プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★無明

2010-09-26 10:17:31 | 日記・エッセイ・コラム

 先週は、義父の23回忌と義母の米寿祝いを兼ねて、妻の実家を訪ねた。法事と祝事を一緒にするのは憚られたが、年忌を重ねる毎に悲しみが薄くなるので、これも巡り合わせと割り切った。

 通常、33回忌以降は省略することが多いのも、子供たちの年齢を考えれば至極当然なこと。私の両親は物故しているが、父の場合、私が小学校1年(昭和25年)だったので、既に50回忌法要も終えた。次兄が、逆縁で母より先に逝った時、私は死に真剣に対峙した。

 一部の同僚はご存じだが、50歳になった時、「60歳まで健康で生きたい。その後の人生は余禄」と宣言した。同時に、家族全員のライフプランを作成し、リファインしながら今に到っている。

 不幸にも当時の予言が的中し、59歳の時、大病に倒れ死線をさ迷うことになった。今は、日々これ新たなりで「一期一会」を旨とし、余禄の生活に感謝する生活を送っている。