歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

『家族はつらいよ2』観て来ました!それなりに笑えました!「無縁社会」がテーマでした!でも「有縁社会」は何処に?これから創る?

2017年05月31日 | 映画の話し

面白かった!

笑えた!

それで、ヨカッタ!?

やはり、山田洋次監督です。

手堅いです。

死者と云うか、死体と云うか、遺体と云うか、やはり怖いし、気持ち悪いし、それを巡り、平常心を失った周囲のドタバタは可笑しいのです、笑ってしまうのです。

エンディングロールを眺めながら、でも、何か、それだけでは、やっぱり、ちょっと、物足りなさを感じたのです。

まあ、一つの喜劇作品で、いろいろ欲張ってみても、それは無理だとは思うのですが、泣いて、笑って、感動して、そして、そのなかで、時代が描かれ、問題提起がされ、見終わって考えさせられたり・・・・・・。

まあ、兎に角、死体発見時のドタバタ、火葬場でのドタバタ、可笑しい、面白い、笑えました。劇場内は、それなりに笑い声で包まれました。

見終わって帰り際に買い求めたパンフレット、ランチの時に開いて見たら、巻頭で山田監督の言葉・・・

『家族はつらいよ』制作にあたって・・・、

「今回のテーマは無縁社会」で、高校時代の同級生の孤独で悲しい死を目の当たりにすることで、自分達の幸せに改めて気付き、家族が新たな絆を作っていく、そんなお話しです。

と、語っていました。

えっ!そうだったの!バブル期から現代までを背景とした、「無縁社会」がテーマだったの!観ていて気が付きませんでした。

ひとり寂しく、生きていく、死んでいく、そんな人は、いつの時代にも居たと思うのです。

そして、良くありがちな、他人の不幸を見て、自分の幸せを感じるパターン、確かに、人間はそういうものです。でも、何か、それでは、ちょっと、悲しいのです。

そして、絆と云う言葉は、東日本大震災以降、かなり、かなり、手垢が付いて、安易で、胡散臭い響きを感じてしまうのです。

そして、そして、そして、「無縁社会」に「孤独死」と云う言葉。

「無縁社会・孤独死」は、世の中、バブル崩壊、ソビエト崩壊、グローバル経済、新自由主義で、やりたい放題で、格差拡大で、世知辛くなり、他人の事どころか、身内の事も構っていられない世の中に・・・。

血縁からも、地縁からも、見捨てられ、見放され、誰にも知られる事無く、一人寂しく生きていく老人・・・、死んでいく老人。

でも、ホントに、そんな老人は増えているの?増加したデーターはあるの? 10%、20%、30%・・・、2倍、3倍になった?

私が若かりし頃は、地縁、血縁の縛りを切り捨て振り払い、個人として、自由を求め都会に旅立つのが、青春だったような気がします。

そして、世の中も、高度経済成長で、親、兄弟、親戚、隣近所との、助けられたり、助けたりが無くとも、生きられる時代になりつつあった、と、思っていたのです。

都会の下町でも、隣近所が、助け、助けられ、他人の子供も叱りつける、そんな下町人情は、鬱陶しく、プライバシーの侵害とか、親の教育権への介入だとか、そんな風潮でした。

家族主義から、個人主義の時代へと、経済成長が後押ししていたと思うのです。

そして、いま、時代は低成長で、個人主義から家族主義へと、振り子が戻り始める?

行き過ぎた個人主義が、行き過ぎた権利の主張が、家族を崩壊させ、地域社会を崩壊させ、そして、国家を崩壊させる、と主張する、そんな、そんな、風潮が、そんな政治勢力が、かなり、かなり、世の中で息を吹き返し始めているのです。

美しい日本の伝統文化を、家族制度を復活するには、明治憲法の時代に戻ることが、一番の解決策と唱える方達が、政治の中心に陣取っているのです。

教育勅語、修身、明治憲法の復活で、親に孝、国に忠、美しい日本の復活!と、云う主張は、多少の不自由よりも秩序を!で、それなりに受け入れ易いのです。

「無縁社会」と云う言葉を、負の要因として、安易な批判を受け入れると、その先には、かなり、かなり、危険な事が待っている気がするのです。

でも、しかし、です。“インテリ”の山田監督は、庶民は、一般大衆は「寅さんの世界」を、下町人情の世界を、有縁社会を、ホントに居たら困る寅さんの世界を望んでいると・・・・・・・。

そも、そも、です、明治憲法下の世の中は、暮らしは、家族は、社会は、国家は、今よりも、ずっと、ずっと、安全で、暮らしやすかったの?

家庭では、父親を頂点として、世の中は、天皇を頂点にして、安全で、秩序正しく、みんなが助け合い、犯罪も少なく、みんな仲良く安心して暮らせる時代だったの?

でも、しかし、どうも、そうでは、無かったようなのです。近くのモノは汚く、遠くのモノは綺麗に見えてしまう、そんな習性が働いているようです。

無縁社会ですが、単純に、そんな事は云えないと思います。

無縁化社会の前は有縁社会? そんな有縁社会は過去に存在していたの?

社会が無縁化する前は、有縁社会ではなく、縁を憂う社会で、“憂縁社会”だった?

ここちよい距離感の縁を結ぶ、“優縁社会”は、これから現れる?創られる?

と、云う、事で、気が付いて見たら、冒頭の、

『でも、何か、それだけでは、やっぱり、ちょっと、物足りないのでした。一つの喜劇作品で、いろいろ欲張ってみても、それは無理だとは思うのですが、泣いて、笑って、感動して、そして、そのなかで、時代が描かれ、問題提起がされ、見終わって考えさせられたり・・・・・・。』

は、それなりに、目的は達成されていたのです。

さすがに、山田洋次監督の作品です。

でも、7百数十円パンフレットを見てテーマが「無縁社会」と知ったのです。でも、しかし、無料のチラシにもたぶん書いてあるのでしょう。

映画は、やっぱり、それなりに、多少の事前準備は必要?

数百日を費やして創り上げた作品を、2時間ちょっとで理解するのは不可能?いや、それでも、作品だけを観ても解るように創るべき?

