南無煩悩大菩薩

今日是好日也

酔い痴れる

2017-11-30 | 酔唄抄。
(picture/original unknown)

つまりこういうことだろう。

酒や歌に酔い痴れるとき、夢と現実は交差する。

中田さん、幸せそうだ。
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存在しないものへの願望は、おそらく音楽の領域に属するものなのだろう

2017-11-25 | 意匠芸術美術音楽
Gabriel Fauré - Pavane in F-sharp minor, Op. 50.


ガブリエル・ユルバン・フォーレ はそう言ったようだ。
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コーチングについて

2017-11-25 | 古今北東西南の切抜
(photo/source)

「指導にかかる前に、どんな人間かわかるまで徹底的に話をする。

今日の俺たちは過去の行動と振る舞いが積み重なってできている。

マイクの場合、本人から話を聞いて、こいつの中にどんなつらい体験や被ってきた不利益が蓄積されているか、そのせいで積み重なったかさぶたを何枚剥いでやらなくてはいけないかを徹底的に見極める。

本当のこいつにたどり着けるまで。俺だけでなくこいつにも見えるように、それをさらけ出してやる。そこから飛躍的な進歩が始まるんだ」


「自分の心は友達じゃないぞ、マイク。それを知ってほしい。自分の心と戦い、心を支配するんだ。感情を制御しなくてはならない。

リングで感じる疲れは肉体的なものじゃない。実は90パーセントは精神的なものなんだ。

試合の前の夜は眠れなくなる。心配するな、対戦相手も眠れてやしない。

計量に行くと、相手が自分よりずっと大きく、氷のように落ち着いて見えるだろうが、相手も心の中は恐怖に焼き焦がされている。

想像力があるせいで、強くもない相手が強く見えてしまうんだ。覚えておけよ」

-切抜/カス・ダマト「真相」より-
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不審庵

2017-11-24 | 意匠芸術美術音楽
(Tea Bowl/Eric Serritella)

