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チエちゃんの昭和めもりーず

 昭和40年代 少女だったあの頃の物語
+昭和50年代~現在のお話も・・・

ようこそ! チエちゃんの昭和めもりーずへ

はじめての方は「チエちゃん」のカテゴリからお読みいただくことを推奨しています。 もちろん、どこからお読みいただいてもかまいません。

続マルシンハンバーグ/昭和なもの

2018年12月16日 | 昭和なもの
今週の『マツコの知らない世界』でレトルトハンバーグを取り上げていましたが、その中でマルシンハンバーグを焼いて食べていて・・・
そしたら、びっくりした!
実は6年前に、私もこのブログに「マルシンハンバーグ」のこと投稿してたんですけど、
なんと、その記事が、その日の私のブログ記事中でアクセス1位だったんです。
アクセス数の少ない昭和めもりーずなのに、すごいことですよ。
恐るべし!マツコ・デラックス!
恐るべし!TVの影響力!
恐るべし!インターネット検索!

スーパーで見つけたので、今夜のおかずはマルシンハンバーグにしました。
マツコさんのように、焦げ目がつくくらいにカリカリに焼いて食べました。
マツコさんも食べていたなんて、あの頃の日本人はみんな同じものを食べていたんだね。


めんちかつ/昭和なもの

2017年05月20日 | 昭和なもの
私の中で「めんちかつ」といえば、これなんです。
昭和40年代のあの頃、たしかにこのカツのことを「めんちかつ」と言ってました。
中身はさつまあげ的なかんじ。
魚肉のミンチ(だからめんちには違いない)ににんじんとか、マカロニ、玉ねぎなんかも入ってるかな?を混ぜてカツにしてあるものです。
で、大人になって本物のメンチカツを食べた時、「えっ!じゃあ、あれは一体なんなの?」
まったくの別物じゃんと知り、愕然としました。

私たち世代って、つくづくまがい物を食べて育ってきたんだなって思います。
ソーセージ、ハンバーグ、メンチカツ・・・
たぶん、当時お肉は高価で、それを使って庶民的な価格で製造することができなかったから、安価な魚肉や馬肉なんかで似たものを作ってたんですね。
けど、それが今ではなつかしい味。
ヒロシは魚肉ソーセージが大好きで、「これに塩コショーかけて、焼いて食うとうまいんだよな」と言ってますし、私はこの「めんちかつ」が大好きです。
フライパンで油を引かずに、焼き目がつくくらいに焼いて食べるとおいしいんですよね~

今では「カニ風味めんち」って商品名になっています。(カニの風味なんて全然しないけど・・・)



昭和なものシリーズ、なぜか食べ物の話題が多いな・・・





うさぎ玉/昭和なもの

2016年05月14日 | 昭和なもの
私の中で「昭和である」と感じるものを紹介するシリーズです。

今回は、丸めた餡に砂糖をかけて固めたあんこ玉です。
駄菓子の一種なのでしょうが祖母の好物で、よく遠藤商店におつかいに行かされたものです。
さくら餅や茶まんじゅう、四方焼き、最中などとガラス蓋の付いた木製ケースに並んでいました。
だから、駄菓子よりはちょっとだけ高級感があったと思います。
グラム売りだったような気もするのですが、記憶が定かではありません。
お願いすると遠藤商店のおばさんが、白い紙の袋に入れてくれるのです。
ああ、まだポリ袋が普及していない時代だった・・・



今回買い求めた袋には「あん玉」と表示されていたので、「あれ?うさぎ玉じゃないの?」おかしいなと思い調べてみると、ありました。
仙台駄菓子の石橋屋さんのうさぎ玉
仙台と知って納得できました。
祖母は若い頃仙台で働いていたのです。
丸くて白い形がうさぎに似ているから、うさぎ玉。
なんとも可愛らしいネーミング。

お茶とともにいただき、また昭和に浸りました。

オロナイン軟膏/昭和なもの

2016年02月14日 | 昭和なもの
少し前のこと。痛いなぁ~と思ったら、いつの間にか指に切り傷ができていて、薬を探すも何もなくて、ドラッグストアに行きました。
そこで、発見!