でも、しかし、そんなコムズカシイ事は横に置いといて、泣いて笑って感動すればよい? 

まあ、お金を払った人が、それぞれの楽しみ方をするのは当然!

皆さん、それなりにお疲れなので、泣いて笑って明日への活力でOK。

それで、当日、28日の日曜日の9時40分、最初の上映で、180余りの席は、ほぼ3割程度の入りでした。年齢層はほぼ60代から70代前半の方々でした。

「男はつらいよ」は、若い人から年寄りまで幅広かったのですが、いまでは、どんな監督でも、そんな映画は創れない?

まあ、と、云うことで、時間もよろしいようで、本日は、これで、おしまい。

 

それでは、また。

 

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映画「家族はつらいよ」は「東京家族」の姉妹編で!今の「東京物語」でそれにしても夏川結衣はキビシイ!

2016年04月04日 | 映画の話し
「家族はつらいよ」を、先日、ふたりで観てきました。

9時50分からの上映となっていましたが、かなりの時間、しつこく、しつこく、予告編の数々を見せられ、かなり、かなりのうんざりでした。

それは、それとして、「家族はつらいよ」ですが、結論を先に云ってしまえば、それなりに、よくできた喜劇でした。

観客の笑い声が時より聞こえ、隣の席の連れも時々クスクス笑っていました。私も笑いました。

「男はつらいよ」は“在るようで無い”東京下町人情ドラマで、「家族はつらいよ」は“在るようで在る”東京郊外家族ドラマ”でした。

それで、ストーリーの話しです。

妻の誕生日に夫が“プレゼントに何がほしい?”と聞くと、妻はやおら引き出しから離婚届を持ち出して署名と捺印を要求し、そこからドラマは展開するのです。

妻は、靴下も、パンツも、シャツも、裏返しで床に脱ぎっぱなし、平気で目の前でオナラをする、うがいのとき痰を汚らしく吐き出す・・・等々、そんな日常の些細な仕草が耐えられない、と云うのです。

まあ、そう云う話しは、世間ではよくある事とされています。日常の仕草がイヤだから、気になり、気に障り、精神的に耐えられない、一緒に暮らしたくない、そして・・・・・・別れたい、と、なる。

でも、本当は、存在を認めていない、炊事、洗濯、掃除、やって当然、居て当たり前、と、妻に対して感謝がない、と、そんな夫の仕草の一つ一つが耐えられなくなる。

いろいろあって、次男の婚約者(蒼井優)から、“お母さんは、お父さんから感謝の言葉が聞きたいのよ、離婚理由を言葉にしたのだから、お父さんも、それに対して感謝の気持ちを、言葉にして伝えるべき”と云われるのです。

しかし、お父さんとしては、“俺は外で働き家族を支えてきた、今さら、言葉にしなくとも、そんな事は判っている筈”と抵抗するのです。

しかし、妻へ感謝の気持ちは、言葉にしても、態度にしても、伝えた記憶は、もう、遠い、遠い過去となり、いつの頃からか消えていた事に、一抹の不安を感じるのです。

人間、やっぱり、それなりに、言葉として、態度として、はっきりと、想いを伝えないと、互いの気持ちは、少しずつ、少しずつ、離れていく・・・のです。でも、解っていても・・・・・・なかなか、なのです。

ながい年月一緒に暮らしていると、飽きが来るのです、存在が見えなく、感じなく、なるのです。固定的婚姻関係は、生物学的には、かなりの無理があるのです。ですから、世の中、不倫が絶えないのです。不倫は生物学的な問題です。

それは、それとして、いろいろあって、お父さんは、感謝の気持ちとして、妻がいま一番望んでいる離婚届に署名捺印し“プレゼントです”と云って、手渡します。

そして、受け取ったお母さんは、離婚届を即座に破り捨てるのでした。

これで、ドラマは、ハッピーエンド!

兎に角、好きだ嫌いだと云った年月は、遠い過去のお話となってしまった夫婦を、つなぎ止めるものは、互いに、認め合い、感謝し合い、支え合い、付かず離れず、そして、寄り添う・・・と、まあ、そんなメッセージが聞こえてくる作品でした。

ムズカシイのですが、そんな地点に達した時、いろいろと景色は変わって見えてくるのでしょう。そんなところが、正解とかと思います。ホントにムズカシイのです。

それにしても、二人で観る作品としては、かなり微妙でした。

それにしても、長男の嫁“夏川結衣”には驚きました。顔つきと云い、体型と云い、時の流れをしみじみと感じました。

彼女を知ったのは、2010年NHK終戦特集ドラマ「15歳の志願兵」と、同じ年、日テレ山田太一ドラマスペシャル「遠まわりの雨」でした。現在47歳だそうですが、6年の歳月の流を感じました。

それは“中嶋朋子”にも云えます。二人とも40代で、女優としてムズカシイお年頃です。特に“モデル出身”の結衣ちゃんは“キビシイ”お年頃です。

それにしても、正蔵師匠ですが、“お父さんの三平”にそっくりになりました。その辺を意識して、右手を頭にかざして“ドウモスイマセン”と、お父さんのギャグを入れたり、髪型をお父さん風にしたシーンがあったり、笑わせてくれました。

それと、蒼井優ですが、東京家族での役回りと云い、今回と云い、同じように、優しくて、しっかりしていて、きっぱりとした発言で、物語を動かすいい役でした。

女優としては、あまり美人ではありませんが、“清く、貧しく、正しく、美しく”そんな役柄にピッタリで、云い女優です。現在30歳だそうで、まだまだいけそうです。

兎に角、見終わって、「家族はつらいよ」は、失敗作?だった「東京家族」の、汚名挽回!間違いました、汚名返上!の為に作られたと思いました。

「東京家族」は、監督の「東京物語」に対する、小津安二郎に対する、強い、強い、思いから作られた、“趣味”の作品だった、と思います。

兎に角、『“喜劇”家族はつらいよ!』は、面白かったです。


それでは、また。



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三隅研次監督の『剣』で市川雷蔵と三島由起夫で現在の改憲・護憲論争に思いを巡らします

