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アフガン米撤退で露中イランらが大安堵のヘロイン問題  文科系

2021年09月13日 13時42分54秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)

 「マスコミに載らない海外記事」のサイトに、アフガン米軍撤退についてある秘話が載っていた。秘話と言っても知る人ぞ知る、アフガンは世界のヘロインだかケシだかの、時には95%の生産地だったとか。2001年の前のタリバン政府では宗教上固く禁止されたこれが、米軍支配になってからまた急増したのである。それがこの撤退によって・・・。

『 ヘロイン取り引き崩壊はアフガニスタンにおけるアメリカ敗北の主な恩恵 2021年9月7日 ジェームズ・オニール New Eastern Outlook

 40年後、アメリカによるアフガニスタン占領は最終的に終わった。この国におけるアメリカの関与は、1980年に始まったソ連による占領に応えて始まったので、私は40年と言う。ソ連が1989年に撤退した後でさえ、ソ連による占領に反対するムジャーヒド戦士をアメリカは支援し、決して本当に止めなかった。アメリカの期待に反し、アフガニスタン政府は、更に三年続いた。

 それは完全にアメリカの世界観と一貫しているが、彼らは2021年にアフガニスタンから撤退するだけではなく、破壊の小道を残さざるを得なかった。カブール空港を機能させていた施設は全て破壊された。この無慈悲な破壊を、執念深いと呼ぶのは控えめな表現だ。

 アフガニスタンからの撤退が、世界に広く認められたアメリカの決定からほど遠いことはよく知られている。この決定は間違っていたと強く主張し続ける強い勢力があったし、あるのだ。この抵抗の要素は私利だ。タリバンが、ケシ畑を破壊する1990年の政策を繰り返せば、アメリカは不正収入の重要な源を失う立場にあるのだ。2001年のアメリカ侵略時、世界に大変な殺戮をもたらすヘロインの源であるケシ畑は、ほとんど、もっぱらタリバンが支配し損ねた領域にのみ存在し、元々のケシ畑の5%以下しか残っていなかった。今タリバンが実質的にアフガニスタン領の95%以上を支配しており、残っている小さな地域は、ケシ栽培能力が知られていない。既にカーブルの新政権に接近しているロシアと中国両政府は、ケシ栽培と、今年世界ヘロイン生産高の90%以上になったものの生産に対し、タリバンが同じ非寛容政策を追求するよう期待しているのを明確にしている。

 アメリカ撤退の帰結的意味についての議論で、欧米メディアがほとんど全くケシと、ヘロイン生産を無視しているのは注目に値する。この沈黙の理由を理解するのは、さほど困難ではない。欧米メディアは、アフガニスタンにおけるアメリカの関与が「民主主義構築」の動きだったという意見を長い間支持してきたのだ。ヘロインの世界最大供給元だと認めるのは、欧米が描こうと努力した利他的イメージと適合しなかったのだ。欧米メディアの侵略描写で、ほぼ完全に欠如しているのは、2001年のアメリカ侵略による最も初期の結果の一つは、ケシ生産と、それ故ヘロイン供給の急速な増加だった事実だ。欧米の言説で同様に欠如しているのは、この生産が、栽培のみならず、生ケシのヘロインへの加工と、更に、世界中への物流を、CIAが断固手中に収めた、ほぼ、もっぱらアメリカ事業に過ぎなかった事実だ。そういうわけで、それは、多くの国々の政府に影響を与える彼らの世界計画の一環として使われるCIAの不正資金の重要な貢献者だったのだ。

 このヘロインまん延の結果、苦しんだ三国は、中国とイランとロシアだ。そのために新タリバン政権への、これら三国の支持条件が、彼らが前回権力の座にあった時、タリバンのヘロインに対する執念深い嫌悪を再開させることなのは、ほとんど驚くべきことではない。欧米メディアは、この話題に関する新アフガニスタン政権の見解に、ほぼ完全に沈黙している。だが彼らが前回、権力の座にあった時の彼らの敵意が、どんな形であれ弱まったと信じるべき理由はほとんどない。生産管理は、これまで何千人ものアメリカ請負業者、すなわち傭兵の監督下にあった。またしても、欧米メディアは、アメリカ撤退計画の一部ではなく、おそらく残留するままでいる、これら何千人もの人々の運命については、驚くほど静かだ。新政府下で、連中が、どれほど長い間持続するかは結論の出せない問題だが、彼らは非常に長い時間、い続けるのを許されることはありそうもない。ヘロイン生産に協力した地元指揮官連中の平均寿命は短い。彼らはタリバンによる権力奪取に抵抗し続けると予想されるが、それは崩壊の運命にある抵抗だと思われる。

 ケシ栽培の差し迫った破壊は、代替物という明白な問題を提起する。この産業を養えるだけの十分なケシ栽培に適した場所は世界中ごくわずかだ。裁培業者は主にインドシナの前の生産地域から排除されており、近いうちに中国政府が栽培再開を大目に見ることはありそうにない。ケシ栽培代替源の欠如は、供給を拒否される中毒者たちの世界的な問題を生み出す可能性が高い。供給損失の影響への対処は、とりわけ、両国とも近年中毒が激増しているパキスタンとイラン政府にとって深刻な治療問題をもたらすだろう。長期的には、供給を奪われた中毒者の問題に対処するのは、絶えず増加する中毒者に対処するより小さな問題だ。それゆえ、アフガニスタンからの強制されたアメリカ撤退の主な恩恵の一つは、ヘロイン中毒の世界的流行の低減だろう。近年の成長と繁栄が、もっぱらアメリカの責任である、この恐ろしい商売の崩壊に、さほど多からぬ涙が流されるだろう。欧米メディアが、この事実を論じるのを嫌がっても重要性が減るわけではない。

 ジェームズ・オニールは、オーストラリアを本拠とする元法廷弁護士で地政学専門家。オンライン誌New Eastern Outlook独占記事。』

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目次紹介、『これから始まる「新しい世界経済」の教科書』  文科系

