日曜日。久しぶりに朝から涼しい。ついつい起き上がれず、ゆっくりゆっくり寝ることになる。ようやく布団から這い出し、朝食を食べてから、某所へと出かけることにする。外は今にも雨が降ってきそうだけれど、まあ、なんとかなるだろうと思ったのが間違いだった。椎名町から立教大の裏に抜けようとしたら、ポツン、ポツンと雨が落ちてくる。まずいなあと思っているうちに土砂降り。
動くに動けず、マンションの軒先で雨宿り。するとトイレに行きたくなる。これにはまいった。とにかく動かなければ、いい歳こいたびしょ濡れの中年オヤジが、公衆の面前でウンコを漏らすことになる。仕方なく、びしょ濡れを覚悟で池袋へと歩いていく。仕方なく、途中のコンビニでビニール傘を購入。池袋から地下鉄で帰宅し、濡れたままトイレへ直行。なんともアホらしい。そのままシャワーを浴びれば、某所に行こうなんて意欲はすっかりなくなってしまった。再び寝ることにする。
昼時、また起き出し、久しぶりに囲碁の観戦。吉原由香里五段と依田紀基九段の一戦。内容はともかく、美人がため息をつきながら悩んでいる姿は、いいですねえ。おじさんも一緒に悩ましくなってしまう。そんなこんなで、ようやく涼しい日曜日が訪れたので、その夜はそうそうに寝ることにする。
ところが、あまりに寝すぎて、夜の1:30には目が覚めてしまった。のっそりと起き出し、読みさしの『ネットと愛国――在特会の「闇」を追いかけて』(安田浩一著、講談社)を読み始める。在特会については、このブログ上で実際に経験した感想めいたものを述べたことがあるけれど、本書を読んでみて、小生の感想は著者の分析とそれほど遠くはないことがわかった。そして、近々瓦解するどうでもいい集団なのだということもよくわかった。
1年ほど前、ある集会を催したとき、M君に発言してもらった。彼は「小林よしのりの『ゴー宣』を熱心に読んでいたことがあり、そのころは2chなんかに右翼的なことを書き連ねていた。一方で、左翼の人はどうして2chに書き込みしないのだろうと不思議にも思っていた」という趣旨のことを語った。小生は一度も2chに書き込みなんてしたことがないし、もしかしたら、その時初めて、書き込みをしている(いた)人に出会ったのかもしれない。しかも、そのM君という男は気の優しそうないい男なのだ。そのうえ今は、赤軍派を追いかけている。
ネトウヨというものがリアルの世界にも登場し始めたのは、日本でもイラク反戦運動が盛り上がったあとの2004、2005年あたりだろうか。8・15に日の丸を持って靖国集合という話が2ch上であったらしく、M氏(前出M君とは別人)が「反靖国デモに行ったら、ヘンなのが集まってて気持ち悪かったよ」と笑いながら語っていたような記憶がある。そうした連中が急速に肥大化し、その後の在特会を形成していったのだろう。
彼らを突き動かしたものは「タブー破りの快感」だと著書は言う。そして、「私もまた『うまくいかない人』だった。/…『非日常』と『乱調』を求めていた。もしもその頃、ネットという手段があれば、私は独りでコツコツとブログでも書いていたかもしれない」と述べる。やばいじゃん。これって小生の今の姿そのものじゃないか。
ただし、右翼に走るほど小生のオツムはアホ度が高くなかった(残念なことに)し、そして何よりも、天皇が嫌いだし、日本が嫌いだし、排外主義は苦手だし、ネトウヨの掲げる単純なスローガンには到底ついていけそうもない(再び、残念なことに)。しかし、最後に著者は、「在特会とは何者か」と問われたら「あなたの隣人ですよ」と答えることにしている、と記している。「隣人」とはうまい表現をしたものだ。おそらく著者は、「あなた自身ですよ」と述べたかったのだと思うが、そういうトゲがささりそうな表現を意識的に回避したのだろう。
著者の略歴を見ると、小生と同じくらいの年齢であることがわかる。前出M君は世代論でしか見れないと語った。その世代論に乗っかってみれば、バブルの頃「彼女がほしかった。カネがほしかった。その頃流行していたカフェバーにも行ってみたかったし、カッコいい車にも乗ってみたかった。/どうせ自分はこんな社会では、うまく立ち回ることができないのであれば、いっそ、社会なんて壊してしまったほうがいいと真剣に思った」と著者が語る同じ青春を小生も送っていた世代である。しかも小生は田舎の大学にいたので、まだマシな方だったのだ。そして今も、ルサンチマンを抱えた多くのネトウヨは、社会からの承認を求めて汚い言葉を吐き散らしている。
救援連絡センターY事務局長は、本書を評して「ものがなしい」と「救援」紙上で述べていた。そのものがなしさが、著者にも小生にも、そして在特会にも通底していることを知ったとき、なんともやるせない気持ちになった。
