徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「マーサ、あるいはマーシー・メイ」―迷い怯える若き女の心の闇―

2013-02-27 16:15:30 | 映画


 新しい世代のインディペンデント映画の新鋭ショーン・ダーキン監督が、衝撃的な作品を誕生させた。
 29歳の新人監督と22歳のヤングセレブが、この作品で鮮烈なデビューを果した。

 若い女性がカルト集団から脱走し、マインド・コントロールから逃れようともがく二週間を描いたサスペンスである。
 何とか社会に復帰しても、カルトで過ごした記憶は、トラウマとなって頭から離れない。
 それはやがて、現在と過去、現実と幻想の区別さえつかなくなっていく…。
 現代社会で自分を見失い、居場所と役割を求めてさまよう人間の、心の闇に迫る作品だ。









       
ニューヨーク州の、北部の山中にある農場では、牧歌的な共同生活が営まれていた。

いつものように、静かな一日が明けようとしていたある朝、まだ寝静まったままのその農場から、マーサ(エリザベス・オルセン)はこっそりと逃げ出した。
しばらく音信を絶っていた、姉のルーシー(サラ・ポールソン)のもとへ・・・。
結婚したばかりの姉夫婦は、コネティカットの湖畔の貸別荘で、二週間の休暇を過ごしていた。
その瀟洒なサマーハウスに身を寄せ、新たな暮らしが始まった。
しかし、マーサの心には、どうしてもカルト集団での記憶がよみがえる。

初めて農場を訪れた日、リーダーのパトリック(ジョン・ホークス)は、近寄ってくると優しく声をかけ、マーサに“マーシー・メイ”がいいと言って新しいな名前を与え、幼い頃、マーサが父に捨てられた心の傷を気遣ってくれた。
メンバーたちも、親切に農場での仕事を教えてくれ、“役割”を見つける手助けをしてくれた。

マーサは、姉ルーシーとの会話では、次第に辛辣さが目立ってくる。
夫婦生活に立ち入った質問も多い。
母が死に、姉が大学に入って、ひとりおばさんに預けられたマーサには、昔話など苦いだけの味だ。
夜、ベッドに横たわると、また過去が襲ってくる。
農場での自給自足の生活、パトリックがギターで歌ってくれる歌、先輩にみちびかれて体験した“浄め”の儀式、過去と毒を洗い流すと教えられた、あの夜の異様な感覚が身体によみがえってくる。
そして、マーサの奇行は次第にエスカレートしていき、姉夫婦の間にさざ波が立ち始め、マーシー・メイの妄想が、やがて現実の世界を少しずつ侵しはじめるのだった・・・。

本来の彼女の中で、マーサよりもマーシー・メイが強くなっていて、彼女の本性をそのまま盗み見ているような、奇怪な感覚にとらわれる。
ダーキン監督、友人の体験談をもとに書き上げた物語だ。
カルトの恐怖と、傷ついた人間が陥る闇の深さを、精緻に映し出してゆく。
マーサの精神的な混乱をリアルに描きながら、この作品には、用意周到に強烈なショットが、随所に散りばめられていることがわかる。
マーサが、明け方まだ暗いうちに農場から脱走するシーン、森を出て町に出たマーサが、カルトの青年を振り切って、公衆電話で姉のルーシーに連絡するシーン、後半に入っての別荘でのパーティーで、姿の見えない何者かに追われる、妄想に取りつかれるシーンなど・・・。

ヒロインの拭いきれない恐怖は、純白のドレスでパーティーの席上でバーテンと向き合ったとき、画面の窓ガラスに映った、マーサの映像が奇怪な形で歪み、、二つに分裂する場面にも表れている。
一見、ホラー映画のような設定だ。
不気味な静けさを巧みに生かした音響効果ともどもも、いずれもマーサの内なる心の闇を象徴するかのようだ。

マーサという女性は決して弱い女性なのではなく、感受性があまりにも豊かで、強い衝撃を受けてしまった女性だ。
孤独な時代に、カルト集団に安らぎを感じてマーシー・メイとなるが、やがて自ら逃げ出し、社会での自分の立ち位置や未来、自らの罪について疑問を募らせていく。
画面は、過去と現在が明きらかに区別されていないため、次に何が起こるかわからない。
マインド・コントロールで混乱しているマーサにとって、農場で起きたこと、サマーハウスで起きていることが、同時に展開しているからだ。
現在と過去のふたつの時間は、マーサの中でまぜこぜになっている。
ショーン・ダーキン監督は、わざわざ混乱を引き起こさせようと、この映画を演出しているようにも見える。
当然、実際に観ている方も混乱する。

唯一の肉親である姉にさえも、心を開くことができないマーサ・・・。
湖畔の別荘で二週間を過ごした、マーサの絶望的な闘いが、これからどうなるかというところで、この映画はラストを迎えてしまうのだ。
ああ、何ということか。
残される余韻の重さと深さに、観客は迷路に踏み込んだまま立ち尽くすのである。


恐るべし!
弱冠22歳
リザベス・オルセンは、ドラマ「フルハウス」ではオルセン姉妹を姉に持つヤングセレブだが、この作品で、一気に注目株として浮上してきた女優だ。
本作でも、もろい少女のようでも、深遠で大人の女の魅惑的な表情を演じ分けている。
狂っても、美しいマーサを演じる彼女は自然体だ。
ショーン・ダーキン監督アメリカ映画「マーサ、あるいはマーシー・メイ」は、恐怖を醸し出す削ぎ落とされた映像と、人の心の動きを緻密に追って出色である。
心の闇に葬ったもう一人の自分がいて、もう一人の自分を狂わせていく・・・?!
時間軸を激しく交錯するフラッシュバックに、かなりの戸惑いも覚えるが、社会に戻ろうともがき苦しむヒロインの、最も過酷な二週間を描いた上質の作品だ。
     [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点