歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

映画『嘆きのテレーズ』で想いを巡らす

2012年09月28日 | 映画の話し
昨日は食後のウォーキングも、自転車にも乗らず一日家に居ました。やっぱり、水海道往復が、それなりに身体に応えたようです。

それで、何か無いかと番組表を眺めていたら、NHKBSで『嘆きのテレーズ』が眼にとまったのでした。


事前の知識はまったくなしで、“嘆き”と“テレーズ”の文字から、何となく、こんな日には、気分に合いそうな気がしたのでした。

録画ではなく、放送をリアルタイム視聴です。リアルタイムはやっぱりオジサンには問題でした。上映時間が2時間で休憩?は無しです。

それで、まあ、物語は最初から最後まで、飽きない展開でした。

愛のない結婚、わがままで、病弱で、マザコンな夫、口うるさい姑、変化も無く、愛もなく、だらだらと続く退屈な日々を過ごす、中年を向かえつつある嫁テレーズ。

そんな日々の中で、夫の友人として現れる男性、お約束どうり“その男”に惹かれる妻。互いに愛し合い、新しい生活を夢見るが、夫にその男との“関係を知られて”しまう。

それで、です、この場面“関係を知られて”しまう場面は見ていないのです。トイレに行ってたのです。帰って来ると夫が妻がやり合っていたのです。やっぱりリアルタイムはダメです。

それで、関係修復と云って“思惑”を抱いて夫が3日間のパリ旅行を提案。その途中、列車の中で夫と、テレーズを追って列車に乗り込んだ“男”が口論となり、夫は弾みで車外に突き落とされ死亡。

テレーズは夫は自分が寝ている間に“客室”(コンパートメントで相部屋)から一人で出て行き“事故”にあったことに、二人で示し合わせる。

この相部屋の“元水兵の男”は、テレーズが先に客室を出たことを目撃していたが、警察には寝ていて何も知らないと証言。

テレーズは犯人として疑われるが、証拠も動機も無いとして、結局は無罪放免。しかし、相部屋の男がテレーズの前に現れ、警察には黙っているとして現金を要求。

仕方なく、男とテレーズは現金を渡し、今後は一切この件でカネを要求しないとの誓約書を書かせる。

カネを受け取り外に出た元水兵は、二人の前でトラックに轢かれ死亡。しかし、その男は、自分の身を守るために、時間になっても戻らないときは、裁判所宛てに目撃した事実を綴った手紙を投函することをホテルのメイドに依頼していた。

その場面で、死に際に“手紙が!手紙が!”と虚空を掴み、叫ぶのです。手紙が裁判所に届けば、折角苦労して手に入れたカネを失うとの思いで叫んだのか?

それとも、苦労してかき集めた大金で、自由になる筈の二人は犯人として検挙され、自分は手にした大金を使わぬまま死んでいく、この二つの不幸を恨んでの叫びだったのか?

わたしとしては、折角掴んだ幸運が、呆気なく、突然に、消えていく不条理を恨んだ叫びのような気がしました。

メイドは約束の時間になって戻らないので手紙は、ポストの前で回収に来た郵便集荷係に直接手渡されます。

重大な内容が綴られていることを知らないメイド、手渡された集荷係は“急ぎのラブレターかい?と云って笑顔で受け取るのです。

あどけなさの残るメイドの戸惑いを感じさせる笑顔と、集荷係のからかうような笑顔。ここで、カメラは引いて町の遠景の画面になり“Fin”の文字が浮かぶのです。

まあ、よくある話しと云えば、よくある話しです。ラストの展開は、それなりに意外性があるようで、無いような展開。

と、云うのが、あらすじで、なんだか、だら、だら、書いてしまった。

まあ、それで、この映画はNHKで放送するのですから“名作”な訳です。見終わってから調べてみました。

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監督マルセル・カルネ 

1952年制作のフランス映画

翌年のヴェニス映画祭で銀獅子賞を受賞。

原作はエミール・ゾラの『テレーズ・ラカン』。

テレーズ・ラカン役はシモーヌ・シニョレ

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私は知りませんでしたが、監督も主演女優もフランスを代表するような方だそうです。原作の“エミール・ゾラ”の名前だけは知っていました。

原作が1867年と云う事は、いまから145年も前で、日本は大政奉還で幕藩体制が崩壊し明治時代が始まる頃です。

映画化が1952年で、私が2歳で60年も前の事です。ストーリーはそれなりに原作通りなのでしょう?