本書を読み終え、明け方5:00にまた就眠。
動くに動けず、マンションの軒先で雨宿り。するとトイレに行きたくなる。これにはまいった。とにかく動かなければ、いい歳こいたびしょ濡れの中年オヤジが、公衆の面前でウンコを漏らすことになる。仕方なく、びしょ濡れを覚悟で池袋へと歩いていく。仕方なく、途中のコンビニでビニール傘を購入。池袋から地下鉄で帰宅し、濡れたままトイレへ直行。なんともアホらしい。そのままシャワーを浴びれば、某所に行こうなんて意欲はすっかりなくなってしまった。再び寝ることにする。
昼時、また起き出し、久しぶりに囲碁の観戦。吉原由香里五段と依田紀基九段の一戦。内容はともかく、美人がため息をつきながら悩んでいる姿は、いいですねえ。おじさんも一緒に悩ましくなってしまう。そんなこんなで、ようやく涼しい日曜日が訪れたので、その夜はそうそうに寝ることにする。
ところが、あまりに寝すぎて、夜の1:30には目が覚めてしまった。のっそりと起き出し、読みさしの『ネットと愛国――在特会の「闇」を追いかけて』(安田浩一著、講談社)を読み始める。在特会については、このブログ上で実際に経験した感想めいたものを述べたことがあるけれど、本書を読んでみて、小生の感想は著者の分析とそれほど遠くはないことがわかった。そして、近々瓦解するどうでもいい集団なのだということもよくわかった。
1年ほど前、ある集会を催したとき、M君に発言してもらった。彼は「小林よしのりの『ゴー宣』を熱心に読んでいたことがあり、そのころは2chなんかに右翼的なことを書き連ねていた。一方で、左翼の人はどうして2chに書き込みしないのだろうと不思議にも思っていた」という趣旨のことを語った。小生は一度も2chに書き込みなんてしたことがないし、もしかしたら、その時初めて、書き込みをしている(いた)人に出会ったのかもしれない。しかも、そのM君という男は気の優しそうないい男なのだ。そのうえ今は、赤軍派を追いかけている。
ネトウヨというものがリアルの世界にも登場し始めたのは、日本でもイラク反戦運動が盛り上がったあとの2004、2005年あたりだろうか。8・15に日の丸を持って靖国集合という話が2ch上であったらしく、M氏(前出M君とは別人)が「反靖国デモに行ったら、ヘンなのが集まってて気持ち悪かったよ」と笑いながら語っていたような記憶がある。そうした連中が急速に肥大化し、その後の在特会を形成していったのだろう。
彼らを突き動かしたものは「タブー破りの快感」だと著書は言う。そして、「私もまた『うまくいかない人』だった。/…『非日常』と『乱調』を求めていた。もしもその頃、ネットという手段があれば、私は独りでコツコツとブログでも書いていたかもしれない」と述べる。やばいじゃん。これって小生の今の姿そのものじゃないか。
ただし、右翼に走るほど小生のオツムはアホ度が高くなかった(残念なことに)し、そして何よりも、天皇が嫌いだし、日本が嫌いだし、排外主義は苦手だし、ネトウヨの掲げる単純なスローガンには到底ついていけそうもない(再び、残念なことに)。しかし、最後に著者は、「在特会とは何者か」と問われたら「あなたの隣人ですよ」と答えることにしている、と記している。「隣人」とはうまい表現をしたものだ。おそらく著者は、「あなた自身ですよ」と述べたかったのだと思うが、そういうトゲがささりそうな表現を意識的に回避したのだろう。
著者の略歴を見ると、小生と同じくらいの年齢であることがわかる。前出M君は世代論でしか見れないと語った。その世代論に乗っかってみれば、バブルの頃「彼女がほしかった。カネがほしかった。その頃流行していたカフェバーにも行ってみたかったし、カッコいい車にも乗ってみたかった。/どうせ自分はこんな社会では、うまく立ち回ることができないのであれば、いっそ、社会なんて壊してしまったほうがいいと真剣に思った」と著者が語る同じ青春を小生も送っていた世代である。しかも小生は田舎の大学にいたので、まだマシな方だったのだ。そして今も、ルサンチマンを抱えた多くのネトウヨは、社会からの承認を求めて汚い言葉を吐き散らしている。
救援連絡センターY事務局長は、本書を評して「ものがなしい」と「救援」紙上で述べていた。そのものがなしさが、著者にも小生にも、そして在特会にも通底していることを知ったとき、なんともやるせない気持ちになった。
本書を読み終え、明け方5:00にまた就眠。
「天皇が嫌いだし、日本が嫌いだし、排外主義は苦手だ」とおっしゃる方が『生きている大日本帝国』のような本を出しているのは理解できません。