一言、云いたいね

社会の状況を見て一言云わせて貰う

悪夢の毛沢東時代が再来、失われる50年の到来

2024-05-14 09:04:56 | 日記
中国は曾て毛沢東時代に多くの歴史的な文化財を失った。そして、それに加えて未来への道も失っていた。鄧小平が出てきて未来への道を少しづつ回復を見せ、現在に至っている。しかし、国の発展というのは、学術関係だけでなく教育においても社会生活においても発展していかないと世界から取り残されることになる。今の中国は他国が開発した技術などを無償で取り入れて出来上がったものであり、中国自身が開発したものは殆どない。長く続いた毛沢東時代は、科学技術の発展を大きく阻害し、過去の文化遺産を破壊してしまった。今残されている歴史的遺産は、偶然、残ってしまったのではないか。簡単に破壊できるものの殆どが破壊され、文物などの文化遺産はほとんど残されていない。地方都市にあって、隠されていたものは偶然破壊を免れたものだ。


中国には広大な砂漠が存在する。ある場所は軍事基地となっているために立ち入りが禁止されている。砂漠には古代の遺産が多く残されているが、果してしっかりと守られているのだろうか。小生は20年ほど前にシルクロードに沿ってウルムチまで旅をしたことがあるが、その時には多くの遺跡が残されていた。遺跡というのは残そうと思わなければすぐに破壊されてしまう。当時、訪れる人が少ない遺跡にも行ったが、現地の人達は一所懸命に保護活動をしていた。殆どが自由に探索できるようになっていたが、守る人たちがいなくなったら、遺跡は砂漠の中にうずもれてしまうのではないか。砂漠の果てに万里の長城の遺跡が多く残されていたことを記憶しているが、今はどうなっているのだろうか。


トルファンやウルムチは当時は現地のウイグル族の人達が熱心に説明をしてくれていた。彼等は、漢民族とは異なり、イスラム教を信仰し、モスクへも通っていた。民族衣装も素晴らしく、漢民族の中国とは全く異なる文化を持っていた。習近平時代になってウイグル族はどのようになってしまったのか。少なくともイスラム教は禁止され、モスクは無くなってしまったのではないか。弾圧にあったといわれているウイグル族はどのような生活をしているのだろうか。イスラム教色のなくなったウイグル族は行き場がなくなってしまったのではないか。20年前の旅行では、西安から漢民族のガイドが強制的に付けられ、現地へ行ったら、現地ガイドも付けられた。


現地ガイドから西安の漢民族のガイドがいない時に話をしたら、当時でも様々な問題があると聞いた。要は、現地人を監視するための西安のガイドは、完全に治安関係の人間のようであった。現在よりも緩かったかもしれないが、監視されていたことは事実である。これからの中国は、一体どこに向かうのだろうか。チベット地区やウイグル地区はこれからどうなっていくのだろうか。中国が閉鎖社会になると、嘗ての東ドイツのようになっていくのではないか。日本とは海を隔てているので、直接目にすることはないが、様々な情報が日本へもたらされてくると、当然様々な憶測が飛び回ることになる。中国が、嘗ての東ドイツのようになり、現在の北朝鮮のようになると、ますます東アジアは不安定になるだろう。中国への旅行は増々できなくなるのではないか。

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