2016年03月09日 | 映画の話し
『剣』を観ました。

市川雷蔵で、「剣」ですから、当然、時代劇だと思っていたら、それが、何と、現代劇でした。

見終わって感じたのは、自分の理解を超えた、自分とは異なる次元の、異なる思想の、有る意味で「怖い」作品でした。

兎に角、です。原作が、あの三島由紀夫ですから、純粋で、正しく、美しく、下界の生身の庶民とは異なる、高貴なる理想を追い求め、独り気高く悩み、独り気高く死んでいく、そんなお話です。

冒頭、太陽を見つめる少年の鋭い眼のアップ、それに被せて主人公の独白のナレーション、

『この時、俺は太陽の本質を見た、それは眩しくて、とても正視できない絶対の正義、その輝きを全身に浴びて、俺は強く成りたいと思った。強く正しく成りたいと願った、そして、剣を学んで俺はこのなかに、最も新鮮な、純粋な生命の耀きを掴みうると信じた』

何てことを語るのでした。とても、少年の頃に“太陽の本質”を見てしまうのです。ふつうの人では、太陽を見つめて、太陽の本質なんて、そんなことは考えない、思いもしない、そんな青年のお話です。

そして成長した主人公は、大学剣道部の主将として、酒とか、女とか、タバコとか、バクチとか、そういう下界の、下世話の、汚れと自己を隔絶したと云うか、遠ざけてと云うか、理想の剣の道を追い求め、理想の指導者像を追い求め、鍛錬の日々なのです。

そして、夏合宿で部員全員が規則を破り、その違反行為に対して、主将として一言も語らず、合宿の打ち上げの翌朝、剣道着で竹刀を携えた姿で、死んでいるのが発見されるのです。

何故? 自ら命を絶ったのか?

部員の違反行為は、単なるキッカケだと思います。成長するに連れて、世の中の汚れと隔絶することのムズカシさに、気が付きはじめるのです。

生身の人間として生きていく事は、それなりに下世話の、世の中の、汚れから、己を遠ざけて生きていくのはムズカシイのです。いつか、何処かで、それなりの、妥協を強いられるのです。

でも、少年の頃に太陽の本質を見た彼は、いま、ここで、自己の生命を断つことで、美しい正義を体現しつつ、汚れることなく、生を全うし、生を閉じたのでしょう。

でも、ねぇ、そんなことは、荒唐無稽で、高等遊民の、自己陶酔だと思います。まあ、周りに迷惑を掛けぬ程度に、どうぞ御勝手になのです。

それにしても、主人公の自死で想起するのは、何たって、市ヶ谷駐屯地での“あの事件”ですよ。

1970年の11月25日に、憲法改正のため自衛隊の決起呼びかけ、割腹自殺をした事件です。三島由紀夫45歳、私は20歳の時でした。

原作「剣」が発表されたのが1963年の10月で、5か月後の3月には映画化され公開、何とも素早いのです。三隅研次監督は63年当時、この小説の映画化に何を託したのか?

“60年の安保闘争後”の「剣」で、“70年安保闘争後”の市ヶ谷割腹自決事件で、どちらも、対米従属からの、日本国の自立が、憲法が、問われているのです。

そして、2016年のいま、自民党安倍晋三内閣で、憲法改正が、9条の改正が、具体的な政治課題となっているのです。

でも、しかし、三島が居た時代とは異なり、まったくの様変わり、改憲派にしても、護憲派にしても、言葉が軽いのです。

理想とか、思想とか、信条とか、そんな事とは無関係に、命を掛けるほどの事もなく、単なる政局として語られているのです。緊張感が、緊迫感が、現実感が無いのです。

やはり、理想があって、思想があって、体系的、大局的な政策があって、それを掲げた政党があって、論争があって、そして、選挙があって、国民の審判があって、その結果があって、国は、世の中は、まわっていくのです。

三島由紀夫が望んだ、米国から、占領軍から、敗戦国として、押し付けられた、戦後憲法の改正が具体的な政治課題となったいまの姿、彼の眼にはどのように映っているのか?

話しを戻します。

兎に角、あの頃、私が20歳のころ、こんな、思想的、政治的、映画があったのです。“市ヶ谷事件”を予告するような作品でした。

もしかして、もう、そろそろ、世の中に、具体的に、差し迫って、未来を掛けての、命を掛けての、緊迫感のある、そんな時代が始まるころかも?

でも、みんな、怖いから、気付き始めても、知らない素振り?

う~ん。本日、窓の外は暗く、雨雲が覆い被さり、昨日の陽気とは打って変わって、真冬の寒さに戻り、話しも、暗くなってしまいました。

そして今朝、眼の醒める直前に見た夢が、とても暗い夢だったのです。夢はその日の気分にかなり影響します。

兎に角です。「剣」は、とても、暗い作品で、意味深で、暗示的で、でも、それなりに、楽しめる作品でした。

とにかく。これでお終い。


それでは、また。


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三隅研次の『斬る』で市川雷蔵の剣さばきに感服したり若き日の藤村志保に驚いたり

2016年03月02日 | 映画の話し

『斬る』を観ました。

前回の『剣鬼』と同じく、監督が三隅研次で、主演が市川雷蔵のチャンバラ映画です。

『剣鬼』が1965年公開で、『斬る』は1962年の公開ですから、私が12歳の頃の作品です。

映画が斜陽期に差し掛かりつつあった頃かと、後からふり返って見て、1950年代が頂点でしたから、60年代前半の真っ直中では、“ちょっと陰りが”位の認識が、ぼちぼち出始めた頃かも?