2021年09月12日 11時55分58秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など

 これは、ノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ(43年生まれのアメリカ人)が書いて、徳間書店から2016年に翻訳・発刊された著作である。アメリカで今このように従来経済学の誤りについて深刻な反省が始まっているのに、日本では今またまた「サナエノミクス」? これでは、日本人経済学者、森嶋通夫が書き遺し、今も進行しているように「なぜ日本は没落するか」を地で行くようなものだろう。今の日本経済は、官製バブルで没落企業を厚化粧しているだけ、この書が述べる中間層の没落、格差などは二〇世紀から始まっていたのである。この本の大きな目次だけでも、まず紹介しておきたい。ちなみにこのスティグリッツは、日本人経済学者、宇沢弘文の秘蔵弟子であり、リーマンショックへの国連総括書を書き上げた委員会の長を勤められた。つまり、リーマン後の世界各国経済に最も通じた世界的経済学者なのである。なお、この委員会には日本人としては榊原英資が参加されていた。また、この委員会については、発足話が出た当初から最後まで、アメリカが猛烈に反対してきた経過が有名である。

 

・はじめに  今こそ「新しい世界経済」へ大転換する時
 解決策は、経済ルールの書き換え
 経済についての既存の知識は間違っていた
 世界で同じ問題が進行
 今こそ絶好の機会

・序章  不平等な経済システムをくつがえす
 経済を機能不全にした従来のルール
 古い経済モデルのどこが間違っていたか
 新たな手法  制度の構造的不均衡を是正する
 ピケティの説明は充分か?
 三〇年間の間違った道のり
 改革のターゲットは経済ルール
 本書の構成

・第1部  世界を危機に陥れた経済学の間違い
 第1章 〝自由な市場〟が何を引き起こしたか(10項目の記述がある)
 第2章 最富裕層にのみ奉仕する経済(同、10項目)
 第3章 なぜ賃金は低いままなのか(同、14項目)

・第2部  地に墜ちた資本主義をこう変える
 第4章 最上層をいかに制御するか(同、22項目)
 第5章 中間層を成長させる(同、29項目)

・おわりに  アメリカ型グローバリズムをゆるすな
 テクノロジーとグローバル化が犯人なのか?
 テクノロジーと賃金格差
 グローバル化でバラまかれる不平等

 

 

 

 

 

 

 

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政権与党が狂っている  文科系

2021年09月10日 15時08分21秒 | 国内政治・経済・社会問題

 各国で選挙が普通の世界になってからも、一国の政治中枢が狂い、国が狂う時があるもの。「近衛・東條」時代の日本。ヒットラーのドイツ。スターリンのソ連。嘘の理由に国民が熱狂してイラク戦争を始めた時のアメリカ。この「イラク戦争有志国」に志願参加したイギリス、イタリアなどは、その政権がすぐに潰れたものだった。さて僕は、今、この瞬間のわが国の政権与党も狂っていると観る。それほどに、政治が狂う時があるとは、一体どういうことかと考えてみたい。

・重症者や死者が増えると分かっていて「安心、安全にやる」と、願望だけが先に立った(空)約束をして五輪に突入し、結局玉砕した菅。政治が守るべき最も大事な目標が国民の命ということを忘れ果てた暴挙と、その成れの果てであった。
・このコロナ渦初期において「学校休校」を「要請」して義務教育なども数ヶ月止める挙に打って出たにもかかわらず、結局アジア有数の感染国にしてしまったという、粗暴かつ無能すぎる政治。
・そして今、国民生活が行き詰まった困窮のこの瞬間、国会を開かぬ憲法違反を重ね続けたのにこれは問題にならずに、政権与党の総裁選騒ぎだけが特にテレビ・マスコミの話題になっている国なのである。新総裁が選ばれれば、コロナが鎮まるとでも観ているような勢いである。
・その政権与党の総裁選争いもまた狂いに狂っている。「安倍政治の継承」で「サナエノミクス」?? 「2%目標」は何年たっても達成出来そうもないしして、これははて「モリカケサクラ」、「政党交付金含む1・5億円で贈賄選挙」、「嘘八百答弁」などを継承する、とか??
・もう一人の有力候補がさて、官僚仲間では「パワハラ大臣」で通るお人だ。

 さて、これらの狂いすべてが一つの焦点に収斂していくのである。たった一言「権力亡者」。権力にとりつかれ、他の一切はその手段となった人々なのだろう。哲学者ニーチェが「権力への意思」と名付け、生の本質、根本衝動と観たあれである。ニーチェは一生かけてこれを証明するその著作を書いてきたが、東條、スターリンや日本の現与党政治家らはあまりにも浅くかつあからさまに、これを「体現」している。政治家らしい正義はすべて投げ捨てて、恥も外聞もなくそうしていると見え見えなのである。こんなことは、いまなお与党最重鎮に鎮座する安倍晋三氏の来歴を観れば誰でも分かる一目瞭然。「私か妻が(モリトモに)関係していたら、総理どころか議員も辞めます」という言葉は、その「関係」がそれほど恥ずかしいことだということを意味していた。その上で、事実「関係」していただけではなく、そこから財務省が「忖度」でズブズブにされた結果、1人の役人の鏡が死んだのである。だのに辞めないという二重三重の罪を犯して来たわけだ。まるで日本の政治が政治権力者の力、権力を延ばすためにだけ存在するといった光景ではないか。行政省庁のこんな堕落を招いてきた政治家らに投票してきた人々って、いったい政治に何を期待しているのだろうか。不思議で不思議で・・・・。

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選挙に勝って、安倍を牢屋に!  文科系

2021年09月09日 10時39分30秒 | 国内政治・経済・社会問題

 表題のことをどこかで読んだ気がするが、今絶好の選挙公約と言いたい。このこと抜きには昨今の日本政治劣化は正されないのだし、検察もこれを期待しているという思いも込めて。ちなみにプレジデントオンラインのこんなふざけた記事を追い落とすためにも。

