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カクレマショウ

やっぴBLOG

「時計じかけのオレンジ」その3─キューブリックとマルコム・マクドウェル

2005-09-01 | ■映画
キューブリックが主人公アレックス役に選んだのは、当時27歳のマルコム・マクドウェルでした。彼は俳優としてはそれほどキャリアがあるわけではなかったのですが、この作品でアレックスの狂気を見事に演じ切り、一躍名俳優に…なるはずだったのですが、残念ながら彼のその後のキャリアもそう大したものにはなりませんでした。まるで、アレックス役に、彼の持つ才能をすべて注ぎ込んでしまったかのようです。というより、キューブリックに吸い取られてしまった…と言った方が適切なのかも知れません。

アレックス率いる悪ガキ4人組がある作家夫婦の自宅に押し入り、二人に暴行を加える場面があります。この時、アレックスが歌っていたのが「雨に唄えば」。1953年公開のジーン・ケリー監督・主演の同名映画の主題曲です。

"I'm singin' in the rain...." 不気味な笑顔を浮かべ、脳天気に明るいメロディを口ずさみながらジーン・ケリーばりに踊るアレックス。片手に持ったステッキで作家の妻を打ちつけ、老作家を蹴り上げる。「完璧主義者」として知られるキューブリックは、納得がいくまで何度も撮り直しをするのですが、このシーンを撮影するのにはなんと3日もかかっています。「雨に唄えば」を歌いながら、というのはシナリオには一切書いてありません。キューブリックは、このシーンを作り上げるのに3日間悩み、何気なくマクドウェルに「歌って踊れる曲はあるか」と尋ねる。彼がとっさに思いついたのが「雨に唄えば」だったのです。それは彼が小さい頃から知っている一番楽しい歌であり、歌詞を全部知っている唯一の歌でした。キューブリックは、「雨に唄えば」を使用するために、その日のうちに著作権をクリアする手配をします。この曲は、ストーリー上、のちに重要な意味を持つことになりますし、キューブリックはエンドロールにもジーン・ケリー歌う原曲を使っています。

こうして、キューブリックの執念とそれがもたらしたちょっとした偶然から、あまりにも有名な、というより悪名高いシーンが誕生しました。マクドウェルはのちにこう語っています。「…こういうのが、俳優にとってキューブリックがすごいと思えるところだ。彼は俳優も創作的な仕事に加えてくれるし、いろいろ与えてくれるから。彼は人が持っているものを引き出して、受け入れてくれる。彼の信用を得られれば大丈夫だ」(『映画監督スタンリー・キューブリック』)。

しかし実際、撮影中の監督と主演俳優の関係は、常にぴりぴりしていたようです。キューブリックという人間がもともとあまり人付き合いのいいタイプでなかったこともあるのでしょうが、彼の要求する演技がマクドウェルにとってあまりにも苛酷過ぎたことも関係していたのかもしれません。

たとえば、例の人格矯正治療である「ルドヴィコ療法」。アレックスは拘束衣を着せられ、目には留め具をはめられ、えんえんと残虐シーンの映像を見せられるのです。留め具のおかげで瞬きすらできず、スクリーンから決して目をそらすことができない。この撮影の時、実は留め具のおかげでマクドウェルは左目の角膜を傷つけてしまうのですが、そのことを監督に告げると、キューブリックはこう言ったのだそうです。「シーンの撮影を続けるぞ。もう片方の目は大事にする」…。

また、人格矯正治療が終わり、「まともな人間」になったアレックスが、マスコミ向けに治療の成果を披露するシーン。ステージの上に一人の男が登場し、アレックスを挑発し、彼を床に倒して踏みつけにするのですが、この時、マクドウェルは肋骨を骨折しています。また、社会に戻ったアレックスがかつての仲間で今は警官になっている二人にたたきのめされるシーンでは、水桶に頭を突っ込まれる場面が出てきます。映画を見ていても、編集か?と思わせるような長い時間、水の中に頭を押さえつけられているのですが、この時もあやうく窒息するところだったそうです。

この二人は、きっとギリギリのところでつながっていたのだと思います。そんなギリギリの線のところから、決定的なワンシーン、忘れられない映像が紡ぎ出されていくのでしょう。もしかしたら、キューブリック自身の中に潜む「暴力性」こそ、この映画の持つエネルギーになっているのかもしれません。

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1 コメント

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狂気・・とは (メルクル)
2005-09-12 22:00:03
やっぴさま

メルクルもキューブリック監督がとてもすきなのですが それは彼の作品の色彩と構図の美しさによるところが大きいと思います。この映画をはじめてみたのはパリのシネマテークでした。映画博物館と称されるほどいろんな映画を毎日一日5本程放映しています。短い期間でしたが《1年もいなかった・・)学生仲間と古い日本映画特集など見に行きました。そのとき初めて「雨に歌えば」を見たんですがなんて楽しい映画なんだろうって感じました・・その音楽が「時計仕掛けのオレンジ」で残酷なシーンに使われていてショックでした・・そういうエピソードがあったとは!



「シャイニング」「バリー・リンドン」「2001年宇宙への旅」・・・映像と音楽が印象的です☆
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