パソコンから眼を上げ窓の外を見ると、雨雲はいかにも低く垂れ込めて、その濃淡も今は消えてただ重く暗いだけの空だ。爪を立てて引っ掻けば、そこからザアッと雨水が落ちてきそうだった。
こんな日は思いも因らぬ光景を眼にする事がある。
季節や天候によって前の海の光景は様々に変わるが、漁船が港に出入りするのは当然としても、地元漁業関係者の監視船が船名も十分には読み取れない、さほど大きく無い舟に近づいている、海の浅い部分だ、多分あれはサザエの密漁だ。沖の方に鳥山が見える、鴎が群れをなして海中を窺い時々海中に突っ込んで行く、きっと時期的にウルメ鰯が大型回遊魚に追われ海面近くに上がって来たに違いない。
気分を変えて再びパソコンに向かう。
視界の隅に何かが動く。思わず眼を外に向ける、何も居ない、気のせいだったかと眼を戻す。バルコニーに鳶や烏や鴎はほとんど来ない。
暫くしたらまた視界に何かが入って来た。
今度はハッキリと見た。音も無くリスがルーフバルコニーを横切った。身体の割には大きな尻尾が揺れた。カメラを引き寄せて窓ガラス越しに思わずシャッターを切った。何をしているのか、どこから来たのかこの七階まで。
何か食べ物は無いかとでも尋ねたいのか、ついここまで来たがここはどこだとでも聞きたいのか、目を逸らさずに自分を見ている。突然手摺の上に這い上がり腹這いになって動かない、ここまで海を眺めに来たのか。「どうだ、気分転換をするには最高な眺めだろう」と語りかける。
「うん、最高だね!」とでも言ったのか尻尾が揺れた。やがて手摺を降りると隣家のバルコニーに姿を消した。
裏山の巣に帰るには階段を降りて行くしか道は無いけど気掛かりだ。
突然の訪問者との面会の数分間に、故郷の裏山で弟妹や友人達と一緒に遊んだ幼い頃の記憶がセピア色で甦ってきた。