『「菅首相は自民党の救世主だった」総裁選が話題になるほど自民党の支持率が上がるという皮肉
自民党の支持が飛躍的に伸び、野党は停滞している
 自民党総裁の座をめぐり連日サプライズが続く自民党劇場。その中で立憲民主党ら野党は、すっかり霞んでしまっている。1週間前には政権交代を目指して鼻息が荒かったのだが、随分雰囲気は変わってしまった。背景には、テレビを中心としたメディアの報道が、総裁選一色になっていることが原因でもある。(以下略)』

 牢屋に入れられる何よりの理由はこれ。「個人選挙対策パーティー」と堕した国家行事「桜」は国費の不正支出であって、しかも確信犯。加えて、その前夜祭にかかわる公職選挙法違反は「不起訴不当」を通り越して「起訴相当」のはず。検察には胸に手を当てていただいて、是非、民主党政権を潰したに等しい陸山会事件と比較してみることをお勧めしたい。ちなみに、検察はこのことについて次の選挙結果を見ている側面があるにちがいないのである。「主権者の選挙で選ばれた議院内閣制の首相の是非は、まず主権者が決めること」と。ここは、自民党が選挙で大敗すれば検察も動き出すと期待したい。

 モリトモは安倍の名前による国有財産詐欺(未遂)事件なのであって、これを打ち消す報告書偽造による未必の故意殺人事件に加えて、日本の官僚をすっかり堕落させてしまった。公務員の鏡を自殺に追い込み、公務員の「恥」を安倍が出世させたのだから、安倍の力ある限りこんな事が続くことになった。それが忖度というものだからである。カケイは文科行政を歪めたし、かてて加えて、河井克行への1・5億円支給では政党交付金の不正支出に引っかかって来るはずだ。河井だけに出したこの大金がなければ起こらなかった事件だという意味において、この重大犯罪幇助の罪である。さらに究極の悪事はこれ。裁判への起訴権を唯一握る検察庁の、その検事総長人事を自分の恣意的やり方に換えようとした。これはつまり、三権分立の破壊工作なのである。さて、これだけの権力だけ、自分勝手人間は我々の税などを自分の権力維持のためにしか使わないと考えるのが当然だろう。つまり、良い政治などは期待できるわけもないのである。

 加えるに、これらモリカケサクラすべてについて安倍は、国会でどれだけ嘘をついてきたことか。証人喚問なら何回偽証罪に引っかかっているだろう。これらすべてが偽証と、すでに証明済みのことなのである。それほどに、国政を論ずる国権の最高機関という場所を汚してきた罪は、政治家としてはまさに万死に値しよう。

 さて、こんな「安倍氏の政策を継承する」という総裁選候補までが現れたというのは、そもそも一体、どう理解したら良いのか。「モリカケサクラ」、「1・5億」、「嘘八百答弁」までを継承って?? 

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国会を開け!  文科系

2021年09月08日 12時14分10秒 | 国内政治・経済・社会問題

 このコロナ渦中の間中もずっと、与党は頑なに国会を開こうとしない。批判されると、「コロナ対応に専心」と応えてきた。だが、コロナ下五輪強行への批判や、それ以上に「モリカケ桜」の再燃を総選挙を前にした今、びくびくと徹底忌避してきたというのが実態だろう。 ただでさえ、「コロナ下の五輪」という総選挙向けの賭けに失敗した菅首相の沈没、「桜」の「不起訴不当」など、総選挙を前にしては触れられたくない論点が多すぎるのである。
 ここでちなみに、国会質疑における安倍・菅の答弁を思い出した。「お答えは控えさせていただきます」はまだしも、質問と無関係な「演説」をダラダラ喋る「すり替え・時間つぶし答弁」、ウソやご飯論法の連発。これらは、質問相手を人としてさえ馬鹿にした態度であって、国権の最高機関・国会を冒涜するものだ。

 安倍首相ら自民党国会議員諸氏に問いたい。特に、日本会議に名を連ねた国会議員諸氏に。「広く会議を興し、万機公論に決すべし」を何と心得て来たのか。江戸城総攻撃目前の1868年3月、天皇と倒幕派諸侯らが皇祖皇宗に誓い合った儀式までもって発布された五箇条の御誓文、その第一条である。この誓文にちなんであなた方を観るならば、「会議はやらぬ」、「公論ごめん、私論で結構」どころか、反対者を人間とも遇しない態度ではなかったか。ウソ八百とか「時間つぶし」、「ご飯論法」などなどの答弁以上に、国会を逃げ回る態度こそ君らの信じる皇祖皇宗に申し訳なくはないのだろうか。それとも、この皇祖皇宗も方便に過ぎぬ?? 因みに、以下は君らの政治信条の言葉ではなかったのか。
『私たちは、皇室を中心に、同じ歴史、文化、伝統を共有しているという歴史認識こそが、「同じ日本人だ」という同胞感を育み、社会の安定を導き、ひいては国の力を大きくする原動力になると信じています』(「日本会議がめざすもの」から)

 こういう「同胞感」のない人は、公論の相手、対等の人間とは扱いません、と? それならば積み重なってきた国会軽視の「理屈」は通っていようが、これはこれで別の問題が生じてくる。あなた方の目指す国家が、全体主義国家であるという問題になる。

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八十路ランナーの手記(369) この20年走力の変化   文科系

2021年09月07日 18時47分41秒 | スポーツ

 僕の拙いランナー歴、始めてから今までのことを簡単に書いてみる。

 僕がランナー入門したのは、1999年58歳の時。ついでに述べておけば、長距離というものの体験は高校までの校内マラソン大会以外にはない。最初に10キロマラソンに出た01年の記録が49分22秒。翌年02年にはもう不整脈が、特にスピードを上げた時に出始めていた。10キロマラソン途中でも心房細動で2度歩いて(歩くとすぐに納まるので)また走った結果が、51分51秒。最後の10キロマラソンはもっと頻繁に歩くようになっていた07年のことで、54分18秒。ランナーは心房細動が多いと聞いていたので、慢性細動になったら即完治療法であるカテーテル手術をと備えていて、10年に手術2回で完治。その後医者はラン禁止と言ったが、12年に心拍計を付けて速歩、大丈夫なのを確認しつつやがて走り出し、12年秋にはランナーに完全復帰。

