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カクレマショウ

やっぴBLOG

「愛を読むひと」─「声」がつなぐ愛もある。

2011-01-13 | ■映画
“THE READER”
2008年/米・ドイツ/124分
【監督】 スティーヴン・ダルドリー
【原作】 ベルンハルト・シュリンク『朗読者』(新潮社刊)
【脚本】 デヴィッド・ヘア
【出演】 ケイト・ウィンスレット/ハンナ・シュミッツ レイフ・ファインズ/マイケル・バーグ デヴィッド・クロス/青年時代のマイケル・バーグ ブルーノ・ガンツ/ロール教授
(C) 2008 TWCGF Film Services II, LLC. All rights reserved.
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これもまたナチスが絡んでくる映画。最近、選んでいるわけではないのですが、なぜかそういう映画ばかり見ています。この映画は、前半だけ見たら、「少年と年上の女性のひと夏の青い経験」みたいな映画ですが、後半はガラリと趣が変わる。前半の「青い体験」部分がなぜ必要なのかも、ちゃんと理解できるところがこの映画の素晴らしいところ。

というか、映画もいいけど、とにかく原作が素晴らしいのです。

ベルンハルト・シュリンクの原作『朗読者』を読んだのはずいぶん前のことです。文庫版訳者(松永美穂)の「あとがき」を読んで、シュリンクが法律を専門とする大学教授だということを知り、なるほどね!と思ったものです。「(彼が)文学という手段を選んだのは、戦争犯罪と責任の問題について、教科書的・図式的ではない形で、個々の物語に立ち返りつつ再検討することを望んだからにほかならない、と思う」と松永氏は書いています。法律学者が書く、一見「愛の物語」は、悲しくて、深い。

主人公、ハンナを演じるのは、ケイト・ウィンスレット。「タイタニック」(1997年)のヒロイン、ローズ役を演じた彼女も、こういう役をやるような年齢になりました。この作品で、彼女は念願のアカデミー賞主演女優賞を獲得。なんでも、当初この役は、ニコール・キッドマンがやる予定だったのが、妊娠のため降板。急遽彼女に白羽の矢が…。でも、結果的には、ニコール・キッドマンよりケイト・ウィンスレットで良かったのだと思う。徹頭徹尾、暗い表情を浮かべているハンナには、ニコール・キッドマンの持つにじみ出る華やかさはそぐわないと思う。

現在はベルリンで弁護士として一定の地位を築いている主人公マイケル・バーグ(レイフ・ファインズ)。ふと窓の下を見ると、電車の窓から少年がじっとこちらを見ている…。そこからカメラは少年を追っていく。その時、実は時代も30年前にさかのぼっているのです。下手に主人公の回想ナレーションなんぞがなくても、街並みや着ている服が変わることで、あ、ここから「彼自身」の回想なんだということが分かる。

15歳のマイケルは、ふとしたことからハンナと出会います。映画が始まって10分後には既に二人は肌を重ねているという急展開もごく自然なことのように思える。二人でサイクリングに行ったとき、親子と間違えられるような年の差なのですが、お互いに何か足りないものを埋め合わせるかのように二人は体をむさぼり合う。ハンナは、彼に本を読んでほしいと言う。会うたびにマイケルはいろいろな物語をハンナに読み聞かせる。

別れは突然やってくる。ハンナは何も告げずにマイケルの前から姿を消してしまうのでした。

大学生になったマイケルは、法学を学んでいる。実習で出掛けたある法廷で、彼はハンナと再会する。ハンナはナチスの戦争犯罪を裁く法廷の被告として出頭していたのです。彼女の裁判に通ううち、マイケルは、ハンナがなぜ本を読んでもらうことが好きだったのか、その秘密を知ることになる…。



刑務所に収監されたハンナに、マイケルは本を朗読したテープを送る。ハンナからある日手紙が届く。「テープをありがとう 坊や」 「手紙は届いた? 返事をちょうだい」。ハンナは、テープを聴くうちに、字を覚えたいと思い、少しずつ、読み書きできるようになっていったのです。

ぼくはハンナの手紙を読んだ。そして、歓喜に満たされた。
「彼女は書ける、書けるようになったんだ!」

それからぼくはハンナの筆跡を見、書くことが彼女にとってどれほどの力と戦いを必要とすることだったかを理解した。彼女を誇らしく思った。と同時に、その努力が遅すぎたことや、彼女の人生が失われてしまったことを思って悲しくもあった。正しいタイミングを逸してしまい、あまりにも長いあいだ拒んだり、拒まれたりしていたら、最終的に力を注いだり、喜びをもって取り組んだりしても、もう遅すぎるのだ。それとも「遅すぎる」ということはなくて、単に「遅い」というだけであり、遅くてもやらないよりはましということなのか? ぼくにはわからない。


原作でも映画でも、最も感動的な場面だと思います。戦争中のあの出来事以来、なにごとにも無関心になっていたハンナがおよそ初めて見せた「やる気」。これこそが「愛の力」というものなのか。

さて、映画は、終始、原作を尊重する形で物語が描かれていますが、ただ一つ、どうしても入れて欲しかった場面があります。

出所することになったハンナにマイケルが会いに行く。年老いたハンナの表情や匂いが老人そのものであることに失望を覚えるマイケル。しかし、そのあと原作では、ハンナに電話をかけるシーンがあります。

「怒らないで、坊や。悪い意味で言ったんじゃないから」
刑務所で再会したハンナは、ベンチの上の老人になっていた。彼女は老人のような外見で、老人のような匂いがした。あのときのぼくは、ぜんぜん彼女の声に注意していなかった。彼女の声は、まったく若いときのままだったのだ。


このシーン、映画でも見たかったなあと思う。「声」が変わっていない、それは、ハンナ自身も感じていたことかもしれません。マイケルのテープの声が若い頃とちっとも変わっていない、と。「愛を読むひと」というくらいだから、このシーンは、外せなかったのでは…と思うのです。

この映画、ドイツ人の話なのに、全編英語です。ドイツ語で見たかった、という気持ちもありますが、そこはまあ、ドイツ女性らしい毅然としたをハンナを演じてくれたケイト・ウィンスレットに免じて、やむなしとしましょう。

重厚な、深い愛の物語でした。


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