それで、『剣鬼』ですが、『斬る』と同じく、ストーリーも判り易く、テンポよく、画面に引き込まれる面白さで、やっぱり!チャンバラ映画はイイ!と思わせる作品です。

後で確認したら、上映時間は、何と、何と、驚きの1時間10分。それなりの物語を1時間ちょっとに、よくもまあ詰め込んだものだと、感心したのでした。

今回も、剣鬼と同じく、主人公には出生の秘密があり、その秘密が不幸を引き寄せ、悲しい結末を向かえるお話。

飯田藩の藩主が江戸屋敷に囲う「妾」に狂い、家来一同が藩の存続の危機として案じるなか、側女中“藤子”が「妾」の命を奪い藩の危機を救う、その藤子が後に主人公信吾の母となるのです。

藩主以外は救世主として考えているのですが、藩主にとっては寵愛する女を殺し憎き犯罪者。藤子を罰する為に、江戸から飯田藩に送られる道中、長岡藩の藩士「多田草司-天知茂身」に寄って奪還されるのです。

この奪還作戦は、殿の正妻、家老、そして家来一同の企てだったのです。妾を殺されて頭に血が上った殿に、冷静な判断が出来るまでの冷却期間を置く策なのでした。

草司と藤子は山奥でひっそりと暮らし、二人の間には子供も生まれ、それなりに幸せな日々、この“子作り”も策のうちでした。母となった藤子です、殿もそうは無碍に極刑を科すことは無かろうと考えたのです。

しかし、寵愛する女を殺された殿、いつまで経っても怨みを抱き続け、一年の歳月の末に遂に藤子は捕らえられ極刑を下されるのでした。

それで、飯田藩主以外は藤子を救世主として考え、打ち首を介錯を引き受ける者が居らず、夫である多田の介錯で藤子は命を絶たれるのでした。

互いに、藩政の混乱を避けるため採った行為、藤子の介錯で藩政が混乱するのは不本意、夫の手により命を絶たれるのは本望と、刀を振りあげた夫に、微笑み送る藤子、しっかり受けとめる多田章吾。

何とも、美しい情愛と云うか、何とも、恐ろしい信念と云うか、正義をつらなく、これぞ武士の鏡? 武士の妻の鏡? 自己の利益の為にでは無く、世のために命を捧げることの美しさ?

ホント! 美しいのですが、怖いのです。そして、藤村志保は怖さを秘めた女優です。

それで、何ですが、藤子の介錯を拒否する「飯田藩士達」です、藩主の怒りが治まって居ないのを知っているのに、隠れ住む藤子を、本気で捜し出すのは、何か変だと思うのです。

飯田藩主が女に狂い藩政を危うくしている話しは、長岡藩主にも伝わり、そうか、それでは、と、藩士多田草司を差し向け奪還作戦を決行したり。

刑の執行後、残された子供は、小諸藩の藩主の計らいで家来に育てさせたりと、飯田藩主以外世間も、周囲の藩も、上から下まで藤子の味方なのです。

そんな藤子を、世間の風に逆らい極刑にするのも変だし、そんな事情が幕府の耳に入らないのも変なのです。耳に入れば藩はお取り潰し、それが為に藤子は妾を殺したのですからね。

それで、飯田藩の藤子と長岡藩の多田と間にできた子供は、小諸藩の家臣の手に寄り育てられ、立派に成人するのでした。この飯田藩、長岡藩、小諸藩の関係がよく判りません。

成人し立派な武士となった“信吾(市川雷蔵)”は、突然、“何となく”諸国を巡る旅に出たいと云いだし、父も、藩主も、「不幸な運命の子」だからと、旅に出させて貰えるのです。

3年間諸国を巡り戻った信吾、何故か何処かで剣術の技に開眼していたのです。開眼する過程はよく判らないのです。兎に角、剣の達人になって返って来たのです。

そして、剣の技は不幸を招くのです、剣の“技”が“禍して”育ての親と「妹」を殺されてしまうのです。虫の息となった「父」から、出生の秘密を明かされる信吾。

信吾は直ぐに下手人を追いかけ、一瞬にして二人の下手人を切り捨てるのです。

この時の市川雷蔵の殺陣は見事でした。一瞬で二人を倒すのです、あまりの速さに、一度観ただけでは、何が起きたか理解できませんでした。

3度くり返して見て、やっと、刀さばきが解ったのです。私が高齢者で動体視力が落ちたこともありますが、それにしても、見事な刀さばき、市川雷蔵は凄い!と、ホントに、ホントに、感服した次第。

そして、父と妹の敵を討った信吾は、故郷を捨て旅に出るのでした。そして、いろいろあって、幕府の高官のボディガードとなり、攘夷で暴れ回る水戸藩に高官と乗り込みます。

幕府の命に従うよう説得する渦中、水戸藩の謀略に嵌り高官は虐殺され、信吾も高官の傍らで切腹自害で、物語は幕を閉じます。

それにしても、冒頭で“妾”に短剣で斬りかかった藤子を観たとき、あれ、この女優は誰だっけ、見たことがある、でも、誰? 暫くして、藤村志保と気が付いたのです。

晩年の藤村志保しか知らなかったのです。このときが映画出演の第二作目で、まだうら若き23歳でした。それでも、単なる美人女優ではない演技です。

それと、市川雷蔵ですが、この時、32歳と若いです、そして、この作品の5年後に亡くなります。

もう一つオマケに、ちょっこし映画の絶頂期を調べて見たら、制作本数を指標とすると、1960年が公開本数が547本で最高で、スクリーン数も7457で最高でした。

と、云うことで、市川雷蔵のチャンバラ映画は最高でした。


それでは、また。


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三隅研次の『剣鬼』で市川雷蔵のチャンバラ映画を楽しみ獣婬と狂気をちょっとだけ考えたりして

