南無煩悩大菩薩

今日是好日也

花ほととぎす。

2013-11-23 | つれづれの風景。

-多加は新年の挨拶に赤い熨斗のついた祝儀袋を芸人衆に配ってまわった-

・・・杉田は、多加の顔を遠慮がちに見て、

「御寮人さん、さっき芸人衆に祝儀(ぽち)をはりこみはりましたけど、あないしはらんかってええ思いますけど、まだ寄席の借金も残っていることだすし・・」

「そらそうや、二流の寄席で金も無いのにそないせんでもええのやろ、そやけど今のわては、何でも肥料(こえ)をせんならん時や、肥料の足らん処からはろくな産物出来(もんでけ)しまへん、肥料が出来て、苗がつくまでがしんどいのんや、わてが煙草一本の楽しみもせんと節約(しまつ)して祝儀切るのは、この苗をつけたいさかいだす、芸人衆へ祝儀切るのはわての商いに資本(もと)入れてるので、一つも無駄になれしまへん、切って、切って、切りまくって、南で一流の寄席もたんことには」

-杉田のような小心な者には、そんな先の勘定は読めなかったし、読めたとしても、やはり目先の勘定の方が大事だった。きっちり上り銭を勘定して、給金の他に上りの多い日にはいくばくかの割増し手当貰うようなことにしか損得勘定がない。それだけに三十になったばかりの若い後家の多加が、目に見えない大きな算盤をパチパチ弾いているのが胸に支えるほど解し兼ねた-

-芸人の目の速さは、頭だけは結いたての日本髪でも、去年と同じ晴れ着で、帯一本新調せずじまいの多加の衣装を見て取った。節約(しまつ)しても祝儀だけはきれいに切る多加の心意気が、芸人の心に素直に伝わる-。
-山崎豊子「花のれん」より-
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする