歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

ケアンズに行ってきた・・・。

2010年09月20日 | 世界の風景
ケアンズに行ってきたのは、わたしではなく・・・“姪”なのです。

“格安のジェットスター”で行ったそうです。往復で6万円ぐらいで行かれるみたいです。何たって、茨城空港から上海まで片道4千円の時代ですから、オーストラリア往復6万円も驚かなくなりました。


とてもシンプルな機内食です。デザート?の真っ赤な“KitKat”に、旅への誘いを感じます。


ホテルからの眺め、


リゾートです。


青い空、青い海、水平線には緑の小島、南の国です。


こちらのホテルにも泊まったそうです。


誰もいない浜辺、打ち寄せるさざ波、海にはヨット、たたずむ女性・・・・・・。何を隠そう、わたしの可愛い姪です。


こんなところで、美味しいカフェオレなど二人で楽しんだそうです。


珍獣。


“オージービーフ”の群れが歩いて来ます。


何と云っても、オーストラリアと云えばコアラ。


何と云っても、オーストラリアと云えば有袋類。


観光客は日本人ばかり? もしかして? 韓国、台湾、中国の方達でしょうか?


“世界の車窓から”の風景です。


姪の写真を許可なく勝ってに使って、オーストラリアはケアンズでした。

今日は祝日です、“敬老の日”です。23日は秋分の日、そして、お彼岸でもあり、それなりら忙しいので、今週はお休みとします。

それでは、また来週まで。

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パレルモを歩く(12)-紅い薔薇を売るふたり   

2010年02月19日 | 世界の風景
昨日の続きです。

パレルモ歩きは今日が最終回です。

テカテカの、ピカピカの、ツルツルの石畳、転倒事故は発生しないのでしょうか? 革底の靴は歩行禁止とか、市の条例なんかあったりして・・・・・・。


表通りは、それなりに手入れが行き届いています。建築当初から“外壁の白ペンキ”が塗られていたとは思われませんが、この程度の彩色補修は“アリ”でしょう。観光客らしき方も見とれています。


こちらも見とれていた、バイクに跨るサングラスのお兄さんの厳しい視線を向けられてしまいました。


厳しい視線を感じたので、表通りから裏通りに入ります。


教会のようです。


教会の階段下にはお花屋さんが、


二人は完全にイタリア的な体型です。


40年間ここで、ずっと“バラの花”を夫婦二人で売っているそうです。


奥さんが、未だうら若き16歳の時、二人はバスの中で出会い、そして結ばれ、それから、ずっと、ここでバラを売り暮らしているそうです。

二人の顔立ちからは、それなりの面影が・・・・・・・、出会った頃は、間違いなく、美男、美女だったと思われます。ホント! 二十歳を過ぎればただの、デ○・・・・・・。


二人の子供を育て、今では3人の孫がいるそうです。裏通りの、教会の下でバラを売って暮らす。何とも、ロマンチックなお話。

でも、しかし、売れるバラも高が知れていますから、経済的にはそれほど豊かとは思えません。奥さんの上の前歯の一本が抜けたままですし、旦那の方は上の前歯は残っていません。


いゃ、たぶん! 二人は“銭金”の事など、まったく眼中になく、明るく、楽しく、仲良く、暮らしてきたと・・・・・・・、ホント、二人とも素敵な表情をしています。

う~ん。何か、とても、羨ましくなりました。教会の階段で紅い薔薇を売る暮らし、客が途絶えたとき、二人は、どんな会話をしているのか? そんな事を考えつつ、教会を後にしました。

教会の先は、やはり裏通りです、外壁には、歳月の流れが痛々しく刻まれています。これも趣です、歴史です。


路地を抜け、広々とした海岸縁の公園に辿り着きました。


夕暮れ時のお土産屋さん・・・・・・・。


やっと、涼しくなってきました。地中海に夕陽が沈み、そろそろ、街に明かりが灯ります・・・・・・。



イタリアは、シチリア島のパレルモでした。

今回のシリーズ、珍しく予告通り、これでお終い。


それでは、また来週。


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パレルモを歩く(11)-長屋のベルルスコーニさん   

2010年02月18日 | 世界の風景
昨日の続きです。

それでも、まだ、パレルモです。

トンネルを抜けると、そこは、小さな広場? それとも中庭?