 以降は今日まで、不整脈は出ていない。が、無理はできないのでレースに出ることは止めにして、完全な健康目的ランナーである。その僕流の定義は、活動年齢をできるだけ延ばすためにということ。ちなみに、こういうランの甲斐もあってか、「正式なスクワット」(膝から足首までが地面に直角で膝が90度曲がった状態まで曲げる)が今も100回以上はできている。それ以上はやったことがないのだが、多分150回も大丈夫だ。これはランよりずっと長く、子どもの頃から慣れ親しんできて今でも現役の、ロードレーサー・ツーリングの賜だと解している。

 次に、その後15年以降の記録変化を時間制限30分というジムマシンの30分×2回の距離で表してみる。手帳に記された各年ランの最高が、こんな風に変化してきたということだ。なお、以下の記録は、その都度冒頭に必要だったウオームアップ歩行、走行も含んでいる。
15年11月7日、10・2キロ(5・0+5・3キロ)。
16年1月11日、10・3キロ(5・0+5・3キロ)。
17年9月4日、9・1キロ(前年、前立腺癌の治療を長く受けたその影響が長引いた)。
18年12月22日、9・6キロ。
19年12月16日、9・4キロ。
20年1月19日、9・4キロ(4・5+4・9キロ。
21年1月10日、9・3キロ(4・5+4・8キロ)。
 19年には胃の手術で、20年には白内障手術と、それぞれ1か月走行禁止期間があった。その影響から脱せぬままに、ちょっと基礎体力も落ちてきたようだ。ちなみに、17年から取り入れた外走り現在の1時間なら、9キロはとてもこえられないと思う。この9月になって僕として初めて設けた月間走行距離目標120キロ超えという練習で、走力向上を図ってみたい。以上のどこまで回復できるかなということだ。

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加藤陽子さんの「そのような体験がゼロのお方」って?  文科系

2021年09月06日 15時41分56秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など

  米軍史上最長の戦争・アフガン戦争が終わった。米全軍が米民間人も含めて、逃げるように撤退して行った。だが、この戦争の後に始まったイラク戦争はまだ続いている。このことをどれだけの日本人がご存知だろうか。イラク国会の「外国軍はすべて撤退せよ」という決議にもかかわらず、その要塞のような米軍基地(飛行場はもちろんプールや映画館など娯楽施設もあるのです)に未だに居座っている。駐留許可の無い軍隊駐留は戦争行為なのである。
 
 さて、アフガン戦争総括が今始まったし、イラク戦争の総括も必要だ。何よりも、イラク戦争の国民を熱狂させた理由となった大量破壊兵器がなかったことや、大きく「テロとの戦い」とは何であったのかを含めて。そして日本が、集団安保条約の運用法を変えてまでこの「戦争に加わっていった」事を今日本はきちんと総括すべきだ。今後の米(中)覇権闘争を主体的に考えうるためにも、日本にとって重要すぎる課題だと思う。過去の日本はこと対米外交については、こんなにトロイ論法を使っていたのであるから。という典型的な以下の文章(紹介)も、テロとの戦い総括の重要な一環になるだろう。 

 【 なんと愚かな「国防」人事!  文科系 2014年01月16日

 新設された国家安全保障局の局長に、谷内正太郎氏が着いた。去年新春の中日新聞で、内閣官房参与(元外務次官)として以下のようなインタビューを語った人だ。その末尾のこんな言葉から彼の人格が分かるのだが、こんなイーカゲンな人が国家防衛の中枢?! まるでペテン師のような人格、お人だと思う。こんな人物を内閣の「目玉」新施策の責任者にする?! 日本、安倍内閣って本当にトロイ国、政府だなと思うしかない。
 自民党幹事長は軍事オタクの国防族。近ごろしきりに「国防精神」を上から目線のように説かれている方だが、その思考程度も手に取るように分かるというものだ。こんな人事を敢行したのであるから。

『集団的自衛権については、自らが攻撃された時は他の国に助けてもらう、その国が攻撃された時は「われ関せず」という態度は責任ある大国としてありえない。集団的自衛権は国家の品格、品性に関わる問題だ。米国も、そのような日本の貢献を期待している』

 谷内氏は「国家の品格、品性」などと語ったが、相手を見て物を言えと言いたい。
 最近の米国というのは、嘘の理由で国連の反対を押し切って有志国だけでイラク戦争を起こした国だ。この戦争で無数の自国、他国の50万人だかを殺し、後になって大統領が『あれが嘘だとは全く知らなかった』とテレビで堂々と泣き言を語った国だ。因みに、我が日本政府・外務省は、嘘の理由に丸め込まれて参戦し、莫大な出費で今問題の国家累積赤字をさらに積み上げることになったのだが、なお「もっと汗も血も流すべき」などと侮蔑的言葉まで浴びせられ続けたのではなかったか。
 こんなふうに二重に踏みにじられた侮辱について、外務省などからその後、何か釈明とか、相手への抗議でも、あったっけ?

 さて、こういう相手に「国家の品格、品性」をもって対せなどとは、馬の耳に念仏、蛙の面にナントカで、一銭つぎ込む価値もないどころか、ペテンに掛けられるのが落ちというもの。谷内さんに尋ねたい。集団的自衛作戦に品格をもって付き合っていく今後に、またしても嘘の理由で戦争を起こされて、日本や世界の若者などが無為に殺されることはないという保証がどこにあるんです? そういう保証をどこで確認できたのです? 当方が品格をもって遇するべきは、品格のある相手でしょう。こんな重大な背信行為国相手に「国家の品格、品性」を国民にお説教とは。貴方のこの言葉、まるで騙りのようなものだ。

 さらに加えるに、こんなトロイ言葉を新聞という公器でもって不特定多数国民に説いて恥じないこの神経! これは、凄く意識して国民にお説教しているのである。
(以下略。今回は) 】


