころがっているのでした。


スイカ畑の先に、孟宗竹の林。何故か小学校の夏休みを思い出します。


筍の名残。


竹の匂いのする風がふいていました。田舎の匂い、夏休みの匂い。


竹林を抜けると視界が開け、圏央道の高架が、


さあ、どの辺りに出たのか?

牛久市街を目指して、まだ、まだ、ペダルを漕ぎます。

それでは、また明日。




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ゴマのふりかけで笑う話

2010年06月08日 | 牛久市の風景
昨日の続きです。

それで、目的の買い物なんですが、あるところから頂いた“胡麻のふりかけ”なのです。それが、何とも、美味しかったのです。

1瓶を食べ終わり、また食べたくなり、近くのスーパーを3~4軒探し歩いたのですが、このタイプのふりかけは何処にも置いてないのです。

そこで製造元に連絡し、売っている店を聞いてみようと空き瓶をゴミ箱から取り出し、じっくり眺めたのですが、製造元の名前はなく、ただ小さく電話番号だけが記載されていました。

早速、電話を入れたら、“当方は製造メーカーで、販売ルートに関してはまったく分からない”との返事。“ふりかけ業界”の“製販分離状況”を知り、“そんなもんかい”と思い電話を切ったのでした。

ふりかけ業界の現況に思いを馳せつつ、じっと空き瓶を眺めていたら、閃いたのです!  そうだァ!この手のふりかけは、観光地のおみやげ屋とか、高速の休憩所のおみやげコーナーだァ! 間違いない! そして、一番近所の、観光地の、牛久大仏を目指したのです。

それで、おみやげ屋に到着し、先ずは、この日暑かったので、ソフトクリームを食べ、一息ついてからと思い、店先のソフトクリームの絵を見て、チョコか?、バニラか?、イチゴか、ミックスか? 迷い、悩んで、結局、バニラを注文したのです。

でも、よくよく見ると、この店、バニラ250円の一種類しかなかったのです。そう言えば、注文を待つ店員の表情が変だったのです。バニラを注文したとき、“1個ですが?2個ですか?”と聞いてきたのです。何個買うのか迷っていたと思ったようです。


それで、ふりかけですが、予想は見事的中!これです! 外箱には販売元のラベルが貼ってあり、千葉県の業者でした。製造元の記載は外箱にも、ラベルにもありません。箱のてっぺんに小さく製造元のロゴマークがあるだけでした。


この手のお土産品は、製造元の社名、特に住所の記載は御法度なのでしょう。観光地のお土産ですから、製造元がまったく異なる場所では売れないのです。

千葉県市原市の販売業者の名前が、ホントに小さな小さな文字で記載されていました。帰宅して老眼鏡で判明。茨城で千葉で隣りですから、このくらいの距離はOK?

昔、聞いた話で、カナダに旅行して、お土産にミニチュアの“トーテムポール”買って、帰国して、じっくり見ていたら、底の処に小さく“Made in Japan”の文字。笑えなくて、笑っちゃう話。

それで、この“ふりかけ”ですが、ゴマに塩味が付いているタイプで、塩味が控え目で、香ばしくて美味しいのです。

時代は、ふりかけ、佃煮、モヤシに向かっているようです。

“メタボ”は、遠い昔のお話になるかも、経済が停滞して健康を取り戻す、嬉しいような、哀しいような、笑えないような、笑っちゃうような話。

それにしても、今日は眠い、昼飯を喰ったら、昼寝だァ!


それでは、また明日。


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阿見町は工業団地で都市化ですか?

2010年06月07日 | 牛久市の風景

先週からの続きです。

まだ、牛久大仏を目指しペダルを漕いでます。

やっと、見えて来ました。いつ見ても、ホントにデカイ!