-太宰治/不審庵-

『 拝啓。暑中の御見舞いを兼ね、いささか老生日頃の愚衷など可申述もうしのぶべく候そうろう。老生すこしく思うところ有之これあり、近来ふたたび茶道の稽古にふけり居り候。ふたたび、とは、唐突にしていかにも虚飾の言の如く思召おぼしめし、れいの御賢明の苦笑など漏し給わんと察せられ候も、何をか隠し申すべき、われ幼少の頃より茶道を好み、実父孫左衛門殿より手ほどきを受け、この道を伝授せらるる事数年に及び申候えども、悲しい哉かな、わが性鈍にしてその真趣を究きわむる能あたわず、しかのみならず、わが一挙手一投足はなはだ粗野にして見苦しく、われも実父も共に呆あきれ、孫左衛門殿逝去せいきょの後は、われその道を好むと雖いえども指南を乞うべき方便を知らず、なおまた身辺に世俗の雑用ようやく繁く、心ならずも次第にこの道より遠ざかり、父祖伝来の茶道具をも、ぽつりぽつりと売払い、いまは全く茶道と絶縁の浅ましき境涯と相成申候ところ、近来すこしく深き所感も有之候まま、まことに数十年振りにて、ひそかに茶道の独習を試み、いささかこの道の妙訣みょうけつを感得仕つかまつり申候ものの如き実情に御座候。
 それ覆載ふうさいの間、朝野の別を問わず、人皆、各自の天職に心力を労すればまたその労を慰むるの娯楽なかるべからざるは、いかにも本然の理と被存ぞんぜられ候。而しこうして人間の娯楽にはすこしく風流の趣向、または高尚の工夫なくんば、かの下等動物などの、もの食いて喉のどを鳴らすの図とさも似たる浅ましき風情と相成果申すべく、すなわち各人その好む所に従い、或いは詩歌管絃、或いは囲碁挿花、謡曲舞踏などさまざまの趣向をこらすは、これ万物の霊長たる所以ゆえんと愚案じ申次第に御座候。然りと雖いえども相互に於ける身分の貴賤、貧富の隔壁を超越仕り真に朋友としての交誼を親密ならしめ、しかも起居の礼を失わず談話の節を紊みださず、質素を旨とし驕奢きょうしゃを排し、飲食もまた度に適して主客共に清雅の和楽を尽すものは、じつに茶道に如しくはなかるべしと被存候。往昔、兵馬倥※こうそう[#「にんべん+總のつくり」、389-10]武門勇を競い、風流まったく廃せられし時と雖も、ひとり茶道のみは残りて存し、よく英雄の心をやわらげ、昨日は仇讐きゅうしゅう相視るの間も茶道の徳に依よりて今日は兄弟相親むの交りを致せしもの少しとせずとやら聞及申候。まことに茶道は最も遜譲そんじょうの徳を貴び、かつは豪奢の風を制するを以もって、いやしくもこの道を解すれば、おのれを慎んで人に驕おごらず永く朋友の交誼を保たしめ、また酒色に耽ふけりて一身を誤り一家を破るの憂いも無く、このゆえに月卿雲客げっけいうんかくまたは武将の志高き者は挙こぞってこの道を学びし形跡は、ものの本に於いていちじるしく明白に御座候。
 そもそも茶道は、遠く鎌倉幕府のはじめに当り五山の僧支那より伝来せしめたりとは定説に近く、また足利氏の初世、京都に於いて佐々木道誉等、大小の侯伯を集めて茶の会を開きし事は伝記にも見えたる所なれども、これらは奇物名品をつらね、珍味佳肴かこうを供し、華美相競うていたずらに奢侈しゃしの風を誇りしに過ぎざるていたらくなれば、未だ以て真誠の茶道を解するものとは称し難く、降くだって義政公の時代に及び、珠光なるもの出でて初めて台子真行だいすしんぎょうの法を講じ、之これを紹鴎しょうおうに伝え、紹鴎また之を利休居士に伝授申候事、ものの本に相見え申候。まことにこの利休居士、豊太閤に仕えてはじめて草畧の茶を開き、この時よりして茶道大いに本朝に行われ、名門豪戸競うて之を玩味がんみし給うとは雖も、その趣旨たるや、みだりに重宝珍器を羅列して豪奢を誇るの顰ひんに傚ならわず、閑雅の草庵に席を設けて巧みに新古精粗の器物を交置し、淳朴じゅんぼくを旨とし清潔を貴び能く礼譲の道を修め、主客応酬の式頗すこぶる簡易にしてしかもなお雅致を存し、富貴も驕奢に流れず貧賤も鄙陋ひろうに陥らず、おのおの其分に応じて楽しみを尽すを以て極意となすが如きものなれば、この聖戦下に於いても最適の趣味ならんかと思量致し、近来いささかこの道に就きて修練仕り申候ところ、卒然としてその奥義を察知するにいたり、このよろこびをわれ一人の胸底に秘するも益なく惜しき事に御座候えば、明後日午後二時を期して老生日頃昵懇じっこんの若き朋友二、三人を招待仕り、ささやかなる茶会を開催致したく、貴殿も万障繰合せ御出席然るべく無理にもおすすめ申上候。流水濁らず、奔湍ほんたん腐らず、御心境日々に新たなる事こそ、貴殿の如き芸術家志望の者には望ましく被存候。茶会御出席に依り御心魂の新粧をも期し得べく、決してむだの事には無之これなく、まずは欣然きんぜん御応諾当然と心得申者に御座候。頓首。』


 ことしの夏、私は、このようなお手紙を、れいの黄村先生から、いただいたのである。黄村先生とは、どんな御人物であるか、それに就ついては、以前もしばしば御紹介申し上げた筈はずであるから、いまは繰り返して言わないけれども、私たち後輩に対して常に卓抜たくばつの教訓を垂れ給い、ときたま失敗する事があるとはいうものの、とにかく悲痛な理想主義者のひとりであると言っても敢あえて過称ではなかろうと思われる。その黄村先生から、私はお茶の招待を受けたのである。招待、とは言っても、ほとんど命令に近いくらいに強硬な誘引である。否も応もなく、私は出席せざるを得なくなったのである。
 
