ポーランドに実在した、ジプシー民族の女性詩人の生涯を描いている。
ヨアンナ・コス=クラウゼ&クシシュトフ・クラウゼ監督の作品だ。
文字を持たないロマ一族に生まれながら、ジプシーの集団に生まれた主人公は、こっそりと読み書きを覚えた。
1910年から70年代初頭までの、主人公の生涯をたどる。
時代と場所を交互に行き来しながら、ジプシーの生活と、女性詩人の人生を点描していく。
ポーランドの激動の二十世紀と、流浪する民の迫害の歴史を背景に、このドラマは綴られる・・・。
1910年、娘を出産した人形好きのロマの女性は、その子を「パプーシャ(人形)」と呼んだ。
パプーシャ(ヨビタ・ブドニク)は、長い年月が過ぎて71年に、鶏泥棒の罪で服役中の刑務所を出所して、音楽会に連れていかれる。
パプーシャはそこで、自分の言葉がオペラ歌手に歌われていることに驚く。
1949年、秘密警察に追われる作家で詩人のよそ者、イェジ・フィツォフスキ(アントニ・パヴリツキ)をパプーシャの夫がかくまうことになる。
パプーシャは彼の持つ本に惹かれ、イェジは、自分を眩しそうに見る彼女の口から発せられる言葉の、その鮮烈な輝きに魅せられる。
定住を嫌うロマの一族を、ナチの弾圧や社会主義国ポーランドの、戦後の強制的定住政策などが苦しめる。
だが、イェジに書き送った詩人の詩が本になったことで、パプーシャは苦しむことになる。
彼女は、一族のことをよそ者に明かさないという掟を破ったのだった。
パプーシャと夫は一族ののけ者にされ、71年、貧困の中で夫は死んだ。
全てを背負い、自らを責め続けるパプーシャであったが、彼女は次第に自分の行為の反響と呪いに怯え、正気を失っていく・・・。
幼児の頃、パプーシャは呪術師から「恥さらしな人間になる」と告げられる。
彼女は成長すると、印刷物を見て文字に興味を持ち、町の酒場の女性から読み書きを習った。
ジプシーは口承文化を持っていない。
だが、口承文化を持たず、外部に秘密を漏らさないことを掟とする一族にとって、パプーシャのしたことは思いがけない悲劇の始まりであった。
息をのむような、美しい映像が素晴しい。
パプーシャの世界は、甘美な郷愁を誘ってやるせない。
原語を文字に残すことなど、彼らの最大のタブーをパプーシャは破ってしまった。
彼女の人生は不幸だったかもしれないが、文字に残せる詩を書いたことで、命を超えて永遠なるものを残したわけだ。
昨年12月にポーランドの名匠クシシュトフ・クラウゼは61歳で亡くなったが、共同で監督した妻のヨアンナ・コス=クラウゼがこの作品を完成させた。
パプーシャは詩を創造したことで、より窮地に立たされたわけだが、創作をしなかったらそんなことにはならなかっただろう。
ジプシー文化の厳しい不文律のもとで、変わり果てて失われていくもの、よりどころを失ってさまよう魂の悲しみが浮かび上がる。
どの場面も丹念に時代の情景を再現し、とくに馬車を連ねて旅をする一行のロングショットなど、陰影のくっきりとしたモノクロの映像が絵画のように美しい。
いやむしろ、全てのシーンが光と影の傑作といえる。
にぎやかな民族音楽も、このポーランド映画「パプーシャの黒い瞳」にさらなる魅力をそえて、格調の高い作品となった。
愛称パプーシャは、放浪の民であるロマ族の中から生まれた初の女性詩人、ブロニスワヴァ・ヴァイスのことで、彼女の悲劇の生涯を通して、ポーランドのジプシーたちが受けた差別の歴史がよくわかるが、場面転換などを含め、作品としてはとりつきにくさも多々あることは否めない。
鑑賞には、少々忍耐が必要だ。
悲痛な映画である。
[JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点)
次回はフランス映画「ボヴァリー夫人とパン屋」を取り上げます。
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多くが歴史と不可分ですね。
時代背景というのは、とても大事な要素になってきますね。
映画や文学においても・・・。