145年前の時代背景での“男と女と結婚と嫁と姑”を、60年前の時代背景で描かれた作品。それを、145年後、60年後に観るわたし。

病弱な息子を看病する為に、貧しい娘を引き取り育て結婚させる。そんな事は、いまではあり得ないような話しです。

でも、愛のない、愛の無くなった、結婚生活から、愛を夢見て、別の設定としては、いつの世にもありえる、男と女のお話です。

煩い亭主と姑との退屈な日々。別れたくても、それなりに恩義を感じつつの日々。そこから抜け出しかけて、結局は不幸な結末をむかえる。

でも、計画的ではなく、殺意も無く、過失致死罪?でも偽証罪? 主犯の男は今の日本では、懲役2~3年程度? 共犯?犯人隠避?テレーズは執行猶予付きの禁固2~3年ぐらい?

夫は死に、愛人は殺人者となり、姑は息子の死のショックから口がきけなくなる。周囲の不幸を招いた責任を背負ってこれからの人生を歩むテレーズ。

二人は出所しても、別々の人生を歩む・・・・・・。

でも、しかし、もしかして、“シモーヌ・シニョレ”の演ずるテレーズは、顔つきがかなり怖そうで、精神的にもタフそうに見えるので、なんか、上手く乗り越えて生きていけそうな雰囲気です。

役に対する性格付けを考えてキャスティングするので、テレーズの将来は、あまり悲劇的に考えなくていいとの、マルセル・カルネ監督のメッセージが込められたキャスティグかも・・・・・・。

兎に角、それなりに楽しめた作品でした。

途中手、2回もトイレに行ってしまった。やっぱり映画は録画で観るのが正解です。


それでは、また。





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水海道の“竹村酒造”が復活していました!

2012年09月27日 | 水海道の風景
昨日、食後に朝刊を見ていたら、地方版に大関の稀勢の里が母校の長山中学を訪問した記事を発見。


写真の下に眼を移すと“市長給与50%減条例改正案可決”あり、その脇に小さく“常総市議会”とあり、常総・・・? 常総・・・? 常総・・・? あっ!水海道ねェ! 

常総市と云われても、直ぐには、水海道に繋がらないのです。筑西市も、それって何処?状態で、直ぐには思い出せません。 

水海道で、給与で、50%減と云う事は、あの“奇跡の高杉さん”です。そうか、そうか、副市長や教育長の人事で議会に虐められているようです。

それで、天気もイイし、涼しいし、今日は水海道となったのです。

季節は、もう秋、誰も居ない海・・・ではなく、誰も居ない田圃道。


見えて来ました。


以前の建物にそっくり!


間違い無く、醸造元竹村酒造店です。


こちらが販売所ですかね。


この感じは、ホント、前と同じです。突然消えて、突然復活です。


私は残念ながら糖尿病で日本酒は“禁止”なのです。飲めるならば、店を覗いてお土産に1本なのですが、ホント!残念。買わないのに店を覗くのはちょっと憚れるので、外から眺めるだけにしました。

なかなか、イイ佇まいです。


それにしても、広大な空き地の片隅と云うのが・・・、ちょっと残念です。これからこの空き地は、いったいどう活用するのでしょうか?


それにしても、突然消えて、突然の復活。市長選挙絡みの、政治絡みの、思惑絡みの、いろいろ絡んだ結果の風景なのでしょう。

帰り道、今日は運動しているから、特別に昼飯に糖質を摂取してもOKと、すき家で牛丼を食べることにしたのです。

ところが、何と!メニューを見ると、“ライト牛丼330円”なるものを発見。迷った末に、サラダ100円、卵50円とライト牛丼を注文。


具の下は“豆腐”です。


豆腐牛丼は、やっぱり、何とも、情け無いものでした。やっぱり、ここは、普通の牛丼を食べればヨカッタ!と、反省しつつの食事でした。

それにしても、“ライト牛丼”とは、世の中、それなりに“糖質制限ブーム?”


