常識と常套へ絶えず挑戦を続ける、木村威夫監督が91歳にして、大胆、奔放な映像舞台を作り上げた。
人は、誰もが夢を見たい。
人生の虚々、実々の果てに・・・。
人は、見果てぬ夢というか。
老人ホーム「浴陽荘」には、植物学者の牧草太郎博士(原田芳雄)をはじめ、物理学者、役者、自称映画女優、バーのママ、板前、質屋などなど、多くの孤独な老人たちが身を寄せている。
老人たちは、いつも死への恐れに打ち震えながら、彼らそれぞれが作り上げた物語の中で、嘘とも本当ともつかぬ、奇妙で不思議な(?!)日々を送っていた。
牧博士は、人生の大半を植物学の研究に費やし、遊びも、酒も、女も、俗世間のすべてを顧みずに生きてきた。
そうして迎えた80歳の誕生日、職員の青年と森に出かける。
その折り、青年の些細な嘘によって、小さな泉にたどりつき、光り輝く妖しい花・黄金花を見てしまった。
その日を境に、植物学に没頭するために、あえて封印したはずの青年時代の記憶の断片が、大きな波となって押し寄せてくるのだった。
留学生であった、若き恋人への切ない思いと永遠の別れ、戦後の混乱、学問への熱情と挫折、混沌と夢幻の中で易者老人の死に立会い、その夜、牧老人は誘われるように時の川を遡り、あの輝く時代へと旅に出る・・・。
人生100年の高齢化社会といわれる時代、元気があれば何だって出来る。
91歳の現役で、いまなお新たなる挑戦には頭が下がる。
人間誰しもが、確実に関わる老いの問題は切実だ。
作品は、実験的な色彩が強く、前後の繋がり、時間的無視といった、見事なまでにわがまま勝手な映画である。
在来の映画文法を、少しどころか無茶苦茶に壊して、どうにかフォルム主体の作品になった。
時空を超えた、魂のファンタジーと思わないと観ていられない。
木村威夫監督の作品「黄金花―秘すれば花、死すれば蝶―」は、それにしてもずいぶんと実力派の役者を揃えたものだ。
松坂慶子、三條美紀、松原千恵子、絵沢萌子、川津祐介、あがた森魚、長門裕之といった、個性派ぞろいだ。
生と死、明と暗、絶望と希望、静寂と喧騒、若さと老いを、混沌の上にもさらに混沌を重ね、ここまでの作品に仕立てた意欲は大いにかっても、そこまで。
晴れやかで、可笑しく、面白いものを目指したわりには、わがまま放題の作品だ。
やれやれと思いつつ、あまりにもひとりよがりの老監督のこの作品を観終わって、大きなため息が出た。
木村威夫監督は、こう言っている。
「私はドラマツルギーをやろとしているんじゃない。フォルムをやろうとしているんだ。はっきり言って、ストーリー
なんかどうでもいいんだ」と。
彼の書いたシナリオは、いたるところで「?」であったそうだ。
出演を快諾した俳優やスタッフは、シナリオを一読して、さまざまな「?」を打ち返したというではないか。
つまり、それほどの不可思議な要素を多様に含みながら、この監督の脳内に沸き立つイマジネーションを、映画の製作という現実に乗せざるを得なかったのだ。
「人間が描かれているわけではない。
この人間はどうなったのか。
この人間は、今までどうやって、何してきて、これからどうするのか。
それは、違うドラマがやればいい。
あたしは、そういうの、一切やりたくないの!」
木村監督は、撮影後のインタビューでこのようにも語っている。
映画作りは、そもそも定型なんてないのだ(?)ということだ。
当然、興行成績なんか度外視で、自身の一種の記念碑、メモワールとして残したかった。
そんな意図が十分だから、観る側にすれば、何だか嫌味にも思えてくる。
幸い(?・・・なんて、こんな言い方をすると、木村監督崇拝者の怒りをかうかもしれないが)、この映画、今回お代を払って観たわけではない。
映画を芸術ととらえて研究する人には、何か示唆を得るものが、かろうじてあるかも知れない。
・・・90歳を超えるおじいさんが、咲かなかった花を、何としても咲かせようとして作った曼陀羅か。
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まあ長年映画監督をしていると少しずつ溜まっていった「撮りたいもの」が一気に噴き出てしまうこともあるのでしょうねー。
内容も形もちと違いますが、昔谷崎潤一郎の小説に「瘋癲老人日記」というのがありましたけど、ふと思い出してしまいました。
作家や芸術家といっても、一歩踏み外すと、ともすれば、自分でも気づかずに奇怪な妄想にかられることがよくありますから・・・。