圏央道をくぐります。


“設計基準強度”が、1平方㎜で“24ニュートン”懐かしい単位です。


キャノン阿見事業所に乗る大仏。


何か?大仏様の背が低くなった様に見えます。


裏道、田舎道を通って大仏に近づきます。


ジャガイモ畑には花が咲きはじめました。


キャノン阿見事業所の正門前に出ました。もう20年ぐらい前になるでしょうか?何度か仕事でこの門から構内に入って行ったものです。


説明板を発見。何度もここらは通過しているのですが、これまでこの存在に気付きませんでした。


“阿見町名所百選”ですか? 工業団地が単独で名所ではなく、世界一の大仏があっての名所なのです。でも、しかし、福田工業団地は阿見町ですが、大仏がある牛久浄苑はその名の通り牛久市なのです。今回はじめて地図を見て知りました。


以前、大仏が福田工業団地の“一画”にあるので、“牛久大仏”とか“牛久浄苑”と名のってはいるが、ホントは、阿見大仏、阿見浄苑の筈と、思っていたのです。

大仏様に有らぬ疑いを長きに渡り抱き続けたわたくしをお許し下さい。

阿見よりも、牛久の名前の方が全国的?関東的?にとおりがイイので、牛久にしていると思っていました。工場団地でも、15社のうち4社は“つくば工場”と名のっているのです。阿見よりも、牛久よりも、つくば市なのです。

それで、名所百選の説明ですが、「・・・一流企業及び関連企業15社・・・」の表現ですが、これだと、一流企業イガイの会社は、一流企業に“関連”がある会社が集まっているように読みとれます。

でも、しかし、調べてみたら、イガイなことに、一流企業と特に何の関連も無い企業ばかりでした。それにしても、“一流企業”の表現は、何ともイジマシイと云うか、アサマシイと云うか、サモシイと云うか、ナサケナイと云うか、とても寂しい表現です。

それと、ついでに、「・・・阿見町の都市化を進める上で先端的地域・・・」との表現ですが、工業団地で都市化は、もう、かなり、今では、時代錯誤になりました。

残念な事に“一流企業”で労働集約型はこういう処には来なくなりました。フツウノ人が、フツウにできる仕事は、もう国内には無くなりつつあるのです。

フツウの人が、フツウに働き、フツウに暮らせる時代は、もう、とうぶん・・・・・・・。段々と、寂しい話に・・・・・・・。

兎に角、大仏様にお願いしましょう。それにしても、デカイ!


ホントにデカイ!


デカければ、デカイほど、見上げれば、見上げるほど、有り難く見え、有り難く思えてくるものなのです。


平日ですから、数カ所ある駐車場の、この一番近い駐車場の、この隅の一画に数えるほどの車だけです。


さぁ、これから買い物です。本日はおみやげ屋さんで買い物が目的です。

さぁ、売ってるかどうか?


それでは、また明日。




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とても“アート”な焼き芋販売小屋

2010年06月03日 | 牛久市の風景
昨日の続きです。

さぁ、もうすぐ大仏、パンクもせずココまで来ました。縁起の悪い前回のコースを避けたお陰、ヨカッタ、ヨカッタと思いつつ、ペダルを漕いでいると、右側に怪しい小屋を発見。

一旦は通り過ぎたのですが、朽ち果てつつある外観が気になり振り返ったのです。


こんな処に、“やきいも専門店?”のようです。でも、どう見ても、これは営業している様子はありません。つぶれた焼き芋屋さんのようです。


こちらの立て看板には、“究極の自然食品・限定販売・赤と白・ほしいも・試食中”とあります。“干し芋”にも、手を出していたようです。

“赤と白”って、どんな干し芋なのでしょうか? 因みに、何故か、我が家では“干し芋”とは呼ばずに“乾燥芋”と呼んでいます。一般的には“干し芋”の方がポピュラーな呼び方なのでしょう。


それにしても、とても分けがありそうな、とてもこだわりがありそうな、とても不思議な焼き芋販売店小屋です。


入り口のドアも、縦横斜めに板を張り、花の絵で飾られています。


こちらの樹は“二段刈り込み”です。閉店後も手入れされている様子。


焼き芋もの製法は“壺焼き方式”で、かなり拘っていたようです。


このベニヤ板の絵、この色彩、女性のポーズ・・・、いつか? 何処かで? 見たような?


こちらにも絵が、


頬杖をつき、こちらをじっと見つめる女性、確かに、いつか? 何処かで? 見た気がします。朽ち果てるベニヤ、見つめる瞳、絵は完成に近づいているようです。


焼き芋に相当な思い入れがあったようです。


この焼き芋販売小屋、誰が、何と云おうと、これは、もう、ひとつのアートです。

ひとしきり、焼き芋販売小屋の鑑賞を終わり、大仏に向かいます。

天気は最高です! 