青い空、白い雲、遠くに筑波山を眺めつつ、帰路に着きました。



それでは、また。

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日馬富士が優勝ですか・・・・・・

2012年09月25日 | 相撲の話し
ホントに、ホントに、まさか、まさか、でした。

二場所連続の全勝優勝とは“予想外”でした。

先場所の全勝優勝は、絶対に、何かの間違いだと思っていました。

今場所は、先場所の優勝疲れで、絶対に、後半戦は力尽きて“いつもの”日馬富士に戻ると思っていたのです。

今場所は、大関の琴奨菊、琴欧州、把瑠が休場で、後半戦はそれなりに有利とは思っていたのですが、白鵬に連勝し、稀勢の里にも勝って、優勝してしまいました。


新聞の採り上げ方は、それなりでした。何と云っても、またも、モンゴルの横綱です。

白鵬でも、日馬富士でも、“モンゴル横綱”では観客動員の歯止め掛からないでしょう。

わたしとしても、なんだ、かんだ、と、云っても、やっぱり日本人横綱が見たいのです。

でも、しかし、日本人で横綱を張る力士は・・・・・・・見当たりません。残念ながら、琴奨菊も、稀勢の里も、もう、頂点は過ぎつつあると思うのです。

でも、もしかして、日馬富士のように大関在位22場所で、まさかの復活で、横綱になるかも・・・・・・知れません。

琴奨菊が在位6場所、稀勢の里が5場所ですから、まだ、まだ、先があるのかも?

兎に角、来場所は白鵬の一人横綱から、やっと東西に二人の横綱が並びます。でも、だからと云って、来場所に大きく期待が膨らんだり、場内がホントに満員となったり、何て、予想は、誰も考えてはいないのです。

このままでは、大相撲の人気は衰退して行くばかり? 何が何でも、日本人横綱が?と、思っていたら、いざ実現したら、それでも人気の衰退に歯止めが掛からなくなったら?

何か? もしかして? 日本人の優勝が、日本人の横綱が、相撲人気の回復に繋がると、思っていたら・・・・・・。

何か? もしかして? そもそも、何処の国の人間が横綱になろうが、優勝しょうが、そんな事に関わりなく、大相撲そのものが、もう、ダメだったりして・・・・・・。

何か、天候が不順な為に、とても、とても、マイナス思考に・・・・・・。

兎に角、“牛久”の稀勢の里、“土浦”の高安には、それなりに、期待はしているのです。


それでは、また。


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鳩が山椒の実を啄んでます!痺れる辛さが病みつきに!快感に!

2012年09月22日 | 季節の風景

今朝は“寒かった”です。

半袖のTシャツで、タオルケットを掛けて寝ていたのですが、朝方は腕が冷たくなっていました。押し入れから“夏掛け”を引っ張り出すのが面倒で、タオルケットにくるまって首だけ出して頑張ってました。

朝食後は、今期初めてコーヒーをアイスからホットに変えました。温かくてホットしました。このまま秋になってほしい!

それで、庭の鳩なのです。

数日前から、庭に一羽のキジバトを山椒の木で見かけるようになりました。


様子を窺っていると、どうやら、山椒の実を食べているようなのです。


山椒の実は、とてつもなく、辛のです“しびれる辛さ”です。


私は、以前に青い実の山椒をちょっとかじった事があるのです。“しびれ”が唇から、少しずつ拡大して、もしや?このままでは?顔面全体が麻痺?と、恐怖の体験をしているのです。


たぶん、赤い実になる前の、青い実の方が、危険度は高いようです。

生物すべて、成熟前の成長期の方が“攻撃的”なのです。

それにしても、キジバトが“痺れる辛さ”の山椒が好きだとはオドロキ!です。


ホントに今朝は“寒い朝”でした。


コヒーはホットの季節です。


それでは、また。



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映画『ブレイブハート』でスッキリ!

2012年09月21日 | 映画の話し
昨日は映画の気分だったのです。だからと云って、映画館に向かった訳ではなく、本棚のDVDを物色したのです。

以前に、冒頭の数分だけで止め、頭の隅にそれとなく引っ掛かっていた映画を観ることにしました。

冒頭の数分が、どうも、面倒と云うか、入り込み難いと云うか、兎に角、外国映画で、登場人物が多いいと、顔の見分けが付かないのです。歳をとるほどにその傾向が顕著になり、誰が、誰だか判らなくなるのです。

そういう事で、冒頭で、これは、歴史劇で、登場人物も多そうで、それなりの歴史的背景を事前知識として持っていないと、何が、何だか、判らなくなると思い、初回は数分観て“ヤ~メタァ!”となったのでした。