けれども、野暮やぼな私には、お茶の席などそんな風流の場所に出た経験は生れてから未だいちども無い。黄村先生は、そのような不粋ぶすいな私をお茶に招待して、私のぶざまな一挙手一投足をここぞとばかり嘲笑し、かつは叱咤しったし、かつは教訓する所存なのかも知れない。油断がならぬ。私は先生のお手紙を拝誦して、すぐさま外出し、近所の或る優雅な友人の宅を訪れた。


「君のとこに、何かお茶の事を書いた本が無いかね。」私は時々この上品な友人から、その蔵書を貸してもらっているのである。
「こんどはお茶の本か。多分、あるだろうと思うけど、君もいろんなものを読むんだね。お茶とは、また。」友人はいぶかしげの顔をした。
「茶道読本」とか「茶の湯客の心得」とか、そんな本を四冊も借りて私は家へ帰り、片端から読破した。茶道と日本精神、侘わびの心境、茶道の起原、発達の歴史、珠光、紹鴎、利休の茶道。

なかなか茶道も、たいへんなものだ。茶室、茶庭、茶器、掛物、懐石の料理献立こんだて、読むにしたがって私にも興が湧いて来た。茶会というものは、ただ神妙にお茶を一服御馳走になるだけのものかと思っていたら、そうではない。さまざまの結構な料理が出る。酒も出る。まさかこの聖戦下に、こんな贅沢ぜいたくは出来るわけがないし、また失礼ながらあまり裕福とは見受けられない黄村先生のお茶会には、こんな饗応の一つも期待出来ず、まあせいぜい一ぱいの薄茶にありつけるくらいのところであろうとは思いながらも、このような、おいしそうな献立は、ただ読むだけでも充分に楽しいものである。さて、最後は、お茶客の心得である。これが、いまの私にとって、最も大切な項目である。お茶の席に於いて大いなるへまを演じ、先生に叱咤せられたりなどする事のないように、細心に独習研鑽けんさんして置かなければならぬ。


まず招待を受けた時には、すぐさま招待の御礼を言上しなければならぬ。これは、会主のお宅へ参上してお礼を申し上げるのが本式なのであるが、手紙でも差しつかえ無い。ただ、その御礼の手紙には、必ず当日は出席する、と、その必ずという文字を忘れてはいけないのである。その必ずという文字は、利休の「客之次第」の秘伝にさえなっているのである。私は先生に、速達郵便でもって御礼状を発した。必ずという文字を、ひどく大きく書いてしまったが、そんなに大きく書く必要は無かったのである。いよいよ茶会の当日には、まず会主のお宅の玄関に於いて客たちが勢揃せいぞろいして席順などを定めるのであるが、つねに静粛を旨とし、大声で雑談をはじめたり、または傍若無人の馬鹿笑いなどするのは、もっての他の事なのである。それから主人の迎附けがあって、その案内に従い茶席におそるおそる躙にじり入るのであるが、入席したらまず第一に、釜かまの前に至り炉ならびに釜をつくづくと拝見して歎息をもらし、それから床の間の前に膝行しっこうして、床の掛軸を見上げ見下し、さらに大きく溜息をついて、さても見事、とわざとらしくないように小声で言うのである。ふりかえって主人に掛軸の因縁などを、にやにや笑ったりせず、仔細しさいらしい顔をして尋ねると、主人はさらに大いに喜ぶのである。因縁を尋ねるとは言っても、あまり突込んだ質問は避けるべきである。どこから買ったか、値段はいくら、にせものじゃないか、借りて来たのだろうなどと、いやに疑い深くしつっこく尋ねるときらわれるのである。炉と釜と床の間をほめる事。これは最も大切である。これを忘れた者は茶客の資格が無いものと見なされて馬鹿を見る事になるのである。夏は炉のかわりに風炉ふろを備えて置く事になっているが、風炉といっても、据風呂ではない。さすがに入浴の設備まではしていない。まあ、七輪しちりんの上品なものと思って居れば間違いはなかろう。風炉と釜と床の間、これに対して歎息を発し、次は炭手前の拝見である。主人が炉に炭をつぐのを、いざり寄って拝見して、またも深い溜息をもらす。さすがは、と言って膝ひざを打って感嘆する人も昔はあったが、それはあまり大袈裟おおげさすぎるので、いまは、はやらない。溜息だけでよいのである。それから、香合をほめる事などもあって、いよいよ懐石料理と酒が出るのであるが、黄村先生は多分この辺は省略して、すぐに薄茶という事になるのではあるまいか。聖戦下、贅沢なことを望んではならぬ。先生に於いても、必ずやこの際、極端に質素な茶会を催し、以て私たち後輩にきびしい教訓を垂れて下さるおつもりに違いない。私は懐石料理の作法に就いての勉強はいい加減にして、薄茶のいただき方だけを念いりに独習して置いた。そうして私のそのような予想は果して当っていたのであったが、それにしても、あまりに質素な茶会だったので、どうにも、ひどい騒ぎになってしまった。
 