奥の方では女達が世間話? 手前のテーブルでは男達がトランプに興じ、真ん中にある井戸の蛇口からは水が出っぱなし・・・・・・、何とも、長閑で、平和な風景。


手にタバコを挟んだこのオジサンがとてもイイのです。明るくて、いい加減そうで、調子良さそうで、適当そうで、無責任そうで、酒も女も博打も好きそうで、でも、それなりに、しっかり家族を愛していそうで、楽しく愉快に人生を送っていそうで、もう、これぞ、イタリア男。


炊事も、洗濯も、みんなこの共同井戸なの? 広場の中心には共同井戸が似合うのです。


それにしても、イイ体格をしているお母さんです。絶対に病気はしないように見えます。


鉢巻きの少年は、どうも、孫ですかね? ホントに頑丈そう。


蛇口から飲む水は格別の味です。昔、私もよく飲みました。夏の生ぬく鉄臭い水道の水は、少年時代の味です。


青いTシャツの女性は娘でしょうか? 徐々に母の体型に近づいています。


双子だそうです。女子プロレスでタッグを組みそうな雰囲気、でも、20代までは、それなりに魅力的な乙女?であったように思われます。まだ明るいのですが夕食の時間なのです。


女は夕餉の支度、男達はカード遊びをしながら夕食を待つ、これがイタリア庶民の暮らし。


昼間は海に行って遊んだので、今晩は簡単な夕食にしたそうです。


家族だけではなく、隣近所が一緒に夕食を囲んでいるのです。先ほどの調子よさそうなオジサンが、貧乏だけど、みんなで助け合いながら、楽しく暮らしていると云ってました。

それにしても、オバサン!豪快にビール?のラッパ飲み! もう体型など気にならないお年頃? それにしても、みんなトテモ楽しそうで、幸せそうです。


イタリア、シチリア島のパレルモの長屋風景です。


ブルーの縦縞の布は洗濯物ではなく、カーテンのようです。


イタリア式長屋で、みんなでオシャベリをしたり、泣いたり、笑ったり、怒ったり、子供と戯れたり、飯を喰ったり、酒を飲んだり、大声で歌ったり・・・・・・。

う~ん。これぞ人生・・・・・・。

それと、先ほどの、調子よさそうで、酒好き女好きそうなオジサンですが、あの喋り方、身振りが、どうも、何だか、ベルルスコーニ首相に似ている? そんな気がしてきました。


パレルモの裏町、裏道、路地歩きはまだ続きます。でも、そろそろ・・・お終いかも。


NHK「世界ふれあい街歩き」で、パレルモを歩いています。


それでは、また明日。


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パレルモを歩く(10)-サン・トワ・マミーで明るく   

2010年02月17日 | 世界の風景
昨日の続きです。

今日は、明るいパレルモです。

演奏はそれなりですが、バックの景色がとてもいいです。

サン・トワ・マミー Sans Toi Ma Mie


明るいイタリアです。


明るい農産物。


こちらは、明るいオジサンが作った“アーモンドのお菓子”


イタリアにもこんな細工モノがあるのです。


これもお菓子の柿。


かなり、芸が細かい。


先ずは、アーモンドの粉と砂糖を水を入れて捏ねます。


遠くで見ても、近くで見ても、柿です。


明るい、洗濯物。


“ペットの馬”を散歩させる、明るい少年二人。


明るいパレルモでした。

何があっても、まだ、バレルモを“歩いたふり”は続きます。

それでは、また明日。


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パレルモを歩く(9)-路地裏のタトゥー   

2010年02月16日 | 世界の風景
昨日の続きです。

今日も、イタリアは、シチリア島の、パレルモを歩いて?ます。

一瞬、コンパクトで化粧を直しているのか?と、携帯で写真を撮っていたのです。


“少女”のようです。所謂少女と云うのは、まぁ、7~8歳から15~6歳を云うのでしょうか、この子は見たところ、12~13歳ぐらい?の“少女中期”と見ました。

わたくしの孫も、今年からは小学一年生で、5月には7歳になり“少女前期”となります。わたくしは今年で60歳になり“高齢者前期”で“お年寄り”の仲間入りです。

少女中期の観光客が撮っていたのは、こんな路地の写真。かなり好みが“渋い”ようです。
少女よ!覗くだけ!撮るだけ!絶対に脚を踏み入れてはいけません。


でも、私は、高齢者前期ですから、それなりの覚悟をもって、薄暗い中世の匂い漂う路地に、ひとり果敢に脚を踏み入れます。

この感じ、この佇まい、煌びやかな、繁栄の、豊かさの、歴史と伝統の、そんなヨーロッパの裏側を見るような気がします。ひとりでぶらつくのは恐いです。でも、ぶらつくのです。

