人が、人生において、それまで目を向けていなかったことについて考えさせられ、社会に貢献していく。
そんなドラマを描きたい。
クリント・イーストウッド監督は、その想いを抱きつつ、この映画を製作したということだ。
男は迷っていた。
人生の締めくくり方を、考えていた。
そんなときに、少年と出会った・・・。
妻に先立たれ、独り身となったウォルト(クリント・イーストウッド)は、偏屈な老人だった。
彼は、すべてのことが気に入らない。
あらゆることを拒絶することで、己の誇りを維持している男なのだ。
自分は、老いぼれてなどいない。
自分のことは自分で出来るし、腕っぷしだって自身がある。
不満を平気で撒き散らし、平気で毒を吐く。
彼には、自分の息子や孫たちも寄りつこうとしない。
そんな、意地悪じいさんの日常を、映画はおおらかにして、精密な笑いに包んで差し出して見せる。
隣に住むのは、アジア系の一家だ。
その家の息子タオ(ビー・バン)が、ウォルトの愛車‘グラン・トリノ’を盗もうとしたことから、二人の間に奇妙な友情が芽生える。
老人は、少年を一人前の男に鍛え挙げようとする。
少年タオは、しかし愚かな争いに巻き込まれ、家族と共に命の危険にまでさらされる。
タオの未来を守るために、ウォルトはある決心をする・・・。
現代社会は、一老人が考えているほどシンプルではない。
ことは、彼の思うようには進まない。
こうしたギャップを含め、イーストウッドは、ぎりぎりの時点まで、勇気あるユーモアを継続する。
そこに、イーストウッドの痛快な演出が効を奏して、独特のヒロイズムが異彩を放っている。
この物語は、刻々と移り変わりゆく世界を否定し、過去に生きてきた老人が、あえてその世界を受け入れようと決断するまでの、道のりだったことに気づかされるのだ。
映画の衝撃的なラストまで、イーストウッドの演出は冴えている。
出口のない不安、お互いが理解しあえない時代・・・、暗澹とした新しい世代を生きる人たちに、主人公の突きつけるメッセージは、強烈なものがある。
「誇りを失わずに、自己改革する方法がある。おれはもう準備した。おまえはどうだ?」
この気骨あふれる主人公の姿は、まさにイーストウッドそのもので、無名の脚本家の執筆したシナリオをすくい上げて、知名度の低い俳優たちにキャスティングする。
そこに、彼ならではの演出を見ることができる。
決然として、我が道を行きながら、変化に動じない。
ひねりの効いた笑いが、大人の映画になった。
79歳になる老監督が、自作自演するアメリカ映画「グラン・トリノ」は、‘男’の生きる姿を描いて、見応えのある骨太のドラマだ。
この作品が、クリント・イーストウッドにとって、45本目の主演作で、29本目の監督作品だといわれるが、半世紀に及ぶ彼の映画世界における集大成と見ることが出来そうだ。
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観てみたいなぁ…。
・・・とはいえ、イーストウッドの映画を見に行ったことはなかったんですけど…(苦笑)。
きっと「発見」があるものです。