
“A SINGLE MAN”
2009年/米/101分
【監督・製作・脚本】 トム・フォード
【原作】 クリストファー・イシャーウッド
【出演】 コリン・ファース/ジョージ ジュリアン・ムーア/チャーリー マシュー・グード/ジム ニコラス・ホルト/ケニー
(C)2009FadetoBlackProductions,Inc.AllRightsReserved.
[シネマディクト]
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自死しようとするジョージが、自分の死後必要となる物を、机の上に几帳面に並べていく。埋葬の時に着せて欲しいスーツとネクタイ、そして靴。生命保険の証書。貸金庫のカギ…。まるで、それらはそこにあるのが当然といった風情で並んでいる。うん、死ぬときにはこうありたいものですね。
この映画、予告編含めてほとんど何の予備知識もなく見たので、いろんな面で驚き満載でした。コリン・ファースの役どころはもちろん、監督のトム・フォードが世界的に有名なカリスマ・デザイナーだということも見たあとで知りました。なるほど、登場人物の洋服といい、家といい、調度品といい、すべてがスタイリッシュだったのはそういうわけだったのか。しかも、時代設定が1962年。うん、この年しかない!良い年です。キューバ危機の年。あの時代の米国の良さがふんだんに表現されています。
ジョージの家も、チャーリー(ジュリアン・ムーア)の家も、見事な調和を見せる。チャーリーの家で、ステレオで音楽をかけて、踊る。そして、じゅうたんの上に寝転がる。ジョージがシンプルなクッションを二つ持ってきて、一つはチャーリーの、もう一つは自分の頭の下に入れて寄り添う。なんということのないシーンですが、私にはとても印象に残っています。

チャーリー役は、ジュリアン・ムーア。いい感じで年取ってる人だなあと改めて思いました。これもトム・フォードのマジックかもしれませんが。離婚して、ロンドンにも帰らずにずっとジョージを想いつつ、16年間も続いてきたジムとジョージの関係を見守ってきた女性。帰ろうとするジョージを引き留め、抱きしめて欲しいと思いながらも、あきらめてジョージを送り出す。この映画は、ほとんどジョージの一人舞台であり、チャーリーも出番は2ヶ所くらいしかありませんが、ジュリアン・ムーア、ぐっと心に突き刺さるシーンを見せてくれています。
ジョージの頭の中で、過去と現在が行きつ戻りつするのですが、それが映像の色合いや質できちんと区別されていたのもすばらしいと思いました。朝、トイレに座りながらジョージが本を読んでいる。窓の外では、近所の娘たちの声がする。それは「過去」の映像なのですが、現在と過去が自然に溶け合っていました。私たちの日常でも、時折過去と現在の見分けがつかなくなることがありますが、そんな感じがすごくよく出ていました。
映像美という意味では、まずは冒頭、真っ白な雪原で車がひっくり返り、ジム(マシュー・グード)が顔から血を流して倒れているシーンがはっとするような美しさでした。ジョージが近づき、ジムにキスをする。そこで、んん?ちょっと待てよ、と思う。そんな映像に、水の中をたゆとうジョージの裸身が重なっていく。んん?これはもしかして…と思う。

