紅白歌合戦の始まり、というのか。
第一回目の紅白、厳密に言うと、紅白なんとか試合、だったかな。
合戦という言葉は、バトルと訳され、GHQの検閲にひっかかり。
名称を変えさせられた、というんだけどね。
ほんの少し前まで、鬼畜米英と言いながら、戦いをやっていて。
しかも、負けちゃったわけで。
そのアメちゃんが、劣等国を教え導く、という上から目線で、検閲するんだからね。
そりゃ、日本国民とくくった人々からしたら、頭に来ることも、多かったんだろうし。
それにも増して、戦禍の記憶、というより、リアルな体感が、残っている中、例えば。
並木路子の「りんごの歌」を歌うときの、ある覚悟の表情なんてのは。
なんとも言えなくてね、涙出てきちゃったしね。
そもそも、RADIO TOKYOなんて看板のかかっているビルの上の階に、GHQのなんとか本部があるんで。
クーデターを起こすと、革命政権は、メディアを占拠し、という、まんま、ベタな光景で。
国体が、いじり倒された、ということで、現在に至る様は、そりゃ、仕方ないかもね。
この間なくなった、岡崎久彦さんだったか、もと外務官僚さんね。
とにかく、アメリカの言うことを聞いていれば間違いない、とテレビ番組でおっしゃっていたけど。
外務省の芸風、というか、それほど、国体をいじり倒される、ってことの威力が、半端じゃない。
ということなんだろうね。
権力という言葉でいえば、幾分か、ゆるく聞こえもするけど、そりゃ、凄まじい物があったんだろうし。
なにせ、この間までの、自分の国の指導者が、絞首刑になるんだからね。
しかも、似たような行為でも、ある一群は、免罪になり、のちの首相にまでなったり、というね。
並木路子でいえば、東京空襲でおかあさんをなくし、おとうさんは、戦地から未だ帰らず、と。
星のながれに身を占って、なんて歌ね、街角に立つ娼婦の歌だけど、ありゃ、日本国民の歌だったんだろうね。
その後に続く、どこをねぐらの今日の宿。
荒むこころでいるんじゃないが、泣けて涙も枯れはてた、と。
こんな女に誰がした、って歌だけど、あの番組のあと、この詩を見るとね。
ある国の権力が解体されるときってのは、例えば、イラクで、スンニ派とシーア派、さらには、クルド人。
と、さまざまな勢力が、活性化され、混乱の極みになる、という例がわかりやすいし。
リビアでも、カダフィが殺されたあとのありさま、だよね。
それは、わが日の本でも同じで、左旋回したり、右旋回したり、あるいは、律令時代からの官僚制度だったり。
そんなことまで連想させる、紅白歌合戦をめぐるドラマだったな。
最後のシーンで、紅白どちらが勝ったのか、さて、発表です、の時。
松山ケンイチが、集計用紙を破り捨て、司会者にふる。
すると、司会者は、どちらが勝ったかは、視聴者のみなさんがお決めください、とアドリブで。
あれはなかなか、考えさせられたオチだった。
フィクションなのか、事実なのかは、わからないけどね。
この物語は事実に基づいたフィクションです、って、キャプションが流れたし。
それにしても、いい番組だった。
ネット雀は、それこそ、右旋回したり、左旋回したり、あるいは、時の政権の影響も受け。
という中、作り手の思いが伝わるものだったな。