(安国論寺/鎌倉にて)
久し振りに見た、見たというよりこの花が咲いているのに気が付いた。
覚園寺(鎌倉)に向かう道すがら、細い川沿いに咲き誇っている藤の木の陰に隠れるように清楚な姿を覗かせていた。
薄青(紫)色の1cmもない小さい5弁の花を咲かせ、花冠の喉に黄色と白色の目を持っている。「忘れな草」だ。
かなり古の多感だった頃、辛かった思い出と共にこの花の名前と由来を知った。英名の「forget me not」(私を忘れないで)の翻訳だ。上手い和訳だ。
中世ドイツの悲恋伝説に登場する主人公の言葉に因むと言う。騎士ルドルフは、ドナウ川の岸辺に咲くこの花を、恋人ベルタのために摘もうと岸を降り、手折った瞬間、誤って川の流れに飲まれてしまう。ルドルフは必死に泳ぐ。ベルタは流されるルドルフを追って川岸を走る。しかし流れが速すぎる。ルドルフは最後の力を尽くして摘んだ花を岸に投げながら、?Vergiss-mein-nicht!“(僕を忘れないで)という言葉を残して流れに飲み込まれてしまう。残されたベルタはルドルフの墓にその花を供え、彼の最期の言葉を花の名にした。
その後、失った恋人のことを生涯想い続けて純潔を守りぬいたベルタを讃えて「真実の愛」という花言葉も生まれたと言う。
「忘れな草」には他にも伝説がある。
天地創造の時、神はあらゆる動植物に名前を与えられた。だがこの花は小さ過ぎて、その時、神の眼に止まらなかった。そこでこの花は『神様、私を忘れないで!』と叫んだ。それが名前になったと言うのだ。
そう言えば最近、自覚している事で、固有名詞が咄嗟には口から出てこない時がある。「あれ」とか「それ」って言う事が多くなった。またトイレや洗面所などの明かりを消し忘れる事も増えた。
気が付けば、この時も古を回想するのに我を忘れて、この清楚な「忘れな草」を撮るのも忘れてしまった。
『忘れないで』の言葉はヒトに言うより自分に言い聞かせる言葉かもしれない