茶会の当日、私は、たった一足しかない取って置きの新しい紺足袋をはいて家を出た。服装まずしくとも足袋は必ず新しきを穿うがつべし、と茶の湯客の心得に書かれてある。省線の阿佐ヶ谷駅で降りて、南側の改札口を出た時、私は私の名を呼ばれた。二人の大学生が立っている。いずれも黄村先生のお弟子の文科大学生であって、私とは既に顔馴染なじみのひとたちである。
「やあ、君たちも。」
「ええ、」若いほうの瀬尾君は、口をゆがめて首肯うなずいた。ひどくしょげ返っている様子であった。「困ってしまいました。」
「また油をしぼられるんじゃねえかな、」ことし大学を卒業してすぐに海軍へ志願する筈になっている松野君も、さすがに腐り切っているようであった。「茶の湯だなんて、とんでもない事をはじめるので、全くかなわねえや。」
「いや、大丈夫だ。」私は、このふさぎ込んでいる大学生たちに勇気を与えたかった。「大丈夫だ。僕はいささか研鑽して来たからね、きょうは何でも僕のするとおりに振舞っておれば間違いない。」
「そうでしょうか。」瀬尾君は少し元気を恢復かいふくした様子で、「実は僕たちも、あなた一人をあてにして、さっきからここでお待ちしていたのです。きっとあなたも招待されていると思いましたから。」
「いや、そんなにあてにされると僕も少し困るのだが。」

私たち三人は、力無く笑った。

先生は、いつも、離れのほうにいらっしゃる。離れは、庭に面した六畳間とそれに続く三畳間と、二間あって、その二間を先生がもっぱら独占して居られる。御家族の方たちは、みんな母屋のほうにいらっしゃって、私たちのために時たま、番茶や、かぼちゃの煮たのなどを持ち運んで来られる他は、めったに顔をお出しなさらぬ。

黄村先生は、その日、庭に面した六畳間にふんどし一つのお姿で寝ころび、本を読んで居られた。おそるおそる縁先に歩み寄る私たち三人を見つけて、むっくり起き上り、
「やあ、来たか。暑いじゃないか。あがり給え。着ているものを脱いで、はだかになると涼しいよ。」茶会も何もお忘れになっているようにさえ見えた。


けれども私たちは油断をしない。先生の御胸中にどのような計略があるのかわかったものでない。私たちは縁先に立ち並び、無言でうやうやしくお辞儀をした。先生は一瞬けげんな顔をなさったようだが、私たちはそれにはかまわず、順々に縁側に躙にじり上り、さて私は部屋を見廻したが、風炉も釜も無い。ふだんのままのお部屋である。私は少し狼狽ろうばいした。頸くびを伸ばして隣りの三畳間を覗くと、三畳間の隅に、こわれかかった七輪が置かれてあって、その上に汚く煤すすけたアルミニュームの薬鑵やかんがかけられている。これだと思った。そろそろと膝行して三畳間に進み、学生たちもおくれては一大事というような緊張の面持でぴったり私に附き添って膝行する。私たちは七輪の前に列座して畳に両手をつき、つくづくとその七輪と薬鑵を眺めた。期せずして三人同時に、おのずから溜息が出た。

「そんなものは、見なくたっていい。」先生は不機嫌そうな口調でおっしゃった。けれども先生には、どのような深い魂胆こんたんがあるのか、わかったものでない。油断がならぬ。
「この釜は、」と私はその由緒ゆいしょをお尋ねしようとしたが、なんと言っていいのか見当もつかない。「ずいぶん使い古したものでしょう。」まずい事を言った。