でも、何故か、引っ掛かっていたので、今回、改めて、観ることにしました。

この『ブレイブハート』が、1995年のアメリカ映画で、主演、監督が“メル・ギブソン”で、アカデミー音響効果賞、アカデミー作品賞、アカデミーメイクアップ賞、アカデミー監督賞、アカデミー撮影賞を受賞していたのも、全く知りませんでした。

何故か?“メル・ギブソン”と云う俳優の名前は知っていました。きっと、テレビや、新聞にその名前は、しばしば登場していたのでしょう。知らないうちに刷り込まれたようです。

映画は、基本的にお金を払って観るものですから、冒頭がつまらないからと云って、映画館の席を立つ人は、まあ、ほとんど居ませんからね。テレビ放映の録画では、お金を払った訳ではないので、スイッチを切る判断に迷いはないのです。

それで、『ブレイブハート』ですが、大変!面白かったです!歴史大スペクタクル!で、ストーリーは判り易くて、まことに正しい人が、正しく、素直に、英雄で、女性にもてて、闘いに強くて、とてもカッコ良くて、スッキリする映画でした。

戦闘シーンが多くて、迫力満点で、大画面で観たら、もっと、もっと、感動する映画です。

主役はスコットランドの独立のために戦った実在の人物“ウィリアム・ウォレス”の生涯を描いたのですが、ストーリーはかなり大幅に脚色されているようで、登場する、貴族とか、国王とか、后とか、皆さん実在の人物らしいのですが、同時代の人では無いようです。

愛する女性を、愛する家族を、愛する故郷を、奪った敵・・・・・・。

理想の為、自由の為、どんな困難にも、果敢に、勇ましく、立ち向かう、闘う勇者・・・・・・。


カッコ良くて、スッキリする映画でした。


現実は、なかなか、こうは行かないですから、余計に、いろいろと・・・、考えてしまうのです。

兎に角、ハラハラ、ドキドキ、チョッピリお涙で、あまり考えないで、楽しく観る、大スペクタクル映画です。上映時間177分ですが、そんな長さは感じません。


角館は、そのうちに再開すると、思います。


それでは、また。






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尖閣の行方は?

2012年09月19日 | 世間話し
昨日は早めにお彼岸の墓参りをして来ました。

それにしても、“暑さ寒さも彼岸まで”と云うのに、今年はまだまだ暑いです。

それにしても、“尖閣”で中国も、そして日本も、熱くなっています。

領土とか、国境とか、なんてことは、つい最近まで“かなりいい加減”だったのです。国際法で、あ~だ、こ~だ、と、云っても、そんなものは、20世紀のお約束です。

それ以前は、そんな細かいことに拘っていなかったのです。日本の漁民も、中国の漁民も、むか~し、むか~しのそのむかしから、魚を捕ったりしていたのです。

領有権とか、魚業権とか、そんなものなど、つい最近できたお約束です。

尖閣が日本領に編入されたのは“日清戦争中”であった1895年なのです。戦争中のドサクサと云えなくもないのです。

まあ、この時代は、世界は帝国主義の時代となり、領土の分捕り合戦が始まり、国境とか、領土とか、国際法とか、あ~だの、こ~だの、と、なったのです。

領土と国境は、常に戦争と一体なのです。領土と国境の争いは、必ず、これまで、どこでも、武力衝突に、戦争に、と繋がって行きました。

国家は人民と領土と権力ですから、領土を侵されることに対しては、あらゆる手段を使って抵抗するのです。

中国にも、日本にも、そんな!小っせい!島なんか!俺には関係ねェ!と、思っている人が、かなりの多数を占めている筈です。中国13億(実数17億?)の人民で、街頭で暴れているのは極々一部ですからね。

でも、毎日、毎日、中国国内の反日デモの争乱状態を見ていると、感情的に、何だ!あいつらは!日本を舐めている!ゆるせねェ!と、なってくるのです。

もう、ゼニカネの問題では無い! 日本を馬鹿にするな! もう、我慢できねェ!と、なるのです。わたくしとしても、冷静に、冷静に、と、思うのですが、やっぱり、それなりに、苛立つのです。

それで、心配していた“18日”の“争乱デモ”ですが、それなりに様子が変わりました。中国政府は、日本への圧力として利用していた“争乱デモ”の段階を終了させ、そろそろ、政府間交渉の段階に以降したようです。

