(江の島を望む)
久し振りに稲妻を見た。
午後三時過ぎなのに空には黒い雲が急に辺りを覆い日が暮れたようになった。突然雨が降り始めた。パチッパチッとガラス窓を叩きつけている。滅多に無い強い雨足である。つい先ほどまで見えていた江の島も雨の中に隠れてしまった。間もなく雷の音が聞こえてきた。それがどんどん近づいて来る。こんな大きな雷鳴も久し振りに聞く。江の島方向の黒い雲が一瞬白くなり、稲妻が走った。白く光る線が天上から伸びて来て、途中で右に折れ、すぐに又下降していく。2~3秒後、その方角からバリバリッと強い衝撃音が響いてきた。後で聞いたところでは、七里ヶ浜の小さなビルに雷が落ちたという。やがて雨は小降りになり、黒い雲も去り、夕方前には上がった。
昔の夕立が戻ってきたような気がした。稲妻をちゃんと見たのも数十年ぶりだった。
少年の頃、教室の窓から大雨の中で稲妻が白く光って走るのを見た。
その瞬間は物理の授業中だった。先生は小太りで、ボサボサの長い頭髪に隠れるような黒縁の大きな眼鏡を掛け、いつも俯き加減に自分の机の上の本だけを見て、ボソボソと口ごもる様に話し、よく聞き取れなかった。授業の途中からは自然に居眠りの時間になったのは自分だけではなかった。
そんな時、皆が飛び上がるように俯せていた机から顔を上げ、先生を見て、それから窓の外を見たのは自然の成行きだった。木造教室の窓ガラスはガタ、ガチャと響き放っしだ。雷の轟音と共に矢継ぎ早に稲妻が右に左に走り、時々バリバリッドーンと、学校から近い所に雷が複数落ちている音がする。凄まじい轟音に慄き、両手で耳を塞ぎ机にもたれて座り込んでいる者も多くいた。
猛暑で家に籠る日が少なくなかったこの夏は、クーラーの効いた部屋で少年の頃を懐かしんだ。こんな夏は初めて経験した。
今は、江の島を覆い被さるように低い黒い雲が漂っている。その雲の上の空は青く遠く、そして高く見える。
秋が忍び寄ってきた。