「つまらん事を言うなよ。」先生はいよいよ不機嫌である。
「でも、ずいぶん時代が、――」
「くだらんお世辞はやめ給え。それは駅前の金物屋から四、五年前に二円で買って来たものだ。そんなものを褒ほめる奴があるか。」

どうも勝手が違う。けれども私は、あくまでも「茶道読本」で教えられた正しい作法を守ろうと思った。

釜の拝見の次には床の間の拝見である。私たちは六畳間の床の間の前に集って掛軸を眺めた。相変らずの佐藤一斎先生の書である。黄村先生には、この掛軸一本しか無いようである。私は掛軸の文句を低く音読した。

寒暑栄枯天地之呼吸也。苦楽寵辱ちょうじょく人生之呼吸也。達者ニ在ッテハ何ゾ必ズシモ其遽にわカニ至ルヲ驚カン哉や

これは先日、先生から読み方を教えられたばかりなので、私には何の苦も無く読めるのである。

「流石さすがにいい句ですね。」私はまた下手へたなお追従ついしょうを言った。「筆蹟にも気品があります。」
「何を言っているんだ。君はこないだ、贋物にせものじゃないかなんて言って、けちを附けてたじゃないか。」
「そうでしたかね。」私は赤面した。
「お茶を飲みに来たんだろう?」
「そうです。」
私たちは部屋の隅にしりぞいて、かしこまった。

「それじゃ、はじめよう。」先生は立ち上って隣りの三畳間へ行き、襖ふすまをぴたりとしめてしまった。

「これからどうなるんです。」瀬尾君は小声で私に尋ねた。
「僕にも、よくわからないんですがね、」何しろ、まるで勝手が違ってしまったので私は不安でならなかった。「普通の茶会だったら、これから炭手前の拝見とか、香合一覧の事などがあって、それから、御馳走が出て、酒が出て、それから、――」
「酒も出るのですか。」松野君は、うれしそうな顔をした。
「いや、それは時節柄、省略するだろうと思うけど、いまに薄茶が出るでしょう。まあ、これから一つ、先生の薄茶のお手前を拝見するという事になるんじゃないでしょうか。」私にもあまり自信が無い。

じゃぼじゃぼという奇怪な音が隣室から聞えた。茶筌ちゃせんでお茶を掻かき廻しているような音でもあるが、どうも、それにしてはひどく乱暴な騒々しい音である。私は聞き耳を立て、
「おや、もうお手前がはじまったのかしら。お手前は必ず拝見しなければならぬ事になっているのだけど。」
気が気でなかった。襖はぴったりしめ切られている。先生は一体、どんな事をやらかして居られるのか、じゃぼじゃぼという音ばかり、絶えまなくかまびすしく聞えて来て、時たま、ううむという先生の呻うめき声さえまじる有様になって来たので、私たちは不安のあまり立ち上った。

「先生!」と私は襖をへだて呼びかけた。「お手前を拝見したいのですが。」
「あ、あけちゃいけねえ。」という先生のひどく狼狽したような嗄しゃがれた御返辞が聞えた。
「なぜですか。」
いま、そっちへお茶を持って行く。」そうしてまた一段と声を大きくして、「襖をあけちゃ、駄目だぞ!」
「でも、なんだか唸うなっていらっしゃるじゃありませんか。」私は襖をあけて隣室の模様を見とどけたかった。襖をそっとあけようとしたけれども、陰で先生がしっかり抑えているらしく、ちっとも襖は動かなかった。

「あきませんか。」海軍志願の松野君が進み出て、「僕がやってみましょう。」
松野君は、うむと力んで襖を引いた。中の先生も必死のようである。ちょっとあきかけても、またぴしゃりとしまる。四、五度もみ合っているうちに、がたりと襖がはずれて私たち三人は襖と一緒にどっと三畳間に雪崩なだれ込んだ。先生は倒れる襖を避けて、さっと壁際に退いてその拍子に七輪を蹴飛ばした。薬鑵は顛倒てんとうして濛々もうもうたる湯気が部屋に立ちこもり、先生は、あちちちちち。」と叫んではだか踊りを演じている。それとばかりに私たちは、七輪からこぼれた火の始末をして、どうしたのです、先生、お怪我けがは、などと口々に尋ねた。先生は、六畳間のまん中に、ふんどし一つで大あぐらをかき、ふうふう言って、