中国は、国内に格差問題を抱えています。“経済改革解放派”と“反経済改革・政治思想優先派”の対立があります。

いつまでも、街頭で自由に政治的主張を叫ばせていたら、矛先は政府に向かう事は明らかなので、そろそろ、街頭での行動は収束です。

でも、しかし、ホントに、国民の街頭行動を押さえ込めるか、かなり危険な気もします。デモの先頭で破壊活動をしているのは、単なる群衆の跳ね上がりではなく、現政権に対立する、“政治思想優先派”の活動家のようにも見えます。

最近のデモの写真を見ると、毛沢東の、大きな、肖像画や、写真を高く掲げる集団が写っているのです。中には“紅衛兵”の服装をした若者も居るそうです。

経済改革の矛盾、物価高、不況、失業、格差の拡大、政権幹部の腐敗、国民の不満が、かなり、かなり、溜まっています。

共産主義時代が、毛沢東の時代が、造反有理の時代が、紅衛兵の時代が、文化大革命の時代が、もう一度、くり返される?

まあ、文化大革命から、経済優先の時代、自由を求めての天安門事件、経済改革の矛盾拡大、そして、また、これから、暫く、政治思想優先の時代?

まあ、まさか、文化大革命の頃に戻ることは無いと思いますが、これからは、暫く、それなりに、政治優先の時代になるかも?

そうなるとですよ、“尖閣”は、中国にとって、それなりに“利用価値”が出てくるのです。政治優先、軍事優先。

これまでは、それなりに群衆による“争乱デモ”で圧力を日本にかけてきましたが、交渉を有利に運ぶために、軍部による圧力をかけて来る気がします。

領土での、一定の“軍事衝突”は、中国にとって、それほど、重大な決断ではないのです。ベトナムとも、ソ連とも、インドとも、“領土国境問題”で正規軍が戦っているのです。

そうなると、日本は、かなり混乱するでしよう。これぞ、石原慎太郎都知事が4月に「スイッチを押した」目的です。“4月”に“アメリカで発言”、ここにいろいろな示唆が・・・。

混乱の末に、どんな、世の中に変わるのか? 

そうなると、首相官邸は“中国をやっつけろ!”と叫ぶ人々が取り囲むような、そんな気が・・・、そして、その2~3割は“脱原発”を叫んでいた人達だったりして・・・。

何か、とても、とても、悲観的になったりして・・・・・・・。

兎に角です。争乱デモが収束しても、尖閣問題は終わらないのです。

これまでは“領土問題はなく実効支配は日本”がから、いまでは、日中間に“尖閣”と云う、“領土問題”が存在していることを、世界中が知る事になったのです。

ホントに、尖閣の領有権は棚上げにして、魚業も資源開発も、共同でやればお互いの利益になる筈です。

石油とか、天然ガスとか、メタンハイドレードとか、いろいろな資源があったとしても、紛争地域の開発など、危険でリスクが大きく、どこの国の、どこの業者も、手を出さないでしょう。

まあ、ゼニカネではなく、メイヨの問題だとなると、ホントにムズカシイのです。

それにしても教育の恐ろしさを感じるのです。いつの世も、どこの国も、歴史教育は政権側の目先の都合で内容が決まります。

目先の都合は、時が経ち、情勢が変化すると、逆に、政権側の足かせになります。中国も、過去の日本も、同じことをやっているのです。

ムズカシイことですが、政治は教育に口を出してはいけないのです。何て、云ったみたところで、それでも、政治が教育に介入することを望む人達が、今も、沢山、居るのです。

兎に角、まだ、まだ、暑い。

それでは、また。

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糖質制限で糖尿病が完治に向かう?

2012年09月17日 | 健康
本日は角館シリーズはお休みです。

それで、血糖値なのですが、とても、とても、良い傾向なのです。ホントに、ホントに、明るい兆しなのです。\(^_^)/

先月の18日より、血糖値の自己測定と糖質制限食を開始して以来、毎日、毎日、指先に針を刺し、血を流し、測定器のカウントダウンの、ピッ、ピッ、ピッ、ピ~!音に怯え、そっと数値を覗き込む日々を送ってきました。

確かに、糖質を摂取しなければ“食後血糖値”は正常値の範囲「180以下」には収まるのです。

でも、しかし、糖質制限は簡単なようで、かなり、かなり、ムズカシイのです。考えてもみて下さい、糖質、炭水化物、穀類は主食ですよ!主食! 御飯や、パンや、うどんや、蕎麦や、パスタや、ポテト類を、食べないのですよ!

