年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

行く

2005-07-06 00:00:00 | Weblog

2005/7/6 (Wed) 行く

 天気が回復する。お昼の時間に電話が入る。妹と母親が韓国へ行くために空港から電話をかけてきているようだ。聞けばECC研究会のメンバーの一人がアシアナ航空に勤めているので私が彼にちょっと用事を頼んだところその用件ができなかった代わりに2人に機内の前列席を用意してくれていたらしく恐縮していた内容であった。礼を言ってくれと云われたので今度土曜日の例会に2次会で会うからと伝えた。キャリアに関する勉強会が9日に開かれる予定である。この研究会はいろいろな人が年齢を越えてさまざまな人生経験を経た上で話し合うので結構面白いと感じている。しかしこの経験が邪魔になってくるからめんどくさくなる。往々にして人は自分の経験則からものごとを判断しがちであろうがクライエント側からみれば他人のものさしで計られる息苦しさがある。私は自分の経験を脳裏から消して自分は人と関わって行く過程でどのようなところに位置しているかに興味が湧く。つまりその人にどのように依存しているのか・・・など。たとえばクライエントに教えることによってのみしか自分が存在できないとすれば自分の方が相談に来るクライエントに依存することになってくる。共生とはほど遠くなる。かつて詩人の茨木のり子さんが書いた詩を思い出す。今までたくさんもたれかかって生きてきたけれど,たとえば宗教とかお金とか人とか,しかしこの年になってただもたれて丁度いいのは椅子の背もたれくらいだと確かそのような内容であった。