「これは、どうにもひどい茶会であった。いったい君たちは乱暴すぎる。無礼だ。」とさんざんの不機嫌である。

私たちは三畳間を、片づけてから、おそるおそる先生の前に居並び、そろっておわびを申し上げた。
「でも、唸っていらっしゃったものですから心配になって。」と私がちょっと弁解しかけたら、先生は口をとがらせて、

「うむ、どうも私の茶道も未だいたっておらんらしい。いくら茶筌でかきまわしても、うまい具合いに泡が立たないのだ。五回も六回も、やり直したが、一つとして成功しなかった。」

先生は、力のかぎりめちゃくちゃに茶筌で掻きまわしたものらしく、三畳間は薄茶の飛沫ひまつだらけで、そうして、しくじってはそれを洗面器にぶちまけていたものらしく、三畳間のまん中に洗面器が置かれてあって、それには緑の薄茶が一ぱいたまっていた。なるほど、このていたらくでは襖をとざして人目を避けなければならぬ筈であると、はじめて先生の苦衷くちゅうのほどを察した。

けれどもこんな心細い腕前で「主客共に清雅の和楽を尽さん」と計るのも極めて無鉄砲な話であると思った。所詮理想主義者は、その実行に当ってとかく不器用なもののようであるが、黄村先生のように何事も志と違って、具合いが悪く、へまな失敗ばかり演ずるお方も少い。

案ずるに先生はこのたびの茶会に於いて、かの千利休の遺訓と称せられる「茶の湯とはただ湯をわかし茶をたてて、飲むばかりなるものと知るべし」という歌の心を実際に顕現して見せようと計ったのであろう。ふんどし一つのお姿も、利休七ケ条の中の、

 一、夏は涼しく、
 一、冬はあたたかに、

などというところから暗示を得て、殊更に涼しい形を装って見せたものかも知れないが、さまざまの手違いから、たいへんな茶会になってしまって、お気の毒な事であった。

茶の湯も何も要いらぬ事にて、のどの渇き申候節は、すなわち台所に走り、水甕みずがめの水を柄杓ひしゃくもてごくごくと牛飲仕るが一ばんにて、これ利休の茶道の奥義と得心に及び申候。
というお手紙を、私はそれから数日後、黄村先生からいただいた。
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女の顔

2017-11-23 | 意匠芸術美術音楽
(湖畔/黒田清輝)


その時代によつて多少の相異はあるがクラシックの方では正しい形を美の標準としている。然し私には、このクラシツクの方でいう正しい形は、どうも厳格すぎるような感じがする。
 
即ちこれを日本人に応用すると混血児(あいのこ)になってしまう。嫌いというではないが絵にするには少し申分がある。眼のパツチリした、鼻の高い、所謂世間で云う美人は、どうも固すぎると思う。
 
と云って又、口元に大変愛嬌があるとか、苦(にがみ)ばしっているとかいうような、特に表情の著しい顔は好かない。一口に云うと、薄ぼんやりした顔が好きです。
 
目の細い、生際(はえぎわ)や眉がキツパリと塗ったように濃い顔はいけない。鼻筋の通りすぎたのも却ってよくない。中肉中背ということも勿論程度問題ではあるが、どちらかといえば、中背は少し高い位、中肉は少し優形の方がいいと思う。つまりスラツとした姿の美しい女がいい。
 
この絵は、ルネツサンス時代のフィレンツェの絵画によくあるやうな上品なスツキリとした優美――意気でない、野暮な優しさを描こうと思つて、頸なぞも思い切って長くし、髪なども態(わざと)或る時代を現す一定の型に結ばさないで、顔の輪郭なども出来るだけ自分の考えているように直したが、どうも十分には私の心持ちが現れなかった。
 
然し嬉しいとか、悲しいとかの表情のない処までは行ったと思う。難を云へば、顔が一体に行き詰っているかと思う。優しみという点も欠けている。品が十分でない。私としては、モウ少し間の抜けた上品な処がほしかった。

