徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「山河ノスタルジア」―母と子の愛から浮かび上がる哀愁に満ちた叙情詩―

2016-05-27 13:00:00 | 映画


 1990年代後半からの急激な経済成長の中で、人々はよりよい生き方を求めて、ある者は故郷を去り、ある者はその場にとどまる選択をした。
 中国の時代のうねりの中で、翻弄され、彷徨いながら漂泊していく人々は、みんな精一杯に生きてきた。

 「長江哀歌」(2006年)、「四川の歌」(2008年)、「罪の手ざわり(2013年)など幾つもの名作を生み出してきた、現在中国映画界の最高峰にいるジャ・ジャンクー監督が、またひとつここに大きな足跡を残した。
 世界は変わりゆくが、人々の思いは変わらない。
 過去、現在、そして未来を綴る、孤高のジャンクー監督の最新作は、壮大な野望と深いヒューマニズムに溢れている。
 映画は三つの時代を紡いでいく・・・。







1999年、小学校教師タオ(チャオ・タオ)は、炭鉱労働者のリャンズー(リャン・シンドン)と実業家のジンシェン(チャン・イー)とは幼なじみの友情で結ばれていたが、タオはジンシェンの求婚を受けて結婚し、息子ダオラー(ドン・ズージェン)をもうける。

2014年、タオはジンシェンと離婚し、タオは息子の将来を思って養育権を前夫に託し、ひとりで暮らすようになった。
ある日、タオは父親の死をきっかけに、離れて暮らすダオラーと再会し、彼がジンシェンとともにオーストラリアに移住することを知る。

2025年、オーストラリア・・・。
成功したジンシェンはダオラーと暮らしていたが、19歳になったダオラーは、長い海外生活で中国語が離せなくなっていた。
英語の話せない父と中国語の話せない息子は理解し合えず、ダオラーは自らのアイデンティティを見失っていた。
ダオラーは、中国語教師ミア(シルヴィア・チャン)と出会い、かすかに記憶している母親タオの面影を探し始める・・・。

時代は刻々と変わっていく。
急速に経済発展を遂げた中国では、人々は少しでも豊かな生活を求めて移住と漂泊を繰り返し、家族は崩壊する。
時代を超えて変わらぬものは、母が子を想う心、旧友との絆、生まれ育った故郷の風景であった。
それは、郷愁〈ノスタルジア〉である。
ドラマは平明でわかりやすく描かれ、ジャンクー監督はひとりの女性の半生を見つめ、孤独の中にも人間の生命力を感じさせる作品に仕上げた。

ドラマ中盤でヒロインのタオは、夫を選ぶということと、息子をを前夫に引き渡すという困難な決断をする。
母親としては、息子を手離したくはなかったはずで、彼女は辛い決断を選んだのだった。
それは経済的な背景があるからで、タオがこの苦渋の選択によって、母と子が10年以上も会えないということと母親の愛を欠いたまま成長してきたことに思いを凝らすと、このことがのちに息子ダオラーの痛烈なる孤独につながっていくことに、寂しいやりきれなさも禁じえない。

四半世紀の時の流れを語るのに一工夫あって、スクリーンのサイズはスタンダードからビスタ、そしてまたスコープへと3段階で大きく違いを見せている。
ジャ・ジャンクー監督ミューズでもあり夫人チャオ・タオは、この作品で悲哀を湛えた静謐の中に、風格漂う存在感を見せ、ドラマは老いたタオが生き生きと踊る終盤のシーンで締めくくられる。
それは、枯れた花ではない。
また新たな生命力であった。
三部構成の終盤の場面は近未来を暗示し、感銘深い。
時代を超えても変わることのないもの、それは家族の絆、母子の絆ではなかったか。

ジャ・ジャンクー監督中国・日本・フランス合作映画「山河ノスタルジア」は、家族崩壊を描いた上質なメロドラマといった感じもして、物語では、監督自身の記憶や体験の断片が鮮烈に投影されている気がする。
中国が経済成長ともに得たものは、そして失ったものは何であったのか。
あらためて考えさせられる作品である。
しみじみと、いい映画だ。
      [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回は日本映画「海よりもまだ深く」を取り上げます。


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2 コメント

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日本の (茶柱)
2016-05-27 23:17:13
経済成長でも「家族」の崩壊がありましたね。
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歴史を振り返り見ると・・・ (Julien)
2016-05-30 08:56:55
大きな改革や経済成長のあるときは、必ずと言っていいほど、一方で大きな崩壊が起きています。
崩壊は必ず痛みを伴います。
急激な経済成長の陰で、何が起きているか、見つめる目を・・・。
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