これが、どんなに辛い事! そして、そして、もっと、もっと、辛いことは、この生活から、いつ抜け出せるのか? どこを、どう探しても、具体的な回答を見つけ出せなかったのです。

このまま、一生、主食の無い生活が続くのかと思うと、とても、とても、毎日が寂しく、つまらなく、夢も希望なくなるのでした。

主食抜きと云っても、朝食だけは御飯を食べて、食後は45分のウォーキングで、食後2時間後の血糖値を正常値の範囲に何とか押し込んでいたのです。

歩けば血糖値を押さえ込めると、暑いさなか必死で汗を流し、45分のウォーキングが、もっと、もっと、歩けば、もっと、もっと、血糖値が良くなると、1時間近く歩くことも、よくあるのでした。

そして、白米よりも麦飯がと思い、麦を加え、麦飯よりも、玄米食の方がと思い、今月14日より玄米食を開始したのです。

玄米食の効果を確認するために、食後のウォーキングを止めて、0.5h後、1h後、2h後の血糖値を測定したのです。

それが!それが! 0.5hが“129”で、1h後が“186”で、最大値が出る2h後が“160”と云う結果なのです。

次の日は、“129”“174”“135”なのです。

そして、今朝は、これまでよりも、若干速度を落として30分のウォーキングを行い、2時間後の血糖値は“100”でした。


これって、もしかして、インシュリンの分泌が、かなり、かなり、正常化してきたのでは?と、解釈できそうなのです。玄米が効いていると云うよりも、“ランゲルハンス島”の機能が回復?したのかも?と、思い始めているのです。

何と云っても、これまで60有余年の生活で、朝昼晩3食、しっかり、毎日、穀類をしこたま摂取していたのですから、“ランゲルハンス”も相当に疲労していた筈です。

その“炭水化物生活”が一変し、朝のみとなり、その上に、食後血糖値を押さえ込む為、毎日、毎日、汗を流し歩いて、歩いて、一ヶ月余り、ランゲルさんも、相当に体力を回復した筈です、たぶん!

これまで、朝食後2時間の血糖値は、歩く事で抑え込んでいたものと思っていたのですが、もしかして、いつの頃からか、ランゲルさんのお陰のような気がしています。

毎日、毎日、汗を流し、血を流した日々、朝の2時間後の血糖値は、その努力の結果、体重はいまでは、“64㎏”が“57㎏代”になったのです。お腹の脂肪が無くなり、腹はへっこみ、頬は痩け、鏡を見るのが怖いくらいなのです。

脂肪を減らし、体重を減らせば、インシュリンの分泌は回復すると、いろいろなところに書いてあるのですが、どの位の体重減で、どの位の期間で、インシュリンの分泌機能は回復するのか、具体的な記述は何処にもありません。

人それぞれに、様々な、条件の違いがあり、回復に関して、具体的、数値的な記述は誤解を生むので、まあ、当然なことです。

わたしは、8月18日より、昼と夜の糖質制限と、朝食後のウォーキングを一ヶ月近く続けて、食後2時間後の血糖値が下がり始めました。

でも、まだ、昼と夜は、糖質制限をこのまま続け、朝のウォーキングは45分から30分に短縮して、暫く様子を見るつもりです。

これまでは必要以上に歩き過ぎたと思っています。たぶん15分も歩けばOKだと思います。裏付けるデーターも幾つか検索して確認しています。

このまま行けば、かなりの確率で、ランゲルさんは元気を取り戻す筈です。

夢と希望を抱きつつ、読書と、食欲と、スポーツと、芸術と、旅行の秋を迎えたいと思う次第です。

やっと、“血と汗と涙”の生活から抜け出し、明るい未来が、夢と希望の生活が、少しずつ見えて来ました。

それでは、これで“明るい糖尿報告”を終わります。


では、また。


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角館を歩いて見たい ④はっぽん館は3700万円です! 

