かつて民俗学者に柳田國男がおり宮本常一がいた。ザシキワラシやカッパ、神隠し、姥捨てなど、岩手県遠野に伝わる伝承を記録した柳田国男の「遠野物語」があり、宮本常一の「忘れられた日本人」がある。前者が東北に伝わる伝承に対して後者の宮本さんは伊予市の対面にある周防大島の出だけあって親近感を覚えた。その宮本さんが全国方々島嶼部に及ばず地のハテまで足を運んで書いている本に圧倒された。他にも山人の生活史、「山に生きる人々」を上梓している。その本によると大島から船で三津に渡り石鎚の山々にも分け入り生活の記録を書いている。山人の生き様、とても貧しいながらも自然と共に生きる生活内容の、物質的に厳しくもあり精神的には豊かでもある内容に、私は一時嵌まってしまった。石鎚の峰々谷筋など踏破されている。もちろんこの谷にも入って昔の人々にもきっと会ったに違いない。場所は西条市小松町石鎚の中村地区。
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この奥深い山の中で昭和30年代までは212世帯の人口1200人ほどの山人が住んでいたそうな。
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でも全国どこでも御多分に漏れず減少し、今人口3人。数年前までにちょくちょくお邪魔をさせていただいてた曽我部正喜さん、当時民放やNHKに追っかけられてしばしば60分番組にも出ていられて、例えば曽我部さんが作っていた黒茶、発酵して作る甜茶をよばれたり、ご先祖さんである平家の教えを守ったたくあんをお茶うけに頂いたりして、朴訥なご主人、おたふくさんのように柔和な顔立ちの奥さんと陽の当たる縁側に座り込んで雑談をするために行くのが山行の楽しみの一つであった。曽我部さんから年々人がいなくなることをお聞きしていたが・・・今日中村地区の諏訪神社の祭礼があり、宮総代長さんにお聞きすると、曽我部さんは施設に入り奥さんはご長男さん宅に移られたことをお聞きした。それで少なくなり3人となったワケかと・・・。
数年前には無人とはいえまだ建っていた家も
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商店だったんだろうか?
崩れ去り、ほとんどの人工物は自然に還っていく。私の感覚では自然に還るというよりも自然に飲み込まれる感じがしているが・・。山崩れ、雨風雪により崩れ、そして生命力の強い植物、木々が芽を吹き人工物を飲み込んでしまうというように。
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この谷筋にあるのが諏訪神社
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石鎚山老之川の澄み切った川が流れるそのそばに神社がある。氏子は100人ほどだとお聞きした。
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今日は祭礼の日である。
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今施設入られていると聞く曽我部正喜さんが笑顔でこの祭礼を取り取仕切っていた数年前にNHKの番組があったのがここにまつわる獅子舞。
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諏訪神社の総代長曽我部良一さんに会う。今別の街に移り住んでいる。宮総代長さんは、かつて住んでいた村を廃墟にするには忍びない、せめて伝統となる祭礼は守って引き継で行きたいと、奉納される獅子舞を見ながらお話をしていただいた。側にプレスの若い女性記者がカメラを回し獅子舞の画を撮っている。
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もちろん獅子を舞う子供さんや青年の方々はここに住んではいない。遠方から集まっている。
そして思う。哀切と歓喜、哀しみと喜びはいったいどこからやって来るのだろうかと。
経済的あるいは、地理的条件、また身体的条件により余儀なくされ故郷を捨てた方々が一年に一度の神社の祭礼に参加し、故郷を離れた、あるいは捨てたかつての地域住民が集まる姿に感銘を受けた。生きるとは何か?を自ずから問うて来るようでもあった。
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この奥深い山の中で昭和30年代までは212世帯の人口1200人ほどの山人が住んでいたそうな。
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でも全国どこでも御多分に漏れず減少し、今人口3人。数年前までにちょくちょくお邪魔をさせていただいてた曽我部正喜さん、当時民放やNHKに追っかけられてしばしば60分番組にも出ていられて、例えば曽我部さんが作っていた黒茶、発酵して作る甜茶をよばれたり、ご先祖さんである平家の教えを守ったたくあんをお茶うけに頂いたりして、朴訥なご主人、おたふくさんのように柔和な顔立ちの奥さんと陽の当たる縁側に座り込んで雑談をするために行くのが山行の楽しみの一つであった。曽我部さんから年々人がいなくなることをお聞きしていたが・・・今日中村地区の諏訪神社の祭礼があり、宮総代長さんにお聞きすると、曽我部さんは施設に入り奥さんはご長男さん宅に移られたことをお聞きした。それで少なくなり3人となったワケかと・・・。
数年前には無人とはいえまだ建っていた家も
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商店だったんだろうか?
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崩れ去り、ほとんどの人工物は自然に還っていく。私の感覚では自然に還るというよりも自然に飲み込まれる感じがしているが・・。山崩れ、雨風雪により崩れ、そして生命力の強い植物、木々が芽を吹き人工物を飲み込んでしまうというように。
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この谷筋にあるのが諏訪神社
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石鎚山老之川の澄み切った川が流れるそのそばに神社がある。氏子は100人ほどだとお聞きした。
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今日は祭礼の日である。
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今施設入られていると聞く曽我部正喜さんが笑顔でこの祭礼を取り取仕切っていた数年前にNHKの番組があったのがここにまつわる獅子舞。
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諏訪神社の総代長曽我部良一さんに会う。今別の街に移り住んでいる。宮総代長さんは、かつて住んでいた村を廃墟にするには忍びない、せめて伝統となる祭礼は守って引き継で行きたいと、奉納される獅子舞を見ながらお話をしていただいた。側にプレスの若い女性記者がカメラを回し獅子舞の画を撮っている。
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もちろん獅子を舞う子供さんや青年の方々はここに住んではいない。遠方から集まっている。
そして思う。哀切と歓喜、哀しみと喜びはいったいどこからやって来るのだろうかと。
経済的あるいは、地理的条件、また身体的条件により余儀なくされ故郷を捨てた方々が一年に一度の神社の祭礼に参加し、故郷を離れた、あるいは捨てたかつての地域住民が集まる姿に感銘を受けた。生きるとは何か?を自ずから問うて来るようでもあった。
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