まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

孝蔵は蔵を建てるくらいの親孝行

2018年05月18日 | Weblog

を願ってつけられた名前なのか。

という書き出しで始まるのが、結城昌治さんの「志ん生一代」。

2冊1円で手に入れた、中古の文庫本。

送料が357円だったか。

哀しいくらい安いでしょ。

そう、美濃部孝蔵、というのが、戸籍上の本名という、古今亭志ん生の一生を書いた本だ。

明治23年生まれ、というから、わが祖母、おすえさんの生まれた明治28年とそう変わらない。

10歳の頃から、酒と博打、というんだから、いい時代だった、というのか、社会人とはかくあるべき。

みたいな規範、縛りが、今と違ってぼんやりしていたのか。

そりゃそうだね、国民が全員、戸籍に登録されたのが、それからずっと後の。

昭和の24年、というんだから、時の権力機構からしたら、有象無象が、そこかしこに満ち溢れ。

なんて状態だったんだろうね。

15歳で家を出て、10年経って気がつくと、父親も母親も、この世からは去っていて。

なんて話を、ヤクザも舌を巻くくらいの、人を助けるためなら火の中水の中、という兵隊寅さんから聞くわけだ。

いずれにしても、まだ、死神、というあだ名さえ付いてない頃の、駆け出しも駆け出しの時代を。

昨夜は、味わったんだけどね。

桂文楽や三遊亭円生が、名前さえもらっていたかどうか、くらいの時代が活写されていて。

ドサ回りのね、いろんなエピソードが語られる。

志ん生の噺の、そこかしこに、この時代から培われたエキスが隠し味としてあるわけだ。

仕事と私生活のハーモニー、なんてアマゾンのベゾスが言っている以上の、なんていうのか。

生きることそのもの、息をすることそれ自体が、噺だった、とでも言えるか。

いや、まだ、何銭のゼニしか稼げない時代の話だ。

ようやく4分の1を読み終わったくらいか。

ところで、こんばんは、わが社の新入社員の歓迎会。

まだ、成人前の歓迎をするのに、既社員たちは、ビールやら日本酒を聞こしめし、って感じかな。

来週末には、指針の発表会を設定していて、何かと、気ぜわしい時節なんだよね。

そんな中でも、若き日の志ん生に触れる、というのも、なかなか、乙なものでしょ。

さて、そろそろ、骨ストレッチの世界に入るとするか。

これ、筋肉を鍛える、なんておこがましい話じゃなく、言ってみれば、骨たちへの、骨に絡まる筋肉たちへの。

日頃の無料貸出への感謝、ご挨拶、とでも訳すことができるか。

やがては地の肉となり骨となり、するわがカラダではあるけれど、当分の間は、お借りする、というのか。

共同創造の相方、相棒、同志なんだから、というわけだ。

というわけで、始めるとします。

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 無限の時間があるのに今朝は... | トップ | 雨模様で始まったおじおば会の朝 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事