2016年02月29日 | 映画の話し
映画『剣鬼』を観ました。

三隅研次監督、市川雷蔵主演 原作柴田錬三郎で1965年10月の公開です。

面白かったです、飽きることなく、最後まで観てしまいました。あっと云う間の1時間23分でした。

見終わって感じたのは、何か、紙芝居でチャンバラを見ていた感覚でした。

1965年ですから、私が15歳でたぶん中学3年の頃です。あの頃は、もう、映画も全盛期から斜陽期への過渡期的な頃だったと思います。

全盛期のチャンバラ映画は、ハラハラとドキドキで、笑いあり涙ありで、最後は正義が勝って、ハッピーエンドで、観客はヨカッタ!ヨカッタ!で、映画館を後にしたのでした。

勧善懲悪でもなく、誰が勝った負けだでもなく、笑いもなく、ハーピーエンドでもなく、ど真ん中の大衆娯楽作品でもなく、時代劇としては、微妙な作品だと思います。

微妙な時期ですから、市川雷蔵の化粧も白塗りで、アイラインはバッチリキメキメで、二枚目で、大衆娯楽ど真ん中の色を引き摺っているのでした。

大衆娯楽的作品として、ストーリーの展開の速さ、ストーリーの分かり易さ、これは、観ていて、とても、とても、ここち良かったです。

主人公の設定とかは、それなりに考えると、それなりに疑問とか、謎とか、隠しテーマとか、深読みも?楽しめる作品だったりして、ここいら辺が過渡期の時代劇なのです。

それで、ストーリーなのですが、藩主の奥方に使える女中が、奥方の臨終の床で賜ったのが、何故か『斑の大きな犬』で、賜った女中も子を産み落として直ぐに謎の死を遂げるのです。

奥方も、女中も、死を遂げるシーンの背景に、うめき声とも、喘ぎ声ともとれる、犬の声と、犬のアップが映し出されるのです。

女中の死に際では、犬の声と重なるように、喘ぎ声をあげ、身もだえるシーンが映し出されるのです。奥方も、女中も、犬と交わり狂い死にしたと、城中では、家来一同みんな、そう囁くのでした。

そして、女中の産み落とした子は、下級武士の家に引き取られ育てられるのでした。犬と人間の間にできた「犬子」と云われつつ、蔑まれながら、虐められ、それでも、挫けず真面目に育って行くのでした。

それにしても、犬と人間の交合により子供が産まれた、と、匂わせる、暗示させる設定、生物学的にはありえないのですが、文学的にはありえるのです。

獣婬は、古今東西の歴史上、よくある事でもなく、それほど珍しい事でもないのです。

製作意図として、人間の業とか、欲望とか、罪深さとかを、隠し味とし、作品としての、厚みとか、奥行きとか、重みとか、単なる薄っぺらなチャンバラ映画ではないと、そう主張したかったのでしょう。

それで、犬の子と囁かれている子供に、犬が斑模様だったので、班平と命名するのは、かなり変です。そうあからさまに「犬子」を背負わせてどうするの?

成長して、何故か花造りの名人となったり、また、何故か、馬と同等の早足で、殿様の遠乗りのお供をに引き上げられたり、何故か、居合いの達人にその技を伝授されたり。

そうでした。殿様は狂い死にした奥方の息子で、かなり狂気的な行状で、母の血を受け継いでいると囁かれ、藩の存続を危ぶまれる存在なのです。演じた“戸浦六宏”は、とても、とても、犬顔でした。

犬との関わりを暗示させる二人り、狂気の殿様と、驚異の走り、驚異の剣の使い手、互いにもに、その宿命に、それとなく気づきつつ、繋がっていくのです。

斑平は、花作りを愛しつつ、殿様を守る為に、十数人を容赦なく斬り殺す。一時、そんな己に疑問を抱くが、人を斬り殺す魔力からは逃れることはできないのです。

取り憑かれている、呪われている、宿命として、狂気として、鬼として、斬り殺し続けるのです。

まあ、そんな、屁理屈はこれぐらいにして、兎に角、展開の速さ、殺陣の見事さ、美しさ、市川雷蔵は、とても、とても、素晴らしい時代劇役者です。

まあ、気楽に、あまり余計なことを考えずに、チャンバラ映画として、とても、とても、楽しめる作品です。


それでは、また。


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成瀬巳喜男の『銀座化粧』で婦人民主クラブから独身婦人連盟を思い出し“一杯のかけそば”に声援

2016年02月26日 | 映画の話し
前回の続きです。

『銀座化粧』のお話です。

バーの客に支払う金が無い云われ、友達と待ち合わせているからと、別の居酒屋まで「付け馬」として付いていき逃げられたり。

バーのママから借金返済の相談をされて、心当たりのある男に援助を頼んだら、倉庫で関係を迫られ拒絶したり。

お妾さんしていた過去に、旦那の子供を胎み、産む際に生死を彷徨い、その時の旦那の対応に感謝し、落ちぶれ別れたいま、時々金の無心に来るが、それなりに対応していたり。

水商売の女としては、脇が甘く、金の為なら嫌な男でも受け入れる女でも無く、過去に恩にはそれなりに感謝の気持ちを忘れない。

ヒロイン雪子は、狡さもなく、こころ優しく、島崎藤村の詩集を口ずさむ、とても素敵な女性なのです。42歳になっても、清き乙女心を残した女性なのです。

現実には、ちょっと有り得ないような設定? でも、世の男として、成瀬巳喜男として、きっと、そんな女性がいて欲しいとの、願望が創りだした雪子さん。

そんな、雪子の前に、理想的な男性が現れます。元女給仲間の静江が“純愛相手”と称する男が上京し、旦那の都合で、静江は雪子に東京案内を頼むのでした。

それで、横道に逸れますが、静江が案内できない理由として、“婦人民主クラブの用で”との台詞があります。

1946年に宮本百合子、佐多稲子、山室民子、関鑑子、羽仁説子、松岡洋子、加藤シヅエらによって結成された団体です。さり気なく時事ネタを潜り込ませています。

“婦人民主クラブ”で思い出すのは、“ドクフレン”です。“毒婦”ではなく、“独婦”で、独身婦人連盟のことです。

終戦直後は、結婚適齢期の男女比に不均衡があったのです。戦争で男が大量に死んだ為に、男が2百数十万人不足していたのです。結婚できない女性が大量に発生していたのです。

ですから、男にとっては選り取り見取りで、女性にとっては選り好みしづらい環境だったのです。平和になって死の恐怖から解放され、反動として生に目覚め、性に目覚め、男と女は日ごと夜ごと励み、ベビーブームが起きたのでした。

そういう背景があっての、雪子の男性選び、結婚願望、フツウの家庭、ふつうの奥様願望なのです。

それで、純愛相手は長野の大地主の次男“京助”、測候所の職員で、若くてハンサムで、夜空の星を愛し、詩を愛し、モーパッサンを愛し、とても、とても、純情で純粋で世間離れしている男なのです。