オロナインH軟膏

うわっ!これ、まだ売ってたんだ。
茶色の箱も、薬のチューブも昔とおんなじ。

子どもの頃、すり傷、切り傷をこしらえたら、このオロナイン軟膏をつけていました。
ていうか、これしかなかった。(すり傷の場合、赤チンをつける時もあったかな)
チエちゃん家では「富山の薬売り」の薬箱が置き薬として置いてあり、その中に入っていたのです。
昭和40年代のあの頃は、その置き薬でほとんどの場合済ませていて、医者に行くというのは余程のことでした。
そして、使用する薬はほぼ決まっていました。
風邪ならケロッと治る「ケロリン」、腹痛なら「赤玉」、下痢なら「正露丸」
肩こりには「トクホン」(おばあちゃんが使っていた)
すり傷、切り傷、皮膚のことなら「オロナイン軟膏」という具合です。

瓶入りのオロナインもあることは知っていますが、チエちゃん家の薬箱にあったのは、この10g入りのチューブと少し大きめのチューブタイプのものだったと思います。
だから、このチューブがなつかしい~
どうして長い間パッケージのデザインを変えてないのかというと、当初のイメージを変えてしまうとお客さんがわからなくなるからという大塚製薬のこだわりだそうです。
前回の「丸美屋のりたま」もそうですが、時代が変わっても、良いものはこうして残るんですね。

大塚製薬 オロナイン公式サイトはこちら→ オロナインヒストリー


※ 追記:2016.2.15
  サイトを見たら、「ケロリン」って解熱鎮痛剤だった。間違った使い方してたのかな?

丸美屋のりたま/昭和なもの

2015年12月25日 | 昭和なもの
なつかしい~
1960年に発売された丸美屋の「のりたま」が今年55周年ということで、復刻版として期間限定発売だそうです。
スーパーで見つけて思わず買ってしまった
中身は現在の「のりたま」ですが、歴代のパッケージ8種類が小袋になって入っていました。

そして、チエちゃんが食べていたのがこの初代「のりたま」
にわとりとたまごのパッケージは有名なデザイナーによるものだそうで、当時としては斬新ですよね。

説明書きによると、
「ふりかけの常識を変えた!?」
のりたまは、“ふりかけ=魚が主原料”というそれまでの常識をくつがえし、贅沢品だった「卵」と「海苔」を使った画期的なふりかけとして人気を集めました。
1袋20g入り、30円で1960年1月2日発売


そうか、当時卵と海苔は高級品だったのか・・・
食欲のない時、お気に入りのおかずがない時、そしてお気に入りのおかずがあったとしても、のりたまにはお世話になってきました。
いろいろなふりかけの新商品が発売されて浮気してみるも、「のりたま」に勝てるふりかけには未だかつて出会ったことがない。
たかが「ふりかけ」だけど、されど「のりたま」である。
55年、生き残ってきた美味しさがある。

さらに、なんと「のりたま」には8マン(エイトマン)シールのおまけが付いてたんだね。
すっかり忘れてたけど、感激だ!
注:「第1話 テレビが来た!」参照

私にとって「のりたま」は思いっきり昭和なものに分類される。
これを機に昭和なものシリーズでも始めようかな?

永遠なれ!ミスター・スポック

2015年03月01日 | 昭和なもの
「スタートレック」スポック死す、ニモイさん訃報にNASAも追悼(サンケイスポーツ) - goo ニュース

私たちの年代にとって「宇宙大作戦」(スター・トレック)は、忘れられない海外TVドラマです。
宇宙船エンタープライズ号のクルーたちが遭遇する冒険物語。
テレビっ子だった私は、毎週それはそれは楽しみにしていたものです。
当時からワープ航法やテレポートシステムなど未来的要素を取り入れた映像に釘づけとなっていました。
登場人物で、一番のお気に入りがミスター・スポックでした。
宇宙人と地球人のハーフという設定で、両耳の先がとがっている姿が特徴的でした。
本当にハマリ役というのか、彼がいなければ、このドラマはつまらないものになっていたと思います。

そのスポック役の俳優レナード・ニモイさんの訃報をネットで知りました。
このニュースで、私は彼の名前を初めて知りました。
私の中では、「ミスター・スポック」以外の何者でもありませんでしたから。

ありがとう。ミスター・スポック!
私は忘れない。あなたのことを・・・





鯨の大和煮

2014年07月20日 | 昭和なもの
私は、豆乳を宅配で購入しているのですが、その宅配業者さんが時折チラシをいっしょに届けてくれます。
まあ、漬物とか、お菓子類とか、健康食品とか、通販と同じような品物が掲載してあるわけですが、その中に見つけました!
以前にもこのブログに書いた「鯨の大和煮」缶詰めです。
子どもの頃、私はこの缶詰が大好きでよく食べていました。
3缶で、2,160円。
あの頃に比べたら高価ですが、もう一度鯨缶を食べてみたい誘惑に負けて購入しました。

