カクレマショウ

やっぴBLOG

「聖者たちの食卓」──みんなで作って、みんなで食べる

2014-11-28 | └歴史映画

 “HIMSELF HE COOKS” 

2011年/ベルギー/65分

監督:フィリップ・ヴィチュス      ヴァレリー・ベルト

http://www.uplink.co.jp/seijya/

インドはアムリッツァーにあるシク教の総本山、ハリマンディル・サーヒブ。通称「黄金寺院(ゴールデン・テンプル)」。ここでは、なんと、毎日10万食もの食事が巡礼者や信者のために提供されているという。しかもすべて無料。この映画は、そんな驚くべき「聖者の食卓」の様子を、一切のセリフもナレーションも抜きで淡々と描き出してくれるドキュメンタリーです。同じドキュメンタリーでも、「NHKスペシャル」とはぜんぜん違う。スクリーンに登場しては消えていく人々の表情やしぐさが無言のうちに何かを訴えてくる…という意味では、やっぱりこれは「映画」なんですね。 

  

まず、「毎日10万食」というのがにわかには信じがたい。だって、仮に一度に100人の人が食べるとしたら、一日1,000回ものお食事タイムが必要。いや、それじゃ時間が足りなさ過ぎる。一度に1,000人だとすると100回か。1回当たり15分の食事時間として、1時間で4回、かける24時間で……あれ?96回にしかならない。実際には、一度に「5,000人」が食事を取るのだそうです。ということは、お食事タイムは1日20回ということになります。それにしても、朝から晩まで、いったいどうやってそれだけの食事をつくっているのだろう…?? 

パンフレットに、「ある日のメニュー」が紹介されていました。豆カレー、チャパティ(薄焼きパン)、ライタ(ヨーグルトサラダ)、季節の野菜のサブジ(スパイス和え)。宗教的な配慮から、肉類は使わず野菜中心のヘルシーメニューになってます。いたってシンプルですが、なんつったって、これを「10万食」提供しなきゃいけない。いったいどのくらいの材料が必要なのか。これもパンフレットにちゃんと載っています。 

 小麦粉2,300kg 豆830kg 米644kg 茶葉50kg 砂糖360kg 牛乳322リットル

このほかに、野菜類は、近くの畑で採れたものや地元の市場で仕入れたものを使うのだそうです。あと、ギー(澄ましバター)はシク教徒直営の牛乳工場から調達。 

次の驚きは「無料」だという点。なぜこれだけの食事を無料で提供できるのか? ネットみたいに広告料で賄っているわけでは決してありません。無償のボランティア300人がせっせと調理しているのです! 映画では、まずその調理場面が映し出されます。別に調理室で料理するわけじゃないのです。大広間みたいなところで、男女問わず大勢の人が床に座り込んで、めいめいが持ち寄ったナイフでタマネギやらニンニクを刻む。山盛りになれば、それをシートに集めて運ぶ人がいる。パン焼き部屋では、小麦粉を練って丸める人がいる。それを麺棒で平らに伸す人、かまどで焼き上げる人が、これも大勢。とにかく大勢。調理室に行くと、豆カレーを作る人がいる。鍋はとてつもなくでかい。抱えるようなしゃもじでかきまぜています。 

こうして、みんなが自分の役割をこなしているうちに、いつの間にか食事が出来上がっている…。混沌と混乱の中にある秩序。食事が出来上がると、手に手に金属製のプレートを1枚ずつ持った、これまた大勢の人が食事会場にどっと入って来て床に列になって座る。すかさず、バケツにカレーを入れた人、籠にチャパティを山盛りにした人たちがやってきて、それぞれのプレートに食事を配って回る。チャパティはお代わりもできるそうで。 

食事が済んだら、それぞれカラになったプレートを持って撤収。それらを集める係の人もいて、プレートが宙を飛びながら回収される。集める人、残飯まみれになっちゃってるし。回収された食器は、巨大な流し場で丁寧に洗われます。最後に、ちゃんと汚れが落ちているか、点検する係の人までいる。 

食事会場には、清掃係が入ります。水が撒かれ、きれいに洗い流される。細長いカーペットも剥がされて、水洗い。ここでもびしょぬれになっている人がいました。でも、そんなことはいちいち気にしないのです。水は、寺院の人工池からバケツで汲んできます。面白いなと思ったのは、バケツに水を汲んでくる人と、それを床にぶちまける人は別の人なのです。決して他人の仕事に手を出さない。 

シク教は、厳格なカースト制度を基盤とするヒンドゥーと違って、「万人平等」を旨とする宗教です。カーストでは、身分ごとに割り当てられる仕事も細かく規定されていて、それを厳密に守らなければなりません。例えば、「机の上を拭く人」と「床を拭く人」のカーストは違うという話を聞いたことがあります。それだけ細かく区分されているということです。でも、カースト・フリーなはずのシク教徒でも、お互いの領域を侵さないという暗黙のルールがあるんだなとちょっと意外な感じを受けました。 

シク教というのは、16世紀に、ヒンドゥー教の改革派としてナーナクという人が創始した宗教です。イスラム教の影響を受け、一神教で偶像を否定。ムガール帝国の皇帝に迫害され続けた挙句、教団は次第に軍事組織化し、19世紀にはイギリスと戦うまでになりました(シク戦争)。「腹が減ってはいくさはできぬ」ということでもないのでしょうが、シク教徒は「食べる」ことに執着していました。それが今でも脈々と受け継がれているのですね。

この映画を見てつくづく思いました。「みんなで作ってみんなで食べる」って、人間にしかできない、気高く美しい行為なんだなと。気の合った仲間とおしゃべりしながらももちろん楽しいけれど、別に会話がなくてもいいのかもしれない。体に良い安全な食材を使って、みんなで分担して調理して、おいしく食べる時間と場を共有する。大人が子どもたちに伝えていかなければならないことの一つですね。「食育」って、シンプルにそういうことなんだろうと思う。別に「食育基本法」なんて法律で決められるべきことじゃない。


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