一体に東京の女は顎が短くっていけない。尤もあまり長過ぎても困るが、どちらかと云えば少し長い位なのがいい。京都には、態と表情を殺しているような女がよくあるが、あれは中々いいと思う。

-黒田清輝/「画並談」より-



(Sandro Botticelli/Birth of Venus-detail)
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たとえば既得権益者の矜持

2017-11-18 | 古今北東西南の切抜
(photo/Angus Deaton)

国家間のものであれ国内的なものであれ、不平等が許容範囲を超えるのは、成功した個々人がさらなる前進を求めて、そして他人をより不利な状態にするために、自分の力を利用する場合である。

ビジネスマンや法律家、実業家、医師といった成功者がみずからの成功を利用して、政治家への働きかけや資金提供を通じて自分に有利なようにルールを変える。この場合、いくら成功したからといってもその成功はもはや称賛には値しない。

例えば、富裕層は公的医療や公教育をほとんど必要としない。しかし成功者がみずからにとって重要だと思うことを要求すると、他の人が頼っている公共財の提供が害されることになる。富を持たない人の本格的な社会参加を成功者が邪魔すると、民主的なプロセスが弱体化する。

不平等の中にも「よい」不平等があるのは理解できるものの、我々はそれが非常にやっかいだと感じている。

自分一人だけ貧困から逃れようとする人がいてもかまわない。しかし、逃れたものが新たに手にした自由を利用して、自分自身で活路を開こうとしている人の行く手を阻んではならない。

-切抜/アンガス・ディートン「民主主義は経済格差を解消できるか」より-
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たとえば老害を避ける精神

2017-11-16 | 古今北東西南の切抜
(photo/Robert Henri)

若者を判断するのは老人達の役目ではないということに、まだ気付かないのか?

若者たちが老人たちを判断するというのが本来の姿である。

たとえば賞を与えるのは、他人のやり方を支配しようとすることである。自分の意に添うよう、他人の行動に口出ししようとする事である。

それは受賞者だけでなく、その賞を得ようとして努力した人全てに影響をおよぼす。それは進歩を妨げる努力であり、ものごとを自分の判断の領域に押し戻そうとする試みである。人間生活における大きな冒険に干渉することである。若者は前進すべきだという概念を否定するものである。

来るべき世代こそが古い世代への判断を下すべきであり、古い人間が若い世代を判断するのはお門違いだ。

それを望もうと望むまいと、時代の流れはそうなっていく。

役に立ちたいと思うなら、そして援助を必要とする若い芸術家を励ましたいと思うなら、彼らを選別したり、判断したりしてはいいけない。

そして、結果がどんなに意外なものであっても、それを受け入れる広い心をもって、彼らの努力に関心を抱き続けることだ。

-切抜/ロバート・ヘンライ「アート・スピリット」より-
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ブッバとフォレスト

2017-11-14 | 意匠芸術美術音楽
Forrest Gump Theme - Alan Silvestri










(source/Forrest Gump)
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Кирило Костюковський (Kyrylo Kostukovskyi )

2017-11-13 | 意匠芸術美術音楽
(photo/source)

Кирило Костюковський - Seni


Такое увидишь не часто! Это потрясающе / This is not often see
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一隅を照らす

2017-11-13 | 酔唄抄。

明るい高齢化社会を構築していくには、夜遊びも楽しむ元気な爺婆が必要だ。

きらめくネオンライトや星が瞬き月も冴える夜空などは、昼とは違う刺激を脳に与え活性化を促す。

少子高齢化などと喧伝される「国家の衰退」を食い止めるという観点に立てば、高齢者が率先して夜飲み歩くことにも大義はあるのだ。

「老いるから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから老いるのだ」 -ジョージ・バーナード・ショー
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The book of my life

2017-11-08 | 意匠芸術美術音楽
STING The book of my life
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「本質」の居場所

2017-11-08 | 古今北東西南の切抜
(gif/source)

整合性があり、機能とふるまいが噛み合っているように見えるシステムには、何らかの「本質」が存在していて、中央制御の要素が総責任者をしているに違いない。
私たちはそう考えるのが習い性になっている。私たちは抜きがたい本質主義者だ。左脳がそれを物語っている。
それに君が指摘するように、私たちは見つからないものをこしらえた。名前はホムンクルスだったり、精神、魂、遺伝子だったりといろいろだが、普通の還元主義的な意味ではめったに存在しないものだ・・・・。

