今日は17:00に昼勤務を終えて、急いで「椿の道」のいつもの撮影ポイントへ
光の道に潮目の道も出来ていて
途中までいい感じで落陽していったけれど・・
水平線近くに雲があり、残念ながらダルマ夕日にはならずに
撮影ポイントのひとつの松崎海岸からは太陽が山に落陽するようになり、少しずつシーズンも終りかけて
それでも目の前に広がる太平洋の水平線全てが紅に染まる光景には感動
今までたくさんの人と出逢い、多くの別れを経験して 記憶の中から消えかけている事も多くて・・
年を重ねる毎に時間が速く過ぎていくようで・・ だから少しでも多くの風景を見逃さないようにこの目に焼き付けて
撮影:2012/10/30(MON) 足摺岬・椿の道からの夕映え
冷え込んでいて雲さえなければダルマ夕日になる可能性大の昨日 好きですねぇ~ いつもの撮影ポイントで待機
ほんとうに自分でもあきれるほど、この時期にしか見る事が出来ないダルマ夕日だから待てる??
水平線と雲のわずかな隙間に、このままで落陽してくれと祈りながら・・
この日、一番のお気に入りの夕景 雲の切れ間から顔を出した太陽が魅せてくれた光景
そして、シーズン入りして気温が一番低かったように感じ、今シーズン撮影した中で一番綺麗なダルマ夕日に
私は二つの太陽が重なるその瞬間のダルマ夕日が一番好きな光景です (この状態はダルマ夕日とは言わないのかもしれないけれど・・)
ダルマ夕日になる少し前、勤務先のホテルのマイクロが同じ場所に停車 (宿泊部長がお客様を案内したようで・・)
寒かったけれど最高のダルマ夕日を見る事が出来て喜んでいました (私は従業員とは言えず、写真好きな人として会話を)
*** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
少しずつ暮れ行く夕映え 「ダルマ夕日」だけ撮るのなら日没時間の10分前くらいでいいけれど・・
この暮れ行く夕映えの刻々と移り変わる光景を眺めるのが好きで、日没の約40分前からカメラを構えて
この先も寒い日が続きそうなので、機会があれば完全防寒で「ダルマ夕日」の撮影に通う日が
撮影:2012/01/26(THU) 県道27号線・足摺岬大戸からの夕映え&ダルマ夕日
昨日は夕方頃より雪が舞う寒い一日で、積もるかなぁ~と思ったけれど・・
写真は竜串・レスト竜串さん前からの風景 気持ちのいい青空が広がってはいるけれど
風がめちゃくちゃ冷たくて、指先が切れるかと思うほど・・ だけど太陽の陽ざしが暖かくて
それでも、あまりの冷たさに我慢できずに、撮影を終えて車に逃げ込みました 寒さが極端すぎる
そして、R321サニーロードの国道沿いでもよく見かける良心市
ここは「レスト竜串」さんの入口横にある良心市
安いと思いませんか? 一袋1kg入りで200円 スーパーだと500円くらいはするんじゃないかなぁ?
多少、形は悪くても味は美味しい! 商売っ気なしで提供 その気持ちが温かい
撮影:2012/01/26(THU) 竜串・レスト竜串さん前の風景&良心市
ミス高知 と呼ばれる日本人形(市松人形)をご存知でしょうか?
アメリカのカーネギー自然歴史博物館に一体の日本人形があります
名前は「ミス高知」 1927年(昭和2年)10月3日生まれ 身長85cm
1927年(昭和2年) 日本とアメリカの子供たちの間で友情の人形交換が行われたことがありました
日米間で移民労働力をめぐって摩擦が生じ、国家間の対立へと発展しようとした事が・・
その時、アメリカの子供たちから約一万二千体の「青い目の人形」が日本の子供たちに送られてきて
「青い目の人形」はいずれも「ひな祭りの仲間に入れてやってください」との友情の手紙を携えていました
これにこたえて、日本の子供たちからお礼の人形・五十八体がアメリカに渡りました
しかし、1941年(昭和16年) 日米開戦により子供たちの人形に託した友好の人形交換のメッセージは砕かれました
その後、戦争の激化により日本では「青い目の人形」は「敵性の人形」として、踏みつけられたり、焼かれたりしました
その中でも「人形に罪はない」と大切に守られてきた人形もありました
高知では室戸市の佐喜浜小学校の「エミリー・キャサリン」など、カーネギー自然歴史博物館にある「ミス高知」は数少ない人形の一つです
人形大使「ミス高知」関係年表より(抜粋)
1927年(昭和2年)1月4日 「青い目の人形」 167体がサオベリア丸でサンフランシスコを出発
1月17日 サイベリア丸横浜入港 以後、続々と「青い目の人形」が送られてくる
10月3日 「ミス高知」完成、お披露目
11月10日 「ミス高知」など58体の「答礼人形」が天洋丸で横浜港から旅立つ
1941年(昭和16年)12月8日 日本軍、ハワイ真珠湾を奇襲 米英に宣戦布告
1943年(昭和18年)2月 「青い目の人形は憎い敵だ」の新聞記事がでる
このころ、各地で「青い目の人形」は敵性人形として処分される
1945年(昭和20年)7月4日 高知市大空襲を受ける
時を経て・・
1975年(昭和50年)10月 室戸市・佐喜浜小学校の教具室で「エミリー」発見!