 さて、こんなふざけたような子供だまし論法が堂々と通されてきた日本なのだ。政治家がトロイから、こんな安保局長も出てくるのだろう。こういう政治家のとろさについて、今朝の朝日新聞で加藤陽子東大教授(日本近現代史。政府に拒否された学術会議会員候補のお一人だ)がこう述べていたのが、まさにナルホド。
『為政者の学問が足りないと思う。学問がある方には、専門家の言葉が大事だという体験がある。そのような体験がゼロの方には、専門家の言葉は説得力をもたないのだろうと思います』 
  「そのような体験がゼロの方」って、まーなんと厳しいお言葉! 一体誰のことなのでしょう。僕は真っ先に安倍さんを思いましたね。 

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菅『敗戦』、安倍『転進』?  文科系

2021年09月04日 10時58分54秒 | 国内政治・経済・社会問題

 菅退陣。事前通告を最初に受けたはずの二階幹事長、第一声は、「うそだ!」だったそうだ。菅「敗戦」を、安倍・自民の「転進」にしてはならぬ。そういう意味をこめて、二つの旧稿を再掲させていただきます。前者は、結びだけの抜粋。後者は、長文の全文で失礼しますが。 


8月3日エントリー、「朝日、『桜』社説」、その結びから

【 どんな物事にも内容的に軽重がある。そして、この桜にまつわる諸々の経過は、こんな事を「不起訴」として許してきたから選挙と地位だけという権力亡者のやりたい放題の国家になっているという理屈を示している。だからこそこの五輪が、国政最大の目標、国民の命を賭けてまでやる理由も説明されずに強行開催されているのは、古のこんな「人を食う」故事をも示すことになってしまった。
「苛政は虎よりも猛々し」 】

 

 【 安倍晋三、過誤の根深さ  文科系 2021年07月28日 13時24分27秒 | 国内政治・経済・社会問題

 安倍・管政権がやったことは、特にこの五輪強行をこそ含めて、今後のためによくよく総括が必要だ。まともな職が全くなくなったとか、日本人一人当たり購買力GDPが目も当てられないほどに続落、韓国にも追い抜かれたとか、こんなどん底の時代だからこそ、「一体、何をやってきたのか?」ということで。

 管は官房長官時代も含めて「人事で政治をやる」と広言してきた。これは、反対者は排除するということだ。こんな事を始めたら、周囲はイエスマンばかりになって、自身は全く無能な裸の王様が出来上がる理屈である。裸の王様には「無能な裸の大様だ」と語る純真、正直な子ども出てくる理屈で、そういう人々をもどんどん叩き続けて、超長期政権ができあがった。そうなったからこそ、安倍、管は、近代民主主義国家では手を付けてはならぬとされた人事にまで、介入し始めた。検事総長人事や学術会議人選問題は、そういう成れの果て、大きすぎる問題性をはらんだものである。

 安倍は何故、検事総長人事までを自分が握るという、その寸前まで至ったのか。三権分立の長期的根本的意味も分からなかったのだろうが、ただ自分のやりたいことを続けた成れの果てと言うだけだったと確信する。これが民主主義国家の最後の防衛線であって、ここを揺るがそうとすると自分自身もどうなるかというその意味も含めて理解が難しい問題なのだ。それどころか、こう考えていたと、僕は確信する。
『三権分立、そんなのどうでも良い。おれが三権の上に立って日本会議路線を実現していくことこそ、日本を良い国にできる道なのだ』
 三権分立って抽象的すぎて、目の前の問題だけという実際的思考には理解できない事項と思う。「俺が独裁者になる?? まさか」というだけ。

 日本学術会議問題も同じこと。何故学問の自由が大事なのか。これは凄く抽象的な問題だ。そもそも学者というのが、特に人文社会系の学者は、「今のここの」問題を考える人々ではない。それどころか、人類史を研究して、30年後50年後をも考えたいというような人々である。そういう学術会議人事問題を「今俺らを批判している」という問題意識だけで手を突っ込んだのは明らかである。これは、学者の力を削ぐことであり、こんな思考は自然科学や応用科学でさえその基礎的基盤を崩していくような思考である。これは、国力が長期的・根本的に損なわれるということでもある。

「検事総長人事改変」や「学術会議6人拒否」について、ただわがままで、無自覚にして無教養すぎる安倍には「三権分立破壊」とか、「焚書坑儒」とかの意識は全く無かったのだろう。ただ、「当面の問題を自分の望むように一歩進める」と意識していただけで。がしかし、これは確実に三権分立破壊とか、焚書坑儒のルビコンを渡ることになっていくことなのである。そういう恐ろしさを安倍が無知なだけに無視できたのだろうと思う。

 美濃部事件とか滝川事件とかは、このような流れのすぐ鼻先のことに過ぎなかったはずだ。あの東條英機でさえこう語っていた。
 独裁者にも「(自分が先頭に立って作ってきたのに)もう止められなくなった時流」というものがある、と。ある独裁的政治家が最初何気なくやったことが民の中に熱狂の時流を作っていき、それが自分をいっそう独裁者に育て上げていって、気づいたら独裁者にも止められぬ流れができていたと、あの東條が語っていた。戦前の「東條熱狂支持時代」の初めの頃には、「自分が引っ張らなければ、国に重要なことを何もできない」と語っていた彼にして、こうなのである。

 今の「無理筋」五輪自身も、こういう流れの成れの果てと感じるばかりではなく、安倍・管がこの五輪に込めた思いの通りに次の選挙に勝てば、間違いなく「東條時代」がくる。反対者を刑務所に入れるということのない「民主主義」的全体主義だけに、怖いと思う。以上のように政治的無教養な安倍が日本最長政権になったという歴史自身にもうこの怖さが潜んでいるのではあるが、だからこそ検事総長人事も学術会議人選問題も起こったのだった。これらの事件が、後世美濃部事件、滝川事件のように語られる時が必ず来ると思いたい。裁判への起訴権を握る検事総長人事を内閣が握ろうとした、学術会議会員を内閣が決めようとした、政治にとって最も重要な日本や世界の多数の命を賭けていると誰の目にも明らかな五輪を開いてしまった。】