総責任者である「本質」なるものは、不在というわけではなく、分散しているのだ。それはプロトコル、規則、アルゴリズム、ソフトウェアの中にある。細胞もアリ塚も、インターネット、軍隊、脳もみんなそうやって機能している。どこかの箱にはいっているわけではないから、想像するのは難しい。
もっとも、そんな箱があったらそれが単一障害点となるので、設計としては失敗だ。
重要なのは「本質」はモジュールではなく、モジュールが従わなければならない規則にあるということだ。

-切抜/「ジョン・ドイルよりマイケル・S・ガザニカへの書簡」より-
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フレア、地震、雷、火事、台風

2017-11-05 | 古今北東西南の切抜
(picture/source)

NASA | Magnificent Eruption in Full HD


9月上旬、太陽の表面で大規模な「フレア」が発生、11年ぶりの大きさだったため世界中で報道された。最近の研究では、それの更に100倍以上大きい「スーパーフレア」が起きる可能性も指摘されている。

巨大なフレアの爆発のエネルギーは水素爆弾の一億個分に匹敵する。まず、発生直後に強力なX線などが地球に届き、通信障害を引き起こす。続いて30分から2日で爆発で太陽から吹き飛ばされた陽子などの粒子線、プラズマと呼ばれる高温のガスが地球に達し、地球を覆う地磁気が乱れて大規模な停電が起きたり電子機器が壊れたりする。

1989年にカナダのケベック州で送電網が壊れ、600万世帯が停電した。2001年には、日本の人工衛星が制御できなくなり、地球に落下した。電子機器が普及した現代では、スマートフォンや全地球測位システム(GPS)などの被害が広がる可能性が高い。

京都大学の柴田一成教授らは米国の宇宙望遠鏡「ケプラー」の観測データを利用して太陽に似た8万個以上の恒星について分析。9か月間に148個の恒星でスーパーフレアが365回起きたことを突き止めた。そこから見積もると、地球で観測された最大規模のフレアの100倍というスーパーフレアは800年に一度、更に大きい1000倍クラスだと5000年に一度ほど起きているという。

フレアの大きさと被害の規模とは必ずしも一致しない。大量のプラズマが吹き飛ばされる「コロナ質量放出」が起きるとは限らないからだ。さらに地球を直撃しなければ通信障害は起きても停電などの心配は少ない。プラズマが地球に向かう確率は4分の1くらいという。

ただ、スーパーフレアが地球を直撃すれば、電子機器に支えられた現代文明は壊滅的な被害を受けかねない。柴田教授らは論文の中で「太陽でも起きる可能性がある」と書こうとしたが、科学誌の編集部に「人々を恐怖に陥れる内容を書くべきでない」と反対されて削除したという。

太陽でもスーパーフレアが起きたとみられる痕跡は見つかっている。名古屋大学の増田公明准教授らが樹齢1900年の屋久杉の年輪にある特殊な炭素(炭素14)を調べた研究で、奈良時代の775年に宇宙から大量の放射線が降り注いだことがわかっている。太陽より大きな恒星が寿命を全うした時に起きる超新星爆発の可能性もあるが、古文書などにも記録は残っていない。スーパーフレアが有力候補とみられる。

スーパーフレアを起こす黒点の観測など、太陽の近代的な研究が始まってから200年に満たない。予想されるスーパーフレアの発生頻度に比べるとまだまだ短い。将来、太陽に巨大な黒点が現れ、スーパーフレアの発生に備える準備が必要になる日が来るかもしれない。 -切抜抜粋/日経新聞「サイエンス」より-

NASA | Fiery Looping Rain on the Sun
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利巧な寛容

2017-11-04 | 世界の写窓から
(picture/original unknown)

すぐれた老人は「人の悪口を言うためにわざわざ口を開く」ということをしなくなるものである。
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Johann Sebastian Bach ; Toccata & Fugue in Dm, by Sinfonity

2017-11-03 | 意匠芸術美術音楽
Johann Sebastian Bach ; Toccata & Fugue in Dm, by Sinfonity
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