2012年09月14日 | 歩いて見たい
昨日の続きです。

最初に、山谷初男さん(愛称はっぽん)の話しをちょこっとします。山谷初男さんと云っても、もう、知らない人の方が・・・・・・。でも、昔は?それなりに人気があったのでした。

人相は、かなり?悪く?怖そう?なのですが、秋田弁のしゃべりが、とても、とても、温かく、純朴で、東北そのものだったのです。人相としゃべりのギャップも良かったのかも知れません。

東北弁の響きには“善良っぽさ”を感じ、関西弁の響きには“狡っ辛さ”を感じるのです。関西と云うと“浪速で商人”なのです。東北と云うと“農村でお百姓さん”なのです。

商人は狡く? 農民は純朴?と、時代劇の“水戸黄門”でも決まっているのです。食料を生産する仕事はとても真面目で、人の生産物を右から左に流し利益を得るのは、あまり真面目ではやっていられない?

第一次産業の生産者の利益は、それなりに限度があるのですが、第二次、第三次の業者の利益には、ある意味で“青天井”なところがあり、その辺から、特に、最近は、より以上に眼の敵にされるのかも?

話しが、かなり、かなり、逸れてしまいました。

それで、山谷さんなのですが、数年?前に、偶々、テレビで見かけたのです。山谷さんの役は、映画撮影所の照明係?だったか、大道具係だったか、兎に角、職人気質のいい人が、止むにやまれず殺人を犯してしまうのです。まあ、それなりのはまり役です。

今回、ちょっこと調べたら、 今年の5月29日放送の『リーガル・ハイ 第7話フジ制作』で、弁護士役で出演していました。その前が3年前の10月17日放送の『オトコマエ!2 第7話NHK制作』で“源爺”の役で出演。まあ、ボチボチテレビにも出ているようです。

いまから18年前の、1994年の4月に、角館町に小劇場「はっぽん館」を建設。演劇、芸能全般、交流の館として地域に開放しているそうです。いまでは、もう“80歳間近”なのです。

それで、「はっぽん館」の様子は?と思い、検索したら、オドロキ!?の事実が判明したのです。

何と、何と、中古物件として売りに出されていたのです。角館駅から南へ直線距離で600㍍ほどの所にあります。

--------不動産屋さんのページより引用--------



土地面積457.58㎡( 約323.9坪)
建物述べ床面積457.58㎡
平成5年10月 木造2F建 劇場ホール+7DK
劇場ホール付和風建築。旅館風の仕上がり       
3700万円 ※価格応談

--------引用終わり------------------

と、云うことは、「はっぽん館」は、その活動を停止したようです。18年前に建てられ、いろいろ活動して、いろいろあって売りに出されたのでしょう。

角館は「はっぽんさん」でしたが、申し訳ありませんが、角館と云えば、これからは、あの、演歌の、美人の、“藤 あや子”さんの時代・・・かも、1961年5月10日生まれの51歳です。

本日は、冒頭でちょこっとが、ちょこっとではなくなりました。よくあることです。


それでは、また来週。



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角館を歩いて見たい ③駅前旅館“やまや”は? 

2012年09月12日 | 歩いて見たい
昨日の続きです。

昨日は、人口とか面積とか数字ばかりお勉強でした。人口と面積のお後は、やはり、気候となります。

角館は秋田県で東北ですから冬はとても寒いのです。一年で一番寒い2月の気温を東京あたりと比べると、           
                 〈角館〉     〈東京あたり〉
     平均最高気温   +0.9度     +10.0度

     平均最低気温   -5.0度     + 2.4度

やっぱり、かなり寒いのです。でも、しかし、寒い時期に行ってこそ“東北の旅”だと思うです。でも、連れ合いは寒いのが大嫌いなのです。

寒いと云えば“雪”です。いつ頃から降り始め、どの位積もり、いつ頃から溶け始めるのか調べてみました。

いろいろと、それなりに調べたら、“仙北市”は、“豪雪地帯対策特別措置法”に基づき、豪雪地帯に指定されていたのです。

でも、“旧角館町”は除外されていました。兎に角、豪雪地帯の直ぐ隣りですから、それなりの雪だと思います。3月まで雪は降るようです。フツウの東北はそんなもの?