もし、腕にタトゥー、眼にはサングラス、手には鎖、そんな怪しい男の二人連れが、こちらに向かって近づいてきたら、すれ違うまでの緊張感、不安感、恐怖感で、迷わず、即座に、回れ右して、その場から全力疾走です。


でも、しかし、幸いにも、怪しい二人連れは現れず、長閑な二人に遭遇。


確かに、手前の男性の片腕にはちょっぴりタトゥーが見えますが、無防備で、完全なお昼寝状態。


こちらは、少女とお母さんの二人連れ、お母さんは肩に掛けたバックの中を確認中です、これから近所に買い物に出掛けるのか? それとも買い物途中の休憩タイム? 少女の疲れた様子から休憩タイムのようです。


こう云う路地裏は、パレルモの一般的な人達にとって、それなりに“パレルモ的風景と思うのか、それとも、よその国からの観光客には、見せたくない、一般的でない、普通でない、“裏パレルモ的風景”なのか?


我が日本国でもそうなのですが、偶に観る、海外の放送局が東京などを取材した映像に、日本人が観ても珍しく、一般的でない、普通でない、風景や光景を捉えた映像を眼にします。

取材される側の見せたいもの、取材する側の見たいもの。取材される側と、する側の、“その国、その街らしさ”に対する認識の相違。

取材する側とか、よその国からの観光客は、まっ白な状態で見る訳けではなく、それなりのイメージを抱き、イメージに近い風景や光景に目が向けられるのが普通です。

パレルモも旧市街と新市街があるようで、観光客はやはり旧市街に興味を示すのが普通です。新市街はどこの国でも同じような風景ですから。

旧市街が、それなりに、落ち着いて、静かで、明るくて、清潔で、美しくて、歴史と伝統と文化の匂い漂う場所だけなら、それは問題ないのですが、騒がしく、暗くて、不潔で、汚らしくて、朽ち果て、うらぶれた、風景や光景は、見せたくないのが、普通だと思います。

今回歩いた、旧市街の路地裏は、見せたくない、見られたくない、そんな感じが漂う旧市街でした。燦々と輝く太陽、青い空、白い雲、美しい地中海に浮か島のイメージとは、かなり異なるパレルモでした。

NHK“世界ふれあい街歩き”は、偶に、こんな処も歩くのです。でも、見せたくない、見られたくない、隠したい、そんな処ほど、見たくなる、覗きたくなるが人情です。

でも、今回の路地は、覗いたけれど、“だから、それで、どうしたの?”程度の風景、光景でした。こんな事も、偶にはあります。何だか、よく解らないところで今日はお終い。

それでは、また明日。


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パレルモを歩く(8)-ゴットファーザーを聴きながら   

2010年02月15日 | 世界の風景
先週の続きです。


きょうは、映画“ゴットファーザー”のテーマ曲を聴きながら、ぶらぶら街を歩きます。

The Godfather Soundtrack


The Godfather Theme Tune

























路地裏は危険なので、表通りをぶらぶらしてみました。


それでは、また明日。




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パレルモを歩く(7)-路地裏の危険   

2010年02月12日 | 世界の風景
昨日の続きです。

「世界ふれあい街歩き」で、イタリアはシチリア島の“パレルモ”を、歩いている“つもり”になっているのです。

この時、バレルモの気温は30度でした。それなのに、それなのに、今日のこちらの気温は6度、窓から外を眺めると、雪がチラチラ舞っています。気温差24度、かなりのムリがありそうです。

それでも、ひたすら街を歩きます。

公共施設が建ち並ぶ表通りと、住居区域とではかなり雰囲気が異なります。表通りでは、歴史の、重み、厚み、味わいを感じます。

が、しかし、住居区域の裏通りは、建物の汚れ具合、傷み具合に、歴史の、移ろい、儚さ、空しさ、うらぶれ感、朽ち果て感が漂っています。

数百年前から、街並みは変わらないのでしょう。ココにずっと、ずっと暮らしている人たちは、お父さんお母さん、お祖父さん、お祖母さん、そのまた、お父さんにお母さん、何世代に渡って、みんな同じ風景を見て来たのでしょう。


