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茅野市米沢北大塩部落のカタクリ

 のち 
標高900の部落の桜も終わり、次の春告げ花、カタクリを見に行くことにしました。
明日(27日)は、天気予報、雨です。まだ、早いかと思いましたが、とりあえず下見です。



山を後ろにしょった北大塩部落は、農作物を野生動物から守るため、フェンスで囲ってあります。
普段閉めてあるその門を開けて、車を通したら、また、閉めていきます。



曲がりくねった急な山道を登って、山の所有者が、木を切り薪を作る作業場所にしている所の手前、橋のたもとに車を停めます。
始めて教えていただいた頃は、こんな坂道、私には運転できないと主人にアッシー君をお願いしての観察でしたが、雨降り前に見たいし、主人もreityaさんも留守なので1人で見に行く事にしました。
テーブルに、「 カタクリを見に行ってきます。もし帰ってこなかったら、捜索に来て下さい。 」 というメモを残して。
このメモが後で、問題になります。



カタクリの群生地は、この川の左斜面、南向きの林の中です。

まだ、咲き始めたばかりのようです。



今日はアップしませんでしたが、可憐な花弁にも開花し始めは勢いがあり、主人も動きが感じられいいなぁとパソコンの画像を楽しんでいました。



中学時代の同期生10数名が、標高1,405mの奥多摩の御前山にカタクリをはじめとしたスプリング.エフェメラルに逢いに行ってきました。
メーリングリストに載せてくれたアルバムを見ますと、昼食時に小雪が舞ったり、目的の花々に逢うまでが大変だったようです。
一番元気だったのは、幹事さんのお孫さんの8歳のおじょうちゃまで、彼女を心配していたはずのじじばばの方が、足がつったり痙攣したりと低温時の登山の大変さが身にしみたようです。
「次回山行に備えジムで鍛え直します。」というコメントもありました。

それに比べ、私は裏山で簡単に見ることができ、財産区の山に感謝です。



昔は、私たちもかように可憐な乙女だったのにと、口の悪い男子諸氏がメーリングリストにコメントしておりました。



カタクリにも逢え、先日、懐古園のお花見で無くしたPLフィルターを買いに、カメラのキタムラヘ行きました。
なんと6,610円とのこと。あ~ぁ、大損害です。
私は、フィルターの装着が下手で、付けたつもりがポロッと落とすということがよくありました。今後は気をつけなくては。



ついでに、マクロも効いて、望遠も高倍率のコンパクトデジありますか? などと聞いていたら時間がかかってしまい、スーパーで、お買物したら時間は、既に7時。
帰宅したら、主人の車がありません。ひょとしたら、ひょっとしてと思っていましたら、帰ってきました。
案の定、7時頃帰宅したらテーブルにメモがあるし、一人で山に行くことなどしなかった私がいないしで、山に見に行ったそうです。珍しくきつ~い、お目玉。 ごめんなさいでした。
携帯を持つように日頃友人に言われていますが、そちらからも 「だから、言ったでしょう。」 と言われそうです。
彼女には、この話、内緒にしておかないと。。。
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ZoomBrowser EX で、パノラマ写真に合成


CANONの付属ソフト、ZoomBrowser EXを使い合成してパノラマ写真を作ってみました。

カメラにセットしてあったのが、望遠レンズのため山の名前の看板が近すぎて1枚で撮れませんでした。
山の名前のメモ代りで、後でパノラマを試そうと思い撮ったわけではないので接合部を重ねて撮っていません。



1枚目と2枚目は、たまたまつなぎ目の重なり分がありました。



2枚目と3枚目は、山の間があいてしまいました。



1か所でぐるりと、回って写したので、角度も3枚それぞれです。
1枚目、2枚目の接合部はきれいにつながりましたが、つなぎ目が重なり分が無かった2枚目と3枚目の接合部分はちょっと不自然。
                                                 



