徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「ONCE ダブリンの街角で」ー出逢いと別れー

2008-05-16 19:00:00 | 映画

ONCE、たった一度の出逢い・・・。
ある日、ある時、アイルランド・ダブリンの街角で、男と女は出逢った。

男は穴の空いたギターを抱え、街角に立つストリート・ミュージシャンだ。
女は楽器店でピアノを弾くのを楽しみにする、チェコからの移民だった。
一見、何の接点もない二人を、音楽が結びつける。
男と女の、言葉にできないもどかしさを音楽にのせて、一緒に演奏する喜びを見つけた二人のメロディは重なりあって、心地よいハーモニーを奏でる。
そんな、どこの街角でも起こりうる普遍的な出逢いが、静かに動き始める。

ジョン・カーニー監督のアイルランド映画である。
見ていて、何とももどかしさが残る作品だ。もっとも、そのもどかしさがテーマともいえる。
だから、そう思って見ればよいだけのことで・・・。
言葉では、照れくさくなる感情の表現も、音楽にのせると、より自然に心に響く。
人には、過去があり、現在がある。
実った恋もあり、実らなかった恋もある。現在進行形の恋だってある。
友情なのか、恋なのか。
かつての淡い思い出、男と女の友情など、誰もが一度は経験しながら、どこか理解できずにいる微妙な心理が、ここではもどかしいくらいに丁寧に描かれる。
それがまた、男と女の恋愛のタイミングのずれや鼓動となって、リアルに伝わってくる不思議さは感じられる。

夜の街角で、オンボロギターをかき鳴らす男(グレン・ハンサード)は、誰もが知っているヒット曲を弾いていた。
しかし、歌う男の前に足を止める者はいない。
そこへ、雑誌や花を売っている女(マルケタ・イルグロヴァ)が現れ、10セント硬貨を出す。
少ないチップに、男は皮肉を言うのだが、女には通じない。
 「お金のために?誰のための歌?恋人はいないの?」
女の執拗な質問を疎ましく思いながら、翌日に掃除機の修理を約束させられる。
それは、彼の昼間の仕事だ。
彼は、昔別れた彼女を想いながら、自分の部屋でひとり曲を作る・・・。

翌日、人混みに応えるように演奏する男の前に、壊れた掃除機を引きずって女が現れる。
彼は、再会に驚きながら、その強引さに押され、彼女がピアノを弾かせてもらうという楽器店に立ち寄る。
彼女のピアノの腕を確信した彼は、自分が書いた曲を一緒に演奏してみないかと持ちかけた。

二人のセッションは予想をはるかに上回り、美しいハーモニーを生み出した。
彼は、その演奏に喜びを覚え、彼女に惹かれていく。
彼は、彼女に自分の曲に詞をつけてみないかと提案する。
働くばかりの生活から、束の間、彼女も喜んで心に抱えていた想いを詞につづる。
女は家政婦の仕事に追われ、彼も掃除機と父親の世話をし、別れた昔の彼女のビデオを見ながら曲を作る。
彼は、まだ過去に生きている。

あるとき、彼女が、故郷に夫がいるが、いまは全く会っていないと告白する。
男は、覚えたてのチェコ語で聞く。
 「彼を愛してる?」
彼女は、チェコ語で答える。だが、彼には、その笑顔の意味することが分からない。

・・・男は、ストリートでいつものように花を売る女を見つけ、自分はこれからロンドンへ渡るから、最後の週末を一緒に数曲レコーディングしたいと提案する。
二人のレコーディングは順調に進んだ。
休憩のとき、ピアノのある暗いスタジオで、女は書きかけの曲を男の前で弾き、突然泣き崩れた。
彼女は、一人で家族を養っていたのだが、寂しさゆえ、男の優しさに心が揺らぎ始めていた・・・。
彼は、彼女に言った。
 「どう、一緒にロンドンに行かないか。そして、一緒に音楽をやろう」
 「お母さんを連れていっていい?」
彼女の一言で、二人の間に少し気まずい沈黙が訪れた・・・。
二人は見つめ合った。
・・・男と女の目は、いつまでも小さくさまよっていた。

二人が会っているときの、微妙に揺れるお互いの気持ちが読めて、面白くもどかしい。
人間とは淋しいもので、隣人や誰かとふと話したくなったり、今の想い、これからの出逢いに想いをめぐらして、どこかほのぼのとした気持ちになるものだ。

さすがに作品の中で歌われる歌は多いが、この映画  ONCE ダブリンの街で(←映画の詳細はこちらへ)のよいところは、主人公たちが俳優でないところだろう。                          
二人とも俳優でないこと、そのことがかえって温かく、自由奔放な作品を生み出したのかも知れない。
演技が、演技らしくなく、とても自然体なのがいい。

この作品のキイとなる二人(男女主人公)は、国内チャートで一位を獲得するアイルランドの実力派バンドのフロントマン、グレン・ハンサード(事実、彼はダブリンのストリート・ミュージシャンだった)と、実際にプラハのツアー中に出会い、自身のソロ・アルバムでも共演、共作したチェコの新鋭シンガーソングライター、マルケタ・イルグロヴァで、この二人が演奏活動を続けていくなかで、音楽的なコラボレーションまたこの映画出演の共演へと発展していったというのも、十分に納得のできる話である。

小品とはいえ、映画人の視点と詩人の感覚を持ち合わせた、一種の音楽映画といった趣がある。
この作品、サンダンス映画祭ダブリン国際映画祭の、観客賞受賞作だ。