チエちゃんの昭和めもりーず

 昭和40年代 少女だったあの頃の物語
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第88話 水の味

2007年07月10日 | チエちゃん
 チエちゃんの村で、水道が引いてある所といえば、役場や学校などの公共施設の他は、中心地のごく限られた地域でした。ほとんどの一般家庭では、井戸を掘り、地下水を汲み上げて、それを飲料水として使っていました。

 学校帰りに通る村道に面した、とあるお宅には玄関のまん前に丸い井戸がありました。
まるで、「どうぞ、水を飲んでいってください」と言わんばかりです。小学生たちが利用しないはずがありません。

 水、飲ませてくださ~い!

大声で口々にこう言うと、家の人の許可も下りないうちに、木製の井戸のふたをずらして、ふたの上に伏せてあった、アルマイトの柄杓で井戸水をすくい、ゴクゴクと飲み干したものでした。
 梅雨の晴れ間のジリジリと暑い日に、額に汗して飲むその一杯の水のなんと美味しかったことか。



 チエちゃん家にも裏庭に井戸がありました。
とし江ちゃん家のように汲み上げる釣瓶はなく、ポンプを使って水を汲み上げていました。
井戸には、不純物が入らぬよう、人が誤って落ちぬよう、コンクリートの重たいふたがのせてありました。そのかわり、井戸の脇には清水が湧き出す小さな池と流し場があり、この水を汲んで野菜を洗ったり、夏には池にスイカを浮かべて冷やしたりしました。
湧き水の温度は一定で、夏でもしばらく手を入れているとしびれるほど冷たく、魚もカエルも、イモリも棲むことはできませんでした。

 真夏の炎天下の中を帰ってきたチエちゃんは、ランドセルを下ろすなり、ポンプへと直行し、ガッコン、ガッコンと水を汲み上げます。
しばらくそうして汲み上げると、表面の生暖かい水は流れ去り、底から冷た~い水が出て来るのです。
その水をコップに注いで、一気に飲み干します。

 あぁ~、うまい!

乾いた喉を潤すその水は甘く、喉を通った後も、口の中に水の味が残っているのでした。
水は無味無臭というけれど、絶対に味があるんです。

 後年、「○○のおいしい水」などと銘打って、ペットボトルに入った水が販売されようとは、ましてそれを自分が買うことになろうとは、この時、夢にも思わないチエちゃんでした。