上下トリミングしてPhotoShopでお化粧するとこんな感じです。
次回は、カニ歩きで接合部の重なり分を意識して写しておくとうまくいきそうです。



池田町からの帰路、豊科インターから高速に入ろうと思ったら、北アルプスがきれいに見え始めました。
ちょっと回り道をして、畑の中の農道をぐるぐる、ぐるぐる。
エプソンの大きな建物があったり、工場があったりで、なかなかきれいに山が見える所に出ません。

ようやく何とか写せる所に出ました。広角の付いた標準レンズですので、1枚で山並み全景を写せましたが、



これも2枚の写真で合成してみることにしました。
1枚目が右側。



2枚目が左側。
この2枚は、右3分の2がいらないくらい重なり分があります。



こんなに接合部の重なり分が多い写真で大丈夫かしらと思いましたが、きれいに重なり、接合部はぜんぜん解りません。
接合部の重なりは、少ないより多すぎるくらいの方が、うまく重なるようです。
始めての合成パノラマ、印刷するとしたら用紙は、どうするのかな?
A4に印刷してカットすればいいのでしょうか?

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山桜の里 池田町 「 夢の郷公園 」

 のち 
今日は、上京して母を訪ねるつもりでおりましたが、今日だけお天気というので親不孝娘は、急遽予定を変更。
昨日、テレビで放映された標高800から900mの山あいの部落、安曇野市池田町へ山桜を見に行ってきました。



中国の 「 桃源郷 」 にちなみ、「 桜源郷 」 と名付けられた山桜が群生する里です。
越生の梅林をご存知の方は、あの梅が桜になったと連想してください。
お天気が良い時は、山の向こうに北アルプスも見えるそうです。



春を告げるスミレの花も咲き始めました。



山桜がこれほど群生しているのは、始めてみました。普通は、緑の木々の間に単独で自生しています。
向こうに見えている曲がりくねった道に行ってみたかったのですが、こう配が急なため桜シーズンは、徒歩でのみ散策可という事で断念。



鳥により、種が運ばれ土地と合い、これだけの群生になったので小鳥が咲かせた桜の里だそうです。
今年は、冷え込んだので花のシーズンが長いとのこと。



10数軒が暮らす静かな部落です。



テレビで、放映されたので、天気の良いこの週末は、あの細い山道を上り下りする車が多いことと思いますが、ご都合つく方は一見の価値ありです。

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初収穫 シイタケ


昨年春に、シイタケ菌を植え付けた楢の木に、いよいよシイタケができました。
JAピアみどりの講習会で2年は、かかると言われていますので、今年はこの2つで終わりかも。
とりあえず、大事な2つ、お夕飯で、焼きシイタケに。。。

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諏訪も、お花見シーズン


昨晩雪が降ったわりに、山は白くありません。



出てきたばかりのツクシンボウもどうしたものかと戸惑っています。



庭の桜も咲き始め、お花見に出かけることにしました。



同期生たちが、御柱翌日、観光で回った高島城の桜も満開でした。
出かけたのは午後でしたが、お堀端から写すのは、午前中に行った方が良いようです。
午後は逆光で、お城が暗くなってしまいます。



今日は、土曜日。最寄りの諏訪市役所駐車場は、花見客の車で満車です。



土地柄、学校には弓道部があるようです。



八重のしだれ桜も満開。かわいいですね。



皆さまが足湯に浸かった諏訪湖傍の桜も満開になりました。
八ヶ岳は、まだ雲の中ですが、この後30分ほど青空に顔を出しました。

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御柱祭 木落とし 


4月3日、地図右端、子の神(ねのかみ) から 左端、川越しまで御柱が曳行されました。
その見物に、中学の同期生20名ほどが、山口県、奈良県、京都府、愛知県、神奈川県、東京都から、ここ茅野市にやってきました。



駅にお迎えに行ったら、歓迎セレモニー、諏訪信金ヤング総出の 「花笠音頭」 の最中でした。
いつも、ガラガラの茅野駅ですが、この日は、ものすごい人出。
早めに来て、吟行をしたいという1人、名古屋方面から3人、残りが東京方面からと、3回のお出迎えです。 



全員無事到着し、ホテルで荷物を預け、法被を着て曳行に向かいます。
前宮二の御柱を曳かせていただくことになっていますので、その部落の法被をお借りしています。
他の地区の御柱を曳かせていただく時は、他の部落名が入った法被は遠慮します。
元野球部の、のっぽさんは目印の瓢箪を付けたオンベをかざし、メンバーの迷子予防です。
各自、おにぎり、飲み物、曳き綱、軍手を現地幹事から受け取り、さぁ、レッツ・ゴー!!