祖先代々の、暮らし方が染み込み、匂いや、手垢や、汚れも、染みついている訳です。


生まれた時から、ずっと同じ風景を見ながらの暮らしは、どうなのでしょう。


これまでに出会った、漁師さん、自転車屋の親爺さん、金物屋の親爺さん、確かに、それなりに暮らしを楽しんでいるように見えました。 


通りすがりの私にとっては、それなりに面白く、興味を惹く街並みですが、どうも、やっぱり、石造建築は・・・・・・、時折、眺めるには良いのですが、そこに住みたいとは、思えないのです。

賑やかな市場、何処の国でも見かける風景です。何処か“アメ横的”匂いがします。ポリ袋を下げたお母さんは地元の方のようです。のどかな体型です。


観光客も混じっているようです。


市場を通り過ぎ、路地をブラブラ歩きます。


でも、です。ホントに路地裏などを、観光客然として、カメラをぶら下げ、バックを肩に掛け、日本人丸出しで歩くのは相当に危険なようです。

イタリア南部は、北部に比べて経済的にも貧しく、かの“マフィアの地元”でもあり、治安は良くないと云うか、悪いそうです。

特に日本人は狙われるようです。ボンヤリ、ブラブラ、呑気に、町歩き、何てことは、相当な覚悟と、度胸と、根性と、腕っ節に自信の有る方でないと、泣きを見ること間違いなし、だそうです。

治安が悪いのはホントに困ります。テレビを観て、行った気になって、歩いたつもりになるのが、トテモ経済的で安全です。

まだ、まだ、パレルモを歩いたつもりは続きます。

ホントは、はやく東京を、ホントに、歩きたいのですが、桜の季節までは辛抱します。

それでは、また来週。


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パレルモを歩く(6)-ふくれ面のジョジョ   

2010年02月11日 | 世界の風景
昨日の続きです。

ぶらぶら街を歩きます。



こちらは“1154年”に建てられた、イスラムの混じったキリスト教の教会です。1154年ですから、今から856年前ですか? 

856年も前と云えば、ホントに昔も昔、大昔ですよ。日本は平安時代で、平清盛とか源義経の時代です。石造建築は長持ちするのです。

そうでした!木造建築も長持ちしています。法隆寺は7世紀後半 ~8世紀初期の建立であるとされていますから、1300年も前です。日本も負けてはいません。


発注者がキリスト教徒で、施工業者がイスラム教徒だったので、イスラム教のモスクが混じってしまったようです。かなり、いい加減な感じがします。ここら辺がバレルモ気質でしょうか。


大昔の教会ですが、遺跡ではなく、現役の教会なのです。


参拝者の姿が見えます。観光客も混じっているのでしょう。


こちらは近所の親子連れ。


パパにいろいろ聞いている間、かなり退屈している様子。


サングラスに隠れた眼は、相当にお怒りの様子、


とうとう“ふくれ面”になった“ジョジョちゃん”でした。“ジョジョ”は愛称なのでしょうか?


この後、パパとジョジョは自転車に乗り帰って行ったのでした。教会にお詣りしないの? パパとジョジョは、いったい何をしにココに来たのでしょうか?

でも、パパはそれなりに物知りで、バレルモが異文化に対してとても寛容だと述べておりました。娘の“ジョジョ”はとても可愛い女子で、きっと将来、素敵な女性になると思います。

それにしても、何をしに来たのでしょう?


それでは、また明日。


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パレルモを歩く(5)-コッポラ帽とフランシス・コッポラ   

2010年02月10日 | 世界の風景

昨日の続きです。

本日は、“コッポラ帽”のお話です。

シチリア島といえば、“コッポラ帽”が有名なのだそうです、まったく知りませんでした。“19世紀の初頭”に「ベレー帽に“日除けの庇”が付いてこんな形になった」と、このおじさんが教えてくれました。


そうすると、“コッポラ帽”の親が“ベレー帽”になる訳です。ベレー帽は知っていましたが、これまで、何処の国の帽子なのか気にもしませんでしたが、この際、気にしてみたところ、スペインは、バスク地方の民族衣装の一部なのでした。

バスク地方と云えば、独立運動があり、民族の独立・解放と云えば、我が青春の想い出、あの“チェ・ゲバラ”です、そして、ゲバラと云えば、ベレー帽です。上手く帽子で繋がりました。            
               

