是枝裕和監督は、「そして父になる」 (2013年)、「海街diary」(2015年)と話題作を連発しているが、この作品は、監督自身が育った東京都清瀬市の団地を舞台に、夢を追いながらもくすぶりつづけるダメ男を登場させ、ある人生を綴っている。
是枝監督によれば、夢見ていた未来とは違う、今を生きる人たちの映画を作りたかったそうだ。
人生とは思い通りにはいかないもの、幸福な事件、お目出度いことなど滅多に起きない。
この物語にも、劇的な展開はない。
風変わりな主人公が現われ、、日常の暮らしの中に生じる葛藤のディテールがドラマを牽引していく。
主人公の良多(阿部寛)は、15年前に文学賞をとった小説家だ。
だがそれ以後パッとせず、いまは興信所の探偵稼業で暮らしている。
妻の響子(真木よう子)にも愛想を尽かされ、息子の真吾(吉澤太陽)は彼女が育てている。
良多は大好きなギャンブルがやめられず、一人息子の養育費も払えないでいる。
母の淑子(樹木希林)は団地で、気楽なひとり暮らしを送っている。
良多は、その淑子の留守中に勝手に実家に上がりこみ、金目のものを探す始末だ。
息子と会うことは良多のまたとない楽しみだが、離婚した響子に再婚相手ができたと知ると、相棒の探偵・町田(池松壮亮)を誘って、いまだに未練がましく響子の周辺を探ったりしている。
ある日ひょんなことから、良多と響子と真吾が老母の家に集まり、台風のせいで一晩を4人で過ごすことになる。
そうして偶然取り戻した、一夜限りの家族の時間が始まるのだが・・・。
人生なんて、その現実は夢見た未来とは違うのだ。
でも、思い通りの人生でなくたっていいではないか。
是枝作品で母子を演じる、阿部寛と樹木希林は「歩いても歩いても」(2008年)以来二度目の共演だ。
是枝監督は二人を念頭に脚本を書いたといい、母子のやりとりが面白い。
日常生活のさりげない積み重ねを描きながら、ささやかな幸福と人生につきものの裏切りと、見えない絆で結ばれている家族にもそれぞれの葛藤がある。
それは、憎悪とか嫌悪といったものではなく、家族には向かない主人公が登場したりするのもうなずけないことではない。
台風の夜、団地の一室に集まった元家族は、それぞれが自分を見つめなおしながら語り合う。
語られるセリフにはちょっぴりあざとさも見られ、言い過ぎとか出過ぎているといった感じとともに、計算された演出が気にならないこともない。
この作品を通して特別伝わってくる、明確なメッセージはない。
団地育ちの是枝監督が、自ら育った団地にカメラを据え、シリアスでいじましいほどの作品に徹して「なりたいものになれたかどうかではなく、なりたいという気持ちを持ち続けることが大切なんだ」というのもわかる気がする。
だからこそ、ドラマの中で、花も実もつかない団地のベランダの蜜柑の木を「あんただと思って育ててる」と母親役の樹木希林に言わせているのだ。
ま、どこにでもあるような話なのである。
阿部寛は思い切り役柄を楽しんでいるみたいだし、樹木希林はいつもの変わらぬあの自然体が堂に入っている。
主人公は大きなローマ風呂から、団地の小さな風呂に身を沈めてどんな思いがしただろうか。
数々の映画賞に輝く是枝監督の作品を通して成長を続ける真木よう子も、演技派としてまだまだよくなっていくだろう。
親子、家族といったテーマを好んで取りあげる是枝監督だが、この映画はこれまでの作品と比べても、監督の想いが一番色濃く表れた作品ではないか。
主人公はギャンブルにはまり、高校生を揺すり、自宅にあるものを勝手に質入れする。
息子、父親、夫失格の男が、高校生に「あんたみたいな大人にだけはなりたくない」といわれるシーンが強烈だ。
静かな展開の中に、はっとするような、ちょっと出過ぎた感じ(?)の鮮烈な切り口がのぞく。
この作品が救われている理由でもある。
いつでもどこでも、家族はかけがえのない存在なのだ。
そんな当たり前のことを、是枝裕和監督のこの映画「海よりもまだ深く」は伝えてくれている。
[JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点)
次回はノルウェー映画「ハロルドが笑うその日まで」を取り上げます。
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意外と。
この道では、上手い監督さんではないですか。
結構、楽しませてくれるようですしね。