雪子は、もう、一目惚れで、結婚を考えたりするのですが、小学生の息子が一時行方不明となり、店の女給仲間で、妹のように可愛がっていた“京子”(香川京子)に京助の世話を頼むのでした。

そして、そして、京助と京子は一晩で、こころを通わせ、結婚の約束をしてしまい、雪子の儚い夢は破れるのでした。京子と比べたら、雪子は条件が悪すぎるのです。

それにしても、若くて美しくて、純情可憐そうで、女給とは思えない、見えない、京子役の香川京子です。1931年12月の生まれですから、このとき19歳です。我が茨城県は行方市の出身。

それで、夢破れた雪子ですが、元の旦那が訪ねて来て、金の無心をされる前に、雪子から、

『お金ならダメよ!・・・私もこころを入れ直して、しっかり働くわ、結局、今となれば春雄だけがあたしの頼みの綱』

と、語るのです。母と息子と二人で生きていく決意を固めたのです。

息子が唄う、春が来たの歌声が流、川岸には芽吹いた柳、店に向かう雪子の後ろ姿のシーンでエンドマークとなります。

始まりの季節、春で、終わらせた処に、監督の意図を感じたのですが、考えたら(ちょっとだけ)公開が4月14日でしたので、単なる製作時期によるものかも?

この後、世の中はほどなくして高度成長の時代に突入し、雪子もパトロンの必要もなく、自分で店を持ち、春雄も立派に成長し夢を叶え科学者となったと、思ったり、したのです。

田中絹代は、それなりに好演していました。原節子のような美人でもなく?強い個性もなく?小柄で可愛らしいのですが、色気はあまりなく?それなりに、フツウの日本女性を演じることのできる女優だと思います。

始めから、終わりまで、楽しめました、面白かったです。白黒で観る昔の銀座界隈の風景が、とても、とても、懐かしかったです。

そして、そして、春雄の、坊ちゃん刈り、半ズボン姿に、昔の自分の姿を見ているような感覚になりました。

そば屋にひとりで入り、夕食の“かけそば”を注文するシーン、ガンバレ!と声を掛けたくなりました。そして、“かけそば”を手繰りたくなりました。


はい、これで、『銀座化粧』を終わります。


それでは、また。


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成瀬巳喜男の『銀座化粧』で田中絹代で男と女と恋愛結婚!そして少婚・晩婚・難婚化で少子化に思いを巡らす

2016年02月24日 | 映画の話し
前回の続きです。

1951年公開の『銀座化粧』のお話です。

夜の銀座で美しく着飾り、化粧を施し、色香と酒と会話で、男を楽しませる女給達の、男と女の、恋愛、結婚、子供、家族、家庭、そして、それで、女の幸せとは?

そんな化粧の下に隠された、女ごころの移ろいを、こころの“ひだ”を描いた作品です。成瀬巳喜男としてはスランプを抜け出し、名作『めし』に繋がるキッカケとなった作品だと思います。田中絹代もこの作品で低迷期を抜け出したそうです。

それで、男と女の関係ですが、作品にはいろいろなパターンが登場します。

ヒロイン雪子は長唄の師匠の二階に間借り、師匠の旦那はバクチ好きで働かず、師匠に養ってもらう髪結いの亭主。

昔の女給仲間の一人は、男に囲われたお妾さんで、経済的な苦労はなく、愛や恋は別の男性との純愛で、心の平衡を保っている。

今の女給仲間の一人は、貧乏役者と結婚し子供もいて、経済的には苦労しているが、苦しいながらも楽しい我が家的生活。

雪子は、過去、お妾さんをしていたが、相手の男が経済的に困窮し、子持ちの女給生活に戻り、フツウの結婚、フツウの奥様、フツウの家庭への憧れを抱いている。

それで、結婚なのですが、ここでは恋愛結婚に憧れているのです。時代は1951年ですから、恋愛は少数で、多数派はお見合いなのです。

そうなんです。この恋愛結婚が曲者なのです。現在、問題になっている、少子高齢化の“少子”は、“少婚”が原因で、そのタネはこの時代に蒔かれていたのです。

現在“少婚問題”の原因の一つとして、非正規雇用の拡大もあげられますが、恋愛結婚至上主義が第一義的な問題だと、そう考えるのです。

少婚は“しなくなった”のではなく、できなくなったのです。男女ともに、結婚対象への要求が過大になってきているのです。

少婚化で、晩婚化で、男も女も社会的経験を積み、いろいろと結婚への条件が厳しくなって来ているのです。少婚→晩婚→難婚→少婚の負のサイクルに嵌っているのです。

恋愛も、結婚も、性格だとか、容姿だとか、体型だとか、趣味だとか、ファッションセンスだとか、経済力だとか、ライフスタイルだとか、互いに抱く夢だとか、かなり、かなり、面倒で厄介な、シロモノになったのです。

昔は、お見合いで、両親が、周囲が、相手を決め、当人同士の愛とか恋とかは関係なかったのです。一緒に暮らしていけば、それは、それで、それなりに情が湧くのです。

男と女がひっつけば、そかなり嫌な奴でなければ、それなりに暮らしていけるのでした。むかし、結婚は簡単だったのです。

愛だ恋だと、ムズカシイことを言い合うようになったのは、人類の歴史上、日本の歴史上も、遂、最近も、最近なのです。

そうなのです。日本で、愛だ、恋だ、恋愛結婚だと、一般庶民もそんな風潮に染まりだし、流行始めた時代が、1950年代なのです。かなり断定的ですが、まあ、そんな処で間違いありません。

それで、成瀬巳喜男監督ですが、この銀座化粧が1951年4月14日の公開で、原節子主演の『めし』が同じ年の11月23日の公開です。

『めし』は、堅気の夫婦で、熱烈な恋愛で、周囲の反対を押し切り、結ばれた夫婦。しかし、数年の歳月が流れ、愛とか恋とか、まったく関係のない、退屈な日常と、経済的な不満から、離婚を考え、そして家を出て、そして、それなりに元の鞘に収まる、と云った作品。

『銀座化粧』は、水商売の女性の、男と女、愛、恋、結婚、堅気の結婚生活への憧れを描いた作品。

女給雪子が望むの男性像は、美男で、教養もあり、優しくて、ロマンチストで、そして、そして、なんと云っても経済力もある、そんな、とても、とても、子持ちで、40過ぎでは有り得ない高望み。


そんな背景、そんな思いで、アレや、コレヤで、物語は展開していくのです。


きょうは、ここまでとします。


それでは、また。

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成瀬巳喜男『銀座化粧』で田中絹代で40代の今と昔で超可愛い!双子ちゃんのツーショット!

