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「マルコヴィッチの穴」─自我と他者

2005-09-05 | ■映画
「コーヒー&シガレッツ」に、スパイク・リーとスパイク・ジョーンズを間違えるシーンが出てきます。名前は同じですが、スパイク・リーは、「ドゥ・ザ・ライト・シング」(1989年)、「マルコムX」(1992年)、「ゲット・オン・ザ・バス」(1996年)など、黒人の主人公とした問題作を世に送り出してきた映画監督・俳優。一方、スパイク・ジョーンズの方は、「マルコヴィッチの穴」(1999年)、「アダプテーション」(2002年)といった“反ハリウッド”的な映画を生み出している異色の監督です。

スパイク・ジョーンズのデビュー作「マルコヴィッチの穴」。原題は"Being John Malkovich"。マンハッタンのとあるビルの7と1/2階にある不思議な穴を通り抜けると、15分間だけ有名俳優のジョン・マルコヴィッチの脳の中に入り込める。つまり、「マルコヴィッチになれる」のです。そんな「マルコヴィッチの穴」(この邦題のセンス、なかなかだと思いませんか?)の第一発見者であるしがない人形使いクレイグは、謎の美女マキシムとつるんで、この「穴」を売り込んで収入源にしようとする。ところが、その「穴」は彼と妻ロッテの人生を大きく狂わせていくことになる…。はぁ~。いくらこんな説明しても、見たことのない人にはワケのわからない映画ですね。

前半は、とにかくおかしい。特に7と1/2階にまつわる描写。天井が低いので、その階の会社に務める人はみんな当然のように腰をかがめたり首をすぼめて歩いています。エレベーターを7と1/2階に無理矢理止めてバールでドアをこじあけるシーンとか、話の通じない秘書も面白い。「穴」の噂を聞きつけてやってきた人がマルコヴィッチになれると聞いて、「マルコヴィッチは(自分がなってみたい人の)第二候補だけど、ま、いいか」と言ってみたり、15分間の「マルコヴィッチ体験」をした人が、郊外のハイウェイ脇の土手にドサッと落ちてくる場面とか、おかしなシーンの連続。

後半になると、うって変わって哲学的になる。きわめつけは、マルコヴィッチ自身が「マルコヴィッチの穴」に入っていったらどうなるか…。あっと驚く不思議な世界。

クレイグを演じるのは、ジョン・キューザック。「クレイドル・ウィル・ロック」ではクールな金持ち、ロックフェラーを演じていますが、ここでは、人形使いととしての腕には自信があるが、どうにもさえない、頼りない男を好演しています。妻ロッテにはキャメロン・ディアス。最初は彼女だということがわからないくらい、しょぼい女性です。そして、体つきからしてなんだかギスギス言っているような謎の女マキシムをキャスリン・キーナーが演じる。

しかし何といっても、この映画の主役は知らないうちに脳の中に入り込まれて自分と同じ視点で景色を「見られて」しまうジョン・マルコヴィッチ。彼を知らない方のために説明させていただくと、彼は1953年12月9日 生まれの46歳(この映画公開当時)。私にとっては「キリング・フィールド」(1985年)でフランス人カメラマンを演じたロッコフ役が印象的なのですが、ディカプリオが共演を熱望したと言われる「仮面の男」(1998年)、シャルル皇太子を演じた「ジャンヌ・ダルク」(1999年)など、数多くの映画に出演している俳優です。ちゃんとした?俳優なのに、どうしてこんな?映画にと思ってしまいますが、女装までしちゃって、楽しんでいる様子がうかがえます。クレイグの「操り人形」となって踊るシーンなんか最高です! あの特異な容貌と「マルコヴィッチ」という名前、そしてもちろん類い希な演技力があったからこそ、脚本のチャーリー・カウフマンは彼を起用したのだと思います。

他人の脳の中に入り込む。他人の脳をコントロールする。あまり興味がわくことではありませんが、そんな体験を一度でもしたら、きっと人生大きく変わってしまうことでしょう。この映画を見て、筒井康隆の「七瀬シリーズ」を思い出しましたが、人の心を読むことができる七瀬は、ふだんは意識的に心を読む扉の「掛け金」を下ろしていました。不用意に「掛け金」をはずしてしまうと、他人の「意識の攻撃」にもろに遭遇してしまうからです。

自分と他人。お互い「わからない」からこそおもしろいのです。

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