飛鳥地方にある大和三山とは、畝傍山、香具山、耳成山のことだ。
いにしえの昔から、神々の宿る地とされてきた。
そこは、今なお万葉の時代と変わらぬ姿を見せている。
その飛鳥を舞台に、人の命のあとさきを、自然との融合の中に描こうとする、河瀬直美監督の試みである。
今と昔の、男と女の恋模様・・・。
一瞬の狂気が、それを朱花(はねづ)の色で染めるのか。
遠い過去と未来をつなぐ、物語といったらいいか。
染色家の加夜子(大島葉子)は、地元PR紙の編集者の恋人・哲也(明川哲也)と、長年一緒に暮らしてきた。
しかし、かつての同級生で木工作家の拓未(こみずとうた)と再会したことから、拓未といつか愛し合うようになっていた。
二人は、幸せな時を過ごしていたが、加夜子が身ごもったことを契機に、平穏だった日常生活に変化が訪れる・・・。
そして、さらに、互いの祖父母の悲恋という過去が交錯する。
大和三山を男女になぞらえ、「一人の女を二人の男が奪い合う」と、幾多の万葉歌に詠まれているように、加夜子、哲也、拓未という三人の男女が愛することの意味を模索しつつ、向き合うことになる。
加夜子は拓未から“言葉”を期待し、拓未は小さな命の誕生を待ち焦がれる。
哲也は、加夜子から気持ちを打ち明けられるのだが、それでも変わらぬ愛で向かい合おうとする。
・・・しかし、やがて、危うくも保たれてきた三人の均衡も、ついに崩れていくこととなる・・・。
朱花(はねづ)というのは、万葉集に登場する朱(赤)色の花なのだそうだ。
この色は血や太陽、炎を連想させ、命を象徴する一方、赤は最も褪せやすいがために、貴重な色と考えられていたらしい。
その色の褪せやすさに重なる、人の世の無常や儚さを表しているのだそうだ。
この映画「朱花(はねづ)の月」は、かたちは愛の物語だ。
作品には、グランプリ監督・河瀬直美一流の省略や飛躍もあって、理解し難い内容のところもないわけではない。
それに、過去と現在、さらには夢の話までが交錯して、少し混乱しそうだ。
夢に現れる、石室の中から聞こえてくる、言葉にならないうめき声は何だ・・・。
あれは、死者の魂の叫びだろうか。
時は流れ、人は変わっても、いつまでも変わらぬものがある。
時の「輪廻」ともいうべきだろうか。
燃ゆる日も取りて包みて
袋には入ると言はずや
逢はなくもあやし (万葉集)
河瀬直美監督の映画「朱花(はねづ)の月」の原案は、この歌からとった坂東眞砂子の小説「逢はなくもあやし」からで、脚本の方は、拓未と哲也の間で揺れる女の気持ちが柱となっていて、その表現のために、主役の大島葉子は、河瀬監督から厳しい注文を受けたといわれる。
台本を文字で読み解いて、それを頭に入れて身体を使って表現するのではなくて、映画製作過程(たとえば役者、スタッフ一緒になっての合宿生活などを通して)の環境の中で、役者は自然につくられていくというのが、当代女流監督第一人者の河瀬監督の持論だ。
だから、役者とのリハーサルもしないで、むしろ1回でOKを出すことも多い。
それだけ、演技指導も厳しいということになる。
作品の中での、登場人物の台詞も実に自然で、まるでアドリブのようで、演技をしているように見えない。
タイトルだけをとってみても、この作品は、古代の言葉を現代に甦えさせることで、その言葉のもつ意味や深さを感じとることができるということだろうか。
その昔、持統天皇という女の天皇が、飛鳥時代の大きな都、藤原京を造った。
それは、夫を亡くした妻が造り上げた都だったわけで、いわば古代の夫婦の愛の結晶だった。
映画は、万葉集の持統天皇の歌が、当然モチーフになったのだろう。
遠い過去と今をつなぐという話には、少し背伸びをし過ぎている感がないわけではない。
一言で言ってしまえば、今も昔も、男と女というのは変わらないということだろうか。
そう思うと、無理筋の描写や、ややこしいと思われる映画の作りも、素直に理解できる気がする。
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恋愛なんてただでさえ難しいのに・・・。
おしりめくって逃げ出します・・・。
おしりをめくるなどと、とんでもございません。