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森保無能示した対オマーン敗戦   文科系                      

2021年09月04日 10時39分44秒 | スポーツ

 サッカーマガジンの記事に、元川崎守田のオマーン戦評が載っていた。オリンピック敗戦の原因にも重なって思い当たり、我が意を得たりということで紹介したい。

『 「相手が強くなるほど、簡単に縦パスは通らない。うまく幅を取ったり、相手にとって嫌な立ち位置、人に使わせるスペースをつくる立ち位置を共有できないと、なかなか僕たちが描く縦に速い攻撃を仕掛けられないので。それは誰かが足りないというよりは、共有力の問題。みんなが同じ絵を描かないといけない。自分が入ったら、まず立ち位置の修正を必ず声をかけてしたいと思っています。あとはボランチが重かったりとか横並びになり過ぎていたので、かき乱すような動きや、縦関係や斜めのようなポジショニングを取ることが必要になってくると思っています」  攻撃の立ち位置は良い守備を実践することにもつながる。ボールの失い方が悪く、オマーンに何度も進入を許したが、「攻撃の段階で立ち位置が悪いとすぐに守備に切り替えられない守備になってしまう。攻撃の時にいかに良いポジションを取って攻撃できるかだと思います。それが組織的な守備につながっていく」と守田は改善点を挙げた。』

 オリンピックにおける二つの敗戦にも、僕は同じ事を感じた。組織戦略、というよりもそれ以前の「立ち位置」の問題は、川崎、横浜、鳥栖辺りの選手なら皆見えるはずのことだ。ここが悪いと攻撃はもちろん、守備にすら攻勢が取れず、追いまくられてしまう。

 これはもう、ずっと示されてきた森保の限界がまた示されたに過ぎないのだから、替えた方が良い。選手は史上最強なのに、この監督では宝の持ち腐れ。監督のせいで、川崎か横浜を丸丸出した方がはるかに良いと思えてしまう。

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スティグリッツの、師・宇沢弘文紹介文から   文科系  

2021年09月03日 00時39分52秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など

 あるブログ友のエントリーで、2014年に亡くなった世界的経済学者宇沢弘文のことが話題になり、ちょっと調べてみました。日本で最もノーベル経済学賞に近かった3人の内の1人とあって、見つかったある文章を紹介します。この40年程世界で力任せに展開された新自由主義経済への一つの批判が学べる思いでした。その出典と題名は、こうです。この文章を半分以下に抜粋して紹介します。

『伝説の経済学者「宇沢弘文」を知っていますか。スティグリッツが師と仰ぐ日本の「哲人」とは  東洋経済新報社 出版局  2016/12/31 8:00』
 
【 日本が世界に誇る経済学者、宇沢弘文氏(1928~2014年)

数理経済学の分野で大きな業績をあげるにとどまらず、現実の経済社会への関心を強め、水俣病などの公害問題や成田空港建設をめぐる問題の解決に自ら取り組んだ宇沢氏は、世界中の経済学者たちに大きな影響を与えた。
「哲人経済学者」の異名を持つ宇沢氏は、どのような人物だったのだろうか。
本稿では近刊『宇沢弘文 傑作論文全ファイル』の中から、宇沢氏の愛弟子であるジョセフ・E・スティグリッツ氏(2001年ノーベル経済学賞受賞)の講演録を、抜粋・編集のうえお届けする。

私の進路を変えた宇沢先生との出会い

私が宇沢先生と出会ったのは、51年前のことです。当時、スタンフォード大学からシカゴ大学に移られた宇沢先生は、シカゴ大学で開かれたセミナーに、私たち数人の学生を誘ってくれました。そのなかには、私と共同でノーベル賞を受賞したジョージ・アカロフ教授もいました。宇沢先生は、MIT、スタンフォード、イェールの各大学から若手経済学者を集めて、シカゴを世界の知の集積地にしようと考えたのです。その考えはみごとに実現しました。私たちは、シカゴに集まったわずか1カ月ほどの間に、全員、宇沢先生の信奉者になってしまったのです。私は今も、宇沢先生が語っておられたことを折に触れ思い出します。

宇沢先生のスタンフォードからシカゴへの移籍は興味深いできごとでした。なぜなら、シカゴ大学が保守的な右派経済学の中心地であったにもかかわらず、宇沢先生はその立場に属していなかったからです。集まった若手経済学者たちはシカゴ大学で、収入の分配にまつわる不平等を議論することなど最悪だと考えていました。一方、宇沢先生はご自身の研究が成長理論へと到達するなかで、不平等という概念の重要性や、外部性としてあまり顧みられていなかった環境問題についてもよく話をされていました。

 宇沢先生は、私自身はもちろん、ジョージ・アカロフ教授をはじめ、私と同年代の多くの経済学者の人生に大きな影響を与えました。シカゴにいる間、私たちは、ほとんど毎日のように夕食を共にしました。私は飲めないのですが、先生はお酒を楽しんでいましたし、他の門下生たちも同様でした。
(中略)

研究にかける情熱

私は社会における不平等の問題に関心があったのですが、そうした問題に対する宇沢先生の姿勢は「毎週ひとつの論文を書き上げるほどの熱の入れようだ」と評されていました。これほどの情熱を持ってそうした研究に取り組んだ人はほかにいないでしょう。また、先生は戦争と暴力という今日的な問題にも熱意を持って取り組んでいました。私とリンダ・ビルムズの共著The Three Trillion Dollar War (邦訳『世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃』)は、先生にこそ見ていただくべきだと思いました。その本は、アメリカが参戦した、必要のない破壊的な戦争に対して、経済学者がどのように声を上げることができるか、ということを書きつづったものなのですが、その内容を適切に評価してくれるのは先生以外にないと思うからです。
(中略)

米国発「株価市場主義」経済学との戦い

ここで少し、シカゴ大学とその経済学に話を戻しましょう。1960年代、宇沢先生は不幸にもその環境の真っただ中で生き延びなければならなかったのです。当時、ミルトン・フリードマンがシカゴ大学の経済学派のリーダーであり、株式市場価値の最大化は社会的幸福度を最大化するので望ましいという議論を展開していました。この議論はアメリカをはじめ多くの国々の法体系に大きな影響を与えました。実際、企業は株価の最大化に努めなければならないとする法律が作られた国が数多くあったのです。しかし注目に値するのは、この議論は実際には間違っていたと結論づけられたことです。その議論は非常に制約された条件の下でしか有効ではなかったのです。