コッポラ帽から、ベレー帽へ、そして、ゲバラへと、話の逸れついでに、コッポラ帽とそっくりな“ハンチング帽”の関係も知りたくなり、ちょっと調べてみました。

「ハンチング」は「Hunting」で、狩猟用に“19世紀半ば”からイギリスの上流階級で用いられるようになった狩猟用の帽子でした。「ハンティング帽」だと語感的に気が付いたと思うのですが、ハンチングから「狩猟」には、これまで60年間思いも寄りませんでした。う~ん、今日も一つ勉強になりました。

コッポラ帽は19世紀の初頭で、ハンチング帽が19世紀半ばですから、三者の関係は、ベレー帽がお父さんで、コッポラ帽が兄貴で、ハンチング帽が弟のようです。

そんなコッポラ帽も1970年代に入って、あの「マフィア」も愛用していた為に、コッポラ帽を被っていると、マフィアの一味に見られるので、一般市民は被らなくなったそうなのです。

1970年代と云えば、マアフィアを描いた映画“ゴットファーザー”が世界中で大ヒットした頃です。映画がこんな処に影響を与えていたのです。

それにしても、“ゴットファーザー”の監督は“フランシス・フォード・コッポラ”ですから、コッポラがコッポラを衰退させた犯人とは、とても不思議な巡り合わせです。

マアフィアの結束力は、シチリアの暮らしのなかから生まれ育ち、一般市民とマアフィアは、それなりに仲良く共存していると思ったのですが、そういう関係では無かったようです。

でも、しかし、最近はマアフィアも衰退したようで、それによりコッポラ帽は衰退から抜けだし、オシャレに復活を遂げたそうです。

こんな素敵なコッポラ帽を被った、こんな素敵な女性がパレルモを歩いているのです。う~ん、元気が出てきます。


可愛い女の子も被っています。


こんなデザインとか、


こんな生地とか、


こんな犬までも、被っているのです。


バレルモ名物、コッポラ帽のお話でした。


それでは、また明日。




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パレルモを歩く(4)-合羽橋ですか?   

2010年02月09日 | 世界の風景
昨日の続きです。

旧市街は職人の街だそうで、“自転車屋通り”を抜けると、今度は何屋通り?


何か、いろいろな道具が並んでいます。


まさに旧市街です、外観は趣に加えて、かなり傷みも目立ちます。スラム的な匂いも漂うようで・・・・・・。


またも、太った“イタリア親爺”です。ホント!イタリア人は、男も女も良く食べるそうで、美人も美男も二十歳を過ぎると単なるデブになる確率が相当高い、との話を以前に、何処かの誰かに、聞いたような気がします。


ここは“金物屋通り”だそうです。東京の合羽橋商店街に雰囲気が似ています。


この、うす毛で、赤ら顔で、出っ腹で、愛想が良くて、喋りまくる親爺さんは、もう、イタリア職人のイメージにピッタリ。この方も、商売を楽しんでいるようです。


この店には、何でも有るし、何でも造るそうです。この“大型ヘラ”は何の道具か直ぐに判りました。ピザを窯で焼く時、入れたり、出したりする道具です。


これは、まったく、何の道具か皆目不明。


サボテンの実を採る道具だそうです。イタリアとサボテン? どうも、何とも、イメージが繋がらないのです。道具があると云う事は、日常的にサボテンの実を採取している訳です。


何か?どうも?と、思っていたら、そう! 思い出しました! そうです!“マカロニウェスタン”で観ました。サボテンの生える草原を“ジュリアーノ・ジェンマ”が馬に乗って走るシーンが、あったような・・・・・・。

でも、調べてみたら、イタリア映画なのですが、撮影されたのは、ユーゴスラビアやスペインだったそうです。でも、ここで、サボテンの実を採る道具を売っているのですから、間違いなくイタリアでもサボテンは身近にあるのです。

でも、もしかして、フツウのイタリア人がコレを見て、直ぐに何の道具か判る人はあんまり居ないのかも? この親爺さん、注文があれば、何でも造ってしまうそうですから、イタリアでも、かなり特殊な道具の可能性があります。

しかし、スゴイ金物通りです。まだ、まだ、凄くて、トンデモない道具を売っていそうです。


これは、スゴイ! と云うか、珍しいと云うか、馬車です! でも業務用の運搬車ではなく、どうも観光用のようで、それほど凄くは無かったです。


以前、北欧の何処かの都市で、現役の荷物運搬用の馬車を見た記憶があります。まぁ、見た!と云っても、テレビの画面ですけど。

NHK“世界ふれあい街歩き”で、イタリア、シチリア島、パレルモを歩くは、まだ、まだ、続きます。



それでは、また明日。

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