2016年02月22日 | 映画の話し
先日、『銀座化粧』を観ました。

去年の暮れ、双子ちゃんのパパから借りて、暫くそのままにしてあったのです。久しぶりの映画鑑賞でした。

先ずは、冒頭から、それなりに引き込まれるストーリー展開、そして、そして、何よりも、白黒の画面に映し出される1950年代の東京の風景の懐かしさです。

1951年4月公開、私が生まれたのは1950年1月ですから、1歳3ヶ月の時の作品となります。

1951年の風景は、私がものごころが付いた頃の風景と、それほど違いはないと思うのです。それでも、作品の舞台は東京の“ど真ん中”『銀座』で、私が住んでいたのは東京の“ど外れ”の板橋区。

それでも、まあ、銀座とは云っても、終戦直後で表通りから一本路地を入れば、もうそこは“ど外れ”と大して変わらない風景。

それで、銀座のバーのホステスで、チーママ的存在で、小学生(10歳)の男の子を抱えるシングルマザーで、“そろそろ何とかしないと”、と、思いつつ、中年に差し掛かり、それなりに焦りと不安を抱えるヒロイン。

それで、ヒロインを演じる“田中絹代”ですが、1909年11月の生まれですから、撮影時はほぼ42歳。作品の中で“40を過ぎると・・・”の台詞から役柄と実年齢はほぼ同じ。

現在と当時では、40歳前半の、世間的受け止め方は、かなり、かなり、異なると思います。現在よりも、かなり、かなり、老け込んでオバサンの領域に相当脚を踏み入れたお年頃?

ですから“そろそろ何とか”も、かなり、かなり、“切迫的そろそろ何とか!”なのだ、と、そう思うのです。

画面に映る田中絹代は、いまの42歳と比較すると、ほぼ10歳は老け込んで見えるのです。女優の42歳で“アレ”ですから、フツウの42歳はかなりなものだったのです。

それで、双子ちゃんのママですが、ヒロインほぼ同じお年頃ですが、とても、とても、そうは見えないのです。

はい、それでは、超可愛い!双子ちゃんのツーショットです。

もう、こんなに大きくなりました。いまでは伝わり歩きができるようになりました。来月には遊びに来るのです。

はい、きょうは成瀬巳喜男『銀座化粧』のおはなし、これでお終い。ほんのさわりだけで、失礼しました。

と、云うことで、次回も銀座化粧のお話です。


それでは、また、次回をよろしく。



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映画『ディア・ハンター』で集団的自衛権に思いを巡らす?戦争はクソだァ!糞だァ!大糞だァ!

2015年10月09日 | 映画の話し
先日、『ディア・ハンター』を観ました。

この映画のタイトルとベトナム戦争関連?の話しだとは、うっすら知っていました。

公開は1978年、ベトナム戦争が終わってから3年後です。

舞台はアメリカ合衆国ペンシルベニア州ピッツバーグ郊外にあるクレアトン。製鉄所で働くロシア系移民の若者の青春を、ベトナム戦争を背景?として描いた作品?

何故にペンシルベニアで、ピッツバーグで、クレアトンで、ロシア系アメリカ人なのか、意味が有るのか?無いのか?作品からはよく判りませんでした。

それで、公開がベトナム戦争が終わって未だ?3年と云う時間が微妙で、アメリカが初めて敗北したベトナム戦争、アメリカとって、国民にとって、その受け止め方は、とても微妙な時期?だった事を踏まえて観るべきなのかも。

それで、出征前、バーのカウンターで一人酒を呑む、グリーンベレーの軍曹に、若者の一人が、ベトナムの戦況を聞くと、軍曹は吐き捨てるように『クソだァ』と二度も云わせているのです。
※これは、1968年にジョン・ウェイン主役で制作されたプロパガンダ映画『グリーン・ベレー』に対しての皮肉かもね。

そんな世相で、そんな背景で、兎に角、三人の若者の青春映画?なのです。

それにしても、それにしても、前半のドンチャン騒ぎの日常風景がとても、とても長いのです。いつ、どこで、ベトナムに舞台が移るのか?と、気になって、気になって、しまうのでした。

見終わって気が付いたのですが、上映時間は3時間ちょっとの大長編だったのです。

ドンチャン騒ぎの日常から、ベトナム戦争への場面転換は、たぶん、一瞬にして、突然であろうと予測していたら見事的中。でも、まあ、それなりに、普通に予測できる場面転換? 

米国本土の平和な?フツウの日常と、ベトナムの戦争の日常との落差を、それなりに意図したそれなりの演出なのでしょう。

新聞テレビで見るベトナム戦争とは異なる生の戦争。兵士も、農民も、老人も、女子供も、泥まみれ、血まみれで、森も町も村も道路も橋も、破壊し、焼き尽くし、殺し、殺される、そんな戦争と米国本土の日常とが、同時進行している現実。

ベトナム戦争は、初めての非対称の戦争? 通常戦の米軍に対して、ゲリラ戦の北ベトナム軍。米兵にとってすべてが敵で、すべてが戦場で、人間の肉体的にも、精神的にも、限界を越えた戦争。

ベトナム人の正義への確信が、アメリカの正義に勝ったベトナム戦争。アメリカは軍事的にも、政治的にも、経済的にも、そして道義的にも、敗北したのです。

でも、しかし、ベトナム戦争を敗北し、それなりに反省したと思ったら、湾岸戦争、そして、イラク戦争、アフガン戦争、そして、テロの拡散で連鎖で、憎しみの増幅で、日常の破壊で、難民の増大です。

シリア情勢ががそれなりに落ち着いたら、国連の平和維持軍が派遣され、日本も当然に参加する訳です。

シリアの内戦?は国家間の通常戦争ではありません。宣戦布告も、停戦も無いのです。前線も後方も無いのです。

そして、日本でも、『グリーン・ベレー』とか、『ディア・ハンター』みたいな映画が作られるのでしょうか?

