名匠アキ・カウリスマキ監督の綴る、人間賛歌である。
「街のあかり」(06)以来5年ぶりの新作で、「ラヴィ・ド・ボエーム」(91)に次いで、これが2本目のフランス映画だ。
フィンランド生まれのアキ・カウリスマキ監督は、マルセル・カルネ、ルネ・クレール、ロベール・ブレッソンといった、名だたる映画作家たちの古典的なエッセンスを、いまの時代に甦らせたかのような、独自の世界を構築する。
この作品では、ドラマといえるような派手な事件は、さっぱり起こらない。
庶民の人情と善意が奇跡をたぐり寄せる、どこか愛おしい温もりに満ちた物語なのだ。
映画は、日本人の心にもしみじみとした味わいをもたらしてくれるし、カウリスマキの社会への批判と隠し味のようなユーモアが、実に心地よい。
フランスの「自由・博愛・平等」のモットーから、この作品で描かれる「博愛」は、ル・アーブルに暮らす人々を結ぶきずなであろうか。
北フランスの港町、ル・アーブル・・・。
かつて、パリでボヘミアンな生活を送っていた、元芸術家のマルセル・マルクスは、いまは街角でしがない靴みがきを生業としている。
稼ぎは少ないが、マルセルは、パリでは感じることのできなかった幸せをかみしめていた。
家には、献身的な妻アルレッティと愛犬ライカが、彼の帰りを待っていた。
その小さな街で暮らし、隣近所の人々の温かな支えも、ささやかな触れ合いも、彼にとっては欠かせないものであった。
そんなある日、港に、アフリカからの不法移民の乗ったコンテナが漂着する。
警察の検挙をすり抜けた一人の少年イドリッサ(ブロンダン・ミゲル)との偶然の出会いが、マルクスの人生にさざ波を起こすのだった。
同じ頃、突然の病に倒れて入院したアルレッティと入れ替わるように、マルクスは、警察に追われるイドリッサを家に迎え入れるのだ。
しかし、警視モネ(ジャン=ピエール・ダルッサン)の捜査の手や、密告者の魔の手が、マルクスたちの身に迫ってくるのだった・・・。
カンヌ国際映画祭では、国際批評家連盟賞に輝いた珠玉作である。
さらに、フランスの栄えあるルイ・デリュック賞にも輝き、ヨーロッパ映画賞では主要4部門にノミネートされた。
厳密に言えば、フィンランド&フランスの混成キャストによるアンサンブルが、この作品をこしらえたのである。
妻とワインの支えなくしては生きられない靴磨きのマルセルを、ベテランのアンドレ・ウィルムが演じ、その妻アルレッティに扮するのはカウリスマキ作品のミューズといわれる、カティ・オウティネンだ。
このドラマの中で、唯一の悪役たる密告者を演じるジャン=ピエール・レオーもとてもいい味を出しているし、俳優犬一家の血を引く名犬ライカの助演も見逃せない。
この犬、カウリスマキ作品に欠かすことのできない、監督の愛犬だ。
カウリスマキ監督は、これまで一貫して、社会の片隅でひっそりと生きる人たちを見つめてきた。
今回は、ヨーロッパの深刻な不法移民問題にも目を向け、パン屋、八百屋、雑貨店、バーなど、ル・アーブルの裏通りに暮らす人々の人間模様を描出している。
人生の黄昏時に差しかかった初老の男と、行き場のない孤独な少年の出会いを軸に、現代のメルヘンといえるような、寓意的な映像世界を紡いでいる。
だから、物語は現実離れのした、あくまでもおとぎ話なのである。
この映画はそれでいいのだ。それで、納得である。
いまの時代を、貧困や病に見舞われて生きる、マルクスとアルレッティはちっぽけな存在にすぎないが、そんな二人のかけがえのない夫婦愛や、気のいい隣人たちの友情、気難しい連中の無償の善意を、ごく自然体で、素朴なタッチで描き出している。
フランス映画「ル・アーブルの靴みがき」は、暗い世相であっても、あえて庶民の優しさ、誠実さを、ペーソス豊かに謳い上げた人間賛歌なのだ。
主人公マルクスは、周りの女たちの優しさに助けられ、少年の母がいるロンドンへ無事に少年を送り出すことまで約束してしまい、ユーロを稼ぐためにロックンロールのコンサートまで開催する。
この映画には、悪意のある人間はほとんど登場しない。
モネ警視の描き方も、実にうまい。見事というほかはない。
彼は取締りをする立場にある人間なのに、何度でも、それを見て見ぬふりをして、少年を逃がしてやるところなど、勇気あるポーカーフェイスではないか。
今の社会で、こんなことはまず起きない。
そこが、何とも言えず、またいいのだ。
もっとも、靴みがきで生計を立てる人間は、いまどきそうはいないけれど・・・。
ドラマのラスト、医師から余命宣告を受けた、妻のアルレッティの容体が急変した(?!)ときいて、マルクスが病院へ駆けつけるシーンは、あれれっと思わせて、ちょっとしたびっくりする演出だ。(笑)
いやいや、それにしても、気分のいい作品だ。
終盤に訪れる、奇跡のように晴れやかな、旅立ちの再生のシーンともども、人の心をくすぐる上質で小粋なユーモアが、心地よい。
そしてもちろん忘れずに、幸福感をたっぷりとラストに持ってくるあたり、ヒューマンドラマの秀作である。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
心がほっこりする・・・。
それに、何よりも粋ですねえ、あちらの映画というのは・・・。はい。