(東京タワー/病室から)
誰の言葉だったか『時計の振子は必ず元の位置に戻る。しかしその転換点に於いてはもっとも激しい出来事を経験する』。
11年前の手術以来、後遺症とも言える急性膵炎での三度目の入院だった。
安静を指示され、絶飲食の三日間はベッドから見える景色は決まっていた。
昼間は狭い視野の窓越に見える、微妙に変化する空の色や夏とは明らかに違った形で輪郭がボヤけている秋の雲など。東京タワーの柱が時々陽光に反射してキラッと光が時々目に飛び込んでくる。空に暗闇が訪れる頃、上階しか見えないオフィスビルの一部の窓に明かりが灯り、ライトアップされた東京タワーには1000の文字がかなり大きく浮かんで見える。後で分かったことだが東京オリンピック開催まであと1000日を表示したそうだ。
時々唇だけを濡らす冷たい水にホッとする。
四日目になり、やっと水だけは飲む許可が出た。毎朝の血液検査の結果は日を追って正常に近づきつつあるようだ。それでも肝心な数値はまだ異常だ。
身体を動かしたくなった。また太陽を無性に浴びたくて、それに外の冷たい空気に触れたくて点滴台をガラガラと手で引っ張り、十階から一階の玄関近くの外に出た。思わず空を見上げながら深呼吸をする。25℃に保たれた病室の温度に三日間で慣れてしまった身体に13℃の冷たい空気が流れ込む。真夏のカキ氷を口にした時、咽喉から胃にかけて冷たさが流れる感じと似ている。それにしても高層ビルに遮られた東京の空は狭い。首を大きく後ろに反らさないと空が見えない。パタパタと大きな音を響かせヘリコプターが一定の範囲を旋回している。トランプさんが来日しているのだ。警護の一環か、街区の角々には制服警官の姿も見える。通勤を急ぐ人々はコートを着ている人が多い。女性のマフラー姿もチラホラと見える。看護師の白衣姿に慣れた目には男性の黒っぽい色調の背広姿が新鮮に目に映る。歩道に目を転ずると、手の指の全部をやや内側に曲げたような形をした茶色がかった街路樹の桐の枯葉がカサカサと忙し気に、人が歩く以上の速さで風に流されている。
身体を動かさなければ一定の景色しか目にすることはできない。動かして初めて違った景色に出会うことができることを改めて知る。
人は、長い文章の中にある句読点のように時折休み、病み、考え考え歩くものなのか。