貸金庫を整理しに行った銀行で、鞄の中を探るジョージの足もと、ピカピカに磨き上げられた床の上に、あの子の靴が映るシーンも心に残ります。カメラが上方にパンしていくと、水色の服を着た女の子が首を横に振っている。それも現実なのか、過去なのか。自身の死を想うばかりのジョージには、もう区別がついていないのかもしれません。
全く別分野の才能を持った人が映画を撮る。多くの場合、持っている才能は映画づくりでは必ずしも成功していないと思うのですが、このトム・フォードの場合は、デザイナーとしての才能がうまく映画の中で生かされているという意味では、成功の部類に入るのではないでしょうか。ストーリーもこれといってあるわけでなく、淡々とジョージの「最後の一日」を追いながら、時々過去が織り交ぜられるだけの話で、特段盛り上がるクライマックスがあるわけでもないのですが、とにかく、コリン・ファースの演技の素晴らしさに、いつの間にかぐいぐい引き込まれていく。
最初から最後まで、スクリーンから目を離せない、いとおしいようなシーン連続の映画でした。
2009年/米/101分
【監督・製作・脚本】 トム・フォード
【原作】 クリストファー・イシャーウッド
【出演】 コリン・ファース/ジョージ ジュリアン・ムーア/チャーリー マシュー・グード/ジム ニコラス・ホルト/ケニー
(C)2009FadetoBlackProductions,Inc.AllRightsReserved.
[シネマディクト]
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自死しようとするジョージが、自分の死後必要となる物を、机の上に几帳面に並べていく。埋葬の時に着せて欲しいスーツとネクタイ、そして靴。生命保険の証書。貸金庫のカギ…。まるで、それらはそこにあるのが当然といった風情で並んでいる。うん、死ぬときにはこうありたいものですね。
この映画、予告編含めてほとんど何の予備知識もなく見たので、いろんな面で驚き満載でした。コリン・ファースの役どころはもちろん、監督のトム・フォードが世界的に有名なカリスマ・デザイナーだということも見たあとで知りました。なるほど、登場人物の洋服といい、家といい、調度品といい、すべてがスタイリッシュだったのはそういうわけだったのか。しかも、時代設定が1962年。うん、この年しかない!良い年です。キューバ危機の年。あの時代の米国の良さがふんだんに表現されています。
ジョージの家も、チャーリー(ジュリアン・ムーア)の家も、見事な調和を見せる。チャーリーの家で、ステレオで音楽をかけて、踊る。そして、じゅうたんの上に寝転がる。ジョージがシンプルなクッションを二つ持ってきて、一つはチャーリーの、もう一つは自分の頭の下に入れて寄り添う。なんということのないシーンですが、私にはとても印象に残っています。

チャーリー役は、ジュリアン・ムーア。いい感じで年取ってる人だなあと改めて思いました。これもトム・フォードのマジックかもしれませんが。離婚して、ロンドンにも帰らずにずっとジョージを想いつつ、16年間も続いてきたジムとジョージの関係を見守ってきた女性。帰ろうとするジョージを引き留め、抱きしめて欲しいと思いながらも、あきらめてジョージを送り出す。この映画は、ほとんどジョージの一人舞台であり、チャーリーも出番は2ヶ所くらいしかありませんが、ジュリアン・ムーア、ぐっと心に突き刺さるシーンを見せてくれています。
ジョージの頭の中で、過去と現在が行きつ戻りつするのですが、それが映像の色合いや質できちんと区別されていたのもすばらしいと思いました。朝、トイレに座りながらジョージが本を読んでいる。窓の外では、近所の娘たちの声がする。それは「過去」の映像なのですが、現在と過去が自然に溶け合っていました。私たちの日常でも、時折過去と現在の見分けがつかなくなることがありますが、そんな感じがすごくよく出ていました。
映像美という意味では、まずは冒頭、真っ白な雪原で車がひっくり返り、ジム(マシュー・グード)が顔から血を流して倒れているシーンがはっとするような美しさでした。ジョージが近づき、ジムにキスをする。そこで、んん?ちょっと待てよ、と思う。そんな映像に、水の中をたゆとうジョージの裸身が重なっていく。んん?これはもしかして…と思う。

貸金庫を整理しに行った銀行で、鞄の中を探るジョージの足もと、ピカピカに磨き上げられた床の上に、あの子の靴が映るシーンも心に残ります。カメラが上方にパンしていくと、水色の服を着た女の子が首を横に振っている。それも現実なのか、過去なのか。自身の死を想うばかりのジョージには、もう区別がついていないのかもしれません。
全く別分野の才能を持った人が映画を撮る。多くの場合、持っている才能は映画づくりでは必ずしも成功していないと思うのですが、このトム・フォードの場合は、デザイナーとしての才能がうまく映画の中で生かされているという意味では、成功の部類に入るのではないでしょうか。ストーリーもこれといってあるわけでなく、淡々とジョージの「最後の一日」を追いながら、時々過去が織り交ぜられるだけの話で、特段盛り上がるクライマックスがあるわけでもないのですが、とにかく、コリン・ファースの演技の素晴らしさに、いつの間にかぐいぐい引き込まれていく。
最初から最後まで、スクリーンから目を離せない、いとおしいようなシーン連続の映画でした。
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