1992年(平成4年)4月4日 人形大使「ミス高知」里帰り推進会議結成
1993年(平成5年)3月3日 「ミス高知」 歓迎レセプション
4月29日 「ミス高知」さよなら展示(5月4日)まで
66年ぶりに里帰りした「ミス高知」を振り返る雑誌 1993年(平成5年)2月24日高知新聞社より発行された
海を越え、時を越えてー おかえりなさい「ミス高知」より写真&文献を引用させてもらいました
*****************************
今年、85才となる「ミス高知」 遠い地で今の日本をどのような想いで見つめていることだろう
日本人はこのような人形を単なる「おもちゃ」とは考えない特別な感情で接してきました
以前はお互い見知らぬ他人でも、昔からの友人のように接してきたはずです
久々にこの雑誌にふれて、人形は何も語らない、でも何かを訴えているような気がして・・
*******************************
おかえりなさい「ミス高知」の雑誌の中より
土佐の海から船にのり、遠いお国へ旅立った
つぶらな瞳は何を見た ちいさな胸は何おもた
人形は何も言わないで、静かに心に語りかける
* * * * * * *
遠いお国でくらす日は 雨のふる日があるかもしれぬ 故郷を想う日もあるかもしれぬ
けれど黒髪濡らさぬように けれど瞳を濡らさぬように
* * * * * * *
海のむこうへ行ったなら お人形さんは何して遊ぶ
青い目をした友達と ひとめ、ふためと羽根をつく
今、各地でB級グルメや地産地消などの取り組みがなされている それはそれで大切な事だとは思うが
先人達が遺してくれたものを今一度みつめなおすのも、今だからこそ大切な事のように思う
今日は曇り空ながら暖かく、その陽気に誘われるように自宅周辺をぶらり散歩に
数年前に見つけ、咲くのを楽しみにしていた国道321号線沿いの冬桜が数輪の花を咲かせていました
車が行きかうこんな環境の中でも、忘れずに咲く時を感じ花を咲かせる 「あんたはえらい!」
そして、海辺に咲くスイセンも・・
穏やかに寄せる波の音だけしか聞こえない誰もいない海 桜浜(海水浴場)
ここは私がちょっと時間が空いたときに釣り糸をたれる場所
掌サイズの小さなコッパグレ(メジナ)が多く、楽しませてくれる所 少し波があれば時にはいい形の石鯛も
のんびりと竜串海岸を散歩 波の音とときおり通り過ぎる風が心地よい昼下がり
撮影;2012/01/18(WED) 竜串散歩(今日は休館で作業もなく休みになって・・)
足摺岬先端からは車で10分ほどの所にある松尾集落 (赤い点線はトンネル工事の予定とか?)
ここは「アコウの大樹」「吉福邸跡」などで有名ですが、違う名所を紹介
今回は「旦那さんの墓」と「灯明台」の紹介を
バイパスとなっている道路からすぐ近くにこの二箇所の名所があります
「旦那さん(角屋与三郎)の墓」
「灯明台」 松尾金比羅宮・石灯籠 階段を登ってくると松尾集落と太平洋が一望できます
旧道の松尾集落を行く路線バス 一時間に一本くらいの本数ですが、車を持たない人達には重要な交通手段
時々、マイカーではなくてバスを利用することがあるけれど、岬めぐりのバスは走る~ でいいもんです
撮影:2011/12/30(FRI) 松尾の名所案内
元旦は一日中曇りで太陽の顔を見る事が出来なかったけれど、2日はやっと南国の太陽が戻ってきて
足摺岬展望台から見る太平洋も、いつもの見慣れた風景に (ちょっと風が強く寒く感じたけれど・・)
初詣に来るお客さんを迎える第38番札所「金剛福寺」前には屋台もでて
岬に先端には交通規制で行く事が出来ないため、市営駐車場に車を停めた家族連れが・・
カレンダーの影響か? 駐車場にも余裕があり例年と比べるとずいぶん少なく感じたけれど
この時期に何故か菜の花が咲いていて
昨年は色々とコメントをいただき有難うございました。
今年も色々な風景をアップできればと思っています。今年も宜しくお願いいたします。
撮影:2012/01/02(MON) 初春の光が降りそそぐ岬より