さて、そのお味は?
うんうん、この味だ!
でも・・・、お肉の切り身が小さい。それに、少し硬い。
鯨の種類が違うのかな~?
汁がやけに多いなぁ~



ああ、やっぱり、微妙に違う気がします。
今回も期待を裏切られた感じです。

ローン・レンジャー

2013年08月13日 | 昭和なもの
この夏のディズニー映画「ローン・レンジャー」。
テレビCMで流れる主題歌「ウィリアムテル序曲」が、なつかしい。

というのは、私が子どもの頃、「ローン・レンジャー」はテレビドラマとして放送されていたのです。
ネットで調べてみると、放送されていたのは1959年~1962年らしいのですが、チエちゃん家にテレビが来たのは1964年ですから、おそらくは地方のテレビ局が2~3年落ちのドラマを放送していたということではないかと思います。
毎回とても楽しみに見ていました。
でも、内容まではよく覚えていないのですよ。小学校1・2年生ですから、お話の中身まで正しく理解していたわけではないのでしょう。
覚えていることは、主題歌と「ハイヨー・シルバー」のキメゼリフだけです。

それと、主題歌が流れるオープニング画面。
馬車が走っている画面が紙になって、端の方からメラメラと燃えていくのです。
幼心にも、斬新な映像が印象的で、ずっと忘れられませんでした。
(もしかしたら、違う作品かもしれないのですが・・・誰か知っていたら教えてください。)

ジョニー・デップは好きじゃないけど、もう一度見たいと思っていたので、映画館へ足を運んでみようかな。

今回は、昭和らしい話ができてよかった。


元横綱大鵬逝去に思う

2013年01月20日 | 昭和なもの
大相撲の元横綱大鵬、納谷幸喜さんが死去(産経新聞) - goo ニュース

ああ、またひとつ昭和が逝ってしまった…
時は流れている。
私たちも、その時の流れの中で生きている。
どんなになつかしく輝いていても、昭和はもうもどらない。
とわかっていても、やっぱりさびしい。

私の中で、お相撲さんといえば、真っ先に思い浮かぶのがこの人、横綱大鵬。
昭和40年代のあの頃、祖父母といっしょに見ていたテレビの相撲中継で、活躍していたのが大鵬関でした。
当時は、NHKだけでなく民放局まで相撲中継をしていたので、いつものアニメが見られずつまらなかったけれど、毎回見ているのだから、誰が強いか分かるし、自然に好きな力士もできます。
私より上の年代の人の中には「柏鵬時代」を築いた柏戸の豪快な相撲が好きだという方もいるだろうけれど、私が覚えた頃には、怪我で休場の多い柏戸関より、大鵬関の方が圧倒的に強かったように思います。
子どもの好きなものとして「巨人・大鵬・卵焼き」なんて言葉が生まれるくらい人気も実力も備えた力士でした。
リアルタイムで横綱大鵬の取組を見ることができたことは、幸せなことだったのかもしれません。

ご冥福をお祈りいたします。


コンビニ

2012年11月24日 | 昭和なもの
結婚前、ヒロシと付き合っていた頃、私たちはよくコンビニに行っていた。
ちょうどその頃、福島の街にもポツポツとコンビニエンスストアが建ち始め、商店街やスーパーマーケットが午後7時に閉店するのに対し、夜遅くまで開いているコンビニが若者たちには魅力的だったのだ。
当時は、まだ24時間営業の店舗が少なく、ほとんどの店舗は店名のとおり朝7時に開店し、夜11時に閉店していた。
私たちが通っていたそのセブン・イレブンは福島では数少ない24時間営業店で、ヒロシの勤務先に近く、ナオちゃんと同棲していたタロサの家に行く途中にあった。
(私たちは4人で遊ぶことが多かった)
今思うと、なぜあんなにコンビニに通っていたのかと可笑しくなる。
大概は、ちょっとした夜食や飲み物を買うとか、マンガ本を買うだけなのに。
たぶん、コンビニに行くそのこと自体が、私たちにとっての娯楽だったのだと思う。

1か月ほど前、我が家のワンブロック先にコンビニがオープンした。
もちろん、24時間営業だ。
毎日その前を通るのに、いまだお店に入ったこともなければ、行きたいとも思わない。
だって、今はスーパーも遅くまで開いているし、値段だって断然スーパーの方が安い。
第一、深夜に外出したいなんて思わないんだから。