運動して、芸術して、これから買い物?です。


それでは、また明日。

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牛久大仏手前で馬政局長官です

2010年06月02日 | 牛久市の風景
昨日の続きです。

それなりに、車の往来がある、脇道、抜け道を伝って“牛久大仏”を目指しています。


視界が開けてきました。


下水処理施設の工事のようでした。こういう場所の、こういう工事現場は、とても、とても、のんびりしているように見えます。

最近、この手の工事現場の外周を“オレンジ色のネット”で囲うのが流行っているようです。国土交通省の何か通達でもあったのでしょうか。

幹線道路に出ました。


道路の向かい側を見ると、お堂に通じる脇道に並木風の松が見えたので行ってみたら、


道の先には、ただの、ふつうの、墓地があるだけでした。


幹線道路に戻ります。この道は、以前、何度か、仕事でも通った道でした。


なかなかの竹林。


牛久大仏の看板が現れました。


青い空に、白い雲、いっぱい、いっぱい、緑に包まれた家、いいなァ~~!


この日は、日陰が涼しく感じる陽気でした。日焼け止めを塗っております。


阿見アウトレットまで4.5㎞ですから、大仏はもうすぐです。


何やら、石碑が、


この地で、馬の繁殖などで多大に貢献された、“大久保意吉さん”の顕彰碑でした。

昔、陸軍省の外局に“馬政局”なんて行政機関があったそうで、軍馬の改良育種をしていたそうです。

まぁ、そんな事で、すぐ先の電信柱には、いまでも名残の牧場があるのです。こちらは、軍馬ではなく競争馬の改良育種をやっているのです。


石碑の先には、石仏が、


お地蔵様のお顔が、とても、とても、お優しいのでした。


大仏は、もうすぐ。でも、ホントに時々、あの悪夢が蘇り、タイヤを気にしながらペダルを漕いでます。パンクは今のところ大丈夫です。


それでは、また明日。


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こんな処でバイオカーボンの研究ですか?

2010年06月01日 | 牛久市の風景
昨日は、あの、日本で!東洋で!世界で!、最大と噂される“牛久大仏”に、ある明確な目的を持って自転車を走らせたのです。

明確な目的は、ちょっと、あまり、声を大にして云える内容ではありませんので、そのうちに、そっと明らかにしていく所存であります。

実は、何を隠そう、あのパンク事件で、自転車を引きずり、4時間半の苦闘を強いられた時のリベンジなのです。あの時の目的を今日こそ達成するのです。

今回、大仏への道は前回とまったく異なる、脇道、裏道、田舎道を辿って大仏に向かいます。何と云っても、前回のコースは縁起が悪いので牛久市街から脇道に入ります。

まぁ、兎に角、昨日は、とても、とても、良い天気で、青い空で、白い雲で、田圃は緑で、鉄塔達も喜んでいました。


何とも云えず、のどか、のどか・・・で、のんびり、のんびり・・・、の田舎道。


イチョウの木が畑に植えてあると云うか、イチョウ畑と云うか、


つくば“イチョウ”生産組合ではなく、“ギンナン”生産組合です。生まれて初めて見ました。ギンナン畑なのです。それにしても、ここは牛久市であり、つくば市ではありません。


まったくの初めての道を、山勘だけで大仏を目指しています。何か、遠くにマンションが見えて来ました。市街地に入り込みそうです。


新興住宅地の風景に。


予想外に、あの牛久運動公園前に出てしまいました。以前と比べて大夫、この辺の風景も道も変わっています。


宅地開発が進み、視線を遮るものが無くなって、ずっと、ずっと、遠くの方まで見渡せます。ホント、何処から、どんな方が、この地に移り住んで来るのでしょうか?


こんな広い道路がいつの間にかです。地平線の辺りが常磐線“ひたち野うしく駅”でしょうか。


でも、広い道はここでお終い。


新興住宅地周辺の広い道路は、突然狭くなったり、突然行き止まりになったりします。


ここで、左に曲がり、


“リサイクルセンター”と表示が立っていましたが、このガラクタをどうリサイクルするのでしょか?


それで、田舎の道になります。


田舎道に、こんな看板が、


“バイオカーボン研究所”です。こんな処で、こんな研究を、ひっそりとしている人が居たのです。まったく、ホントに知りませんでした。炭の新しい用途の研究をしているのでしょうか?


この裏道、そこそこ、車の往来があるのでした。知ってる人は知っている“抜け道”のようです。


この裏道、思ったより車が通るので、早く通過したいと思います。


それでは、また明日。


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