ところが、フリードマンのような考え方が採用されてしまったことで、短期的な視野に基づく経営、経済パフォーマンスの低下、不平等の拡大が起こりました。そのことは私が近著Rewriting the Rules of the American Economy(邦訳『スティグリッツ教授のこれから始まる「新しい世界経済」の教科書』)のなかで取り上げた主要テーマになっています。この本ではそうした考え方が及ぼした影響、1980年代初期に経済のルールを書き換えることに至った経緯、私たちは今どのように再びルールを書き換えるべきかについて書いています。

フリードマンらが提唱した理論は、自己の利益を追求することが社会的満足度を向上させるとした、アダム・スミスの言葉を反映しているようにも思います。自己の利益の追求というと貪欲であれ、と言っているようで、貪欲であることはよいことのように聞こえてきます。貪欲のよさをうたった有名な映画もありましたね。

銀行家の貪欲さが社会的満足度を上げたと思う人はひとりもいないと思います。私も貪欲ということが正しいとは思いませんし、繰り返しますが、それが正しいというのは極めて制約された条件下でのみあてはまるのです。興味深いことに、アダム・スミス自身、「スミスはそう信じていた」といわれているようなことを信じてはいませんでした。つまり、スミスが自己の利益の追求というときには、それは啓発された自己利益を意味しており、彼はその限界も理解していたのです。しかし、残念ながらフリードマンはそうではありませんでした。かたくなな経済学の誤った考えのツケは回ってきました。シカゴ学派の人たちが社会やグローバリゼーション、さらに個人にまで影響する経済政策の立案において、重要な役割を担っていたからです。

私たちはどのような社会を作り、どのような人になりたいのか、よく考えなければなりません。私たちは本当に、経済学に出てくる自己中心的な「ホモ・エコノミクス(経済人)」になりたいのでしょうか。これはこれから経済学を勉強しようとしている人たちへの警告になるかもしれませんが、少なくともアメリカに限っていえば、経済学を学んだ学生は、学ばなかった学生よりもより自己中心的になるという研究結果があります。
(後略) 】

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八十路ランナーの手記(368) 月間走行距離   文科系

2021年09月02日 16時38分28秒 | スポーツ

 8月の月間走行距離を計ってみた。マラソンランナーがその鍛錬の最大目安とするのが高地トレーニングなどでのこの数字だが、僕の手帳書き込み数字からこれを算出してみたのは初めてのこと。96・7キロにしかならなかった。走ったのが12日だから、こんなものだろう。LSD1時間が8キロほどにしかならないからだ。

 月間距離の算出を初めて思い立ったのはブログ友でトライアスロンをやる「げたのうら」さんの月間距離への執念に接して、「こういうやり方も、励みになって面白かろう」と思ったからだ。それで、涼しくなるこの9月には、120キロを目標にしてみようと決めた。ジムに空きが多い時間帯に行って12キロ走る日を5日ほどと、後は外を8~9日走ってこれを超えてみようと目論んでいる。
 昨日はジムで30分×3回を、4+4・1+4キロと走ってきた。市営ジムのマシンに30分の制限時間があるのだが、この程度のスピードだと今日も疲れは残っていないし、12キロはなんとか行けると8月に三度ほど体験済みなのである。あとは、外を8~9日走って、合計120キロ。この様子を見て、10月の目標を改めて考えてみる。こういうのは、確かにちょっと励みになる。2010年の慢性心房細動に対する心臓カテーテル手術以来、それまでやって来た10キロレースにももうずっと出ていないことだし、こんな励みができるのはちょっと楽しい。

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米の20年戦争、ある哲人の観察   文科系

2021年09月01日 11時52分59秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など

 アフガニスタン戦争が終わった。このブログが始まったのが2005年だから、その4年前に始まったこの戦争はちょうど20年続けられて、米軍史上最長の戦争となった。ただ、この戦争の2年後に始められたイラク戦争は、まだ終わっていない。このことはほとんどの日本人が識らないはずだ。イラク国会が「すべての外国軍はイラクから出て行け!」と決議したのに、米軍が居座り続けているというそのことが戦争行為なのである。去年の新春にイラクに招待されてやってきたイラン将軍スレイマニを米軍がバクダッド空港で爆殺した行為に対して、イラク国会が出した決議であった。ちなみに、今米軍がアフガン戦争撤退を決められたのも、このイラクに膨大な米軍基地が構えられているからだろう。アフガン戦争は、イラク戦争と一体の中東戦争として観ていかねばならないと思う。そして、米の中東戦争の最大の仇敵イランある限り、そのイラン・中国関係絡みでやはり中東の平和は来ないだろう。

 さて、こういうアメリカの中東基地・戦略にこめられた意図へのある解明、旧稿を今改めてご紹介したい。アメリカが新たに開き始めた対中覇権闘争の今後を正しく観ていくためにも、必須の知見だと思う。

 

【 チョムスキー「イラク戦争の米世界戦略」 文科系  2017年9月4日

 ノーム・チョムスキーをご存じの方も多いだろう。偉大な言語学者にして、現代世界の全ての学者たちの論文で聖書、プラトンに次いで引用される著作が多い現存の人物である。この書を書いた当時87才のアメリカ人だが、米国政府の戦争政策の長年の研究者、告発者でもある。彼の著作に「覇権か生存か」という隠れた世界のベストセラーがあって、そこで問題にされているイラク戦争部分を抜粋してみる。2004年9月発行の集英社新書による全9章(新書版337ページ)のうち、主として『第5章 イラク・コネクション』50ページ余の部分から。なお、同書にはこんな壮大な副題が付いている。『アメリカの世界戦略と人類の未来』。
 人が歴史の今ばかりを観て、以下のような過去を忘れるようになったことが、民主主義もなかなか正しく機能しない事態をもたらせていると愚考してきた。ちょっと長いが、お読み願えれば嬉しい。

