主演高倉健の、6年ぶりの映画出演作品だ。
降旗康男監督とタッグを組んで20作目、高倉健の出演作品はこれまでの204作品を超えた。
一期一会、1200キロの旅を、ワンカットワンカット慈しむように撮影した。
夫婦の愛と様々な人々の人生を、丁寧に綴っている。
「大人の日本映画を作りたい」と、1934年生まれの降旗監督は、1931年生まれの高倉健を起用し、衒うところなく、人と人とが生きていくことの難しさを、長いロードムービーの中に浮かび上がらせていくが・・・。
詩情豊かで、風光明媚な日本の自然を背景にして、しみじみとした旅愁が伝わってくる。
富山にある刑務所の指導技官、倉島英二(高倉健)はのもとに、ある日、亡き妻洋子(田中裕子)の残した絵手紙が届く。
一枚には、一羽の雀の絵とともに、「故郷の海を訪れ、散骨してほしい」との想いが記され、もう一枚は、洋子の故郷である長崎県平戸市の郵便局への“局留め郵便”となっていた。
その受け取りの期限まで、あと10日であった。
洋子は、刑務所に慰問に来ていた歌手であった。
二人は結婚し、穏やかで幸せな夫婦生活を送っていた。
長く連れ添った妻は、お互いを理解したと思っていたのに、妻は何故生前その想いを伝えてくれなかったのだろうか。
同僚で家族づき合いのある塚本夫婦(長塚京三・原田美枝子)の反対もあったが、妻の真意を知るため、英二は彼女の故郷を訪ねることを心に決める。
自作のキャンピングカーで、英二は富山を発ち、同じキャンピングカーで旅をしている元中学教師杉野(ビートたけし)や、各地を転々としながらイカ飯の実演販売をする田宮(草剛)や南原(佐藤浩市)らと出会いも微笑ましく、彼らの想いや悩みなどに触れていく。
英二には、洋子との心温かくも、何気ない日常の記憶の数々が甦る。
そして、目的地にたどり着いた彼は、粉々に砕けた洋子の遺骨を、自ら海中に手を入れて、海に葬る。
この行為は、死者への限りないいたわりと優しさをあらわしていて、清々しい。
高倉健は存在感があって、いつもながらの好演で、さながら当人のドキュメンタリーを見せられているようだ。
さすがに、老いた感じは否めないけれど、彼ならではの、どっしりと構えた演技が自然体でいい。
役者の芝居で、この、普通にやる自然体というのが一番難しいのだ。
あの、ぼそっと言う寡黙な男のセリフが魅力的でもある。
夫婦愛を描きながら、受刑者や犯罪者に対する、降旗監督の気配りも感じられる。
この降旗康男監督の作品「あなたへ」は、核となる事件がとくにあるわけではない。
旅の途中で出会う人たちとのエピソ-ドもよいが、通りすがりのさりげないめぐり逢いのスケッチに終始しているので、同じロードムービーでも、「星の旅人たち」のような、奥行や深みが、せっかくのドラマとしては欲しかった気もする。
どんな旅でも、何か心の琴線に強く触れるものは必ずあるものだ。
映画の中で、ビートたけし演じる杉野が、俳人山頭火を引き合いに出すシーンがあるが、あれなどは、旅するもののさすらう心が盛り込まれていてよかった。
どっしりとした立ち姿の、俳優高倉健だからこそ「魅せる」人気が先行する佳作だが、正直のところ日本映画としてはやや物足りなさも感じる。
[JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点)
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あ,アレも健さんでしたね。
ああいう映画もたまには見たくなりますね。
のんびりと、ゆったりして・・・。はい。