少し曳行して、お祭り気分を味わってもらう予定でしたが、前宮二の御柱、既に図書館上まで来ていました。



前の御柱の木落としが始まるようです。その間に、私たちは、おにぎりをいただき見物に備えます。



10mも曳行しなかったかもしれません。でも、木落とし坂したの特等席で見る権利は、確保。
横の階段を降りて、見物です。



前宮二の御柱を担当する部落の旗持ちが降りてきます。
これもお役の方です。温泉でのお年寄りの話では、「誰誰の息子が旗持ちになったが、旗持ちも大変だなぁ。」 という事でした。



オンベを持った木遣りの衆も降りてきます。



山出しのメインイベント木落としが始まります。

スライドショーでどうぞ! (←クリック)
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御柱祭 山出し 曳き綱かかり 


木づくりの作業をした場所を地図右端 原村 「綱置き場」 と言います。
4月2日、そこから、左端、子の神 (ねのかみ) あたりまで山出しという曳行が行われました。



難所、穴山の大曲を通過する様子がテレビで放映されました。



曳行の時は、曳き綱かかりが作った曳き綱という細い綱を元綱に絡めて曳きます。
飛び入りでも、余っていれば係りの人がくれる場合もあります。



当日、木落とし坂は、前日の雨でぬかるみ、滑って転んでいる方もいました。



今日は、御柱に来れなかった友人と新宿御苑で八重桜観賞の予定で上京しましたが、1日中あいにくの雨。
ピーチクパーチクDayになりました。それにしても、お昼から6時までよくしゃべりました。女3人寄れば、なんとやら。。。

途中の山梨では、桜が満開。一時、雨もやみ車窓から斜面に山桜がきれいに見えたのですが、東京に着く頃には、また雨。

茅野でも桜が咲き始めました。
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御柱祭 木づくり  メドデコ かかり


富士見町と茅野市金沢地区担当の前宮三の御柱です。



この組まれた綱の部分に 「華」 の人たちが、足をかけオンベや、提灯を振ります。



よきの開けたメド(目処)と合うか確認です。



本宮三の担当地区は、綱がむき出しですが、



本宮四の地区は、化粧綱になります。
御柱見物始めての私は、2本の御柱で、曳行、木落とし、川越しをするのかと思っていましたが、それぞれ違う柱でするそうです。
本宮四担当地区は、① グリーンが川越し用
② 赤が木落とし用(坂の上で左右にゆすったり、デモンストレーションをするので少しはで)
③ 同じく赤で短めの曳行用(メドデコが長いと曳行中、電信柱などにぶつかる可能性があるため)
と8本(+後方分2本)のメドデコを造ります。

①、② は、片方10人乗り ③は8人乗りの長さだそうです。メドデコが曳行中、折れることもあり、その予備も兼ねているそうです。



元綱同様、メドデコにも 「女」



「男」 があります。



さあ、メドデコ完成です。御柱にクレーンでセットします。



こちらは、前宮二の御柱ですが、化粧綱の巻き方が、本宮四と違いますね。
紅白の綱が斜めに巻かれています。



こういう重機がない頃は、大変な作業でしたね。



元綱も、だんだん細い綱が、4本つながれ200mほどになります。重く太い綱の結び目作るのも大変です。





よきがワイヤーを入れて化粧綱をまいた輪に、元綱を結びます。
太い綱を結びますので 「そこをもう少し緩めろ。」 とか、「そっちは、引け!」 と大勢で声を掛け合っての作業です。



