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カクレマショウ

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「ヴェニスの商人」─映画化は意味があるのか?

2006-10-09 | └歴史映画
ちょうど社会人になりたての頃に、「ワープロ」が社会に登場してきました。その中に「文豪」という名の機種がありました。そのキャラクターとして使われていたのがシェークスピアだったと思います。文豪といえばやっぱりシェークスピアなのか…とふと考えたことがありました。

その"文豪"シェークスピアの代表作の一つ『ヴェニスの商人』を映画化した作品です。

「人肉裁判」─と、ここだけスプラッター映画みたいな言われ方をされるあの有名な法廷シーンをはじめ、あらすじはよく知られています。その「人肉裁判」をはじめ、「ムコ探しのための箱選び」、「指輪の紛失」といった筋は、実は元ネタがあって、シェークスピアはそれらを巧みに組み合わせて、この有名な喜劇作品を生み出したのです。

「喜劇」…?

この映画を見た人は、これが元々は「喜劇」であることに違和感を感じるかもしれません。どう見てもこの映画は「シャイロックの悲劇」ですから。ここに、このシェークスピアの傑作の映画化の限界があります。

結局、シャイロックをどう描くか、なのです。シェークスピアにとって、シャイロックは単なる「欲の深い悪徳ユダヤ人」でしかないのです。この喜劇をおもしろおかしくするための悪役です。だから、芝居を演ずる際にも、シャイロック役はもっとも重要な役となります。その証拠に、当時から「有名どころ」がシャイロック役を務めるのが当然でした。彼が悪徳の権化であればあるほど、アントーニオやバサーニオ、ポーシャら「主役」が引き立ちます。指輪のエピソードも生きてくるというものです。

たとえば、法廷シーンの最後に、9回裏逆転サヨナラ負けを喫したシャイロックが、ポーシャの示した苛酷な条件に「何か言うことがあるか?」と聞かれ、「それでよろしゅうございます」と答えるシーンがあります(新潮文庫『ヴェニスの商人』福田恆存訳)。「それでよろしゅうございます」。このセリフをどんなふうに言うか、ここは役者の勝負どころではないかと思います。決して額面通りなんかではなく、実は心の中では不満たらたら…という感じを出すことによって、観客は「にっくきシャイロック」のイメージを最後まで持ち続けることができるのです。

この映画でシャイロックを演じているのはやはり名優のアル・パチーノ。その存在感はさすがというほかありません。傲慢さ、欲の深さ、娘を失った哀しみ、有頂天からどん底への急転。しかしながら、シェークスピアに言わせれば、「ちょっとちがうかも…」という感じなのではないでしょうか…。

シャイロックはユダヤ人です。当時のヨーロッパ・キリスト教世界において、ユダヤ人(=ユダヤ教徒)は完璧に差別の対象でした。ほとんど人間扱いされていません。イエスを十字架にかけたユダヤ人はキリスト教徒にとって最大の敵だったのかもしれません。しかも、そのユダヤ人はキリスト教徒が忌み嫌う「金貸し業」として富を得る者が多かった。金を貸して利子を取ることは、キリスト教徒の道徳からはかけ離れた行為でした。しかし、現実には商売や貿易を行う上で、そういった行為をせざるを得ません。新潮文庫の訳者・福田氏による「解題」には、「クリスト教徒は良心を傷つけずに事を運ぶため、自分の罪を背負ってもらう生けにえを必要とした。その生けにえの役をユダヤ人が自ら買って出た。中世を支配したクリスト教徒から追いつめられた彼等は、専らその間隙を縫い、金貸業をもって実利を占めて行ったのである」と説明されています。

「恋におちたシェークスピア」という映画がありますが、これを見ると、当時の売れっ子劇作家であったシェークスピアがいかに「人気のある」戯曲(台本)を書くことに苦労していたかがわかります。ユダヤ人を「悪役」に仕立てることは、市民感情にかなったものでした。売れセンを狙うために、シェークスピアはシャイロックというスケープゴートを作り上げたのではないでしょうか。

もちろん彼自身もユダヤ人に対して一般市民と同じような感情を抱いていたのかもしれません。ただ、映画にもセリフが出てきますが、シェークスピアはシャイロックにこんなことを言わせています。

「…ユダヤ人は目なしとでも言うのですかい? 手がないとでも? 臓腑なし、五体なし、感覚、感情、情熱なし、なんにもないとでも言うのですかい? 同じものを食っていないと言うのかね、同じ刃物では傷がつかない、同じ病気にはかからない、同じ薬では癒(なお)らない、同じ寒さ熱さを感じない、何もかもクリスト教徒とは違うとでも言うのかな?針でさしてみるかい、われわれの体からは血が出ませんかな? くすぐられても笑わない、毒を飲まされても死なない、だから、ひどい目に会わされても、仕かえしはするな、そうおっしゃるんですかい?…」

これは一体誰に対するメッセージなのでしょうか。当時の多くの観客は、このセリフを聞いて不愉快に思ったはずです。あえてこういうセリフを入れたところをみると、シェークスピアは実はユダヤ人に対する温情も持ち合わせていたのでは?と思いたくなります。

「ヴェニスの商人」のように、もう既に「芝居」として完成されている作品を、あえて現代において映画化するのはどんなもんなんだろう、と私は思います。映画化するなら、「恋におちたシェークスピア」のように、シェークスピア自身を登場させて、彼がこの作品をどんな思いで書いたのか、そのあたりを描く方がよっぽど価値があると思います。「喜劇」として書かれた作品を、現代風に脚色して、ユダヤ人に対する差別を取り上げた「悲劇」に仕立て上げるよりは。

ちなみに、この映画でバサーニオを演じているのは、「恋におちたシェークスピア」でシェークスピアを演じていたジョセフ・ファインズ。彼は、「エリザベス」で女王の愛人ダドリーを演じています。やれやれ、またか…という思いはぬぐい去れません。

歴史映画としては、当時の「水の都」ヴェネツィアの街並みや風俗が克明に描かれていて見所満載ですが。

 

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