それで、角館です。右下に角館駅、この駅は“秋田新幹線”も止まるのです。新幹線と云っても所謂“ミニ”なのです。東北新幹線で盛岡、そして“ミニ”に変わって角館から秋田までなのです。

運賃は15,510円 (内訳:乗車券9,030円、特急券 6,480円)で、 乗り換え無しで距離594.1kmを3時間チョットで走るのです。鉄道はやっぱり速い。

いまのところ、車で555.2kmを高速料金10550円とガソリン代5千円を払い、7時間45分を考えています。二人で交通費3万円で倍となり、しかし、時間は4時間速く着きます。でも、わたくしには、時間だけは余っています。

それで、誰が、何と云っても、角館と云えば、“武家屋敷”なのです。兎に角、唯一?最大の観光スポットなのです。

地図を見ると、角館の駅から正面の道を“道なりに”西に進み、郵便局のとろで右に曲がり、北に進むと武家屋敷通りなのです。歩いて20分程だそうです。

地図を見ていたら、角館の駅前とか、駅舎とか、どんな様子か知りたくなり、グーグルのストリートビューで見てみました。

そこに“やまや旅館”を発見。これは?もしかして?あの人の家かも?


私は、ずっと、ずっと、“やまたに”と思っていました。もしかして、あの人は“山谷”と書いて“やまや” と読むのが正しいの?

あの人とは、角館出身で、旅館の倅で、役者の、あの“山谷初男”です。調べて見たら、やっぱり、そうでした。本名“山谷八男”です。何人兄弟なのでしょう。

やまや旅館を覗くと、突然、玄関ホールが現れました。


先ずは、アレレレ?でした。と、云うのは、東北の、角館の、駅前の、老舗?の旅館であるからして、もっと、もっと、木造で、重厚で、それなりの佇まいと、勝ってにイメージしていたのです。


でも、こんな、


こんな、


こんな、感じの、所謂、商人宿的な旅館なのでした。


やまや旅館から見た角館駅前と、


駅から見た、駅前広場の眺めは、これも、事前に抱いていたイメージとは、かなり異なるのでした。


もう少し、賑わいと、趣を期待していたのですが、それなりの?東北の町のようです。むかし、むかし、鉄道が引かれた頃は、旧市街を避けて駅が造られたので、趣とか、情緒とか、佇まいとか、その町らしさとかは、駅前には無いことがあります。

きっと、きっと、角館も、そんな町なのかも知れません。何と云っても、角館には、日本に、世界に、名だたる“武家屋敷通り”の町ですからね。


次回は、そんな、町の成り立ちとかを、調べてみようか?何て、思ったりしています。


それでは、また。


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角館を歩いて見たい ②角館は仙北市でした 

2012年09月11日 | 歩いて見たい
昨日の続きです。

それで、先ずは、“角館”の概略から、調べてみます。

角館は、角館市とか、角館町とか、そう思っていたのですが、“仙北市”と云う市の一部なのでした。平成17年(2005年)9月20日に、角館町、田沢湖町、西木村が合併したそうです。

※市の本庁舎は旧田沢湖町にあります。

合併した時には、それなりに市の名称でもめたのでしょうか? “角館”の名前は、やっぱり、全国区であり、“田沢湖町”とか“西木村”とは勝負にならないと思うのです。

でも、しかし、“角館市”では、“田沢湖町”と“西木村”の住民からクレームがあったので、三者が納得する、まったく新しく、まったく関係の無い“仙北市”で折り合いを付けたような・・・、そんな気がします。

それにしても、何で?仙北なの? 東北最大の都市“仙台の北”に位置するから?それとも、“大仙市の北”に位置するから?




まあ、市の名称の由来はそれくらいにしまして、先ずは仙北市の人口ですが、今年の4月現在で“29,758人”です。1970年からの推移をみると、

1970年 39,216人

1975年 38,830人

1980年 39,098人

1985年 38,348人

1990年 36,297人

1995年 34,945人

2000年 33,565人

2005年 31,868人

2010年 29,572人

そして、今年の4月が“29,758”と云う事は、1970年から2010年の40年間で“9,644人”の減少、と云うことは“年間では“241.1”の減少です。

それが、最近の2年間は“186人”の増加、年間にして“93人”の増加となります。ここにきて人口減少に、過疎化に、歯止めがかかった? 合併効果? 単なる誤差の範囲?

まあ、兎に角、3万人弱の“こぢんまり”した市のようです。因みに全国平均は仙北市の約3.4倍で“101,189人”だそうです。

でも、しかし、面積については、全国平均“169.60k㎡”の、約6.5倍の“1,093.64km²“もあるのです。

広い土地に、少なめな人々が暮らす、東北らしい、なかなか良さそうな町だと思います。

少しずつ、興味が湧いてきました。

本日は、数字ばかり調べて、眼が疲れたので、これでお終い。

それでは、また。



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