(1)イラク戦争の経過

 1990年までは、アメリカはフセインをずーっと支え続けてきた。イラン・イラク戦争(80~88年)の時以降ずーっとイランこそがアメリカの標的だったし、89年10月にもフセイン政権に食糧、化学薬品、科学技術など多大な支援をしている。中東安保の柱として彼を活用して、その「巨悪」にも目をつぶってきた。大量破壊兵器もどんど支援してきた。ところが・・・。
1990何8月 フセインがクゥエート侵攻
1991年1月 湾岸戦争開始
1991年3月 全国で反フセイン暴動発生。アメリカは、フセインによるこれの鎮圧・大虐殺行動を黙認  
2001年9月 9/11テロ事件
2001年10月 アフガニスタン戦争
2002年1月 ブッシュ大統領「悪の枢軸」発言。イラク、イラン、北朝鮮を名指す。
2002年9月 アメリカ、国家安全保障戦略発表。予防戦争(先制的防衛戦争)概念を世界に表明
2002年10月 米議会、対イラク武力行使容認を決議
2002年11月 国連が4年ぶりに、イラク大量破壊兵器を査察
2003年3月 イラク戦争始まる

(2)その「台本」

①国際版
『1980年代における「対テロ戦争」の二大中心地は、中米と、中東及び地中海地域だった』が、その中東を観ると、
『ワシントンにいる現職者が取り組んだ活動の一つは、よく知られるようになった。1980年代にCIAとその関係組織がイスラム過激派を募り、正規軍及びテロリスト部隊としての組織化に成功した事実だ。カーター(大統領)の国家安全保障担当補佐官だったズビグニュー・ブレジンスキーによれば、その目的は「ロシア人をアフガンの罠におびき寄せること」であり、初めは秘密工作によってソ連をそそのかし、アフガニスタンを侵略させることだった』
『その直後の結果として起こった戦争のためにアフガニスタンは荒廃し、ソ連軍が撤退しレーガン(大統領)のイスラム聖戦士(タリバンのことである)に取って代わられると、更に悲惨な状況になった。それがもたらした長期的な結果は、20年に及ぶ恐怖政治と内戦だった』
『ソ連軍の撤退後、アメリカとその同盟者(その中にアルカイダを始めとするイスラム聖戦士が含まれる)によって徴募され、武装及び訓練されたテロ組織は矛先を他国に向け・・・・・(1993年には)関連グループが「CIAのマニュアルで教えられた手法」に従い、世界貿易センタービルを破壊する一歩手前までいった。計画を立てたのは、シェイク・オマル・アブドル・ラーマンの支持者だったことが判明している。ラーマンはCIAからアメリカ入国の便宜を図ってもらい、国内でも保護されていた人物だ』

 とこんな経過で、イスラム戦士が育成され、911からイラク戦争へと繋がっていったと、チョムスキーは説いている。
 
②国内版
『(2000年に大統領になった)ジョージ・ブッシュ二世のために、広報活動の専門家とスピーチライターは、天国へまっしぐらの実直な男というイメージを作り出した。「理屈抜きの本能」を信じ、自らの「展望」と「夢」を思い描きながら、「世界から悪人を追放」するために前進する男、要するに古代の叙事詩や子供のお伽噺に、カウボーイ小説を混ぜ合わせたごとき滑稽な人物像である』
『(ブッシュらが言うところの)テロとは何を指すのか?・・・・適切な答えが出れば意義あるものにもなろうが、こうした疑問は公開討論の場には決して持ち込まれない。代わりに、都合のいい定義が採用された。テロとは、我々の指導者がそう宣言するものなのだ』

 00年大統領選挙で、ブッシュは民主党候補ゴアと争って、有名な「疑惑の辛勝」を勝ち得た。選挙への無力感が過去最高レベルの50%以上に達した。04年の選挙を控えて、さらに落ちた人気への新戦略が必要だった。軍事費増、富裕層減税から社会保障費削減がさらに進んだからだ。
 そこから『先制攻撃による新しい過激な軍事戦略の提出(先制的防衛戦争?)』に国民の目を向けさせる事に励んでいった。この「冒険主義」には多くのリスクがあったが、以下の狙いに邁進したわけである。『米国社会の徹底的な改造に着手し、それによって1世紀にわたる進歩的な改革を押し返すことと、世界を恒久支配するための帝国の壮大な戦略を確立させることである。そうした目的に比べれば、それに伴うリスクは、些細なことと思えるのかも知れないのだ』(P183)

(3)イラク戦争で問われているもの

『02年9月には、国家安全保障戦略が発表された。でっち上げられた恐怖によって、イラク侵攻に向けて国民の間に充分な支持基盤ができ、意のままに侵略戦争を始める新たな規範が設けられた』
『イラクとの戦争は、それを実行すれば大量破壊兵器とテロが拡大するかもしれないという認識のもとに実行された。だが、それに伴うリスクは、イラクに対する支配権を強化し、予防戦争の規範をしっかりと築き、国内における政治力も高められるという見込みと比べれば些細なことと考えられた』

 こうして著者は「覇権か生存か」で前者を歴史的大局的に描きながらも、後者に希望を託するのである。その下りは、このようなものだ。
『現代史を通じて、人権状況は著しく改善され、生活の一部の面では民主的な管理が行き届くようになった。こうした展開が、啓発された指導者の贈り物であることは滅多にない。ほとんどの場合、一般の人々が戦い、国家やそれ以外の権力中枢に課してきた展開なのである』
『今日の歴史の中に、人は二本の軌道を見出すはずだ。一本は覇権に向かい、狂気の理論の枠内で合理的に行動し、生存を脅かす。もう一本は「世界は変えられる」ーー世界社会フォーラムを駆り立てる言葉ーーという信念に捧げられ、イデオロギー的な支配システムに異議を唱え、思考と行動と制度という建設的な代案を追求する。どちらの軌道が支配するかは、誰にもわからない。こうしたパターンは歴史全体によく見られるが、今日の決定的な違いは、懸けられているのが遙かに重大なものだということである』】
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