知恵のある動物は、何だカンダと理屈をつけて、争い、殺し合う、戦争を好む?

戦争と云う、極限の緊張感に、極限の使命感に、それなりに魅力を感じるのでしょうか?

平和を守る為、家族を守る為、祖国を守る為、と云って、また、また、あちらこちらの国々で、戦争が始まる条件がそろいつつある、きょうこの頃。

日本でも法整備は完了しましたので、あとは、その時が、いつなのか?だけです。

でも、しかし、皆さん、ホント! 戦争はクソです! 大糞です! 


それでは、また。



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“海街diary”遙か彼方の水平線を見つめ捨てられた子供と云う意識から解き放たれる幸でした。

2015年08月17日 | 映画の話し
前回の続きになります。

そして、たぶん、“海街diary”のお話は最終回です。

それで、700円で買い求めたパンフレットでの是枝監督のお話です。

『もちろんこの映画の主人公は四姉妹であり、すずが自らの生を肯定し、幸が父と母を受け入れるまでの物語だと考えても間違いではない』

はい、確かに、間違いなく、“幸が父と母を受け入れる物語”であることは、観ていて自然に受けとめられる展開になっていました。

でも、“すずが自らの生を肯定し”は、それなりに分かるのですが、それなりに受けとめられる、印象に残るシーンが記憶に無いのです。

オジサンとしては、只一つ印象に残ったシーンは、風呂上がりバスタオル一枚で身体を包み、縁側に出て、庭に向かって両手を目一杯広げて、バスタオルを解き放ったシーンです。すずちゃん、とても、とても、可愛かったです。

と、ここまで書いてきて、そうか!そうか!このシーンが、このシーンこそ、“自らの生の肯定”を象徴していたのか、と今になって思うのでした。

バスタオルを解き放ち、こころも解き放ったのです。でも、このシーンが物語の展開で、どのあたりだったかは記憶にないのです。

それで、やっぱり、幸を演じた“綾瀬はるか”と、すずを演じた“広瀬すず”の、それなりの存在感の差と、わたしとの年齢的な距離感の差が、観ているときの、受け止め方、印象の差になっていたのかも知れません。

そして、

『しかし、それ以上にこの映画の中心にあるのは、街とそこに日々積み重なっていく時間であるのではないか。・・・過去も未来をも飲み込んだ「時間」こそが、この作品の主人公ではないか』

映画の中心は、主人公は、街、そして、過去も未来も飲み込んだ時間ですか。ムズカシイ表現です。

いろいろな人が居て、去って行く人が居て、来る人が居て、いろいろな人が暮らして、いろいろな物語があって、いろいろな人が生まれて死んで、そして、そして、それらが、いろいろ絡み合って、いろいろ繫がりあって、移ろうこと・・・・・。

『・・・この映画を、もし、美しいと感じてもらえるのだとするならば、それは、鎌倉の風景や四姉妹の容姿が美しいからだけではなく、恐らくは、海のそばの街が、すずも二ノ宮さんの死も幸の選択も、すべてを受け入れてそこにあるというその包容力に起因するのではないか?』

“海のそばの街が・・・すべてを受け入れ・・・そこにある・・・包容力に起因”ですか、ますますムズカシクなります。

街に包容力ですか・・・、街とは、自然条件と人の営みです。自然条件は人の選択です。海の見える風景を選び、そこに街をつくる、街の風景も、歴史も、作ったのは人、街に何を想い、なにを感じるかは人それぞれ。

この作品“海街diary”では、当然、海の街としての鎌倉が描かれています。でも、鎌倉は山の街でもあるのです。自然条件の海街。歴史条件の山街。

作品には、歴史的なものを感じるシーンは映し出されません。しかし、鎌倉と聞いただけで、それなりに観る側は、いろいろとその背景を想像し、いろいろと思い描き、物語に入っていくのです。

それで、何だっけ? そうでした街の包容力でした。まあ、人の目に映る自然条件と、人のこころに映る歴史条件と、いろいろな人の営みが、いろいろ絡み合って、街の包容力ですかね。

海街で、目の前は海で、遙かなたで、水平線で、雄大で、人の営みの、あれやこれやの小ささを、すべて流し、すべて赦し、すべてを受け入れる・・・・・・。

東北の地で、鎌倉に似ている景色をすずと眺めていた父、鎌倉に似た景色に残してきた三姉妹に想いを馳せていた父。父のすずへの愛情は、残してきた“三姉妹への愛情”でもあった、と思います。

幸は、すずに逢い、すずと暮らし、すずを知り、父を知り、母を知り、これまでの想いを清算したのでしょう。そして、医師との不倫関係も清算したのだと・・・・・・。

医師との不倫関係を続けていた幸、父への、母への、復讐という気持ちが、気づかない、こころの奥底に、無意識の中に、潜んでいた気がするのです。

父と母から“捨てられた子供”と云う意識から解き放たれ、自由に一人のおとなの女性として生きていく幸・・・・・・・。

まあ、うる覚えの記憶を手繰りよせ、パンフレットで監督の意図を読み、いろいろと、作品を捏ねくり回しまし、書き散らしました。

そして、いま、もう一度、観たくなりました。“海街diary”とても楽しめる作品でした。

でも、もう一度は、数年先になると思います。たぶん、来年にはフジテレビで放送される筈です。そして、数年後にはNHKBSで放送される筈です。

もう一度は、NHKBSを録画してじっくり観たいと思います。そのころは70代になっている訳で、いろいろ見方も変わっていることでしょう。


これで“海街diary”のお話はお終い。


それでは、また。



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