さぁ、できました。前後メドデコがセットされ最後の点検。
ブルーシートをかけて2日の山出しを待ちます。



完成を祝い、子供木遣りのかわいい声が響きます。
こうして伝統が継承されていきます。


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御柱 木づくり  梃子 (てこ) かかり


北山、北大塩、湖東の3つの部落で、三友会という法被の文字になっています。
今回の御柱祭では、この3つの部落で 「 本宮四 」 の御柱を担当します。



「梃子衆!」 と声がかかると、梃子棒を持ったお若い方たちの出番です。



よきの方が、メドを開ける場所を代えるため御柱を回転させます。



仕事に一区切り付き、メドデコの飾り綱の余ったので、自分の梃子棒を飾っています。
結び方があるようで 「どうやったっけ?」 と悩んでいます。何しろ何でもが7年に一度のことです。
この梃子棒も自分たちで財産区の山に採りに行き、各自、削って準備します。



また、一仕事です。



部落によって、いろいろ違いがあり、こちらの部落は、梃子棒の飾りもしないようです。



メドをあけ終えた御柱を



御柱をさし込めるように、向きを合わせます。
V字の平らな板は、メドデコのガイドです。

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御柱祭 木づくり  斧 (よき)


3月28日 「前宮二」 3月31日 「本宮四」 の木づくりが始まりました。
木づくりというのは、御柱にメドデコをセットできるように、メド すなわち、穴をあける作業です。
前にアップした元綱づくりは、各部落での仕事でしたが、木づくりは、担当部落総出の仕事です。
「本宮四」には、北大塩、湖東、北山のお役の方たちが出ています。



国有林から御柱を切り出したり、メドをあけたり、御柱に対して、切ったり、穴をあけたり斧やチェーンソー、刃物を使うお役の方を 「斧」 と書いて「よき」 と呼びます。



よきの方の法被は、どこの部落も一緒で,黒字に白で 「斧」 と書いてあります。



「斧長」 「副斧長」 「斧」 といて、 「斧長」 「副斧長」 は腕章をつけています。



メドに太いワイヤーを通しています。



それに根藤をまいて、よきがメド調整をしているようです。



さらに縄で、化粧巻きしています。



その技を地元ケーブルテレビが取材しています。





根藤を巻き終わりました。これに元綱をつなぎます。
ここで、よきの方が退きました。
どうやら、本日のよきの仕事はここまでのようです。
よきが開けたメドに、きちんとセットできるかの確認作業までということなのでしょうか。



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御柱祭 準備段階


2月末、いよいよ、御柱中、御柱街道が通行止めになる看板が立ち始めました。山は、まだ雪で覆われています。



3月、御柱街道スタート地点 (原村) に諏訪大社御柱御着所の整備が出来ました。
この沿道沿い8か所に8本の御柱が揃い木づくりを待ちます。



御着所から、御柱街道を下ってみます。
大曲です。メドデコを付けた長い御柱がこのカーブをどう曲がって行くかも山出し見どころの一つです。



所々で、道路整備も行われています。



宮川河原では、桟敷席を作る整備が行われています。



3月末になると、桟敷席も出来てきました。



庭を貸した家は、1週間ほど1階に陽があたりません。大変ですね。
手前が、中央線、奥が中央道です。



左後方、JAビルと茶色のビルの間が茅野駅。東京方面からですと、進行方向右側に、木落し坂が見れます。
あっという間に駅ですので、木落とし中でも写真を撮るのは難しいようです。



3月28日、御柱が運ばれていました。私たちの部落北大塩が担当する本宮四の御柱です。
切り口には、御柱であることを証明する諏訪大社の焼き印が押されています。



部落の斧(よきと読みます。)担当の方たちが下見に見えています。
今年の御柱の中で一番姿が良いとおっしゃっています。まっすぐな御柱です。



おさい銭の上がっている御柱もあります。
後日私たちが曳かせていただくことになっている前宮二の御柱です。

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